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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『千年医師物語 ペルシアの彼方へ』 堅実だが物足りないベストセラーの映画化

千年医師物語 ペルシアの彼方へ
The Physician
2013年/ドイツ

監督:フィリップ・シュテルツェル(『アイガー北壁』)
原作:ノア・ゴードン
出演:トム・ペイン、ステラン・スカルスガルド(『ドラゴン・タトゥーの女』)、ベン・キングズレー(『ガンジー』)
配給:アークエンタテインメント/東北新社
公開:2016年1月16日より有楽町スバル座ほかにて公開中
HP: http://www.physician-movie.jp


●ストーリー

迷信とキリスト教が支配する、11世紀のイングランド。当時は“医療”と呼べるものはなく、治療は旅回りの“理髪師”が行うものだった。母親を“脇腹の痛み”の病で、亡くした幼いロブは、その日からその治療法を見つけたいと願うようになり、理髪師に弟子入りする。国中を回り、その技術を身につけていったロブだが、やがてユダヤ人医師が高度な外科手術ができることを知る。さらにその医師が学んだのはペルシアの高名な医師イブン・シーナであることを知ったロブは、彼がいるイスファハンを目指す。ロブはキリスト教徒であることを隠し、ユダヤ教徒を装ってイスファハンへと向かうが、その道は困難を極めていた。

●レヴュー

原作は、世界中でベストセラーを記録したアメリカ人作家ノア・ゴードンの「千年医師物語」。3部作からなる小説だが、本作はそのうちの第1部となる「ペルシアの彼方へ」の映画化だ。日本でも90年代に売れたと思うので、ずいぶん遅い映画化、しかもハリウッドではなくドイツで大作映画として製作されたというところに、映画化への難しさがあるのだろう。主人公が“医者”ということで、派手なアクションや立ち回りはなく、クライマックスが“治療”ともなれば、映画としては地味と踏んだのかもしれない。

原作は私も読んだが、文庫で上下の長編なので、映画化に際しては思い切った省略がなされている。個人的にはイスファハンに着くまでの主人公の苦労が、当時の旅の雰囲気を知ることができて面白かった部分だが、そこが映画ではあっさり削られたのが残念。ただ、映画としてはここを切るのはわかる。あとは、ヒロインのキャラクターがほぼ別人に変更。原作では、主人公とヒロインの恋物語がかなりメインなのだが、映画ではこちらはちょっと添え物。むしろイブン・シーナとの師弟関係を中心に進んで行く。これは、シーナ役にビッグネームが来た配慮なのかはわからない(笑)

さて映画は、キリスト教の影響が強かった中世のイングランドから始まる。ヨーロッパでは医学や科学は“魔術”として疎まれていたこの時代に、医療を目指すひとりの若者がペルシアを目指す。当時のイスラム圏は、ヨーロッパでは絶えてしまったギリシア哲学や医学を継承していた。そのため、ヨーロッパの知識人は、アラビア語に翻訳されたギリシアの文献を求め、当時はイスラム圏だったトレドやコルドバに向かったという。この物語は、「もし、中世に生きる若者がペルシアまで旅をしたら」というフィクションと史実を組み合わせた、歴史ドラマだ。司馬遼太郎の歴史小説よろしく、そこに生きた人物を通して歴史を語るのだ。冒頭の中世イングランドの、医療以前のダメダメ感はなかなかよく描けていると思う。主人公ロブが最初に師にする“理髪師”役のステラン・スカルスガルドも珍しく“いい人”役で好演。

先にも書いたが、当時、イングランドからペルシアまで行くには相当の苦労が必要だった。言葉や資金、そして安全など、問題は山積みだったからだ。先にも書いたが、原作ではユダヤ人に化ける苦労などが詳細に書かれ面白かったが、映画ではバレないように自分で割礼を施すシーンがあるぐらい。さて、イスファハンにたどりついた主人公。当時の町の再現が映画の見どころだが、あまり資料や建築物が残っていない時代なので(「王の広場」に代表される現在のイスファハンは16世紀にサファビー朝の都になってからのもの)、城壁に囲まれた中世の城下町風に描かれている。彼は運良くここでイブン・シーナに弟子入りすることができ、当時の医学の最先端を学ぶ。イブン・シーナは中央アジアのブハラ近くで生まれ、サーマーン朝に仕えていたが、その滅亡後はイランのブワイフ朝に仕官し、ハマダンやイスファハンに住んでいた。実際は医学者だけでなく、哲学や自然科学にも造詣が深く、また宰相として政治実務もこなす人だった。

映画は主人公とシーナの師弟関係を軸に、母を奪った病気の解明のために“人体解剖”の禁を犯す主人公、そして人妻となったヒロインとの恋、イスファハンの君主との関係を描いていく。当時のブワイフ朝はシーア派で、それを滅ぼすセルジューク朝はスンナ派なのだが、その対立は映画では国内の世俗主義と原理主義の対立という構図に置き換えている。それは、宗教の原理主義は、ときに科学的な医学を敵視し、人類の進歩を阻もうとすることもあるという、今日にも通じる問題だからだ。

と、このように歴史好きにはかなり面白い話なのだが、時代考証はあまり正確ではない面もある。しかしこれは作者が無知というわけでなく、主人公がイスファハンに滞在している短い期間に、その前後100年ぐらいに社会で起きた変動や事件を盛込もうとするためで、映画的には仕方がないだろう。それよりも話の運びが人間味を掘り下げるよりも、ストーリーを進めることに腐心した結果だからだろうか、テレビ的。主人公とヒロインの俳優に魅力がないほうが、本作の物足りなさに影響している。脇は演技力のある俳優が占めているので、そのシーンは重量感があるのだが。2時間半の大作だが、これはテレビシリーズでやったほうが良かったかもしれない。題材は面白かったので☆オマケ。(★★★前原利行)

■関連情報

イラン政府はこの映画を、イランに悪意があるハリウッド映画としています。この記事が面白いのでご覧ください。ただし、この記事にあるように「イブン・シーナーとその弟子が処刑される」ことはないので(されそうになる)、そこはスルーしてください。映画は反イスラム的というより、反原理主義というほうが正しいのですが、イラン自体原理主義国家なのでそこが癇に障るのでしょう。科学が宗教の上に来ることはあってはならないですからね。映画(原作)の脚色は、悪意がある改変でなければ、時間制限のある映画では仕方がないですよね。まあ、すべての改変が“悪意”とすれば、もうどうしようもないですけれど。
HTTP://JAPANESE.IRIB.IR/2011-02-19-09-52-07/イスラム四方山話/ITEM/46573-事実に反した映画「千年医師物語」

旅行人のWEBサイト、「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました
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by mahaera | 2016-01-16 18:03 | 映画のはなし | Comments(0)
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