「ほっ」と。キャンペーン
ブログトップ

旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

mahaera.exblog.jp

映画『七人の侍』 その2

その1からの続き

訓練が続き、離脱しようとした農民を勘兵衛が引き止める名シーンがあり、やがて稲刈り、
斥候を討ち取り、夜襲をかけるシーン、平八の戦死、そして野武士の襲来シーンへと続く。
この平八の弔いから一転し、丘上に野武士の軍団が現れるシーンは、
僕にとって『ゴジラ』でゴジラが初めて丘上に顔を出すシーンと同じくらいのインパクトがある。
戦いのシーンでは、まず水車小屋が焼かれ、赤ん坊を抱いた菊千代が
「こいつは俺だっ!」と叫ぶシーンが泣ける。
小さいころテレビで『七人の侍』を見て、ストーリーは忘れたが、このシーンだけは強烈に覚えていた。

そして戦闘が終わり、勝四郎が「野武士はっ? 野武士はっ?」と叫ぶ。
勘兵衛「野武士はもうおらん!」 
その瞬間、子供のように泣く勝四郎。
もうこのあたりは号泣。

最後はみなさんも知っている通り、平和が戻った村の情景に勘兵衛の
「また負け戦だったな。勝ったのは俺たちではない。あの百姓たちだ」という名セリフがかぶる。
ここで小学生の息子「え?勝ったじゃない」と僕に聞く。
「そのうち、このセリフの本当の意味がわかるよ。あと何年かしたらね」と思うも、黙って聞き流す。

スピルバーグは今でも新作に取りかかるとき、『アラビアのロレンス』などと共にこの『七人の侍』を見直すという。
たぶん、こんな映画はもう二度と作れないだろうなあ。

その後、図書館で「黒澤明と『七人の侍』」という本を読んでそう確信した。
これは『七人の侍』製作のドキュメント本だ。これを読むと黒澤がいかに妥協しなかったかがわかる。
最初の制作費と日数は、まだ映画の三分の一しか撮り終わっていない段階で使い切ってしまったこと。
途中で打ち切りにならないよう、最後の決戦シーンの撮影は最後まで残しておいたこと。
水車小屋炎上シーンは撮影がうまくいかないとして、四回も燃やす羽目になったこと。
スタッフ、キャストすべてに、黒澤のペースを要求したこと。(毎晩の宴会に参加が必須というのは辛そう)
役者を精神的に追い詰めるほどダメ出しをしたこと。
勝四郎が志乃と初めて出合う山の花は、造花ではなく、
毎朝スタッフが山に本物を摘みに行って撮影したこと。

いまだと、そんな独裁的な監督には誰もついていかないし、
またそこまで無理強いしてもスタッフをコントロールできる監督もいないだろう。
映画のためにはすべてを犠牲にできる時代だったのかなあと。
そう思うと、最近の日本映画は、「映画」と呼べるものは少ないなあ。
[PR]
by mahaera | 2008-10-31 09:56 | 映画のはなし | Comments(0)
<< 映画『七人の侍』 その1 株安、円高が止まらない。そして... >>