「ほっ」と。キャンペーン
ブログトップ

旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

mahaera.exblog.jp

グレアム・グリーンの『おとなしいアメリカ人』と、映画『愛の落日』

グレアム・グリーンというイギリスの作家を知っていますか?
僕が彼の名を知ったのは名作映画『第三の男』の原作者として。
この映画はサスペンスだが、政治や国家に翻弄される人間ドラマがきっちりと描かれ、
単なる娯楽映画には終わっていない。いまや名作映画の代表ともいえる作品だ。
グリーン原作ではその他にも当時『落ちた偶像』が映画化され、やはり高い評価を得ている。

10年ほど前にグリーンの『情事の終わり』が、ジュリアン・ムーアとレイフ・ファインズの共演で『ことの終わり』として映画化され、
数年前には『おとなしいアメリカ人』が『愛の落日』としてマイケル・ケイン主演で映画化された。
ともに、傑作とはいえないまでも、どこか心に残る佳作だった。
しかしグリーンの小説自体は読む機会がなく、今回、ようやく図書館で『おとなしいアメリカ人』を借りて読んだ。

舞台はフランス植民地時代のヴェトナムのサイゴン。
北部ではホーチミン率いる共産軍との戦いにフランス軍が次第に劣勢になっているころ、
イギリスの特派員である主人公ファウラは、サイゴンで若い現地妻フウオングと暮らしている。
初老の彼は本国に妻がいるが、長い間別居生活。
フウオングとの正式な結婚に向け、妻に離婚したい旨の手紙を送るが、妻は応じてくれない。
そんな彼の前に、若くて"おとなしいアメリカ人"パイルが現れる。彼はアメリカの通商団のメンバーだ。
ヴェトナムにやってきている他の騒々しいアメリカ人と違い、
パイルは知的で物静かで、生真面目であり、そして信念に燃えている青年だった。
パイルはやがてフウオングに恋し、律儀にもファウラにそれを打ち明け、彼女と結婚したいと許可を求める。
家柄や収入も良く、何よりも若さを持っているパイルに、彼女を盗られることに嫉妬する主人公ファウラ。
ファウラは妻と別れることもできず、いつ本国へ帰されるかもわからないのだ。

そんな中、ファウラは政府軍でもなくベトコンでもない、第3勢力の将軍の陣地を取材した時、パイルを見かける。
プラスチックを売りに来た通商団のメンバーが、どうしてここに?
2人は陣地から帰る途中、ベトコンの攻撃を受け、ファウラはパイルに命を救われる。
やがて「離婚しない」という妻からの手紙をフウオングが発見し、ウソがばれ、彼女はファウラの元を出て行く。
老いたイギリス人は、若いアメリカ人にヴェトナムという恋人を奪われたのだ。
ある日、広場で爆弾テロが起きる。その場で爆弾が爆発することを事前にパイルは知っていた。
ファウラはやがて真実を知る。

パイルは通商団のメンバーではなく、アメリカの特殊工作員のひとりなのだ。
敗色濃いフランスに代わり、アメリカがヴェトナムを支援する下地を作りに来ている一員で、
広場での爆発も、共産ゲリラのせいにする自作自演のテロだった。
そしてパイル自身には悪意はなく、それが「アメリカや自由主義社会のため」と本気で信じている。
その理想に燃える青年は同じような想いで、若いヴェトナム人女性フウオングをこの世界から救い出したいと思っている。

老いた主人公ファウラはがとった行動は、パイルを共産ゲリラに「売る」ことだった。
ファウラとの待ち合わせ場所に向かったパイルは、川に死体として浮いて発見される。
フウオングはファウラのもとに何事もないかのように戻ったが、ふたりに未来はない。

僕は先に映画『愛の落日』(それにしても酷い邦題だ!原題はそのままのクワイエット・アメリカン)を観て、
まったく期待をしていなかったこともあり、けっこう面白く観れた。
映画が製作されたのは、ちょうど9.11のテロのころ。そのため、反米的な内容の本作の公開は延期になったという。
日本で公開されたのは、アメリカ公開よりもさらに遅れた2年後ぐらい。
地味な俳優、政治映画ということで嫌われ、まるでラブ・ロマンスのような扱いでひっそりと公開された。

今回原作を読んでみて、映画がほぼ原作に忠実なことがわかった。
映画を観たときは、ちょうどアメリカのイラク占領が問題になっていた時で、かなり原作をいま風に脚色したものかと思っていたからだ。
映画のほうがよりわかりやすくなっているのは、視覚的に「老人と若者」の対比がわかるからだろう。
文章だとしばしば、登場人物の年齢を忘れてしまうからだ。
映画では名優マイケル・ケインが老人であるファウラを演じ、没落していくイギリスを体現。ケインは本作でアカデミー賞候補になった。
アメリカ人青年パイルには、ふだんは健全な役が多いブレンダン・フレイザー(『ハムナプトラ』シリーズの主人公)。
年老いていく男にとって一番怖いのは、若さだ。
どんなに経験を積み、仕事や技術が優れていても、
「恋」という不確かなものの闘いの場合、「若さ」にあっさりと打ち砕かれしまうこともある。
ファウラがパイルに嫉妬し、またパイルが自信に満ちて挑発できるのも「若さ」がそこにあるからだ。

しかし「若さ」は良いことばかりではない。
理想に燃え、親切心からヴェトナムに進出する「おとなしいアメリカ人」。
彼は自分のしていることが、多くの人々を不幸にすることを疑いもしない。
「多くの幸せのためには、少しの犠牲は仕方がない」と考えるようになる。
爆弾テロの後、パイルがヴェトナム語が堪能だったことがわかり、靴についた血を吹くシーンは、ゾッとさせられる。
彼は死なねばならないが、それはアメリカのヴェトナム進出を押しとどめるものにはならないことは歴史が証明している。
ちなみに原作が書かれたのは、ヴェトナム戦争以前だが、アメリカがやっていることは半世紀たった今でも変わりない。

戦争を起こすアメリカ人の黒幕は老人で、自分たちは善意でそんなことをしているのではないとは知っているだろう。
しかしそれを実行に移し、命を落とす若いアメリカ人たちは、「いいことをしている」と思ってやっているのかもしれない。
[PR]
by mahaera | 2008-12-20 15:55 | 映画のはなし | Comments(0)
<< 平成ゴジラ・シリーズを観る ... 結婚10年目のハガキ >>