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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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意外に面白かった映画『ゼロの焦点』

最近の邦画大作のほとんどがつまらないので、まったく期待していなかったが、試写で観た『ゼロの焦点』、いい意味で期待を裏切られ、最後まで楽しく観た。かといって傑作、名作の類ではなく、安心して見られるレベル。それでも先日の『20世紀少年』が40点なら、こちらは68点ぐらいつけられる。70点に2点足りないのは、「ここをこうすればもっと良くなったのに」という思いがあるからだ。

原作は有名な松本清張の名作。高度成長期に入り、ようやく「戦後」が終わろうとしている時代。禎子(広末涼子)は見合いで憲一(西島秀俊)と結婚する。しかし結婚式から七日後に、憲一は勤務地だった金沢で行方不明に。夫の過去をほとんど知らない禎子は、憲一の足跡をたどって金沢へ。憲一のかつての得意先の社長夫人・室田佐知子(中谷美紀)、そして社長(鹿賀丈史)のコネで入社し、受付嬢をしている田沼久子(木村多江)との出会い。夫には自分の知らない別の顔があった。やがて新たな殺人事件が起きる。

監督は犬童一心。『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』はなかなかいい映画だった。最近の日本映画の監督たちのなかでは、俳優の「良い演技」をうまく引き出せるほうだ。
今回、映画を観ていて、昔、池袋の文芸座でやっていた「松本清張映画シリーズ」を観ているような錯覚に陥った。ジメジメ、ドロドロした、人間の欲望と愛憎が殺人を呼ぶ映画の数々。トリックはあるが、決して周到な知能犯ではない。知られたくない過去を暴かれないための殺人、痴情からの突発的な殺人、、、そんな大人の世界を高校時代の僕に見せてくれたのが、松竹の松本清張映画シリーズだった。
欧米の、一種ゲーム感覚のサスペンス映画とはまったく異なる、その湿った日本の風土(日本海の荒波とか東北の冷たい風とか)で起きるドラマは、非常に僕を滅入らせた。その雰囲気を犬童監督は良くわかっている。東宝のモダンな試写室を、あっというまに古い名画座にしてくれたのだ。

意外に良かった(意外ばかりだが)のが広末涼子。ちゃんと当時の人に見える。演出の賜物か、女優陣がだんだんと往年の大女優たちに見えてくる。ただ、中谷美紀はどうしても「松子」に見えて仕方がなかった。とくにエキサイトするシーン。あと、中谷美紀の弟役の画学生が、今風の男子で、昔の人の顔にみえなかったのが残念。この人が出てくると、急にドラマっぽくなってしまう。

「何を考えているか良くわからない男」を演じさせたら天下一品の西島秀俊が、ここでも最初はいい人なのかと思っていたら、やはり「何を考えているか良くわからない男」で役にぴったり。セリフはすべて嘘っぱちに聞こえてしまう(もちろん演技だが)というリアリティを出すのが、この人うまい。鹿賀丈史は出てくるだけで楽しめる。木村多江の出番が少ないのが残念。この人が演ずる田沼久子の「あわれ」さを、もっと対比させて欲しかった(中谷美紀の出番を削ってでも)。おいしい役だ。

夫の隠された過去を探るうちに、主人公の周りではいくつもの殺人が起きる。観ているほうは、犯人は何となくわかるのだが、動機がわからない。で、犯人がわかってからも長い。『砂の器』でも、そこから1時間ぐらいかけて回想していたし(笑) まあ、「犯人探しが終わってからがドラマ」というのが清張映画だ。

この映画で余計なのは、中島みゆきのエンディングテーマ。試写室で映画が始まるのを待っている中、ずっと流され、さらに映画が終わって追い討ち。「愛だけを残せ」というタイトルでそれを連呼するんだけど、ハウンドドッグの『ff(フォルテッシモ)』の「愛がすべてさ」と同じくらい暑苦しい。。。

関係ないが、先日ある本を読んでいたら、こんなことが書いてあった。ハウンドドッグの大友が最初に書いた『ff(フォルテッシモ)』の歌詞がとても女々しく、プロデューサーにダメ出しをされ、プロの作詞家に歌詞を依頼されたという。(大友談)「それでも僕が書いた歌詞の一部は残ったんです。それがあの“愛がすべてさ”のフレーズです」 あの歌で一番聞いていて恥ずかしいフレーズ…。やっぱり大友だ!
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by mahaera | 2009-10-23 19:12 | 映画のはなし | Comments(0)
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