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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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映画レビュー「この空の花 長岡花火物語」 何だかすごいものを見たという感じ

「この空の花 長岡花火物語」

評判がいい」ぐらいの前知識で、どんな映画かわからずに深夜にDVDを再生してぶっ飛んだ。
大林宣彦監督の「この空の花 長岡花火物語」だ。
現在の長岡市の花火大会と東日本大震災、
そして戦争時の長岡大空襲を、ドラマとドキュメンタリーで
描くというが、この語り口が、見慣れている
ふつうの映画とはまったく異なり、何だか別世界の
言語や表現
を見ているようで、
の暴走老人ぶりにホドロフスキーに通じるものを感じた。

何の説明もなく現在と過去、語り手がぽんぽんと飛び交い、
画面を見ている私たちに登場人物が語りかけたり、
セリフの棒読みを続けたり、ひとつの画面で
いくつもの時代のストーリーが同時に進行していたり、
ちょっとしたエピソードごとに回想に入ったり
(本を読んでいて脚注に出合って行き来する感覚だ)、
現実感を削ぎ落とした合成や、俳優が演じている
実際の人が出て来たりと、もうやりたい放題
大林流の書き割りの背景や、紙芝居のような合成は
慣れてはいたが、その手法はもう完成の域
日本人と原爆と原発の問題(長岡は原爆投下候補地だった)、
戦争の悲惨さを描いているが、メッセージは
かなりストレートなのに、押し付けがましなく、
映画の力によって、あれよあれよと見せつけられてしまう。
こんな映画は、世界にほとんどない
160分という長尺を、怒濤のカットやシーン
(想像するだけで苦労とそのイマジネーションに気が遠くなる)で、
たたみかけるように見せているが、
その情報量たるや朝ドラの総集編を見ているようなものだ。
現在の長岡市の花火大会に空襲で死んだ人々や
裸の大将・山下清、サックスの坂田明まで飛び出すのは、
ほとんど「ゲルニカ」だった。

「人間にもっと想像力があったら、戦争なんか起きないのに」という、“きれいごと”とも取られかねないメッセージを、大林監督は照れることなく、ビュアに発信している。
本当だが、気恥ずかしくてなかなか言えないことだ。
YAHOOニュースのコメントを見ると、そんな“想像力”のない人たちのコメントだらけだ。
「戦争を終わらすためには、多少の一般人が空爆で死ぬのはやむを得ない」とIS国への空爆を認めている人たち。
犯罪者や危険地域に行くジャーナリストだけでなく、遠い国で家族の幸せだけを願ってひっそり暮らしている人の死も、自分に関係なく、気にしない、そんな今の風潮に、真剣に大林監督は危惧を抱いているのであろう。
そんなメッセージも伝わるが、何よりも映画の表現として
「なんか変なものを見てしまった」と思わずにはいられないパワー。
これに近いものは、最近ではホドロフスキーの「リアリティのダンス」ぐらいしか浮かばない。
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by mahaera | 2015-06-09 10:56 | 映画のはなし | Comments(0)
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