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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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カテゴリ:映画のはなし( 464 )

最新映画レビュー『ストーンウォール』 宇宙人は撃退できるが、人間ドラマは下手だったエメリッヒ

ストーンウォール
Stonewall
2015年/アメリカ

監督:ローランド・エメリッヒ
出演:ジェレミー・アーヴァイン、ジョナサン・リース・マイヤーズ、ジョニー・ボーシャン、ロン・パールマン
配給:アットエンタテインメント
公開:12月24日より新宿シネマカリテにて上映中


この映画は、1969年の夏にニューヨークのゲイタウン、
クリストファーストリートで起きた、同性愛者たちが初めて警官に立ち向かった「ストーンウォール事件」を描いたものだ。
映画を見て初めて知ったが、1960年代のアメリカでは
まだ同性愛者に対する差別が法制化されていた。

映画は、田舎町からニューヨークのクリストファーストリートに、高校を中退した青年ダニーがやってくるところから始まる。
ダニーは自分がゲイであることがばれ、高校にも自分の家にも居づらくなって逃げるようにしてここにやってきたのだ。
最初に彼を仲間に向かい入れたのは、
街娼として生きている少年や青年たちの集団のリーダー、レイだ。
ほかにも、ゲイの社会的地位の向上を訴えるインテリグループ、
ゲイを顧客に稼ぐバーのボス、
そしてそこから小銭を巻き上げる警官たちがいた。
しかし、1969年6月28日、ゲイたちが集まるバー
「ストーンウォール・イン」に警察の捜査が入ったとき、
今まで差別や迫害を受けていたものたちの怒りが爆発する。

ウッドストック・フェスの2ヶ月前といえば、
音楽ファンなら時代の空気がわかるだろうか。
黒人の差別撤廃を求める公民権運動、ヴェトナム戦争反対運動、ウーマンリブなど、人々は政府や社会に向かって、
大きな声でNOと言えるようになっていた。
しかしLGBTの権利を求める運動は、
それらに比べてさほど高まっていなかったという。
時代がまだ、そこまで追いついていなかったのだろう。

そうした歴史や社会、文化的な部分を知るにはこの映画は
興味深いのだが、映画の出来はとなると、
残念ながら繊細さに欠ける。
テレビドラマのように出来事が続き、
登場人物の心のうちの掘り下げが足りないのだ。
監督・製作は、かなり意外なのだが、『インデペンデンス・デイ』『デイ・アフター・トゥモロー』『2012』など、ひたすら人類が危機に陥る大作ばかり撮っているローランド・エメリッヒ。
彼自身はゲイであるとカミングアウトしている。

エメリッヒらしさがよく出たのは、
CGなどを使いながら再現した1969年のニューヨーク、
これは見せ方としてかなりいい線いっている。
ただし、人間ドラマとなると、どうしても映画の駒として登場人物が話を進めているだけにしかみえない。
もちろんいいシーンもある。主人公を演じる
ジェレミー・アーヴァイン(『戦火の馬』の少年だ)が
ストーンウォール・インで、ジョナサン・リース・マイヤーズと
出会う場面は、何かが始まりそうなミステリアスな雰囲気(プロコル・ハルムの「青い影」がジュークボックスから流れ)で
期待させる。
しかし、クライマックスで盛り上がるはずの“反乱”も、
それまでの人間ドラマの助走が足りなかったせいで、
高く飛び損ねてしまった。
ということで、志はよかったのだろうが、
残念な出来となってしまった作品。
★★
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by mahaera | 2017-01-12 09:58 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『マイルス・デイヴィス 空白の5年間』 全然似ていないチードルの成り切りぶり!

マイルス・デイヴィス 空白の5年間
Miles Ahead
2015年/アメリカ

監督:ドン・チードル
出演:ドン・チードル、ユアン・マクレガー、エマヤツィ・コーリナルディ
配給:ソニーピクチャーズ エンタテインメント
公開:12月23日よりTOHOシネマズシャンテにて公開中

ジャズばかりでなく、音楽のパイオニアとして
20世紀を駆け抜けた巨人、マイルス・デイヴィス。
常に第一線に立っていた彼だが、そのマイルスが唯一、
一切の音楽活動を休止していた5年間があった。
その間、彼は何をしていたのか。
そしてそこからどうやってカムバックしたのか。
本作は、そのカムバックにいたる空白の時期を、
フィクションを交えて映画化したものだ。

1975年、マイルス(ドン・チードル)は一切の音楽活動をやめてニューヨークの自宅に引きこもる。
過去の手術の影響による股関節の痛み、ドラッグ中毒、
そして何よりも音楽への情熱が失せていた。
一向に新作を発表しないマイルスだが、
新作用のレコーディングは行っているようだった。
そこへ雑誌ローリングストーンの記者だと名乗る
デイブ(ユアン・マクレガー)が訪ねてくる。
半ば強引にマイルスの家に上がり込んだデイブだが、
インタビューではなく、マイルスの小間使いのように使われる。
一方、悪徳プロデューサーのもとで働く、かつての自分のような
有望なトランペッターのジュニア(エマヤツィ・コーリナルディ)がいた。
マイルスの家のパーティで、リハーサルテープを見つけた
悪徳プロデューサーはそれを盗み出す。
マイルスはそれを取り戻すために、
デイブとジュニアの家に向かうのだが、、、。

『ホテル・ルワンダ』、あるいは『アイアンマン』シリーズのウォーマシン役で知られる俳優のドン・チードルが以前から温めていた企画で、チードルは製作、脚本、監督、主演をつとめるほどの熱の入れようだ。
で、これがちょっと変わった映画で、
まず、伝記映画のようで伝記映画ではない。
マイルスが隠遁生活を送っていたのは事実だが、
実際にあったのはそのくらいで、マイルスに絡む記者や、
若手トランペッター、悪徳プロデューサーは架空の人物だし、
マスターテープをめぐる争奪戦やカーチェイスも
まったくのフィクション。
時おり入るマイルスの回想シーンには、有名なエピソードもあるが、ほとんどは事実とは違うかもしれない。
じゃあ、マイルスとは関係ないじゃないかと思うかもしれないが、そうでもない。
これは、ドン・チードルが考えた「マイルスはこうだ」
「マイルス大陸ならこれはこうなる」
というエッセンスをちりばめた作品だからだ。

何年か前にディランの“伝記映画”と呼ばれた
『アイム・ノット・ゼア』という映画があったが、
あれはディランのエピードを散りばめながらも、
6人の俳優がそれぞれディランを演じるという方法で撮られ、
見事にディランの“ある面”を描いていた。
本作も事実をありのままに描くのではなく、
チードルの思う“マイルスなら”というエッセンス、
あるいは妄想(笑)で描かれている。

まず、チードルの顔がまったくマイルスに似ていない(笑)
マイルスの過去に登場するバンドメンバーが、
実際のメンバーにまったく似ていないし、
似せようと努力もしていない(笑)
しかし、「似ていないが、俺はマイルスだ!」
という意気込みは伝わってくるのだ。

正直、監督デビューとなるチードル演出は、
あまりうまくない(青い)。
カーチェイスとか、空回りしているシーンもある。
しかし、チードルのなりきりマイルスは嫌じゃない。
もうファン映画のようでもあるし、またチードルに“チードルの考えるマイルス”が憑依した映画でもある。
そこにほほえましいほどの「マイルス愛」が感じられ、
憎めない一品に仕上がっているのだ。

エンドクレジットに流れるコンサートシーンは、本来カムバックコンサートを再現するのが映画としては正しい。
しかしそうではなく、「いま、マイルスが演奏したら」という形で新旧の素晴らしいミュージシャンが揃い、そこに“なりきりマイルス”のチードルが加わっているのが、この映画のスタイルなのだ。
曲もマイルスのではなく、まったくの新曲だしね。
しかし「マイルスなら」らしさはしっかり入っている。

ちなみに演奏メンバーは、ドラムはアントニオ・サンチェス(映画『バードマン』のドラマー)、ベースはエスペランサ・スポルディング、ギターはゲイリー・クラーク・Jr、ピアノにロバート・グラスパーといった、現在の音楽シーンの第一線のメンバーに、元マイルスのグループのハンコックとショーターが加わるという豪華なもの。

というわけで、出来は確かに微妙だが、
マイルスのファンの僕でも、憎めない作品であることは確かだ。
https://www.youtube.com/watch?v=W_RLLvh6aSQ
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by mahaera | 2017-01-09 10:59 | 映画のはなし | Comments(0)

子供に教えている世界史・番外編 キューバ危機を扱った映画を見る 『13デイズ』 『グッド・シェパード』

ちょうど世界史でキューバ危機のところに来ていたので、2000年のアメリカ映画『13デイズ』を子供と見る。
キューバ危機の13日間を、
大統領特別補佐官のケネス・オドネル(ケビン・コスナー)から見て、大統領ジョン・F・ケネディと
司法長官のロバート・ケネディ、
国防長官のロバート・マクナマラらが、
どのようにこの問題に対処したかを描いている。
ケビン・コスナー以外は地味な配役で、あまりヒットはしなかったが、なかなかよくできた政治サスペンス映画だ。

映画なので事実とは異なる脚色もあるが、
このキューバ危機の外観を知るのにはいい作品だし、
また、『シン・ゴジラ』同様に、緊急時の政府の意思決定がどうやって行われるのかもわかり興味深い。
ケネディを美化しているかもしれないが、
国のトップにかかる重圧は映画を見ていて
相当なものだと思う。
ちょっとした判断ミスで、
数億人の命が消える核戦争が起きてしまうかもしれない。
閣僚だって家族がいる。
明日になったらその家族に会えなくなるかと思うと、
なんとかして核戦争だけは押しとどめたいはずだ。

ソ連との心理戦の中、ケネディ陣営も気づく。
相手もひょっとして我々と同じ気持ちを抱いているのではないかと。
フルシチョフだって、戦争はしたくない。
しかし国の体面や、軍部の突き上げにあって苦しんでいるのではないかと。

映画を見ていると、多少誇張はあるかもしれないが、
軍部の無責任な好戦マインドにはあきれる。
彼らにはメンツと勝つことだけが大事で、
そのためには何億人死のうとかまわない。
たとえば、アメリカ国民の9割が死んだとしても、
ソ連が全滅すれば「勝利」なのだ。
「やっちゃいましょう!」ってまるでヤンキーのようだ。
そしてケネディら閣僚を「弱腰!」と罵る。
たぶん、ソ連でもフルシチョフは軍人に同じことを
詰め寄られていたのだろうか。
勝つためなら喜んで自分の家族の命を差し出せる
参謀たちに任せていたら、世の中は滅ぶな。

そんな合衆国大統領の重圧に、トランプが耐えられるのか。
そんなことを考えてしまう作品だった。
子供は
「アメリカの大統領は大変だねえ。日本の首相は楽でいい」などとのんきことを言っていたが(笑)
きっと『シン・ゴジラ』を見てそう思ったのだろうか。

もう一本、『グッド・シェパード』はロバート・デ・ニーロが監督した2006年のアメリカ映画。
キューバ危機の一年前に起きたビッグス湾事件の指揮をとったCIAの諜報員がモデルの、CIAの内幕もの。
主人公を演じるのはマット・デイモン。
モデルとなったアングルトンは1
954年にCIAの防諜部長になり、数々の作戦を行った。
映画はフィクションだが、
登場する事件は実際にあったことを基にしたものだ。
165分の大作だが、これもヒットせず、
今ではちょっと忘れられた作品になっている。
CIAの非情さや歴史を知るにはいいし、
国家に忠実だが家庭を築くことには失敗した
中年男の孤独をうまく描いている佳作だ。
妻役にアンジェリーナ・ジョリー、息子役にいまや大スターとなったエディ・レッドメインのほか、俳優陣も豪華。
映画ではビッグス湾事件の情報漏れはひとつのソースからとなっているが、実際には多方面から漏れていたらしい。

年末、年始に「見る映画ないなあ」という人、
これを機に見てみては?
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by mahaera | 2017-01-08 11:37 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『 アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場 』 ドローンによるテロリスト攻撃

アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場
Eye in the Sky

2015年/イギリス

監督:ギャヴィン・フッド(『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』『ツォツィ』)
出演:ヘレン・ミレン(『クイーン』)、アーロン・ポール(『ブレイキング・バッド』)、アラン・リックマン(『ハリー・ポッター』シリーズ)

配給:ファントム・フィルム
公開:12月23日よりTOHOシネマズシャンテにて公開中
公式HP:eyesky.jp/


●ストーリー

アフリカのナイロビの上空6000メートルを飛ぶ、一機の無人ドローンがある映像を捉えた。それは国際的なテロリストが、一軒の家に集結する姿だった。彼らを追うイギリス軍諜報部のキャサリン大佐は、上官のベンソン中将と協力して逮捕を目指すが、監視カメラの映像は大規模な自爆テロの準備を映し出した。逮捕による隊員の損害や逃亡を防ぐため、作戦はドローン攻撃による殺害に変更。その命令によりラスベガス郊外の空軍基地では、ミサイルの発射準備に入る。しかし、カメラはドローンの殺傷圏内にいる、幼いパン売りの少女を映し出した。

●レヴュー

宣伝では典型的なB級アクション映画のようなルックで損をしているが、なかなかの拾い物、いや、個人的にはけっこうツボにはまった哲学的な命題を含んだサスペンス映画で、機会があったらぜひみなさんにも見て、考えてほしい映画だ。

哲学の世界では有名な「トロッコ問題」をご存知だろうか?
これは大学の講義でもよく使われる有名な話でバリエーションはいろいろあるが、基本となるのはこんな感じ。線路を走っているトロッコが制御不能になり、このまま放置しておけば前方で作業中の5人が死んでしまう。しかしあなたの前にある分岐器を動かせば、別の線路に引き込むことができる。ただし、そこでもひとりの人が作業中だ。つまり、5人を救うために1人を殺しても良いかということであり、法的な責任は問われないのが前提となる。功利主義的な立場から言えば、5人を救うのが正しい。しかし義務論から言えば否となるというもの。これにはバリエーションがある。たとえば、この問題で迷わず分岐の切り替えをした人でも、以下の問題はどうだろう。溺れている5人を助けるためにあなたがボートで向かっている途中、溺れている別の一人を発見する。その人を救うと時間がかかり、五人は死ぬことになる。それでもあなたは助けるか、見殺しにするか。

お気付きのように、これには誰も納得がいく回答がない。人は頭ではわかっていても、誰かを助けるために誰かを見殺しにはしたくないからだ。この映画では「自爆テロが起きれば数十人が死ぬ。また部隊の突入でも複数の兵士が死ぬ。ただしドローン攻撃をすれば“最小の被害”だけですむ」という、功利主義から言えば正しい選択が目の前にある。しかし、それは倫理的には正しい選択なのだろうか? 攻撃により、関係のない少女が死ぬかもしれない。多数を救うために、少女は死んでもいいのか。

オバマ政権では、兵士による直接攻撃ではなく、ドローンによる攻撃が推奨されている。現在では兵士のPSTD問題などが国内世論で大きく取り上げ、大々的に生身の兵士を戦闘に派遣しにくい。兵士の死傷者数を減らしたいこともあり、ドローン攻撃を重視しているのだが、あるニュースによればアフガニスタンでドローンにより殺害された200人のうち標的はわずか35人で、残りは巻き添えを食った民間人だったという。

ただし、本作が良くできているのは、現実の作戦に対する批判ではなく、「テロリスト攻撃」という事件を通して、上記の「トロッコ問題」という普遍的な哲学上の問題を私たちに見せてくれる点だ。そのため、この作戦に関わるどの立場の人間も納得がいくように描かれ、映画によくありがちな悪人や思慮の浅い人は出てこない。それぞれの立場で考え、意見を述べているので、観客もだんだんどうしていいかわからなくなる。それが狙いなのだ。「もし、少女を助けるためにテロリストを逃して、その後、数十人が死んだら?」、あるいは「少女が助かる確率が何%なら実行していいのか」などと考えてしまう。

イギリス映画らしい重厚な作りの本作だが、それはこの重いテーマにふさわしい。どのような選択をしても、誰かが傷つくようなことにならない世界を目指すのが、本当は一番いいのだろう。ヘビーな一本だ。
★★★☆

●関連情報

・最近では『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』などの娯楽映画が多い南アフリカ出身のギャヴィン・フッド監督だが、世界的なデビューは社会問題を扱った『ツォツィ』だ。

・本作は、アラン・リックマンの遺作のひとつになった。

・トロッコ問題についてはwikiを参照にしました

この記事は、旅行人のWEBサイト「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました
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by mahaera | 2017-01-06 19:19 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『聖杯たちの騎士』 人生を振り返り迷いが生じたとき、男は女にすがるのか

聖杯たちの騎士

2014年/アメリカ

監督:テレンス・マリック
出演:クリスチャン・ベイル、ケイト・ブランシェット、ナタリー・ポートマン
配給:東京テアトル
公開:12月23日よりヒューマントラストシネマ渋谷にて


テレンス・マリック監督
いいものもあるのだが、ダメなほうもけっこう多い
テレンス・マリック監督作品。
『天国の日々』なんて名作もあるのだが、
『ツリー・オブ・ライフ』以降は評価がわかれるところ。
実際、『ツリー・オブ・ライフ』(2011)、
『トゥー・ザ・ワンダー』(2012)、
そしてこの『聖杯たちの騎士』(2015)は、言っちゃえば
すべて同じ内容を、形を変えて映画にしたまで。


過去に起きた出来事にさかのぼって現在の自分を癒すという、
超プライベートフィルムだ。
自分をブラッド・ピットやベン・アフレック、クリスチャン・ベイルに演じさせて、うまくいかなかった少年時代の家族関係や恋人たちを映画の中で振り返り、救いを見出しているだけなのだ。
とはいえ『リアリティのダンス』のホドロフスキーほどの
アクの強さはない。
ただ、ただ、美しい映像とモノローグが流れる。
そして周りには常に美女がいる(笑)


この『聖杯たちの騎士』の主人公は、成功しつつある映画脚本家だが、過去に自殺した弟がおり(マリックの実話)、そのことで家族のみんなが心に傷を負って乗り越えられない。
そして、様々な女性が彼の前に姿を現し、消えていく。

映像はむちゃくちゃきれいだよ。
CGIじゃなくてもこんなに見たことがないぐらいきれいな映像を見せてくれる。
だって撮影は3年連続アカデミー撮影賞受賞のエマニアル・ルベツキだもの(『ゼロ・グラビティ』『バードマン』『レヴェナント』)。現在、世界最高の撮影監督だ。
もう雑誌のグラビアみたいな画面
でも、眠くなってしまうのだ。
きっと女にはモテるんだろうけれど、
「そのくらい自分で解決しろよ!」と、つい突っ込みたくなる(笑)。
ケイト・ブランシェットやフリーダ・ピントとか、
好きな女優が出ているのはうれしいが。
ただ、人は歳をとると、どんなに成功した人でも、
成功しなかった人はなおさらだが、
「自分は違った人の人生を歩んできたのではないか?」
と思ってしまう。常に選択が正しかった人なんていないもの。
ただ、隣の席の人にそれを延々聞かされてもなあ、といった印象になったよ。
★★
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by mahaera | 2016-12-22 00:41 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『ニーゼと光のアトリエ』 ブラジルに実在した精神科医とその治療を描く

ニーゼと光のアトリエ
Nise

2015年/ブラジル
監督:ホベルト・ベリネール
出演:グロリア・ピレス、シモーネ・マゼール
配給:ココロヲ・動かす・映画社○
公開:12月17日よりユーロスペース
公式HP:http://maru-movie.com/nise.html


●ストーリー

1943年のブラジルのリオデジャネイロ。
医師のニーゼはかつて働いていた病院に戻ってきた。
彼女がいなくなっていた数年の間に、同僚たちはロボトミー手術やショック療法などの暴力的な治療を行うようになっていた。
それを拒否したニーゼは、担当者がいない作業療法の部署に回される。最初はなすすべもなかったニーゼだが、やがて患者が絵の具を使って絵画を描くアトリエをオープン。
ユングに影響を受けたニーゼは、患者たちが描く絵が
“無意識の現れ”ではないかと考えるようになる。
最初は乱雑だった患者たちの絵も、しだいに変化していった。
しかしそんな対処療法は病院内で反発を生んでいくことになる。

●レヴュー

ニーゼは実在の人物で、この映画も実話を基にしている。
冒頭、窓がない建物にニーゼがやってきて、入り口のドアを何度もしつこいぐらい叩いて、ようやく中に入れてもらう。
当時の社会、そしてそれに負けないニーゼの性格を暗示したものになっている見事な導入部だ。

ニーゼは自分が病院を留守にしていた間、統合失調症などの患者に、電気ショックやロボトミー手術という当時では最先端の“科学的な”治療が行なわれていることを知り、また同僚の医師たちがそれを進んで取り入れていたことに愕然とする。
それはどう見ても、患者たちの人権を奪う、残酷なものだった。

この当時の精神病の治療は、患者のためにというより、
周りにいる人たちが楽になるためだったこともある。
まだ向精神薬の開発も進んでいなかったころだ。
興奮する患者を病院に押し込め、
さらに外科手術で無気力な状態にする。
それが許されるのは、患者たちを人間としてみていない、
あるいは劣った存在としてみているからだ。医師も世間も。

映画では語られていないが、
ニーゼが病院に戻ってくるのは1943年。
第二次世界大戦中で、当時のブラジルはヴァルガス大統領による
ファシズム独裁体制だった。
ヴァルガスはドイツやイタリアを真似た全体主義で、
反対派の追放や投獄を行った。
ニーゼもその対象になり、病院を追われていたようだ。
つまり社会全体が、少数派に対して非寛容になっていた。
精神病院はその縮図ともいえよう。
社会の迷惑になるものは、排除するか力を奪ってしまえばいいと。しかし「社会」ってなんだ?

そんな中、ニーゼはアートを通して、
患者たちの心の内を知ろうとする。
絵画を学んだことがなく、知能も劣るとみなされていた患者たちだが、
彼らが描いた絵は当初は乱雑だったものの、
やがて目的のあるものに変わっていく。つまり変化していくのだ。
「それは治療なのか?」と同僚は問う。
ニーゼは「わからない」と答える。
ただし治すことはできなくても、
アートは患者に寄り添うことができる。
“治す”なんておこがましい。
ただ、“生きやすく”することはできるかもしれない。

人が病気になるのは理由がある。
もしかしたら精神病になるのも意味があるのかもしれず、
治すべきと考えるのは患者のためでなく、面倒を回避したい
私たちのためにそう言っているだけではないのか。
少しはましになったが、21世紀になっても、自分のわからないもの、
自分と違うものを排除しようとする世の中は続いている。

相模原の施設で起きた事件は、
そんな“今の日本”を暴いて見せたように思える。最悪の結果で。
今でこそ、私たちはこの映画を見るべきなのかもしれない。

★★★☆前原利行)

●映画の背景
・今では想像もつかないことだろうが、脳の一部を切除するロボトミー手術は1960年代までは世界的によく行われていた。
僕が知ったのは映画『カッコーの巣の上で』だったが、もちろん日本でも積極的に行われていた。
たとえばこの外科的手術により、興奮したり攻撃的な感情を抑えたりすることができるということだが、副作用も多かった。
しかし1940年代にはこれは画期的な療法とされ、初めて前頭葉切除の手術を行ったポルトガルの医師モニスに、1949年にノーベル生理学・医学賞が与えられたほどだった。しかしこれはのちに「人体実験」に近かったことや、モニスも手術を行った患者に銃撃される事件も起き、廃れていくことになる。
・日本では第二次世界大戦中、戦後と、1975年に廃止されるまでロボトミー手術はよく行われていた。日本でも同意のないまま手術を受けた患者が、医師の家族を殺した事件も起きている(ロボトミー殺人事件)。
・アメリカ大統領だったジョン・F・ケネディの妹ローズマリーも、ロボトミー手術を父により受けさせられていた。
・「ロボトミー」というと、「人間をロボットのようにしてしまう」こからつけられた名前かと僕も思っていたが、これはまちがいで、「葉(臓器の一部の単位のlobe)」の塊を切除するということから付いた名。

●関連情報
・第28回東京国際映画祭グランプリ&最優秀女優賞受賞作品。

旅行人のHP内「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました
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by mahaera | 2016-12-21 11:16 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『グレート・ミュージアム ハプスブルグ家からの招待状』淡々としたドキュメンタリー

グレート・ミュージアム ハプスブルグ家からの招待状

2014年/オーストリア

監督:ヨハネス・ホルツハウゼン
出演:ウィーン美術史美術館の人々
配給:スターサンズ/ドマ
公開:11月26日
劇場情報:ヒューマントラストシネマ有楽町



仕事柄、そして趣味というか“好き”なのであちこちの国に行くが、オーストリアにはまだ行ったことがない。
いや、興味がないわけではないのだが、なかなかチャンスがない。

本作は、そのオーストリアの首都ウィーンにある、ウィーン美術史博物館の改装工事に密着したドキュメンタリーだ。
映し出されるのは、改装の様子だけではなく、
絵画の修復といった裏方、競売に参加して作品を仕入れる者、
企画会議をしている様子など、美術館で働くさまざまな人たち。
ドキュメンタリーといってもいろいろあり、
よくテレビで放送している「美術館紀行」的なものを想像すると、期待したものがまるで出てこないので、
ガッカリされるかもしれない。
名画を映し出し、その歴史やウンチクが語られる
ガイドブック的なものはここにはない。
本作は、映像に解説やナレーション、劇伴音楽、インタビューが
一切ない「ダイレクトシネマ」という手法で作られている。
もちろん編集があるので演出はあるが、
少なくともその場で撮った映像には手を加えていないのだ。

主役は飾られている絵画ではなく、そこで働く人々だ。
修復セクションはなんとなく予想はつくのだが、
収蔵品を増やそうとスタッフがオークションに行き、
あまりの高さに断念する下りとか、
新装オープンの際にチケットのデザインをどうするか、
ロゴをどうするかとなどと討議している姿は新鮮で面白い。

日本だと、ついスタッフの下に
「修復スタッフ 〇〇 (修復歴25年のベテラン)」とか
入れてしまいたくなるが、本作ではそんなことはないので、
ただ、ただ、匿名で働く人々を見ている感じだ。

というわけで、本作が面白いかどうかについては、
面白いと思う人はかなり選ばれるだろう。
作り方が間違っているというのではなく、
万人が興味を持てるかなという点で(寝ちゃう人もいるはず)。
私は正直、まあまあだった。
★★☆
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by mahaera | 2016-12-16 11:46 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『何者』 人はいつ“大人”に変わっていくのだろう

金曜日にレイトショーで、上映終了となる『何者』を観に行った。

先月、コンサート会場で会った友人にこの映画を観たかと聞かれる。
それで、これは観た後に人と語り合いたくなるタイプの映画だと知った。

「就活に苦労する大学生たちの青春もの」ぐらいの知識しかなかったが、観終わってみると「就活」は話を動かすための手段。
青春期の終わりと新しい世界への第一歩をポジティブに示した作品だった。

で、多くの人がネット上に書き込みしていたように、この映画、あるタイプの人には非常に“イタい”。
僕は最初の1時間、ずっと不穏なものが底辺にずっと流れ続けているのを感じ続け、座りの悪さを感じていたよ。
画面上で展開しているセリフのやりとりと、実際に各キャラクターが心の中で思っていることのギャップ。
実生活で、すべて心の中のことを口に出している人なんていない。
心の葛藤をすべてセリフ化しているダメな映画はあるけれど。

映画の登場人物となる20代前半の大学生の頃は、自分の実力以上に自意識が高い。
なんだかんだと言っても、経験不足から自分の実力もまだ客観的に見られない。
でも、そのころはそれが当然だ。
暴言を吐いたり吐かれたり、人を傷つけたり傷つけられたり、失敗したり、たまには成功の喜びを味わったりして、人はいつのまにか大人になっていく。

映画では就活に向かう5人のキャラクターがどう難関を乗り越えていくかも描いているが、同時にそれぞれの心の中も映し出す。
いや、見えてくるといったほうがいいだろう。
セリフだけを頼りにぼーっと見ていると、わからない人もいるだろうから。
実際レビューで低評価を出している人は、ストーリーしか追っていないのか、「つまらなかった」「退屈した」と評価したり、誰にも共感できずにいたりするようだ。
でも、すべてとは言わないが、この5人の学生のキャラには、どこか自分に重なるところがあるだろう。
(もしくは自分の黒い部分は一生見なくていいという人か)

映画は終盤で大きな展開があるが、勘のいい人なら途中で予想がつくかもしれない。
彼のような人は僕の周りにもいたし、誰でも彼のような部分は持っているはずだ。

ま、すでにいい歳になった僕だが、人間いくつになっても悩みは消えない。
いくつになっても、人が何を考えているかわからない。
でも相手もそう思っているだろう。

虚勢を張ってみたい時もあるし、滑稽に見えることもあるだろう。
あなたが何かに必死になって取り組んでいても、人は心の中で笑っているかもしれない。
親しい友人が、実は心の中では優越感に浸っていることに気づくかもしれない。そして人生どこかで折り合いつけて、手打ちした自分を悔やんでもいい。
それでも何もやらないで、遠くから文句を言う奴よりは絶対いい。

ラスト、これからの人生(20代半ばなんてまだ人生の出だし。これからが長い)に向かって歩き出す主人公を送り出す、眼差しはとても暖かい。
★★★☆
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by mahaera | 2016-12-12 12:07 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『母の残像』 家族を失った喪失感はどうやって埋められるのか

母の残像
2015年
ノルウェー、フランス、デンマーク、アメリカ

監督 ヨアキム・トリアー
出演 イザベル・ユベール、ジェシー・アイゼンバーグ、ガブリエル・バーン

11月26日より公開中


アメリカが舞台の英語映画だが、製作国にノルウェー、フランス、デンマークが入っているように、全体的にはヨーロッパ映画の趣。
監督もラース・フォン・トリアーのおいだという。
身内の死をなかなか受け入れられない家族の葛藤を描いた作品だ。

3年前に事故なのか、自殺なのかわからない交通事故死を遂げた
報道写真家イザベル(イザベル・ユベール)の回顧展が
開かれることになった。
結婚して子供も生まれたばかりのイザベルの長男ジョナ(ジェシー・アイゼンバーグ)が、久しぶりに実家に戻ってくる。
家には高校教師の父ジーン(ガブリエル・バーン)と、
引きこもり気味の高校生の弟コンラッド(デヴィン・ドルイド)が住んでいる。
コンラッドは家にいる間はほぼ部屋にこもって
ゲームの世界に生きていた。
父ジーンは何とか息子の心を開かせようとするが、反応はない。
ジョナは暗室に残された母の撮った写真を整理しているうち、
昔は気づかなかった母の別の顔を知り、
その死を受け入れていこうとするが…。

母イザベルは著名な女性報道写真家で、
世界各地の戦争や紛争を取材している。
穏やかな家庭がありながら、しばらくすると身の危険があるような場所に行かずにはいられない、ある意味“中毒”。
愛する子供と夫がいても、彼女の居場所はそこにはない。
誰にも必要とされていない、
落ち着かない気分になってしまうのだろう。
しかし、家族はそんな彼女のことは理解できない。
その気持ちがわかるのは、同じ戦場に行く同業者ぐらいだ。

すでに成人してそんな母のことを薄々は知っていた長男と異なり、子供のころに母を亡くした弟コンラッドは母の死を受け止めることができず、現実世界との絆を絶っている。
いや、本当は交わりたいのだが、その接点を失ってしまっている。
ゲームの中のキャラクターとして生きる一方、クラスの好きな女の子に思いを寄せるが、伝える手段がわからない。
一方で、自分を心配している父親が非常にうざったい。
すべての自分の憤りをぶつけるのは、
一緒に住んでいる父親しかないのだ。

父親ジーンはかつて俳優をしていたが、
家族のために志を断念して高校教師になった。
今はコンラッドが通う高校で働いている。
彼は妻を愛していたが、妻の心は戦場にあり、
そして浮気にも気づいていた。
妻の精神はバランスを崩していき、
自殺だったのではないかとも思っている。
それを救えなかった自分も責めている。

自分が父親だからか、劇中だと父親の立場で
つい見てしまいがちだった。
親からすりゃ、息子が何考えているかわからないけれど、心配。
笑ったのは、息子がしているオンラインゲームをつきとめ、そこになんとか自分のキャラクターを作って参加しようとすると(年寄りにはかなりの努力)、一撃で秒殺されてしまうというシーン(笑) 
たぶん、彼は妻の職業や子供たちのことを思い、
自分の仕事(俳優)を捨てた過去があるのだろう。
しかし子供たちって、そんな親の苦労はわからない。
むしろ、世界的に有名な戦争写真家で、ふらっと出て行って帰って来る母親の方がカッコいいし、毎日いない人の方が優しい。
それにいる時には、何とか愛情を注いでほしいと思っているから、子供もがんばる。
いや、不憫だ。
おまけに妻は家に帰ると、心あらずで、刺激を求めて
戦場に行きたくなっている。

あと、引きこもりの弟くん。
周囲との折り合いがうまくつかない理由を、
自尊心の肥大化でバランスをとる。
自分のことは棚に上げて、人を見下すこともあるが、
それはコンプレックスの裏返し。
人とコミュニケーションがとれたら、本来の自分の大きさに自尊心も縮小していく。
そんな彼が好きな女の子と過ごしたパーティの一夜のエピソードがいい感じで描かれている。
そこには、等身大の彼がいる。

僕も母親を亡くしたが、やはり喪失感というのだろうか、
しばらくはそんな事実はなかったかのように、日々を生きていた。
今も、正直、人に話されると困ってしまい、
話題を進ませたくない。
結局それは何年たっても埋まることはないし、
そういうものだろう。
この映画の家族のように、今さら“母親の真実”も
知りたくないのもよくわかる。
今はいなくても、自分を作ってきた“一部”なのだから。

小粒だが繊細な作品。そして完全に大人向けの映画。
一年に、1、2本しか映画を見に行かない人にはすすめない。
そもそもそういう人はエンタメ映画に行くだろうし。
でも、身内を亡くした人なら、いろいろ考えてみるには
いい映画かもしれない。
結論は出なくても、それが人間であり、家族なんだと。
★★★☆
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by mahaera | 2016-12-07 11:03 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『ブルーに生まれついて』 おしゃれな雰囲気には浸れるが、やや食い足りないかな

ブルーに生まれついて
Born to be Blue
2015年/アメリカ

監督 ロバード・バドロー
出演 イーサン・ホーク
公開 11月26日より渋谷Bunkamuraル・シネマ、角川シネマ新宿ほか


トランペット奏者にしてシンガーのチェット・ベイカー。
代表曲「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は、
多くの人に聴かれてきた名演だ。
中性的でボソボソと歌う彼の歌唱は、
多くのフォロワーを生んだと思う。
1950年代には短い間だが、マイルスをしのぐ人気もあった。
しかしドラッグ依存のため、破滅的な人生を送っていく。

本作はそのチェット・ベイカーをイーサン・ホークが演じる。
ジャズファンには思い入れのある人物なので、
なかなか難しいだろう。
僕はそれほどベイカーには詳しくはないが、
なるほど、たぶんこんな感じだったんだろうなあと思うほどの
リアリティをうまく出している。
ペッターの友人によれば、指と音が合っていないところがあるようだが、普通の人はおそらくそこは気づかない。

本作はすでにドラッグに溺れて、売人にお金を払えずに
チェットが前歯を折られるところから始まる。
伝記映画の撮影シーン、そこで知り合った恋人との生活と
ドラッグ依存からの立ち直り、現役に復帰するための努力
といった“現在”に、人気絶頂の頃に見に来たマイルスに
冷淡にされた“過去”の回想シーンが織り込まれていく。

チェットは、音楽に関しては有り余る才能がありながら、
人間関係をうまく築けないし、ドラッグで人の信頼を裏切り、
女にもだらしないという、今でいう“ゲス”な男。
ただし、彼が唯一しがみついて、裏切らないものは音楽だ。
最高の音楽を演じるためには、
彼にはドラッグが欠かせないものになっている。
依存癖のない僕にはわからないが、
おそらく絶対的な自信が生まれ、
そこからキレのいいフレーズが出てくるのだろう。
しかしホークが演じるからかどうかわからないが、
どんなにダメな男でも、演奏中はカッコよく見える。
それはチェットが音楽に関して全身全霊で打ち込んでいるのがわかるからだ。
チェットが音楽に身を捧げているのは、疑いのないこと。
だから恋人やかつての仲間がカムバックに協力するのだ。

映画のムードはおしゃれな雰囲気で、
その雰囲気に浸りながら見るならいい感じだろう。
ただ、全体がさらっとしすぎて、
「食い足りないなー」というのが正直なところ。
悪い映画じゃないとは思うけれど、
映画としての面白みが薄いというか、
おしゃれにしすぎて、チェットの“エグい”ところも
もっとあったんじゃないのーという感じがする。
まあ、そんなブルーに生まれついた男(ジャズマン)に惚れちゃいけないよ、という映画でした(笑)。
★★★
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by mahaera | 2016-12-05 11:53 | 映画のはなし | Comments(0)