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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『ブリッジ・オブ・スパイ』 現代の世相に訴えたいというスピルバーグの熱意

ブリッジ・オブ・スパイ
Bridge of Spies

2015年/アメリカ

監督:スティーブン・スピルバーグ(『ジュラシック・パーク』『リンカーン』)
脚本:イーサン&ジョエル・コーエン(『ファーゴ』『ノーカントリー』)、マット・チャーマン
出演:トム・ハンクス(『フォレスト・ガンプ』『プラベート・ライアン』)、マーク・ライランス(『インティマシー/親密』)、エイミー・ライアン(『ゴーン・ベイビー・ゴーン』)
配給:20世紀フォックス映画
公開:2016年1月8日より全国にて公開中
劇場情報:全国
HP: http://www.foxmovies-jp.com/bridgeofspy/


●ストーリー

ときは冷戦下のアメリカ。ニューヨークでひとりの男が逮捕された。彼はソ連の将校のアベルで、スパイ活動を行っていたのだ。そのアベルの国選弁護人を引き受けることになったドノヴァンは、彼に公平な裁判を受けさせるため、世論の批判や脅迫を受ける中、弁護に力を尽くす。ドノヴァンの力もあり、アベルは死刑ではなく懲役刑になり、二人の間に信頼関係が生まれた。その5年後、今度はソ連の領空内でスパイ活動を行っていた米軍のU2偵察機が撃墜され、パイロットが拘束されるという事件が起きる。機密が漏れる前にと、CIAはパワーズとアベルの捕虜交換を画策。その代理人にドノヴァンが選ばれる。

●レヴュー

この「旅行人シネマ倶楽部」で取り上げるにはメジャーすぎる映画かもしれないが、公開前の宣伝も盛り上がっておらず、観る人も少ない中、公開が終ってしまうのではないかと思い、ここで紹介することにした。かつて「スピルバーグ作品」といえば、大々的に宣伝されたものだが、彼自身もいまでは「地味だが自分の撮りたい作品を作る」方向に向かっており、近年では娯楽大作で磨いたテクニックを、良質な小品に使っている。前作にあたる『リンカーン』がまさにそうで、派手な戦争スペクタクルと偉大な偉人伝を期待した人は拍子抜けしたに違いない。戦闘シーンはオープニングにあるだけで、映画の大半は法案を可決させようとするリンカーンが、ワイロや取引など清濁合わせて、何とか反対派を取り込もうとする、屋内劇だったからだ。そこで奴隷制廃止法案を通すにリンカーンが手こずるのは、消極的ながら奴隷制を認める人たちではなく、逆のもっと過激な奴隷解放論者だった。妥協しながらも、ある一線だけは超えないという信念を貫くことがいかに難しいかを描いた、“大人の”映画だった。

本作もそうした“大人”を描いている。たぶん、『ミュンヘン』を撮ったあたりから、スピルバーグは「理想のためには人を傷つけることもいとわない世界中の原理主義者」たちにうんざりしているに違いない。映画の舞台は、アメリカとソ連が緊迫して対立していた、1950〜1960年代の冷戦下。今では世界史の教科書の中のできごとだが、このU2撃墜事件の2年後の1962年には有名な「キューバ危機」が起き、世界は第三次世界大戦の一歩手前まで行ったのだ。アメリカを“恐怖”が支配し、「やられる前にやってしまえ」的な気分が襲う。そんな中で起きたスパイ事件だから、“極刑”を求めるアメリカ国民の声は大きかった。国家同士は、強気の発言をしながら水面下では落としどころを探って行く。しかし、煽られてしまった国民はそうはいかない。もっとも過激な意見が正論になる。たとえば現在の日本で、最終的に現実的なところで阿部政権が周辺国と“手打ち”をしても、それを喜ばない人も多いだろう。ガンディーを暗殺したのも、ラビン首相を暗殺したのも、“相手側”ではなく、右翼だった。なので本作で描かれるように、自国民が少しでも相手国の味方になるように映れば、それは“裏切り者”として批判する対象となるのだ。

スピルバーグが本作を映画化しようと思ったのは、現代に再び蘇ったそんな風潮をダイレクトに描くより“過去”の話として語ることで、「この現在も時が経てば冷静に何が正しかったかがわかる」という思いを込めてのことだろう。その時の感情や熱情、もしくは国策で、法を変えていいのか。もしそれができるなら、非常に危険ではないかと。スピルバーグはアメリカが好きだが、それは“法治国家”として機能しているアメリカなのだ。

映画の後半の舞台は、壁がまさに造られていくベルリンに移る。壁が作られて行く姿は、映像として観た記憶がないので新鮮だ。通りの真ん中に突然ブロックを積んで行くのだから、本当に帰れなくなった人もいるのがよく分かる。この双方を遮る“壁”と対照的に描かれているのが、スパイ交換に選ばれた“橋”だ。こちらは双方を結ぶ“架け橋”の象徴だ。ドノヴァンが東ベルリンで出合う交渉相手も、会ってみればアメリカ側とそう変わらない。向こうも不安で、こちらの出方を探っているのだ。そして敵も味方も“愛国心”には変わりない。楽観的な結論かも知れないが、戦争のきっかけとなる“恐怖”もまた自分が創り出すもの。それを抑えれば戦争は回避できるし、自分の恐怖に負ければ戦争が起きるのだ。直球勝負の良作だが、見る人は少ないのだろうなあ…。★★★☆

●関連情報

同時期公開されている『完全なるチゥックメイト』も、東西冷戦下で踊らされる人々を描いている。合わせて見ることをおすすめする。

旅行人のウエブ、旅行人シネマ倶楽部に寄稿したものを転載しました。
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by mahaera | 2016-01-15 09:48 | 映画のはなし | Comments(0)
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