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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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映画『20世紀少年』を観て

帰国翌日の日曜日、楽しみにしていた映画『20世紀少年』を観に近くの劇場へ行ってきました。
なぜか小学生の息子も観たいらしく、一緒に連れて行きました。
予告編の覆面や、巨大ロボット、「せかいせいふく」にひかれたから?

映画は三部構成で公開される第一回目。
膨大な原作マンガの67巻ぐらいまで。時代でいうと「2000年12月31日の事件」です。
で、率直な感想。

マンガと同じ。

映画ならではのオリジナリティは皆無。監督や製作者たち、金は使っても頭は使っていない。
連載マンガだと毎回、次に興味をつながなくてはならないので、
とにかく(あとでがっかりされても)引っ張りや盛り上がりを作らなければならない。
しかし映画は、2時間ぐらいを標準に、クライマックスを作っていかねばなりません。
観始めて一息つく20分過ぎ、45分ごろにも小さな盛り上がりも必要で、最後2030分ぐらいに一気にクライマックスへと持っていく。

しかし原作マンガをほぼ忠実に映像化したこの作品では、そんな映画鑑賞時間の起伏を無視しており、
まるで大河ドラマの総集編のように事件がだらだらと連ねられ、途中で集中力がなくなってきてしまう。
そして原作でも弱かった「ともだちの正体は誰か」「過去にいったい何があったのか?」という謎解き部分が、よりどうでもよくなっている。
ふつうよくできたミステリーの場合、最初に登場人物たちをさらりと紹介し、その中から犯人を探す。
原作でも少年時代の秘密基地の友人たちの中に、カルト教団「ともだち」の首謀者がいるのではないかという設定があるが、
しかしマンガでは、あとから「あ、あいつもいた」「もうひとりいた」と増やしてしまっており、これでは謎解きにならない。
映画ではそれがいっそう進み、主人公たちは事件に対応しているだけで、一向に過去の謎解きをしようという気配がない。
主人公たちが謎解きをしないので、こちらもそんな設定は忘れてしまい、ただ、事件が起きて、流れていくだけになる。

原作の連載が始まったのは1999年ごろで、カルト教団「ともだち」の描写は、ロックコンサートを開いたり、選挙に出たり、テロを起こしたり、「絶交(ポア)」したりと、オウム真理教そのままだ。
オウムの発想自体が、小学生の考える世界観と同じことに、作者はインスピレーションを得て、「これはやばい」と思ったのだろう。
地下鉄における毒ガス・テロなんて、まるでショッカーのやることだし。
ただ、オウムが現代的だと思ったのは、それまで赤軍派にしても違法で隠れて活動していたのに対し、秘密組織でも何でもないこと。
まさかそんなオープンな組織がテロを行うとは誰も思っていなかったのだ。

マンガでも、そのカルトぶりやそれに気づかずに受け入れてしまう社会の怖さの描き方はいまひとつだったが、
映画ではそのあたりを意識的に切り捨ててしまい、「ともだち」が単なる秘密組織になってしまったのが残念。
教団員の日常とか幼児性、そして何で入信者が多いのかをもっと説得力を持って描けば良かったのに、
あれじゃショッカーに洗脳された戦闘員で、怖いというより、笑ってしまう。

マンガで僕が印象的だったエピソードや小ネタが消え、残念な部分もある。
オッチョも何でタイであんなことをしていたのか、呼ばれたら迷わず日本に来てしまったりとか、説明省きすぎ。
キャラクターの描写がないまま、エピソードを消化していくので、たぶんマンガを読んでいない人には感情移入できないのでは。

原作マンガを最後まで読んでいないので、今後どうなるかわからないが、
第一章を見た限りでは、それなりに楽しめたけど、「映画」としてはなってないとハッキリ言える。
100点満点で40点ぐらいだ。
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by mahaera | 2008-10-09 10:03 | 映画のはなし | Comments(0)
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