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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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新作映画レビュー『 光のノスタルジア』チリの自然の中に秘められた、人々の悲しい記憶

光のノスタルジア
Nostalgia de la Luz

監督:パトリシオ・グスマン
配給:アップリンク
公開:10月10日
劇場情報:岩波ホール
http://www.uplink.co.jp/nostalgiabutton/



●レヴュー

チリのアタカマ砂漠。平均標高2000mの盆地にある砂漠は、「世界で最も乾燥した場所」とも言われ、40年間雨が降らなかった場所もある。そのため大気の揺らぎが少なく、ハワイと並ぶ天体観測の拠点として、多くの望遠鏡が造られている。望遠鏡が捕らえるのは“宇宙の光”。それはすべて過去に起こったできごとであり、天文学者は“過去”を見つめる事で、宇宙の謎を知ろうとするのだ。

一方、この砂漠は極度に乾燥しているため、死体はミイラ化して腐る事はない。時おり掘り起こされる古代人のミイラは、ミイラというには生々しく、私たちに何かを語りかけているようでもある。そして、語りかけて来る死体は、何も遠い過去のものばかりではない。1990年まで続いたチリのピノチェト独裁政権下での弾圧により、政治犯として密かに殺された人々だ。アタカマ砂漠に造られた収容所で殺された人々は、当初この砂漠に埋められた。遺体は発覚を怖れて、のちにどこかへ遺棄されたが、その一部がときおり発見されるのだ。カメラはシャベルを持って砂漠を掘る老女たちを映し出す。息子や夫を殺されたもの。彼女たちは30年たった今も、その一部を探すために砂漠に立ち続ける。彼女たちが求める“過去”は足元にある。

個人的な事だが、チリの軍事独裁政権の事を最初に知ったのも映画でだった。1976年に日本で公開されたフランス映画『サンチャゴに雨が降る』だ。1973年に起きたチリの軍事クーデターを描いた作品だが、当時はあまりその背景について深く知る事もなかったと思う。これは選挙で選ばれた政権が社会主義だったため、アメリカの後援で軍部がクーデターを起こし、大統領らを殺害した事件だ。そもそも選挙で選ばれるだけあって、支持率が40%はあったのだから、国内に不満分子をその分だけ持つ事と同じ。軍部は、反対派を次々と捕らえて殺害していく。このクーデターは当時、世界的にはかなりショックだったようで、多くの映画や小説で扱われている。日本ではもちろん自民党は、軍部を支持(ってなんだ)している。

本作の監督のグスマンは、クーデター時に2週間監禁され、その後、海外に住み、活動を続けている。90年に軍事政権は崩壊したが、チリの人々の多くは「すんだことは蒸し返すな」という態度のようだ。殺害に加わった人たちは口をつぐみ、遺体は発見されず、闇の中。しかし愛する人を亡くした人々にとっては、そんな“大人の事情”は関係ない。今日もシャベルを持った老女たちが、記憶のかけらを求めて、この砂漠をさまよっているのだ。人間の愚かさ、哀しみが伝わって来るドキュメンタリーだ。
(★★★☆)
by mahaera | 2015-10-25 22:50 | 映画のはなし | Comments(0)
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