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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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ファティ・アキンの映画『愛よりも強く』、そして新作『そして、私たちは愛に帰る』など

一般にはあまり有名ではないが、ドイツにファティ・アキンという監督がいる。
1973年生まれというから、今年35歳。
トルコ系移民の子供としてハンブルグに生まれた彼は、長編映画を7本撮っている。
そのうち3本がドキュメンタリーで4本が劇映画。日本では4本が劇場公開されている。
日本で公開された作品すべては、常に自分の出自であるドイツとトルコに関わるもので、
彼のアイデンティー探しの長い長い旅とも言える

僕が彼の作品を初めて観たのは『太陽に恋して』(00)という作品だ。
ドイツに住むトルコ系の若者が、偶然出会ったトルコ人女性に一目惚れし、
彼女を追って陸路イスタンブールへと向かう。
そしてその彼にやはり一目惚れしたドイツ人女性が彼を追う。
お互いに片思い同士の男女のロードムービーで、
途中通る10年ほど前のバルカン半島の国々の様子がユーモアたっぷりに描かれていた。
この作品については、以下のアドレスに原稿を書いたので、詳しくはそちらを参照してください。
http://www.ryokojin.co.jp/tabicine/in_july.html
傑作とか、名作というほどではないが、自分の旅とも重ね、楽しく見ることができた。
そしてロードムービーに託して、ドイツとトルコの間に横たわる問題を巧みに織り込んでいく手腕にも感心した。

この作品と同時に『愛よりも強く』(04)が日本公開されたがそっちは未見で、
昨年ぐらいに公開された音楽ドキュメンタリー『クロッシング・ザ・ブリッジサウンド・オブ・イスタンブール』も観そびれていた。

そして先日、この12月に公開される彼の新作『そして、私たちは愛に帰る』の試写を見て、「ああ、この人はドラマを作るのがうまい」と再確認。
見逃していた『愛よりも強く』をレンタルで借りて、ようやく観た。
以前、インドでドイツ人と仲良くなり、ドイツ映画について語り合ったことがある。
その時、ファティ・アキンの『太陽に恋して』の話をしたら、「『愛よりも強く』もきっと好きになるから絶対観て」と言われた。

『愛よりも強く』はハードな恋愛映画だ。
主人公は2人。どちらもドイツに住むトルコ系移民だ。
男は何らかの理由で愛していた妻を亡くし、自暴自棄になっている中年男。
女はしきたりから抜け出て、家を飛び出して思い切り好きなことをしたいと思っている若い女性。
ある日、ライブハウスの清掃係をしている中年男は、自殺を試み車を壁にぶつける。
しかし命は助かり、入院。そこでやはり手首を切って自殺未遂をしたその若い女に出会う。
女は彼がトルコ系だと知り、「自分と結婚してくれ」と頼み込む。
敬虔なイスラーム教徒であり、伝統を重んじる彼女の家庭では、結婚でもしない限り家を出ることは許されないし、
男とつきあったり、夜遊びもできない。そこで自分と偽装結婚して欲しいというのだ。
断る男だが、絶望した彼女が目の前で手首を切ると、再び彼女が自殺をしかねないと心配し、結婚を承諾する。

とりあえず一緒に住み始めた2人だが、日本映画と違ってラブコメのようにはならない。
若い女性は水を得た魚のように毎夜遊び歩き、男を見つけてはベッドを共にする。
中年男性にもベッドを共にする相手はいるが、そこには友情めいたものはあるが愛はない。
やがて男はひそかに若い女性を愛するようになり、自暴自棄だった生活に生きがいを見出していく。
ある夜、彼女が出かけたクラブへ彼女を追っていき、そこで彼女にちょっかいを出した男とケンカ。
数人の男たちに袋叩きに会ってしまう。
その夜、男は彼女を求めるが、女は拒否する。
「寝てしまったら私たちは本当の夫婦になってしまうでしょう」

しかし若い女も彼のことを愛し始めていた。
そのことを彼に打ち明けに行こうと、いつもの店へ向かう女。
ところがそこに悲劇が待っていた。
「お前の女房は、誰とでも寝る」と知り合いにののしられた中年男が、カッとなって相手を殺してしまったのだ。。。
刑務所に入る男。彼に愛を告げる女だがもう遅い。
名誉を重んじる家族の「制裁」を怖れた彼女は、親戚を頼ってイスタンブールへ。そして消息を絶つ。
月日が流れ、刑期を終えて出所した男は、彼女を探しにイスタンブールへと向かうが。。

ここにあるのは、理性では押さえられない激しい感情だ。
直情型の2人恋愛は、最初から悲劇へと向かいそうな予感を常に秘めている。
そして「家族の名誉」といいながら、世間体ばかり気にして、女性を一段低く見ているトルコ人共同体への批判。
そこから女性が抜け出るには大きなエネルギーが必要で、
この映画の主人公ぐらいエキセントリックな女性でなければ無理だったかもしれない。
彼女の激しい感情は、自暴自棄になっていた男の心をも動かしていくが、
それはまた傷つきたくないと閉ざしていた心をまたむき出しにして、傷つく世界へと戻っていくことだ。
愛がなければ嫉妬もないし、そこから男が人を殺めることもなかった。しかし男は愛を選ぶ。

紆余曲折あり、男と女は再会するが、そこには「時間の経過」という大きな壁があった。
余韻を残すエンディングもいい。
本作は04年のベルリン映画祭金熊賞(グランプリ)を受賞している。
緊張感溢れる映画だが、それをほぐすように、時おりイスタンブールでの伝統音楽の演奏が休憩音楽のように映し出される。
それがこの作品の寓話性を示しているようでもある。

いまならTUTAYAなどで借りられるので、興味があったら見て欲しい。
12月公開の『そして、私たちは愛に帰る』もなかなかの力作でおすすめだ。
こちらは「旅シネ」に僕のレビューを載せているので、そちらを読んで下さい。
http://www.ryokojin.co.jp/tabicine/edgeofheaven.html
by mahaera | 2008-11-21 16:16 | 映画のはなし | Comments(0)
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