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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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新作映画レビュー『草原の実験』セリフなしの詩的な映像に酔い、結末に驚く

草原の実験
Ispytanie

2014年/ロシア
監督:アレクサンドル・コット
出演:エレーナ・アン、ダニーラ・ラッソマーヒン、カリーム・パカチャコーフ
配給:ミッドシップ
公開:9月26日
劇場情報:シアターイメージフォーラム
http://sogennojikken.com


●ストーリー
風が吹き抜ける、ロシアかモンゴルかの草原地帯。そこに一軒だけぽつんと立つ小さな家があり、少女はそこで父親とふたりで暮らしている。働きに出かける父親を見送った後、少女は壁に貼った世界地図を眺め、スクラップブックを開き、遠い世界に思いを馳せていた。そんな彼女の前にひとりの金髪の少年が現れ、前から彼女を好きだった地元の少年と、ほのかな三角関係が生まれる。しかし、そんな日々にも、少しずつ暗い影が差していた。

●レヴュー
「衝撃のラスト」というのがすでにネタバレかもしれないが、この映画はラストにつながる歴史上の史実にある程度知識があったほうが、いいかもしれない。でなければ、なかにはキョトンとしてしまう人、あるいは「これはSF映画?」と思ってしまう人もいるかもしれないからだ。まずは、下記の「映画の背景」ぐらいの知識を頭に入れておいて、映画を観ている間は忘れて、最後にそれが背景にあることを思い出せばいい。

映画は、一切のセリフを排した、美しい詩のような作品だ。舞台となるのは草原にぽつんとある一軒の家とその周辺だけ。町や村は一切出て来ないので、これがいつの時代の話かさえも、よくわからない。登場人物も、主人公の少女とその父、少女に恋心を抱いているモンゴル系の地元の少年。やはり少女に恋をするロシア系の金髪の少年の4人が中心とシンプル。セリフないし、時代や場所を特定できるもの排している事から、寓話性も高いし、何よりもこの場所がこの世のものらしい俗っぽさとは無縁のものに見えてくる。そして少女。父親は典型的なモンゴリアンのおじさんだが、その娘は血がつながっているとは見えない美少女(笑)。演じるエレーナ・アンは、韓国人とロシア人のハーフとのことだが、まだ少女らしい(撮影当時14歳)奇跡的な一瞬を、カメラは捕らえている。まあ、『初恋のきた道』でチャン・ツィイーを初めて見たときぐらいの、インパクトがあるのだ(変なたとえだが)。

セリフはないが、映像と音は多くの言葉にはならない感情を物語る。誰もいない家で、世界地図を眺める少女。草原を歩く少女の前に、馬に乗った近くの少年が迎えにきて見つめあうとき、少女は少年の気持ちを知りながら知らない振りをする。父親のもとをかつての友人たち?が尋ねてきて、父親が操縦席に楽しそうに座る。かつて、彼らは戦争で戦った仲なのだろうか。この素朴で、子供っぽいところもある父親もいい。ファンタジーの世界のような楽園だが、そこに次第に暗い陰がさしてくる。父親はどこに働きに出ているのだろう。鉄条網の先には? 突然雨の夜にやって来て、父親の身体を調べる男たちは、まるで異世界からやって来たエイリアンだ。その無言さが、よりいっそう不気味さをあおる。父親が具合が悪くなった時、少女が猟銃を取り出す。どうするのかと思ったら、少女はそれを空に向けてパーンと撃つ。それが草原の伝達手段なのだ。印象的なシーンだ。

不吉な前兆もあるが、それは中盤以降に始る、少女をめぐる少年たちの三角関係のドラマに覆い隠される。少年とはいえ、やはり男。少女の心を勝ち取るためには、がんばらなくてはならない。かといってドロドロとしたものではなく、少年期には誰しも通った道のりだろう。それも楽園の一コマかもしれない。しかし、1時間半に渡って描かれたこの楽園が、二度と戻って来ないその衝撃のラストには打ちのめされる。ニュースにもならなかった事件だが、そこに人間らしく幸せに生きていた人たちがいたことを忘れてはならないと。このぐらいの知識があれば十分。あとは映画館で、少女と一緒に時間を過ごして欲しい。カザフスタンで、かつていたかもしれない人々と。
(★★★★)

●映画の背景
1949年8月27日、旧ソ連のセミパラチンスク(現カザフスタンのクルチャトフ)でソ連最初の原子爆弾が爆発した。機密保持のため、住民への避難勧告はなされなかった。また、この場所が選ばれたのは、担当者がこの地域を「無人」と偽って選んだからだという。
[参考]
セミパラチンスクのドキュメンタリー 書き起こしリンク
HTTP://KIIKOCHAN.BLOG136.FC2.COM/BLOG-ENTRY-791.HTML

●関連情報
2014年の東京国際映画祭で最優秀芸術貢献賞とWOW WOW賞を受賞
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by mahaera | 2015-10-18 23:58 | 映画のはなし | Comments(0)
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