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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』 自分にドンピシャな脚本家。こうありたいもの

『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』 

2015年/アメリカ

監督:ジェイ・ローチ
出演:ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン、ヘレン・ミレン、エル・ファニング
配給:東北新社
公開:7月22日よりTOHOシネマズシャンテほかにて公開中


以前、映画レビューでも書いたことがあるが、ダルトン・トランボは若い頃の僕にとって最も気になるハリウッドの脚本家だった。
今と違って、ネットもwikiもない1970年代。
知りたい作家の経歴を知りたくてもわからず、
モヤモヤとしたものを感じていた。
知ってるのは、1950年代に共産主義者として赤狩りに遭い、
“ハリウッドテン”の一人して、自分の名前で脚本が書けない時代があったということ。
『ローマの休日』のオリジナル脚本は彼の手になるが、
他の脚本家イアン・マクレラン・ハンターの名義を借用し、
アカデミー賞を受賞したこと。
『黒い牡牛』でもアカデミー賞を受賞したが、彼が偽名で書いた作品のため、オスカーを受け取ることができなかったこと。
そして、『スパルタカス』でようやく自分の名前で脚本を発表できたということだ。
もちろん『ローマの休日』は好きな映画だし、
『スパルタカス』『パピヨン』『ジョニーは戦場に行った』は、
僕がリアルタイムで名画座通いし出した頃の大好きな作品なので、それらが皆同じ脚本家によるものだと知った時は、うれしかった。
ただし、『スパルタカス』『パピヨン』は何度も見ているが、
『ジョニーは戦場に行った』は辛くて一度しか見ていない。
多感だった?高校生には、あの主人公ジョーの姿は、ホラー映画以上の恐怖だった。
もっともその頃は、物語の裏に隠されたいろいろな意味がまだ理解できていたわけではない。

映画『トランボ』は、第二次世界大戦が終わり、
アメリカで赤狩りが始まった頃のハリウッドから始まる。
“共産主義者”は国の敵となり、ハリウッドでも“アカ”の思想に染まった者探しが始まる。
それまで脚本家として名声を得て、裕福な暮らしをしていたトランボだが、議会での証言を拒否し、有罪を宣告されてしまう。
この時、仲間たちの名前を挙げて、有罪を免れた者たちもいた。
もちろん政府側は証言を待つまでもなく、疑いがある者たちを割り出していたことだろう。
わざわざ証言をさせる理由は、彼らの不和と裏切りを世間に知らしめ、さらに仲間を売った屈辱を味あわせるというためだった。
ハリウッド内でも、ジョン・ウエインやロナルド・レーガンのようなタカ派は、“裏切り者”を積極的に炙り出そうとする。
なかには反骨精神を持つ者もいたが、
世の中がいわば大衆ヒステリーのような状況では、どうしようもなかった。
また、共産主義者にはユダヤ人が多かったことから、反ユダヤ的な運動もあったようだ。
“仲間を売った”者の中には、のちに『エデンの東』でアカデミー賞を取る名監督エリア・カザンがいる。
そのため彼は仕事を得ることができ、多くの名作を残したが、
仲間を売った汚名は一生ついて回った。
この赤狩りは、仕事を失った者に大きな痛手を与えたが、ハリウッドに生き残った者にもまた、大きな心の傷を残したのだ。

出所したトランボには仕事がなくなる。
そんな彼を拾ったのは、B級映画専門の映画会社だ。
高給取りの一流脚本家をタダ同然で使えるのだから、
こんなにうまい話があるわけはない。
その間、トランボは偽名で多くの作品を書く。
ここで、「上訴して法廷で闘おう」と一緒に仕事を失った友人がトランボに言う。
しかし、トランボは「書き続けることが私の闘いだ」と断る。
同じ有罪を宣告された仲間たちの間にも、赤狩りは大きな亀裂と傷を生んだ。

友人の名で発表した『ローマの休日』(1953)
そして偽名で書いた『黒い牡牛』がアカデミー賞受賞(1956)
自分の名前を公表できないトランボだが、大きな心の支えになったに違いない。
この映画の中で、観客が大いに湧くシーンがある。
ジョン・グッドマン扮するB級映画会社社長のオフィスを訪れた赤狩りの調査員が、バットで撃退されるシーンだ。
こうした男気のある者がいたからこそ、トランボは作品を書き続けることができたのだ。
しかし、おおっぴらにはできない作家活動は、家族に負担を強いる。そのあたりも『トランボ』は丁寧に描いている。
特に娘のエル・ファニングとの関係の変化は、
二人の俳優の好演もあり、いいシーンになっていると思う。

やがて、時代が変わり、「赤狩りで追われた脚本家だろうが、
構わないじゃないか
」という映画人も出てくる。
カーク・ダグラスがトランボを訪ねて『スパルタカス』(1960)の脚本を依頼するくだりや、同時にオットー・プレミンジャー『栄光への脱出』(1960)の脚本を急がせるシーンは、見ていて痛快。
とくに『スパルタカス』は、今だとカーク・ダグラスが筋金入りのリベラル派だと知っているので、彼がトランボに依頼した意図もよくわかる。
有名なラストシーン、奴隷軍を捕まえたローマの将軍が「スパルタカスは誰だ。知っているものは名前を言え。そうすれば残りの者は、はりつけにしないでやる」と言う。
しかし奴隷たちは、一人ひとり立ち上がり
「俺がスパルタカスだ!」と叫ぶ。
このシーンは、「仲間の名前を言えば許してやる」と言った赤狩りの公聴会にかぶる
実際には、「俺がスパルタカスだ!」とならなかったが、そこにトランボの願いが込められ、名シーンとなったのだ。
映画は、そのあと、トランボが名誉回復してスピーチをするシーンで終わる。
そこで、「この赤狩りには誰も勝者はいない」と、転向して仲間を売った者も傷ついたことをトランボは言う。

「俺は負けねえぜ」
この映画では触れられていないが、
映画『パピヨン』のマックイーンのセリフだ。
好きな映画だが、あの映画で不思議だったのは、
マックイーン扮するパピヨンが本当に人を殺して有罪なのかはハッキリと語られないことだった。
もともとこの映画は他の人物が書いた脚本で進められていたが、予算が膨れ上がり、急遽もう一人大スターが必要だということでダスティン・ホフマンがマックイーンの相手役に選ばれた。
ところが、ホフマンの役ドガは元の脚本では出番は少ししかない。
それを大きく膨らませるために、トランボが急遽雇われた。
彼は速書きで有名だったからだ。
トランボが書いた主人公パピヨンは、実際に何を犯したかは重要ではない。
パピヨンが見る奇妙な夢のシーンがあるが、そこでパピヨンが糾弾されるのは、「人生を無為に過ごしてしまった罪」だ。
これはトランボの実体験から来ているシーンではなかろうか。

『ジョニーは戦場へ行った』
では、戦争で四肢を切断され、目も耳も口も使えなくなってしまった青年ジョーが、その中でなんとかして生きていこうとする物語だ。
これはリアルタイムで観た当時、単に「戦争は残酷だ」と思って見ていた。しかし今では、
すべての自由を奪われてしまっても、それでも表現せずにはいられない」ことのメタファーに見える。
原作は、トランボが唯一書いた小説で、アメリカでは何度も発禁処分になっている。
そしてトランボ自身が監督した唯一の作品でもある。

映画『トランボ』の題材は興味深いが、映画自体は傑作というほどではないかもしれない。
しかし、こういう人間がいたことをハリウッドが描くことは、意味のあることだろう。
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by mahaera | 2016-08-08 09:51 | 映画のはなし | Comments(0)
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