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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

mahaera.exblog.jp

カテゴリ:映画のはなし( 449 )

最新映画レビュー 『ニーゼと光のアトリエ』 ブラジルに実在した精神科医とその治療を描く

ニーゼと光のアトリエ
Nise

2015年/ブラジル
監督:ホベルト・ベリネール
出演:グロリア・ピレス、シモーネ・マゼール
配給:ココロヲ・動かす・映画社○
公開:12月17日よりユーロスペース
公式HP:http://maru-movie.com/nise.html


●ストーリー

1943年のブラジルのリオデジャネイロ。
医師のニーゼはかつて働いていた病院に戻ってきた。
彼女がいなくなっていた数年の間に、同僚たちはロボトミー手術やショック療法などの暴力的な治療を行うようになっていた。
それを拒否したニーゼは、担当者がいない作業療法の部署に回される。最初はなすすべもなかったニーゼだが、やがて患者が絵の具を使って絵画を描くアトリエをオープン。
ユングに影響を受けたニーゼは、患者たちが描く絵が
“無意識の現れ”ではないかと考えるようになる。
最初は乱雑だった患者たちの絵も、しだいに変化していった。
しかしそんな対処療法は病院内で反発を生んでいくことになる。

●レヴュー

ニーゼは実在の人物で、この映画も実話を基にしている。
冒頭、窓がない建物にニーゼがやってきて、入り口のドアを何度もしつこいぐらい叩いて、ようやく中に入れてもらう。
当時の社会、そしてそれに負けないニーゼの性格を暗示したものになっている見事な導入部だ。

ニーゼは自分が病院を留守にしていた間、統合失調症などの患者に、電気ショックやロボトミー手術という当時では最先端の“科学的な”治療が行なわれていることを知り、また同僚の医師たちがそれを進んで取り入れていたことに愕然とする。
それはどう見ても、患者たちの人権を奪う、残酷なものだった。

この当時の精神病の治療は、患者のためにというより、
周りにいる人たちが楽になるためだったこともある。
まだ向精神薬の開発も進んでいなかったころだ。
興奮する患者を病院に押し込め、
さらに外科手術で無気力な状態にする。
それが許されるのは、患者たちを人間としてみていない、
あるいは劣った存在としてみているからだ。医師も世間も。

映画では語られていないが、
ニーゼが病院に戻ってくるのは1943年。
第二次世界大戦中で、当時のブラジルはヴァルガス大統領による
ファシズム独裁体制だった。
ヴァルガスはドイツやイタリアを真似た全体主義で、
反対派の追放や投獄を行った。
ニーゼもその対象になり、病院を追われていたようだ。
つまり社会全体が、少数派に対して非寛容になっていた。
精神病院はその縮図ともいえよう。
社会の迷惑になるものは、排除するか力を奪ってしまえばいいと。しかし「社会」ってなんだ?

そんな中、ニーゼはアートを通して、
患者たちの心の内を知ろうとする。
絵画を学んだことがなく、知能も劣るとみなされていた患者たちだが、
彼らが描いた絵は当初は乱雑だったものの、
やがて目的のあるものに変わっていく。つまり変化していくのだ。
「それは治療なのか?」と同僚は問う。
ニーゼは「わからない」と答える。
ただし治すことはできなくても、
アートは患者に寄り添うことができる。
“治す”なんておこがましい。
ただ、“生きやすく”することはできるかもしれない。

人が病気になるのは理由がある。
もしかしたら精神病になるのも意味があるのかもしれず、
治すべきと考えるのは患者のためでなく、面倒を回避したい
私たちのためにそう言っているだけではないのか。
少しはましになったが、21世紀になっても、自分のわからないもの、
自分と違うものを排除しようとする世の中は続いている。

相模原の施設で起きた事件は、
そんな“今の日本”を暴いて見せたように思える。最悪の結果で。
今でこそ、私たちはこの映画を見るべきなのかもしれない。

★★★☆前原利行)

●映画の背景
・今では想像もつかないことだろうが、脳の一部を切除するロボトミー手術は1960年代までは世界的によく行われていた。
僕が知ったのは映画『カッコーの巣の上で』だったが、もちろん日本でも積極的に行われていた。
たとえばこの外科的手術により、興奮したり攻撃的な感情を抑えたりすることができるということだが、副作用も多かった。
しかし1940年代にはこれは画期的な療法とされ、初めて前頭葉切除の手術を行ったポルトガルの医師モニスに、1949年にノーベル生理学・医学賞が与えられたほどだった。しかしこれはのちに「人体実験」に近かったことや、モニスも手術を行った患者に銃撃される事件も起き、廃れていくことになる。
・日本では第二次世界大戦中、戦後と、1975年に廃止されるまでロボトミー手術はよく行われていた。日本でも同意のないまま手術を受けた患者が、医師の家族を殺した事件も起きている(ロボトミー殺人事件)。
・アメリカ大統領だったジョン・F・ケネディの妹ローズマリーも、ロボトミー手術を父により受けさせられていた。
・「ロボトミー」というと、「人間をロボットのようにしてしまう」こからつけられた名前かと僕も思っていたが、これはまちがいで、「葉(臓器の一部の単位のlobe)」の塊を切除するということから付いた名。

●関連情報
・第28回東京国際映画祭グランプリ&最優秀女優賞受賞作品。

旅行人のHP内「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました
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by mahaera | 2016-12-21 11:16 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『グレート・ミュージアム ハプスブルグ家からの招待状』淡々としたドキュメンタリー

グレート・ミュージアム ハプスブルグ家からの招待状

2014年/オーストリア

監督:ヨハネス・ホルツハウゼン
出演:ウィーン美術史美術館の人々
配給:スターサンズ/ドマ
公開:11月26日
劇場情報:ヒューマントラストシネマ有楽町



仕事柄、そして趣味というか“好き”なのであちこちの国に行くが、オーストリアにはまだ行ったことがない。
いや、興味がないわけではないのだが、なかなかチャンスがない。

本作は、そのオーストリアの首都ウィーンにある、ウィーン美術史博物館の改装工事に密着したドキュメンタリーだ。
映し出されるのは、改装の様子だけではなく、
絵画の修復といった裏方、競売に参加して作品を仕入れる者、
企画会議をしている様子など、美術館で働くさまざまな人たち。
ドキュメンタリーといってもいろいろあり、
よくテレビで放送している「美術館紀行」的なものを想像すると、期待したものがまるで出てこないので、
ガッカリされるかもしれない。
名画を映し出し、その歴史やウンチクが語られる
ガイドブック的なものはここにはない。
本作は、映像に解説やナレーション、劇伴音楽、インタビューが
一切ない「ダイレクトシネマ」という手法で作られている。
もちろん編集があるので演出はあるが、
少なくともその場で撮った映像には手を加えていないのだ。

主役は飾られている絵画ではなく、そこで働く人々だ。
修復セクションはなんとなく予想はつくのだが、
収蔵品を増やそうとスタッフがオークションに行き、
あまりの高さに断念する下りとか、
新装オープンの際にチケットのデザインをどうするか、
ロゴをどうするかとなどと討議している姿は新鮮で面白い。

日本だと、ついスタッフの下に
「修復スタッフ 〇〇 (修復歴25年のベテラン)」とか
入れてしまいたくなるが、本作ではそんなことはないので、
ただ、ただ、匿名で働く人々を見ている感じだ。

というわけで、本作が面白いかどうかについては、
面白いと思う人はかなり選ばれるだろう。
作り方が間違っているというのではなく、
万人が興味を持てるかなという点で(寝ちゃう人もいるはず)。
私は正直、まあまあだった。
★★☆
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by mahaera | 2016-12-16 11:46 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『何者』 人はいつ“大人”に変わっていくのだろう

金曜日にレイトショーで、上映終了となる『何者』を観に行った。

先月、コンサート会場で会った友人にこの映画を観たかと聞かれる。
それで、これは観た後に人と語り合いたくなるタイプの映画だと知った。

「就活に苦労する大学生たちの青春もの」ぐらいの知識しかなかったが、観終わってみると「就活」は話を動かすための手段。
青春期の終わりと新しい世界への第一歩をポジティブに示した作品だった。

で、多くの人がネット上に書き込みしていたように、この映画、あるタイプの人には非常に“イタい”。
僕は最初の1時間、ずっと不穏なものが底辺にずっと流れ続けているのを感じ続け、座りの悪さを感じていたよ。
画面上で展開しているセリフのやりとりと、実際に各キャラクターが心の中で思っていることのギャップ。
実生活で、すべて心の中のことを口に出している人なんていない。
心の葛藤をすべてセリフ化しているダメな映画はあるけれど。

映画の登場人物となる20代前半の大学生の頃は、自分の実力以上に自意識が高い。
なんだかんだと言っても、経験不足から自分の実力もまだ客観的に見られない。
でも、そのころはそれが当然だ。
暴言を吐いたり吐かれたり、人を傷つけたり傷つけられたり、失敗したり、たまには成功の喜びを味わったりして、人はいつのまにか大人になっていく。

映画では就活に向かう5人のキャラクターがどう難関を乗り越えていくかも描いているが、同時にそれぞれの心の中も映し出す。
いや、見えてくるといったほうがいいだろう。
セリフだけを頼りにぼーっと見ていると、わからない人もいるだろうから。
実際レビューで低評価を出している人は、ストーリーしか追っていないのか、「つまらなかった」「退屈した」と評価したり、誰にも共感できずにいたりするようだ。
でも、すべてとは言わないが、この5人の学生のキャラには、どこか自分に重なるところがあるだろう。
(もしくは自分の黒い部分は一生見なくていいという人か)

映画は終盤で大きな展開があるが、勘のいい人なら途中で予想がつくかもしれない。
彼のような人は僕の周りにもいたし、誰でも彼のような部分は持っているはずだ。

ま、すでにいい歳になった僕だが、人間いくつになっても悩みは消えない。
いくつになっても、人が何を考えているかわからない。
でも相手もそう思っているだろう。

虚勢を張ってみたい時もあるし、滑稽に見えることもあるだろう。
あなたが何かに必死になって取り組んでいても、人は心の中で笑っているかもしれない。
親しい友人が、実は心の中では優越感に浸っていることに気づくかもしれない。そして人生どこかで折り合いつけて、手打ちした自分を悔やんでもいい。
それでも何もやらないで、遠くから文句を言う奴よりは絶対いい。

ラスト、これからの人生(20代半ばなんてまだ人生の出だし。これからが長い)に向かって歩き出す主人公を送り出す、眼差しはとても暖かい。
★★★☆
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by mahaera | 2016-12-12 12:07 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『母の残像』 家族を失った喪失感はどうやって埋められるのか

母の残像
2015年
ノルウェー、フランス、デンマーク、アメリカ

監督 ヨアキム・トリアー
出演 イザベル・ユベール、ジェシー・アイゼンバーグ、ガブリエル・バーン

11月26日より公開中


アメリカが舞台の英語映画だが、製作国にノルウェー、フランス、デンマークが入っているように、全体的にはヨーロッパ映画の趣。
監督もラース・フォン・トリアーのおいだという。
身内の死をなかなか受け入れられない家族の葛藤を描いた作品だ。

3年前に事故なのか、自殺なのかわからない交通事故死を遂げた
報道写真家イザベル(イザベル・ユベール)の回顧展が
開かれることになった。
結婚して子供も生まれたばかりのイザベルの長男ジョナ(ジェシー・アイゼンバーグ)が、久しぶりに実家に戻ってくる。
家には高校教師の父ジーン(ガブリエル・バーン)と、
引きこもり気味の高校生の弟コンラッド(デヴィン・ドルイド)が住んでいる。
コンラッドは家にいる間はほぼ部屋にこもって
ゲームの世界に生きていた。
父ジーンは何とか息子の心を開かせようとするが、反応はない。
ジョナは暗室に残された母の撮った写真を整理しているうち、
昔は気づかなかった母の別の顔を知り、
その死を受け入れていこうとするが…。

母イザベルは著名な女性報道写真家で、
世界各地の戦争や紛争を取材している。
穏やかな家庭がありながら、しばらくすると身の危険があるような場所に行かずにはいられない、ある意味“中毒”。
愛する子供と夫がいても、彼女の居場所はそこにはない。
誰にも必要とされていない、
落ち着かない気分になってしまうのだろう。
しかし、家族はそんな彼女のことは理解できない。
その気持ちがわかるのは、同じ戦場に行く同業者ぐらいだ。

すでに成人してそんな母のことを薄々は知っていた長男と異なり、子供のころに母を亡くした弟コンラッドは母の死を受け止めることができず、現実世界との絆を絶っている。
いや、本当は交わりたいのだが、その接点を失ってしまっている。
ゲームの中のキャラクターとして生きる一方、クラスの好きな女の子に思いを寄せるが、伝える手段がわからない。
一方で、自分を心配している父親が非常にうざったい。
すべての自分の憤りをぶつけるのは、
一緒に住んでいる父親しかないのだ。

父親ジーンはかつて俳優をしていたが、
家族のために志を断念して高校教師になった。
今はコンラッドが通う高校で働いている。
彼は妻を愛していたが、妻の心は戦場にあり、
そして浮気にも気づいていた。
妻の精神はバランスを崩していき、
自殺だったのではないかとも思っている。
それを救えなかった自分も責めている。

自分が父親だからか、劇中だと父親の立場で
つい見てしまいがちだった。
親からすりゃ、息子が何考えているかわからないけれど、心配。
笑ったのは、息子がしているオンラインゲームをつきとめ、そこになんとか自分のキャラクターを作って参加しようとすると(年寄りにはかなりの努力)、一撃で秒殺されてしまうというシーン(笑) 
たぶん、彼は妻の職業や子供たちのことを思い、
自分の仕事(俳優)を捨てた過去があるのだろう。
しかし子供たちって、そんな親の苦労はわからない。
むしろ、世界的に有名な戦争写真家で、ふらっと出て行って帰って来る母親の方がカッコいいし、毎日いない人の方が優しい。
それにいる時には、何とか愛情を注いでほしいと思っているから、子供もがんばる。
いや、不憫だ。
おまけに妻は家に帰ると、心あらずで、刺激を求めて
戦場に行きたくなっている。

あと、引きこもりの弟くん。
周囲との折り合いがうまくつかない理由を、
自尊心の肥大化でバランスをとる。
自分のことは棚に上げて、人を見下すこともあるが、
それはコンプレックスの裏返し。
人とコミュニケーションがとれたら、本来の自分の大きさに自尊心も縮小していく。
そんな彼が好きな女の子と過ごしたパーティの一夜のエピソードがいい感じで描かれている。
そこには、等身大の彼がいる。

僕も母親を亡くしたが、やはり喪失感というのだろうか、
しばらくはそんな事実はなかったかのように、日々を生きていた。
今も、正直、人に話されると困ってしまい、
話題を進ませたくない。
結局それは何年たっても埋まることはないし、
そういうものだろう。
この映画の家族のように、今さら“母親の真実”も
知りたくないのもよくわかる。
今はいなくても、自分を作ってきた“一部”なのだから。

小粒だが繊細な作品。そして完全に大人向けの映画。
一年に、1、2本しか映画を見に行かない人にはすすめない。
そもそもそういう人はエンタメ映画に行くだろうし。
でも、身内を亡くした人なら、いろいろ考えてみるには
いい映画かもしれない。
結論は出なくても、それが人間であり、家族なんだと。
★★★☆
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by mahaera | 2016-12-07 11:03 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『ブルーに生まれついて』 おしゃれな雰囲気には浸れるが、やや食い足りないかな

ブルーに生まれついて
Born to be Blue
2015年/アメリカ

監督 ロバード・バドロー
出演 イーサン・ホーク
公開 11月26日より渋谷Bunkamuraル・シネマ、角川シネマ新宿ほか


トランペット奏者にしてシンガーのチェット・ベイカー。
代表曲「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は、
多くの人に聴かれてきた名演だ。
中性的でボソボソと歌う彼の歌唱は、
多くのフォロワーを生んだと思う。
1950年代には短い間だが、マイルスをしのぐ人気もあった。
しかしドラッグ依存のため、破滅的な人生を送っていく。

本作はそのチェット・ベイカーをイーサン・ホークが演じる。
ジャズファンには思い入れのある人物なので、
なかなか難しいだろう。
僕はそれほどベイカーには詳しくはないが、
なるほど、たぶんこんな感じだったんだろうなあと思うほどの
リアリティをうまく出している。
ペッターの友人によれば、指と音が合っていないところがあるようだが、普通の人はおそらくそこは気づかない。

本作はすでにドラッグに溺れて、売人にお金を払えずに
チェットが前歯を折られるところから始まる。
伝記映画の撮影シーン、そこで知り合った恋人との生活と
ドラッグ依存からの立ち直り、現役に復帰するための努力
といった“現在”に、人気絶頂の頃に見に来たマイルスに
冷淡にされた“過去”の回想シーンが織り込まれていく。

チェットは、音楽に関しては有り余る才能がありながら、
人間関係をうまく築けないし、ドラッグで人の信頼を裏切り、
女にもだらしないという、今でいう“ゲス”な男。
ただし、彼が唯一しがみついて、裏切らないものは音楽だ。
最高の音楽を演じるためには、
彼にはドラッグが欠かせないものになっている。
依存癖のない僕にはわからないが、
おそらく絶対的な自信が生まれ、
そこからキレのいいフレーズが出てくるのだろう。
しかしホークが演じるからかどうかわからないが、
どんなにダメな男でも、演奏中はカッコよく見える。
それはチェットが音楽に関して全身全霊で打ち込んでいるのがわかるからだ。
チェットが音楽に身を捧げているのは、疑いのないこと。
だから恋人やかつての仲間がカムバックに協力するのだ。

映画のムードはおしゃれな雰囲気で、
その雰囲気に浸りながら見るならいい感じだろう。
ただ、全体がさらっとしすぎて、
「食い足りないなー」というのが正直なところ。
悪い映画じゃないとは思うけれど、
映画としての面白みが薄いというか、
おしゃれにしすぎて、チェットの“エグい”ところも
もっとあったんじゃないのーという感じがする。
まあ、そんなブルーに生まれついた男(ジャズマン)に惚れちゃいけないよ、という映画でした(笑)。
★★★
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by mahaera | 2016-12-05 11:53 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『聖の青春』 真面目に丁寧に描いてるが、心には響かず

聖の青春

2016年/日本
監督:森義隆
出演:松山ケンイチ、東出昌太、リリーフランキー、染谷将太、竹下景子
配給:KADOKAWA
公開:11月19日より全国で公開中



テレビをあまり見ないので知らないが、公開前にずいぶんと松山ケンイチがテレビに出ていて、この役のために体型を変えた話をしていたらしい。日本のクリスチャン・ベールか。

さて、映画は若くして亡くなった天才棋士・村山聖の最後の数年を追ったもの。
幼少より深刻な持病があった主人公・聖は、自分の未来があまり長くないことを知っており、すべてを将棋に打ち込んだ。軸となるのは、名人・羽生との対局だ。
ぶくっと太って、将棋以外の趣味は麻雀と少女漫画。
吉野家の牛丼を愛する、イケてない青年・聖に対し、名人・羽生はスマートさが漂い、しかもアイドルと結婚もする。
聖にとって羽生は倒さなければならない相手だが、同時に憧れの存在でもあり、屈折した愛の対象かもしれない。
「将棋」を除けば、すべてが聖と対照的だし、共通するものはない。もし、聖に持病がなければ、「こうなりたい」と思う相手かもしれないし、聖が諦めざるをえなかった「人間としての幸せ」もすべて羽生は持っている。
つまり聖が将棋の達人でなければ、そんな羽生と出会うこともなかったろう。
とはいえ、聖が羽生に対する気持ちは、憎しみや妬みにはいかず、むしろ自分が見ているものを相手も見ているという同志としての連帯感、さらにプラトニックな愛情も感じさせる。
ただ、映画は実話を丁寧になぞろうとしたのか、なんとなく中途半端な出来で、いろいろなエピソードがとくにうまく噛み合っているわけではない。

後半に差し掛かったところで、聖と羽生が宴会を抜け出してふたりで酒を飲むシーンが映画としては重要で、だからこそラストの対局につながるはずなんだが、あまり効果的に繋がっていない。
いいシーンなんだが、セリフに頼りすぎかな。

事実と違っても、映画として何かテーマを伝えたいのなら、エピソードを語る以上の仕掛けが欲しかったな。
将棋の対局を見せるのは、映像的にはどうしても地味なのだから。

その点、やはり地味だったが、チェスの対局をクライマックスにしたエドワード・ズウィック監督の『完全なるチェックメイト』は、よくできていたと思う。
似た者同士の対決でも、セリフで彼らがどんな性格なんて説明してなかったしね。
★★
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by mahaera | 2016-11-27 10:31 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『世界の果てまでヒャッハー!』 結構楽しい、おしゃれ度ゼロの正真正銘の「バカ映画」

世界の果てまでヒャッハー!

2015年/フランス

監督:ニコラ・ブナム、フィリップ・ラショー
出演:フィリップ・ラショー、アリス・ダヴィッド、クリスチャン・クラヴィエ
配給:アルバトロス・フィルム
公開:11月19日よりヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿


重い映画が多い、と思われがちなフランス映画だが、
たまにしょうもないほど「バカな」コメディ映画がやってくる。
この映画もそんな一編で、90分というコメディとしては
ちょうどいい長さの間じゅう、「おいおい」と画面に
ツッコミを入れっぱなしだった。
だって出てくる登場人物たちが、揃いも揃ってバカばかり(笑)
ちなみに世の中には、女子が「あの映画、おバカで面白い」と
話題にする、ちょっとバカさ加減がおしゃれな感じで取られている
映画があるが、これは違う。バカ(笑)

ストーリーはこんな感じ。
恋人のソニアの父親が経営するブラジルのエコリゾートに招待された、漫画家のフランク。
彼はこの旅でソニアにプロポーズしようと指輪を用意していた。
この旅には二人の友人の3バカのサム、アレックス、エルネストら
も一緒だ。
行きの飛行機の中で、フランクが用意した指輪をいきなりアレックスが飲んでしまうというベタなギャグ。

リゾートは青い海と空、豊かな自然、ビキニの美女たち。
しかしフランクとソニアの心はすれ違い、
気弱なフランクはプロポーズができない。
そんな中、一行はソニアの祖母ヨランダを連れて飛行機で
奥地に向かい、ジャングルツアーに参加することに。
しかし行った先の洞窟でガイドが転落、行方不明になり、
一行はジャングルで途方にくれる。
そこに原住民の一行が突然現れ、、、

バカの一人、アレックスは旅の様子をずっとビデオで撮影している
という設定で、途中からはリゾートに残った人たちが
探しているうちにそのビデオを見つけ、
再生して行方不明になった事件の顛末を知るという構成だ。

ギャグの多くは古典的なので、こちらが結果を予測して
「おいおい、そうしたらダメだろ!」と
ツッコミを入れてみるのが楽しい。
たとえば洞窟を案内しているガイド。
ガイド「私はここに来るのは二度目ですが、前回は1週間迷いました」なんて言っていると、
「あーっ!」てガイドが穴に落ちる(笑)。
みんなが「大変だ!助けに行かなきゃ」
「どのくらい穴が深いんだろう」と言っていると、
バカのひとりが石を落とし
下から「ギャーッ」と悲鳴が聞こえる(笑)

「ロープを作って助けよう」と誰かが言い出し、
みんなが服を脱いで、女性は無駄にビキニ姿に(笑)
服をつないでロープができたと思ったら、バカはどこにも結ばず、
そのまま投込むもんだからロープは全部落下(笑)

こんな調子のコントのようなギャグは、
テレビの短いギャグをたくさん繋げたようだが、気楽に楽しめる。
教訓もホロリともさせない。
ただひたすらに画面にツッコミを入れる90分。
けっこう楽しめたよ(笑)
★★★
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by mahaera | 2016-11-19 17:17 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『ガール・オン・ザ・トレイン』 “夫婦間スリラー”だが、記憶喪失に頼りすぎ?

ガール・オン・ザ・トレイン

2016年/アメリカ
監督:テイト・テイラー
出演:エミリー・ブラント、ヘイリー・ベネット、レベッカ・ファーガソン、ジャスティン・セロー、ルーク・エヴァンス
配給:東宝東和
公開:11月18日より全国公開


酒がたたって会社をクビになったレイチェルだが、同居する友人の手前、毎朝通勤電車に乗ってマンハッタンに通っている。
通勤電車の車窓から見える郊外のかつての家では、
愛する夫トムと新しい妻のアナが赤ん坊と暮らしていた。
そんなレイチェルの慰めは、
その数軒先の家に住む若いカップルだった。
幸せそうなそのカップルに、“理想の夫婦”を見出したレイチェルだが、ある日、その家のベランダで若妻が他の男性と浮気をしている姿を目撃。
怒りにかられたレイチェルは途中下車してその家に向かうが、途中で記憶を失い、気がつくと血を流した状態で家に帰っていた。
やがてレイチェルは、その若妻が失踪したことを知る。
警察に届けたレイチェルだが、逆に彼女に嫌疑がかかる…。

別れた夫に未練タラタラで無言電話をかけたり、酒浸りで会社をクビになったりと、社会的にも落ちぶれてしまった主人公を演じるのは、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』『ボーダーライン』など、それまで強い女性役が多かったエミリー・ブラント。
いつもと違うイメージだが、これはこれでアリか。

映画はその彼女と元夫、そして夫を奪った現在の妻の三角関係と、主人公が理想のカップルとみている若夫婦とその“浮気相手”という、6人の複雑な人間関係に、殺人事件が絡んで進んで行く。
最初に「夫婦間スリラー」と書いたのは、
「結婚していても相手の本当の顔を知っているのか」というのが本作の大きなテーマになっていること。
公開中のスリラー『ザ・ギフト』でも似たようなテーマが語られていたが、相手のことをよく知らないうちに結婚するのは考えものだと、今回も思う(笑)

ミステリーなんであまり筋を明かせないが、本作、面白いっちゃ面白いが、けっこう偶然によって成り立たせすぎないか?と感じる時あり、ちょっと納得できない。
というのも、僕は酒で記憶を失くしたことがないからかも。
主人公が都合よく記憶を失くし過ぎているので、
いや、酒飲んでもさすがにそんなに忘れないでしょ
と何度も思ってしまった。
自分を殴った人のこととかねえ。
あと、周りの人に聞くでしょ。
記憶ないけど本当はどうだったかとかねえ。
しかし、出てくる旦那二人とも情けないこと(笑) 
★★☆
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by mahaera | 2016-11-18 12:43 | 映画のはなし | Comments(0)

子供と見た午前十時の映画祭  『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』

子供と見た午前十時の映画祭
『続・夕陽のガンマン/地獄の決斗』

もう何度観たかわからない、大好きなマカロニウエスタン。
というか西部劇。
前作『夕陽のガンマン』もすばらしいが、本作から巨匠の風格が生まれたといっていいセルジオ・レオーネ。
僕も『荒野の用心棒』以降しか知らないが、
それ以降はすべて名作で、凡作駄作一切なし
という稀有な監督だ。
DVDもすべて持っているもの。

で、この『続・夕陽』、上映時間179分、南北戦争を背景にしたスペクタクルと、ボリュームたっぷり。
主な登場人物は3人、イーストウッド扮するガンマンのブロンディ、イーライ・ウォラック扮する卑劣漢のトゥーコ、そしてリー・ヴァン・クリーフ演じる非情な悪党のエンジェル・アイ。
内戦の中でも、自分の利益しか考えない男たち。
逆に戦争の中ではその利己主義っぷりが清々しく、
金をめぐっての殺し合いよりも、
戦争の方が非人間的に見えてくる。

映画の最大の見所は、やはりラストの墓地。
モリコーネ作曲の「黄金のエクスタシー」が流れる中、
トゥーコが延々と墓地を走るシーンは、
最初に見た時にはめまいがした。
そしてそのあとに「トリオ」の楽曲に乗って続く、
3人の決闘シーン。
にらみ合いが続き、3人の顔がどんどんアップになり、
目が大スクリーンいっぱいになるところは、
レオーネ演出の真骨頂。
延々引っ張ってテンションを高めたあと、
戦いはあっさり一発の銃声で決まる演出は、
タランティーノが今は引き継いでいる。

名作中の名作で、今回は久しぶりのスクリーン上映、
しかも初のデジタル鑑賞。
僕の見た新宿がよくなかっただけなのかわからないが、
信じられないくらい耳にキンキンくる高域の音声。
画質は良かっただけに残念。
(劇場の上映は終わってしまったんで、DVDでどうぞ)
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by mahaera | 2016-11-15 10:40 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『ホライズン』 3人のバレエダンサーを通し「継承」とは何かを描くドキュメンタリー

ホライズン

2015年/スイス、キューバ
監督:アイリーン・ホーファー
出演:アリシア・アロンソ、ヴィエングセイ・ヴァルデス、アマンダ・デ・ヘスス
配給:T&Kテレフィルム
公開:11月12日より東京都写真美術館ホール、角川シネマ新宿にて公開中


イメージと違うかもしれないが、僕はバレエ好きである。
最近はめっきり見に行かなくなってしまったが、
独身時代は年に1〜2回はバレエを見ていた。
まあ、その時の彼女、あるいはどんな友人がいたかってこともあるが(笑)
なんでバレエ映画は見るのが好き。そもそも数は少ないけれど。
そんな訳で今回紹介するのは地味なドキュメンタリーだが、
個人的には興味を持ってみることができた。

舞台はキューバの首都ハバナにあるキューバ国立バレエ団。
おもな登場人物は3人だ。
ひとりは1920年生まれのアリシア・アロンソ。
世界的なプリマだったが、長年の目の煩いで失明。
しかしカストロ兄弟の助けを借りてこのバレエ団の中心人物となり、90歳を過ぎた今も指導・振付を続けている。
もうひとりは現在のバレエ団のトップダンサーである
ヴィエングセイ・ヴァルデス。
厳しい練習を毎日欠かさずしているが、
それでも目の見えないアリシアに厳しい指導を受けることがある。
3人目は国立バレエ団の入団を目指している
14歳のアマンダ・デ・ヘスス。
決して裕福には見えない両親だが、娘の将来に賭けて
それまでの仕事を辞めてハバナに出てきて、
娘のレッスン中心の生活を送っている。

カメラはこの3人を追い、国立バレエ団の、
いや、バレエの過去・現在・未来を見せ、
そして「継承すること」についてを描いていく。

キューバのバレエについては前知識がなく、
今回、アリシア・アロンソについて初めて知ったが、
映画には出てこないけっこうな逸話がありそうだ。
カストロ兄弟が国策としてバレエに力を入れていたのも、
初めて知ったし。
そして国内トップクラスのバレエ団なのに、
練習場所とかはふつうの公民館レベルというのも、
キューバらしい。

もう目が見えず、支えてもらっても歩く以上の踊りはできない96歳のアリシア・アロンソ。
もはや精神力だけで生きているだけという感じで、
家にいるときはただのおばあさんだが、
人前に出るとカリスマ性を発揮する。
そんな生き方ができるのは、人間だけかもしれない。(★★★
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by mahaera | 2016-11-14 12:19 | 映画のはなし | Comments(0)