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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー 『母の残像』 家族を失った喪失感はどうやって埋められるのか

母の残像
2015年
ノルウェー、フランス、デンマーク、アメリカ

監督 ヨアキム・トリアー
出演 イザベル・ユベール、ジェシー・アイゼンバーグ、ガブリエル・バーン

11月26日より公開中


アメリカが舞台の英語映画だが、製作国にノルウェー、フランス、デンマークが入っているように、全体的にはヨーロッパ映画の趣。
監督もラース・フォン・トリアーのおいだという。
身内の死をなかなか受け入れられない家族の葛藤を描いた作品だ。

3年前に事故なのか、自殺なのかわからない交通事故死を遂げた
報道写真家イザベル(イザベル・ユベール)の回顧展が
開かれることになった。
結婚して子供も生まれたばかりのイザベルの長男ジョナ(ジェシー・アイゼンバーグ)が、久しぶりに実家に戻ってくる。
家には高校教師の父ジーン(ガブリエル・バーン)と、
引きこもり気味の高校生の弟コンラッド(デヴィン・ドルイド)が住んでいる。
コンラッドは家にいる間はほぼ部屋にこもって
ゲームの世界に生きていた。
父ジーンは何とか息子の心を開かせようとするが、反応はない。
ジョナは暗室に残された母の撮った写真を整理しているうち、
昔は気づかなかった母の別の顔を知り、
その死を受け入れていこうとするが…。

母イザベルは著名な女性報道写真家で、
世界各地の戦争や紛争を取材している。
穏やかな家庭がありながら、しばらくすると身の危険があるような場所に行かずにはいられない、ある意味“中毒”。
愛する子供と夫がいても、彼女の居場所はそこにはない。
誰にも必要とされていない、
落ち着かない気分になってしまうのだろう。
しかし、家族はそんな彼女のことは理解できない。
その気持ちがわかるのは、同じ戦場に行く同業者ぐらいだ。

すでに成人してそんな母のことを薄々は知っていた長男と異なり、子供のころに母を亡くした弟コンラッドは母の死を受け止めることができず、現実世界との絆を絶っている。
いや、本当は交わりたいのだが、その接点を失ってしまっている。
ゲームの中のキャラクターとして生きる一方、クラスの好きな女の子に思いを寄せるが、伝える手段がわからない。
一方で、自分を心配している父親が非常にうざったい。
すべての自分の憤りをぶつけるのは、
一緒に住んでいる父親しかないのだ。

父親ジーンはかつて俳優をしていたが、
家族のために志を断念して高校教師になった。
今はコンラッドが通う高校で働いている。
彼は妻を愛していたが、妻の心は戦場にあり、
そして浮気にも気づいていた。
妻の精神はバランスを崩していき、
自殺だったのではないかとも思っている。
それを救えなかった自分も責めている。

自分が父親だからか、劇中だと父親の立場で
つい見てしまいがちだった。
親からすりゃ、息子が何考えているかわからないけれど、心配。
笑ったのは、息子がしているオンラインゲームをつきとめ、そこになんとか自分のキャラクターを作って参加しようとすると(年寄りにはかなりの努力)、一撃で秒殺されてしまうというシーン(笑) 
たぶん、彼は妻の職業や子供たちのことを思い、
自分の仕事(俳優)を捨てた過去があるのだろう。
しかし子供たちって、そんな親の苦労はわからない。
むしろ、世界的に有名な戦争写真家で、ふらっと出て行って帰って来る母親の方がカッコいいし、毎日いない人の方が優しい。
それにいる時には、何とか愛情を注いでほしいと思っているから、子供もがんばる。
いや、不憫だ。
おまけに妻は家に帰ると、心あらずで、刺激を求めて
戦場に行きたくなっている。

あと、引きこもりの弟くん。
周囲との折り合いがうまくつかない理由を、
自尊心の肥大化でバランスをとる。
自分のことは棚に上げて、人を見下すこともあるが、
それはコンプレックスの裏返し。
人とコミュニケーションがとれたら、本来の自分の大きさに自尊心も縮小していく。
そんな彼が好きな女の子と過ごしたパーティの一夜のエピソードがいい感じで描かれている。
そこには、等身大の彼がいる。

僕も母親を亡くしたが、やはり喪失感というのだろうか、
しばらくはそんな事実はなかったかのように、日々を生きていた。
今も、正直、人に話されると困ってしまい、
話題を進ませたくない。
結局それは何年たっても埋まることはないし、
そういうものだろう。
この映画の家族のように、今さら“母親の真実”も
知りたくないのもよくわかる。
今はいなくても、自分を作ってきた“一部”なのだから。

小粒だが繊細な作品。そして完全に大人向けの映画。
一年に、1、2本しか映画を見に行かない人にはすすめない。
そもそもそういう人はエンタメ映画に行くだろうし。
でも、身内を亡くした人なら、いろいろ考えてみるには
いい映画かもしれない。
結論は出なくても、それが人間であり、家族なんだと。
★★★☆
by mahaera | 2016-12-07 11:03 | 映画のはなし | Comments(0)
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