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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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新作映画評 『ペルシャ猫を誰も知らない』 8月7日公開

ペルシャ猫を誰も知らない 2009年/イラン

監督:バフマン・ゴバディ
公開:8月7日より渋谷ユーロスペースにて
公式HP:persian-neko.com


情報がなく、なかなか外の世界には知られないイランの音楽シーンだが、
本作ではその一端を知ることができる。
『酔っぱらった馬の時間』、『亀も空を飛ぶ』といった作品で、
クルド人が置かれている過酷な状況を描いてきたバフマン・ゴバディ監督。
その新作は、今までの作風とはガラリと趣を変えた
セミ・ドキュメンタリー風の作品だ。

イランの首都テヘラン。
小さな録音スタジオに女の子ネガルと
そのボーイフレンドのアシュカンがやってくる。
2人はインディー・ロックのバンドをしており、
一緒にロンドンで演奏するのが夢だ。
そのためにパスポートやビザが必要な2人は、
スタジオで便利屋のナデルを紹介される。ナデルは2人の作ったCDを聴き、
彼らの才能に驚き、協力することを約束。
偽造パスポート造りの元締めのところに案内する。
その一方で、ネガルとアシュカンは資金集めのコンサートを開くため、
バンドメンバーを探しにテヘランのミュージックシーンをめぐっていく。

イランでは音楽や芸能は政府によって厳しく統制され、
コンサートを開くにもCDを出すにも歌詞を提出し、
検閲を受けなくてはならない。
誰がどんな手順で判断してそれを決めているのか。
我々日本人から見たら、実にナンセンスなことも多いが、
それもこの国の現状だ。たとえば女性が単独でステージ上で歌うのはNG
服装も日本の女性歌手なら、イランではほぼムチ打ち刑ものだろう。
事前に届け出て承認された曲でないと演奏は不可で、
その場のノリで曲を変えたら、逮捕。
つまり「自由にやりたいなら、海外でやれ」ということになる。
もちろん「自由」といっても色々あるだろうが、
表現者(アーティスト)にとってそれを他人に決められることは、
自分を否定するのと同じことだ。


本作では、主人公2人を狂言回しに、
テヘランの現在の音楽シーンを次々に見せてくれる。
そして知れば知るほど、表現者にとって厳しい世界かを知ることになる。
その姿は、イランで自由に映画が撮れないゴバディ監督の姿に重なってくる。
実際、本作を最後に、ゴバディ監督はイランを後にした。
★★★

(旅行人のウエブサイト、「旅シネ」掲載原稿と同じです)
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by mahaera | 2010-08-02 13:33 | 映画のはなし | Comments(0)
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