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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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子供に教えている世界史・バルカン戦争を知っているか?

最近、第一次世界大戦に興味を持っている。
きっかけは昨年旅行したバルカン半島。
つい近年まで内戦をしていたユーゴ紛争の火種は、
この第一次世界大戦に遡ること。
あとは、すっかり忘れていたが、いまは第一次世界大戦の100年後なので、昨年の旅行でそうした展示を何度も目にしたのだ。

さて、今回はそこまでの道のりだ。
1904年の日露戦争開始の翌年、1905年にモロッコのタンジールをドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が訪れ、モロッコの領土保全や門戸開放を訴えた。
これにモロッコの保護国化を進めているフランスと、
対岸のジブラルタルを保有しているイギリスが反発
第一次モロッコ事件)。
結局、会議の結果、翌1906年にモロッコはフランスの支配下に入ることで合意。
しかしヴィルヘルム2世は懲りずに、1911年にモロッコの内乱に乗じて軍艦を派遣(第2次モロッコ事件)。
これにイギリスとフランスが強く反発し、またもヴィルヘルム2世はあきらめることに。

英仏独がモロッコで緊迫しているその1911年、
どさくさに紛れてイタリアがトルコと戦争を始めて、
トルコ領のリビアに進出した(イタリア=トルコ戦争)。
イタリアはもともとドイツ、オーストリアと三国同盟を結んでいたが、トリエステの領有をめぐってオーストリアと対立し、すでにフランスと協商を結んでいた(三国同盟から実質脱落)。
 
さらにこのイタリア=トルコ戦争の最中の1912年に、
今度は第一次バルカン戦争が勃発する。
この当時のバルカン半島の状況をおさらいすると、
露土戦争などの結果、1878年のベルリン会議でルーマニア、
ブルガリア、セルビア、モンテネグロ
が独立国として認められていた。あとギリシアもあったね。
これらの国々の後ろ盾は、
パン=スラヴ主義の保護者を自認するロシア
これとぶつかっているのが、パン=ゲルマン主義を掲げるドイツとオーストリア
で、パン=スラヴ主義拡大を恐れるトルコは、ドイツの友邦となる。
そんな中、パン=スラヴ主義の急先鋒であるセルビアは、
「大セルビア主義」を唱えて、アドリア海進出を狙った。
しかし1908年にオーストリアがセルビア人も住むボスニア・ヘルツェゴビナを併合
これはセルビア人の怒りを買う。
「うちが併合したかったのに!」ってね。

他のバルカン諸国がおおむね民族ごとに国の単位を考えているのに、なんでボスニア・ヘルツェゴビナだけ、民族ごとじゃないかと前から疑問だったが、当時、この国の人たちは民族や宗教ごとの帰属意識より、同じ土地に住んでいることへの帰属意識が強かったらしい。まあ、民族主義なんて19世紀入ってからだしねえ。

さて、そのセルビアを中心にして、1912年にバルカン同盟が結成。
セルビア、ブルガリア、モンテネグロ、ギリシアが加盟国で、
目的はトルコから領土を分捕ること
トルコがイタリアに敗れたのを知ると、
バルカン同盟の国々は「これなら勝てる」とトルコに1宣戦布告。
主力はブルガリアとセルビア軍。
ギリシア軍は弱かったが、海軍を保有していたので、
オスマン軍の兵士の海上輸送を遮断した。
というのも、この戦争が始まった時は、
オスマン軍はまだイタリアとリビアで戦っていたので、
兵士もそちらに送られていた。
ようやくイタリアと講和して、兵を移動しようとしたオスマン軍だが、エーゲ海の制海権はギリシアが握っていたので、邪魔をされる。

戦闘は一ヶ月後には休戦したが、すぐに再開。
翌1912年3月、ブルガリア軍により
アドリアノープル(エディルネ)が陥落
ギリシア、セルビア軍もマケドニアに進出し、
5月にようやくロンドン条約が結ばれ、戦争が終わる。
これによりアルバニアの独立が認められるが、
マケドニアに関してはブルガリアとギリシアの主張がぶつかった。
ブルガリアは実はイスタンブールまで狙っていたが、
それは同じくイスタンブールを狙っていたロシアには知らされていなかった。

さて、第一次バルカン戦争で得た領土をめぐって、
ブルガリアと他の3国の間で調整がつかずに、
1913年6月に新たな戦争が始まる。
これが第二次バルカン戦争。

セルビアはアドリア海への出口が欲しかったが、
オーストリアの干渉でアルバニアが独立すると、
じゃあマケドニアの一部が欲しいと主張。
ギリシアとつるんでブルガリアをけん制したが、
怒ったブルガリアが喧嘩を売った
この戦争では、モンテネグロ、ルーマニア、オスマン帝国までも
どさくさに紛れてブルガリアに宣戦布告し、
バルカン半島で孤立したブルガリアが敗北
ブルガリアは国のあちこちを各国に取られて周辺国を恨み、
ロシアと別れて、ドイツやオーストリアと組むことに。

以降ドイツは今までの同盟国オーストリアに加えて、
たなぼたでブルガリアも親ドイツ側に入ったので、
陸続きでトルコまで行けることになった。
バグダードまで鉄道を通せば、インドもうかがえる! 
それはイギリスが困る。
そして、オーストリアとブルガリアにはさまれる形に
なったセルビアの運命やいかに!
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by mahaera | 2016-07-29 16:11 | 世界史 | Comments(0)
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