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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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新作映画レビュー『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』少女と犬の絆の物語から現代社会のメタファーへ

ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲
White God
2014年

監督:コーネル・ムンドルッツォ
出演:ジョーフィア・プショッタ、シャーンドル・ジョーテール
配給:シンカ
公開:11月21日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷
公式HP:http://www.whitegod.net/http://www.whitegod.net/


●ストーリー
ヨーロッパのある国で、雑種犬に重税を課すという法律が施行された。その国の町で暮らす13歳の少女リリは、母親の長期出張の間、離婚した父親のもとに預けられる。父ダニエルは大学教授の仕事を辞めて、今は食肉工場で働いている身だった。そんなリリの心の拠りどころは、飼い犬の雑種犬ハーゲンしかいない。ある日リリは仕方なく、ハーゲンを所属しているオーケストラのリハーサルに連れて行き、トラブルを起こした。ダニエルはリリの反抗的な態度に怒り、ハーゲンを遠くへ置き去りにしてしまう。野良犬となったハーゲンは、やがて拾われた先で闘犬として訓練されていった。野性に目覚め、獰猛になって行くハーゲン。一方、リリはハーゲンを探して町をさまよっていた。そしてハーゲンは施設の犬たちを引き連れ、人間に対して反乱を起こす。

●レヴュー
町を疾走して行く、200匹近い犬たち。このオープニングから話は数ヶ月前に戻り、少女リリと飼い犬ハーゲンの物語にさかのぼる。主人公リリは、一緒に暮らしていた母親に恋人ができ、しばらく会っていない父親に預けられる。父親はかつて大学教授だったが、何か事件を起こしたのか、いまでは職人工場で働く身分だ。しかしプライドが強く、反抗的な娘に対して愛情を示すことができない。リリが心を許せるのは、愛犬ハーゲンだけだった。しかし、そんな孤独な少女と愛犬の感動物語と思って見ていたら、ハーゲンが捨てられるあたりから映画の雰囲気が変わって行く。

中盤は、路上に捨てられた犬のハーゲンが、闘犬として訓練(虐待に近い)されたり、捕獲されて収容所に連れて行かれたりする、ハーゲンのサバイバルドラマに変わる。ここで物語はリリからハーゲンの目線へと変わる。犬が虐待されるシーンは、犬好きには辛いだろう。犬同士を闘わせる闘犬も、ローマ時代のグラディエーターのように残酷なものだ。ハーゲンは人間への怒りを覚え、収容所の犬たちを率いて脱走する。町を駆け抜けていく犬たちの姿は、この映画最大の見せ場と言ってもいい。自由を得たものの解放感に満ちているからだ。しかしその後、少女との感動的な再会が待っている訳ではない。

その後の三幕目に当たる部分は、「ええ?」という意外な展開に向かって行く。安っぽいB級ホラーのようだ。ハーゲンを(犬たちを)いままで虐待していた人たちが、次々と犬に殺されて行く。いや、ひとりとかふたりならともかく、一幕目、二幕目に登場した人たち、ひとりひとりを再登場させて、ご丁寧に襲うシーンも。この演出がホラー映画の定番演出で、あきらかにやり過ぎ(笑)。怖いというより苦笑してしまう。何か違う映画を観ているようだ。

そして4幕目。はたして少女(人間)とハーゲン(犬)は和解できるのか。そしてリリの父親は、リリの信頼を取り戻すことができるのかというエンディングに向かって行く。そして映画はそれと同時に、寓話的色彩を帯びていく。このあたりになって私たちは気づいていく。この犬たちは、実は移民や格差社会のメタファーであることを。犬たちの収容所は、難民収容所やナチスの強制収容所をどうしてもイメージしてしまう。雑種は生きる価値がないというのか? 愛情がなくなったら捨ててしまうことは? 人間の楽しみのために、血を求めていいのか? 飼い犬にとって人間は神や親のような存在かもしれないが、それを勝手に見捨てることは? マイノリティを蜂起させるほど、追いつめることは? そんな問いかけが、観客に次々と投げかけられるだろう。とくに難民問題で揺れる欧州では、この作品を見て他人事とは思う人はいないだろう。

“3幕目”のB級ホラー(定番過ぎて怖くない)シーンが個人的には減点だが、それでも最後には映画は力強さを取り戻す。今年見るべき映画であることは確かだろう。
★★★☆

●関連情報
カンヌ国際映画祭で、「ある視点」部門グランプリとパルム・ドッグ賞を受賞。

旅行人のWEBサイト「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました
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by mahaera | 2015-11-23 13:00 | 映画のはなし | Comments(0)
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