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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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子供に教えている世界史・番外編 映画『ドクトル・ジバゴ』でロシア革命を学ぶ

20世紀最初の大事件に、「ロシア革命」がある。
教科書でも数ページにわたって説明があるのだが、
ちゃんと覚えている方は少ないのではないか。
世界史的には、1917年の2月革命と10月革命、内戦、
戦時共産主義、NEP、第1次五カ年計画、第2次五カ年計画あたりの
流れは必須だが、息子はぼーっとしている。
そこで、新・午前十時の映画祭で『ドクトル・ジバゴ』が上映されるというので、7月の第2週目、劇場に息子を連れて行った。

『ドクトル・ジバゴ』は、監督のデビット・リーンが名作
『アラビアのロレンス』の次に撮った、1965年の大作映画だ。
原作はソ連の作家ボリス・パステルナーク
しかし「ロシア革命を批判する内容」としてソ連では出版もされず、またノーベル賞を受賞したが、国家によってその辞退を強制された。
国家としては、『革命が人類の進歩と幸福に必ずしも寄与しない
ということを証明しようとした無謀な試み
(wikiより)』ということだが、「無謀な試み」以外はその通りだ。

幼い頃に両親を亡くしたユーリ・ジバゴ(オマー・シャリフ)は、
モスクワの裕福な親戚の家庭で育てられ、医学の道を志す。
ある夜、ユーリは中年女性の自殺未遂の治療に訪れ、
そこで女性のパトロンのコマロフスキー(ロッド・スタイガー)
女性の娘ラーラ(ジュリー・クリスティ)と出会う。
ラーラにはボリシェビキ革命を目指す恋人パーシャ(トム・コートネイ)がいたが、
コマロフスキーに惹かれ、母の愛人と関係を結んでいた。
やがて、ユーリは自分を育ててくれた親戚の娘
トーニャ(ジュラルディン・チャップリン)と結婚。
しかし第一次世界大戦が始まり、軍医として戦地へ向かう。
そこで看護婦として戦地に来ていたラーラと再会。
その間、帝国軍は総崩れになり、国内では革命が進行していた。
やがて革命政府はドイツと講和し、モスクワに戻ったユーリだが、
自宅は“革命同志”に接収されていた。
ユーリは残った家族を連れ、別荘のあるウラル地方へと移る。
その隣町でユーリは、ラーラと再会。
パーシャと結婚したラーラは、娘と2人で暮らしていた。
夫のパーシャは戦地で行方不明となっていたが、
実は赤軍指揮官ストレルニコフとして、
白軍とその協力者を冷酷に追い詰めていた。
ユーリとラーラの間に愛が生まれるが、別れる決心をしたその日、
ユーリは赤軍パルチザン部隊に拉致され、前線へと送り込まれる。

上映時間3時間20分という超大作
前奏、休憩、間奏ありの、オールドスタイルの大河ドラマだ。
原作は読んでいないが、やはり人間関係が複雑で長いはずで、
ストーリー的には連続ドラマの方が向いている作品かもしれない。
しかし、映画だからこそ可能な群衆シーンやスペクタクルもある。
ただし出来からいうと、『アラビアのロレンス』にはおよばない
これは、どうしても「主人公であるユーリに魅力的がない」という大きな欠点を抱えているからだ。
「ロレンス」は、主人公が一筋縄ではいかない複雑怪奇なキャラで、周りの人間が振り回されるのだが、
「ジバゴ」では主人公ユーリはブレない堅物。
翻弄される役柄なので、周囲のキャラばかり目がいってしまう
もちろんそれは監督の意図なのだが、見ている方は主人公が
ほとんど活躍しないので、フラストレーションが溜まっていく。
オマー・シャリフもインタビューで、「損な役柄」と語っていた。
とはいえ、クオリティ的には申し分なく、
「重厚で格調高いドラマを見た」という充実感は得られる。

戦争や革命という個人を無視する体制の中では、唯一自由を感じられるのは個人の愛情のみ
しかしそれを貫くことは、体制に「NO」を突きつけることと同じになるのだ。
だから、ソ連政府は原作を「反革命的」としたのだろう。

世界史的には、映画はロシア革命の数年前から
おそらく第二次世界大戦後のスターリン時代までの30年あまりを描いている。
「血の日曜日事件」を連想させる、市民デモを襲うコサック兵。
第一次世界大戦、続く、赤軍と白軍による内戦、
NEPによる成長期、そして第二次世界大戦が終わり、今や大国になったソ連まで。
そのあたりのロシアの時代の流れを、ざっくり掴むにはいい作品だろう。

まあ、息子には「戦争だろうが革命だろうが、
結局は死ぬのは一般庶民。理想を語るのはいいが、
革命の名の下に多くの人々が不幸になった。
自由を奪うという意味では、ある意味、革命の方が戦争よりも悪質。そんな中で、自由に生きたいなら、どうすればいい?」
と感じてくれればいい。
映画は意図的に戦闘シーンは少なくされ、
むしろ戦闘が終わった後の悲惨さが強調されている。
ロレンスのように勇壮な感じはなく、戦いも「やれやれ」感のみ。
特に「赤軍のパルチザンが白軍を機銃掃射で皆殺しにしたら、
死んだ兵士たちはみな少年だった」

というシーンはものすごく嫌ーな印象を残す。
あとは、赤軍に送り込まれているボリシェビキの思想指導者たちは、みな嫌な奴に描かれているとかも。

この映画で何が一番いいかというとモーリス・ジャールの音楽
特に「ラーラのテーマ」はおそらく彼の最高傑作だ。
音楽がいいと言ってしまうと、「映画はダメなの?」と思うかもしれないが、そんなことはない。
ただ、こんな素晴らしいメロドラマ大作のスコアはそうはない
もう前奏曲のイントロが聴こえてきただけで、
ロシアの大地とそこを流れる大河、白樺林が浮かんでくるはずだ。

ちゃんと眠ることなく。息子は耐えて鑑賞していたようだが、果たして面白かったのかな。
奥さんと子供がいるのに浮気しちゃう、正義心はあるが、優柔不断な医師が主人公なんで共感できないかもねえ。
むしろ、結婚するまで童貞を貫き、その鬱憤を革命に捧げ、
いざ結婚して過去の妻の不貞を許さず、人民殺しまくりでウサを晴らす冷血漢、ストレルニコフあたりに共感したりして。
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by mahaera | 2016-08-07 18:12 | 映画のはなし | Comments(0)
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