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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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映画レビュー『裁かれるは善人のみ』巨大な力の前で翻弄される“善人の苦難”の物語

裁かれるは善人のみ
Leviathan

2014年/ロシア
監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
出演:アレクセイ・セレブリャコフ、エレナ・リャドワ、ウラディミール・ヴドヴィチェンコフ
配給:ビターズエンド
公開:10月31日
劇場情報:新宿武蔵野館ほか
http://www.bitters.co.jp/zennin/


●ストーリー
ロシア北部の港町。自動車修理工のコーリャは、若い妻リリア、亡き妻との間の息子ロマと共に一軒家に住んでいる。強欲な市長ヴァディムは権力にものを言わせ、コーリャの土地を無理矢理に買収しようとしていた。コーリャは友人の弁護士ディーマをモスクワから呼んで対抗しようとする。しかしやがて、物事は玉突き状態のように、悪いほうへと転げ落ちて行く。

●レヴュー
何気ないファーストシーンから、この映画はきっと“いい映画”に違いないという予感がした。そして実際、その通りだった。今年のベストテン級の作品であることはまちがない。まず、物語の舞台となるロシア北部の港町のロケーションがいい。田舎町の片隅にある荒涼とした風景。しかしそんな土地にもしがみついて生きている人がいる。そしてさらに、それを取り上げようとしているものもいる。

全体的には力強いタッチで描かれる悲劇だが、それをぐっと引いた視点で物語は描かれている。といってもドキュメンタリータッチではない。コミカルなトーンのシーンもあるし、また主人公以外の登場人物にも、同等にキャラクターがよく描かれ、“群像劇”といってもいい物語特有のタッチなのだ。しかしそこに、どこか醒めた視点がある。それは大自然が常に画面に描かれているからだろうか。たとえばコーリャの一家が住む家には窓が多く、家の中のシーンでも常に外の風景が映り込んでいるといった具合だ。

主人公のコーリャは、どちらかといえば世渡りがヘタな無骨な男とでもいおうか。男気があり、まがったことはきらいだが、やや融通に欠け、面倒くさい所もある。しかしそんな男だから、友人はいるし、妻も欠点を認めながらも彼を愛している。一方、彼と対立する市長は、権力がある割には小心で、コーリャを内心怖れている部分もある。自分のしていることが悪いという自覚もあるが、結局は悪事に手を染める。その間で翻弄されるのが、妻リリア、そして息子のロマ、弁護士のディーマだ。彼らはコーリャほど意地を張らない、どちらかと言えば私たちに近いふつうの人たちだ。彼らは、自然や社会にあがなうことより、自分の身近な悩みを解決したいのだ。

映画で驚くのは、教会(ロシア正教会)と権力の結託と腐敗だ。市長も自分の悪事には気がとがめる部分があり、司祭に相談するが、司祭はそれを知って聞こうとしない。悪事だと知っているからこそ、あえて「聞かないこと」にしようとする。その悪事が、教会と関係しているからだ。教会は“きれいなまま”誰かの犠牲の上に神の家を建て、神はその上で罪人を祝福する。いや、そもそも神はこの土地にはいないのだ。

映画の原題は「リヴァイアサン」。聖書に出てくる最強の怪物(レヴィヤタン)であり、ホッブスが「国家」をたとえたもの。そしてその怪物は、映画の中で理不尽な仕打ちを呪う主人公に神父が話をする「ヨブ記」の中にも出てくる。ヨブ記では、敬虔な信者で善人の主人公ヨブが、次々理不尽な苦難を受け、神に試される。要するに、世の中は因果応報で動いているのではない。神の考えることは誰にもわからない。だから不幸も神が決めたことで、受け入れろということだ。しかし主人公コーリャは納得できないし、神を信じられない。「ヨブ記」では、神が関心があるのは神を信じるもののみであり、悪人は興味がないともとれる。

浜辺に打ち上げられたクジラの白骨。そして妻リリアが目にする海の怪物…。人は自分の力で対抗できない、大きな力に立ち向かっては行けないのか。そして、ただ破れるのみなのか。わかりやすいエンディングではないが、非常な現実を私たちに見せてくれるインパクトは強い。ロシアもこういった映画が作られるようになってきたのも驚きだ。(★★★★)

●関連情報
第72回ゴールデングローブ賞外国語映画賞、第87回アカデミー外国語映画賞ノミネート、
第67回カンヌ国際映画祭脚本賞、など、世界の映画賞を受賞

旅行人のwebサイト「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました
by mahaera | 2015-11-01 11:08 | 映画のはなし | Comments(0)
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