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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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カテゴリ:映画のはなし( 456 )

映画『七人の侍』 その1

三週間ほど前になるけど、久しぶりにテレビで『七人の侍』を見た。
BS放送をHDに録ってあったやつを、
息子が気になり観たいというので、僕も一緒にながら見始めた。

この映画を見るのはもう何回目になるのだろう。
僕が子供のころから、よくテレビで放映されていたが、最初にきちんと見たのは1975年のリバイバルの時だ。
当時僕は中学生だったが、その時の国語の先生が「絶対に見に行け!」と大絶賛。
もちろん僕はそのころ立派な映画少年だったけど、あまり日本映画は見ていなかった。
クラスの何人かでテアトル東京に見に行ったと思う。しかし父親と行ったような気もするので、
もしかしたら二回行ったのかもしれない。
侍が次々と揃っていくところはわくわくし、決戦に備えて緊張感が高まり、
そして大迫力の雨の中の戦いには我を忘れた。
中学生でもこの映画の面白さは十分にわかり、感動し、泣いた。

その後、名画座で何度か見たし、テレビでも時々やるので数年に一回は見続けていると思う。
この映画に関して、「飽きる」ということはない。
この映画で飽きてしまうようなら、その人はどんな映画を見ても飽きてしまうだろう。
今回も、最初は斜め見だったのだが、やがて手作業を止めて真剣に見出してしまった。
本作は休憩ありの三時間二十七分の長尺だ。
息子は途中で注意力散漫になり、妻は最初から興味なしで見ていない。
その脇で、ひとり涙を流す自分。。(笑)

この『七人の侍』を見ると必ず泣いてしまうところがいくつかある。
まず最初のほう。農民たちが勘兵衛(志村喬)に村を守ってくれるように頼むが、断られる。
武功にもならず、報償も得られず、ただ飯が食えるだけでは、ふつう誰でも断るだろう。
そこで今まで悪い奴だと思っていた人足(眉毛がつながった男)があるきっかけを作り、勘兵衛は村人を助ける決意をする。
「このめし、おろそかに食わぬぞ」のセリフ。 ここで侍のテーマ(音楽)が流れ、涙がじわっ。
勘兵衛のやさしさと決意を知り、侍ならずとも彼に惚れ込んでしまうシーンだ。

その後はテンポ良く侍集めのシーンが続く。宮口精二扮する久蔵が登場する果し合いのシーンはインパクト大。
やがて侍たちは村へ。侍と農民の間に緊張が走るが、菊千代(三船敏郎)の活躍でそれも回避。
野武士との戦いに備え、侍たちは村人を集めて訓練する。
その過程で菊千代が落ち武者狩りの武器を農民に差し出させる。
ここで再び侍たちと農民間に緊張が走る。侍たちははみな武者狩りで命を狙われたことがあるからだ。
その溝を埋めたのが、また菊千代だ。
菊千代「こいつはいいや。いったい百姓をなんだと思ってたんだ。百姓ぐらい悪びれた生き物はねえんだぜ」
百姓がいかに小ずるくて、悪賢いかと罵倒する。
農民出身の彼はそのことを良く知り、それが嫌で侍になろうとしたのだ。
菊千代「でもな、そんなけだものを作ったのは誰だ? お前たち侍だっ!」
ここで、涙どわーっ。菊千代の叫びが、胸に突き刺さる。侍に酷い目に合わされ、農民が嫌になった男。
三船敏郎の名演が光る。

続く
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by mahaera | 2008-10-31 09:57 | 映画のはなし | Comments(0)

映画『七人の侍』 その2

その1からの続き

訓練が続き、離脱しようとした農民を勘兵衛が引き止める名シーンがあり、やがて稲刈り、
斥候を討ち取り、夜襲をかけるシーン、平八の戦死、そして野武士の襲来シーンへと続く。
この平八の弔いから一転し、丘上に野武士の軍団が現れるシーンは、
僕にとって『ゴジラ』でゴジラが初めて丘上に顔を出すシーンと同じくらいのインパクトがある。
戦いのシーンでは、まず水車小屋が焼かれ、赤ん坊を抱いた菊千代が
「こいつは俺だっ!」と叫ぶシーンが泣ける。
小さいころテレビで『七人の侍』を見て、ストーリーは忘れたが、このシーンだけは強烈に覚えていた。

そして戦闘が終わり、勝四郎が「野武士はっ? 野武士はっ?」と叫ぶ。
勘兵衛「野武士はもうおらん!」 
その瞬間、子供のように泣く勝四郎。
もうこのあたりは号泣。

最後はみなさんも知っている通り、平和が戻った村の情景に勘兵衛の
「また負け戦だったな。勝ったのは俺たちではない。あの百姓たちだ」という名セリフがかぶる。
ここで小学生の息子「え?勝ったじゃない」と僕に聞く。
「そのうち、このセリフの本当の意味がわかるよ。あと何年かしたらね」と思うも、黙って聞き流す。

スピルバーグは今でも新作に取りかかるとき、『アラビアのロレンス』などと共にこの『七人の侍』を見直すという。
たぶん、こんな映画はもう二度と作れないだろうなあ。

その後、図書館で「黒澤明と『七人の侍』」という本を読んでそう確信した。
これは『七人の侍』製作のドキュメント本だ。これを読むと黒澤がいかに妥協しなかったかがわかる。
最初の制作費と日数は、まだ映画の三分の一しか撮り終わっていない段階で使い切ってしまったこと。
途中で打ち切りにならないよう、最後の決戦シーンの撮影は最後まで残しておいたこと。
水車小屋炎上シーンは撮影がうまくいかないとして、四回も燃やす羽目になったこと。
スタッフ、キャストすべてに、黒澤のペースを要求したこと。(毎晩の宴会に参加が必須というのは辛そう)
役者を精神的に追い詰めるほどダメ出しをしたこと。
勝四郎が志乃と初めて出合う山の花は、造花ではなく、
毎朝スタッフが山に本物を摘みに行って撮影したこと。

いまだと、そんな独裁的な監督には誰もついていかないし、
またそこまで無理強いしてもスタッフをコントロールできる監督もいないだろう。
映画のためにはすべてを犠牲にできる時代だったのかなあと。
そう思うと、最近の日本映画は、「映画」と呼べるものは少ないなあ。
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by mahaera | 2008-10-31 09:56 | 映画のはなし | Comments(0)

アメリカン・コメディって観ますか? ベン・スティラー

「アメリカでは大ヒット!」なのに、日本では劇場公開が見送られるジャンルがある。それはコメディ。
日本ではアメリカン・コメディはヒットしないというジンクスがある。
たとえば主演作は必ずと行っていいほど、その週の興行成績のトップになるベン・スティラー、アダム・サンドラー、ウィル・フェレルといったスターの作品でも、かなりの確率でDVDスルーになってしまうのだ。
え? 3人とも知らない? 仕方がない。日本で公開しても単館だったり、その人の名前を出していないんだから。

なかでも日本で比較的知られているのはベン・スティラー。
『メリーに首ったけ』の主人公はキャメロン・ディアスじゃなくて、彼女に惚れるベン・スティラー。
あとはロバート・デ・ニーロと共演した『ミート・ザ・ペアレンツ』、
SFXを多用したファミリー映画『ナイト・ミュージアム』の3作品はヒット。
でも、僕が彼の映画を好きになったのは『ズーランダー』。
スティラーが一流モデルで、マレーシア首相の暗殺を阻むという、くだらないギャグの連発なんだけど、わかる人にしか受けないだろうなあ。
ここで主人公のズーランダーのライバルで出ているのが、彼の盟友オーウェン・ウィルソン。
彼もまたおかしくて、ベン・スティラー映画にオーウェンが出ていないとさびしい。
『ロイヤル・テネンバウムズ』でも共演していたが、本当に仲がいいんだろうなあ。
その二人が往年のテレビシリーズの映画版リメイク『スターキー&ハッチ』で共演したけど、日本では劇場公開されず。ま、出来は今ひとつ。
まあまあ良かった『ポリーmy Love』もDVDスルー。
ジャック・ブラックと共演した『隣のリッチマン』もDVDスルー。
『ドッジボール』は劇場公開されたけど、主演じゃないし。。
散発的にドリュー・バリモア共演の『おまけつき新婚生活』が劇場で公開されたけど話題にならず。

そんな状況のなか、アメリカでは大ヒットし興行ランキング1位になった『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』が日本でお正月映画として公開される。もともとはこの時期に上映されるのはハリー・ポッターの新作だったんだけど、公開が半年延びたので、代役らしいが。。。
『トロピック・サンダー/史上最低の作戦』、ひどい映画です。
これは褒め言葉で、くだらないことを一生懸命やる、とことんやるベン・スティラーはすごい。共演のジャック・ブラックもすっかりかすんでしまうほど。

まだ彼の映画を観ていない人がいたら、まず『ズーランダー』を観て欲しい。あれに彼の芸風が集約されている。
『ミート・ザ・ペアレンツ』と『メリーに首ったけ』は、彼に限らなくても、映画としての出来がとてもいいので、お勧め。
同じくらい『ロイヤル・テネンバウムズ』も好きだけど、あれは監督の映画だから。
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by mahaera | 2008-10-17 10:00 | 映画のはなし | Comments(0)

イギリスの少年A 映画『BOY A』

さて、『手紙』を観た翌日、試写で11月公開のイギリス映画『BOY A』を観た。
タイトルどおり、主人公はもと「少年A」。
10歳のときに犯したある罪で服役し、刑務所の外に24歳になって出る。
貴重な青少年時代に服役してたせいか、体は大人でも中身は子どものようだ。
彼はジャックと名前を変え、誰も知らない場所で新たな人生を送り始める。
そんな彼を支えるのは、父親のように親身になってくれるソーシャルワーカーのテリーだ。
運送会社で働く彼に、やがて友人や恋人ができる。
愛する人には本当のことを打ち明けたいと思うジャックだが、テリーは絶対に口外するなと思いとどまらせる。

世間では、かつて社会を騒がせた「悪魔の子=少年A」が出所し、どこかで暮らしていることが話題になっていた。
現在の顔がモンタージュで作られ、新聞のトップを飾る。ネットでは懸賞金がかけられる。
ジャックは目立つことを避け、真面目に生きようとするが、世間はそんな彼をまだ許していなかった。

前日に観た『手紙』と設定は似ているが出来は雲泥の差。
『手紙』は犯罪者の家族なのに対し、こちらは出所した犯罪者だが、世間の目を避けてなんとか生きようとしているところは同じだ。
同じように工場で働き、友人や彼を好きになる女性も出てくる。
ただしこちらのヒロインは沢尻エリカじゃなくて、「白鯨」とあだ名される太目の女性。
地方の運送会社に沢尻エリカがいたら、リアリティがない。
この彼女は沢尻エリカのように目立つショットもなく、すんなりジャックの物語に溶け込んでいる。

観ていて思ったのは、こちらはちゃんと時間をかけて少しずつ主人公ジャックの良さが観客にわかり、
彼に共感できるように作られていること。
『手紙』で足りなかったのは主人公の魅力だ。
ただ暗いというだけで、何で彼が女性にもてるかもサッパリだった。
暗い中にもちょっとしたやさしさを垣間見せるとか、そうした描写がなかったので説得力がなかったのだろう。
本作のジャックは、少年のような無垢さと小動物のような怖れを併せ持っている。
俳優の力量かもしれないが、ここはやはり演出力の差も大きいのだろう。

日本でも「酒鬼薔薇」少年が社会復帰したことが前に話題になっていた。
興味本位に彼を探し回ることは、この映画で世間が主人公を追い詰めていくことと同じだろう。
そんなことを考えさせてる佳作だった。
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by mahaera | 2008-10-10 10:01 | 映画のはなし | Comments(0)

映画『20世紀少年』を観て

帰国翌日の日曜日、楽しみにしていた映画『20世紀少年』を観に近くの劇場へ行ってきました。
なぜか小学生の息子も観たいらしく、一緒に連れて行きました。
予告編の覆面や、巨大ロボット、「せかいせいふく」にひかれたから?

映画は三部構成で公開される第一回目。
膨大な原作マンガの67巻ぐらいまで。時代でいうと「2000年12月31日の事件」です。
で、率直な感想。

マンガと同じ。

映画ならではのオリジナリティは皆無。監督や製作者たち、金は使っても頭は使っていない。
連載マンガだと毎回、次に興味をつながなくてはならないので、
とにかく(あとでがっかりされても)引っ張りや盛り上がりを作らなければならない。
しかし映画は、2時間ぐらいを標準に、クライマックスを作っていかねばなりません。
観始めて一息つく20分過ぎ、45分ごろにも小さな盛り上がりも必要で、最後2030分ぐらいに一気にクライマックスへと持っていく。

しかし原作マンガをほぼ忠実に映像化したこの作品では、そんな映画鑑賞時間の起伏を無視しており、
まるで大河ドラマの総集編のように事件がだらだらと連ねられ、途中で集中力がなくなってきてしまう。
そして原作でも弱かった「ともだちの正体は誰か」「過去にいったい何があったのか?」という謎解き部分が、よりどうでもよくなっている。
ふつうよくできたミステリーの場合、最初に登場人物たちをさらりと紹介し、その中から犯人を探す。
原作でも少年時代の秘密基地の友人たちの中に、カルト教団「ともだち」の首謀者がいるのではないかという設定があるが、
しかしマンガでは、あとから「あ、あいつもいた」「もうひとりいた」と増やしてしまっており、これでは謎解きにならない。
映画ではそれがいっそう進み、主人公たちは事件に対応しているだけで、一向に過去の謎解きをしようという気配がない。
主人公たちが謎解きをしないので、こちらもそんな設定は忘れてしまい、ただ、事件が起きて、流れていくだけになる。

原作の連載が始まったのは1999年ごろで、カルト教団「ともだち」の描写は、ロックコンサートを開いたり、選挙に出たり、テロを起こしたり、「絶交(ポア)」したりと、オウム真理教そのままだ。
オウムの発想自体が、小学生の考える世界観と同じことに、作者はインスピレーションを得て、「これはやばい」と思ったのだろう。
地下鉄における毒ガス・テロなんて、まるでショッカーのやることだし。
ただ、オウムが現代的だと思ったのは、それまで赤軍派にしても違法で隠れて活動していたのに対し、秘密組織でも何でもないこと。
まさかそんなオープンな組織がテロを行うとは誰も思っていなかったのだ。

マンガでも、そのカルトぶりやそれに気づかずに受け入れてしまう社会の怖さの描き方はいまひとつだったが、
映画ではそのあたりを意識的に切り捨ててしまい、「ともだち」が単なる秘密組織になってしまったのが残念。
教団員の日常とか幼児性、そして何で入信者が多いのかをもっと説得力を持って描けば良かったのに、
あれじゃショッカーに洗脳された戦闘員で、怖いというより、笑ってしまう。

マンガで僕が印象的だったエピソードや小ネタが消え、残念な部分もある。
オッチョも何でタイであんなことをしていたのか、呼ばれたら迷わず日本に来てしまったりとか、説明省きすぎ。
キャラクターの描写がないまま、エピソードを消化していくので、たぶんマンガを読んでいない人には感情移入できないのでは。

原作マンガを最後まで読んでいないので、今後どうなるかわからないが、
第一章を見た限りでは、それなりに楽しめたけど、「映画」としてはなってないとハッキリ言える。
100点満点で40点ぐらいだ。
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by mahaera | 2008-10-09 10:03 | 映画のはなし | Comments(0)

ひどかったなあ 泣けません 映画『手紙』

ケーブルテレビで日本映画『手紙』を観た。
少し前に話題になった作品で、新聞連載小説が原作。
殺人を犯して服役中の兄を持つ弟が主人公。
兄弟二人暮らしの兄が、弟を大学へ行かせるお金のために殺人を犯してしまう。
弟は大学を辞め、世間の冷たい目を避けながら仕事を転々として暮らしている。
殺人犯の弟とわかればアパートも借りられず、また会社もクビになるからだ。
ある地方の工場で働く彼を、食堂で働く沢尻エリカが好きになる。
しかし彼はその気持ちを受け取れない。
弟にはお笑いで成功したいという夢がある。
東京へ出た彼は、お笑いコンビで成功し始める。そして富豪の娘とも恋仲になるが、
有名になることはまた兄が服役していることが暴かれることでもあった。
お笑いをあきらめ、富豪の娘とも別れた彼を支えるのは、沢尻エリカだった。
兄を憎む弟は出紙を書くことを止めるが、兄からの手紙は続く。。。

ものすごいベタな映画だった。
映画というより、昼の帯ドラマのような感じ。
登場人物たちの次のセリフが予想通りだし、悲しければ泣く、辛ければ暴れて部屋のものを壊す、
陳腐としかいいようのない展開と表現で、泣けるどころか、途中から失笑という感じになってしまった。

ここまでやらないと、みんなストーリーとか、登場人物の心情がわからないのかなあ。
たぶん、、登場人物の心情は全部脚本にセリフかアクションで書かれているのだと思う。
でも映画でしょう。
画面の人物は笑っているんだけど、観客は「本当は心の中では辛いんだろう」と思って泣けるわけで、
先に号泣されちゃうとねえ。

犯罪者の家族が社会の冷たい視線を受けながら生きていくというのがテーマなのだろうが、
スターが沢尻エリカだけなせいか、彼女のアップやショットが多すぎで、画面が散漫。
脇役なのに出すぎなのだ。
主人公への偏見もベタで、「いまどきなあ」の感もある。
主人公と恋仲になるのが富豪の娘(大きなテーブルにワインを給仕する雇い人がいたりする描写には失笑)というのも。。。
案の定、彼女には婚約者がいて、その婚約者が幸せな2人の部屋に押しかけ、
「こいつの兄は犯罪者だ」「二度と彼女に近づかないでくれっ!」と叫ぶ。まるで韓国ドラマかっていう展開。

最後は主人公が兄の気持ちを思いやり、かつての相棒と再びコンビを組んで刑務所に慰問公演に。
兄の前で芸をする。弟の舞台に立つ姿を見て、手を合わせて号泣する兄。涙ぐむ弟。って違うだろ。
そこは兄は弟のお笑いに受けて笑っている顔をしているが、心で泣いていると想像させるとか、
弟だって泣きたい気持ちを隠しながら芸しているとか、そういうところが本来感動を呼ぶんじゃないかと。

ここ一年ぐらいに観た映画の中では『涙そうそう』『ラブソングができるまで』ぐらい酷かったが、
ネットで見ると、みんな感動して泣いているようだ。
ここまでわかりやすくしなけりゃわからないようなら、小津安二郎の『東京物語』みてもチンプンカンプンだろうねえ。

点数つけるなら、マイナス20点。
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by mahaera | 2008-10-09 10:02 | 映画のはなし | Comments(0)

『ゲリラになろうとした男』

ついでに書いておくと、高校の時に作った映画は、『ゲリラになろうとした男』というものです。
僕がいた芝学園の映画研究部で作ったものですが、監督とお金を出したのはひとつ下の後輩の樋口尚文という男。
クラブは協力しましたが、実際は彼の製作作品です。
僕は出演しただけで演出などには関わっていません。
物語の前半は僕を中心に進みますが、途中で死ぬか倒れるかして、中盤から主人公は今回連絡がついた後半の西英一くんになります。
学生運動に乗り遅れた男が、ゲリラになろうとしますが、反抗すべきものが見つかりにくい中、学校、制度、親などと対立していくという八ミリ映画。
最後に見たのがずっと前なので、詳しい筋は忘れましたが、当時、ぴあフィルムフェスティバルで評価された記憶があります。
監督をした樋口尚文君は、大学卒業後電通のクリエイターになり、多くのCFを作っているそうですが、今は交流がないのでどうしているのやら。

やはり出演していた小山登美夫くんは、美術館系に進み、今はギャラリーをやっているとネットで知りました。
ネットはこういう時、便利ですね。
他のメンバーはどうしているのやら。もう30年近く前ですから。。
一度、機会があったら会って、また映画の話でもしたいものです。

僕は高校卒業後、映画から離れ、興味は音楽、バンド活動へ流れてしまいました。
バンドもその後、海外旅行に興味が移り、全然やっていなかったのですが、やっと今年、10年ぶりにライブ活動に半分復帰したしだいです。
映画もまた撮ってみたいと思うのですが、これはなかなか大変ですね。
僕が作ったものは、ほとんど完成してないし(笑)
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by mahaera | 2008-10-04 10:05 | 映画のはなし | Comments(0)

マーティン・スコセッシのブルースプロジェクト 「ゴッド・ファーザー&サン」

今回はシカゴ・ブルースとヒップホップがテーマのドキュメンタリー。ヒップ・ホップグループのパブリック・エネミーのメンバーがリスペクトするシカゴ・ブルースの巨匠マディ・ウォーターズ。その彼が60年代に出して不評だったというアルバム「Electric Mud」の再演をクライマックスに、チェスレーベルの数々のヒット、そして現在につながるシカゴ・ブルースの歴史をたどる。

 ブルースに詳しくない僕でも、ザ・ローリング・ストーンズのバンド名がマディ・ウォーターズの曲の「ローリング・ストーン」から取ったことは知っているし、またストーンズの二枚目のアルバムがシカゴのチェス・スタジオで録音されたこと、たしかブルース時代のフリートウッド・マックもチェスで録音したことは知っている。

 マディ・ウォーターズの姿を初めて見たのは、映画『ラスト・ワルツ』。そこでの「アイム・ア・マン(マニッシュ・ボーイ)」はまさに貫禄といった歌で、僕は画面に引き込まれた。本作では「フーチークチーチーマン」(ほぼ同じ曲だが)の映像が流れる。あとはオーティス・ラッシュの演歌チックなスローブルースや、初めて見た動くウィリー・ディクスン(ツェッペリンがカバーしていた)、女性ブルース歌手ココ・テイラー、マジック・スリム、ここにも登場(で出しゃばり)のアイク・ターナー、あとはまだやっていたドラマー&ボーカルのサム・レイ(ポール・バターフィールドのバンドが有名だが、僕にとってはニューポート・フォーク・フェスでディランのバックをやった人)と名前は知っていたぐらいの人たちが次々と登場。ディランをフォーク畑の人と思っている人は多いけど、こうしてみるとかなりエレクトリックブルースの影響を受けていたことがわかった。

 「Electric Mud」の再演では、マイルスのグループで変てこなギターを弾いていたピート・コージーが登場。動くピート・コージーも初めて見た。それにフィル・アップチャーチも。というわけで、本作はこのシリーズの中でもかなり楽しめた。たぶんロックを聴きなれている耳には、すんなり聞ける音楽だからだろうか。「Electric Mud」の曲にラップを乗せるという試みも、かっこいい。リズムを聴いているだけで、気分がいい。今度CDを探してみよう。
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by mahaera | 2008-09-23 10:17 | 映画のはなし | Comments(0)

マーティン・スコセッシのブルースプロジェクト 「ピアノ・ブルース」


「ピアノ・ブルース」 監督クリント・イーストウッド

 これはこのシリーズの中でも珍しく、ブルースのピアノ・プレイヤーだけにスポットを当てた作品。監督は自身も作曲し、ピアノも弾くクリント・イーストウッド。イーストウッドのジャズ好きは有名で、以前チャーリー・パーカーの伝記映画『バード』を作っていたが、ブルースも好きだとは思わなかった。本作はシンプルな構成で、基本的にはピアノの前に座ったイーストウッドの横にさまざまなゲストがやって来て、おしゃべりし、プレイするというもの。イーストウッド版「徹子の部屋」と書いている人がいたがそんな感じだ。思い出話の合間に、昔の映像が挟み込まれていく。面白いと思ったのが、ふつうブルースではなくて「ジャズ」や「ソウル」のカテゴリーに入るミュージシャンたちも、同じ様に紹介されていくこと。ジャズもブルースという大きな音楽の流れとは、そう遠くないということか。

 最初に登場するのは大御所レイ・チャールズ。彼が影響を受けた音楽を語り、名前も聞いたことがない古いピアノ・プレイヤーたちの映像が流れる。知っていたのはデューク・エリントンぐらい。続いてディブ・ブルーベックが登場。ブルーベックとチャールズはアート・テイタムの演奏がすごいと褒め称える。そしてオスカー・ピーターソンの早弾き(本当にすごい。ギターでは不可能の音符の数)、ナット・キング・コールのピアノ演奏の映像へと流れていく。

 ピアノといえばニューオリンズ。次のコーナーではドクター・ジョンが登場し、ニューオリンズの音楽について語る。当然プロフェッサー・ロングヘアやファッツ・ドミノの映像も登場。次はシカゴ・ブルース系なのか、あまり知らない人たちが出てくるがジャンプ・ブルースがロックンロールとほぼ同じとも語られる。イーストウッドがブルースとジャズこそがアメリカのオリジナル芸術と語る。

 全編、イーストウッドのピアノ音楽愛に溢れた作品。90分たっぷりピアノ演奏が聴ける。しかしシリーズの中では、地味といえば地味な作品かも。
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by mahaera | 2008-09-23 10:16 | 映画のはなし | Comments(0)

マーティン・スコセッシのブルースプロジェクト 「デビルズ・ファイヤー」「レッド、ホワイト&ブルース」

「デビルズ・ファイヤー」
これは他の作品と違って、基本がドラマ仕立てになっています。
ミシシッピーで少年時代をすごしたという、チャールズ・バーネット監督が、
少年時代の回想をもとに映画化したもの。
たまたまブルース好きのおじさんに預けられた少年が、
おじさんにブルースとはと、いろいろ教えられていく物語に、
当時の記録映像が挟み込まれていく構成。
渋いブルースミュージシャンばかりだが、
デレク・アンド・ドミノス=クラプトンで有名な
「キイ・トゥー・ザ・ハイウェイ」のオリジナルのビッグ・ブル・ブルーンジーの演奏が見られてうれしかったかな。

「レッド、ホワイト&ブルース」 監督マイク・フィギス
こちらはイギリスにいかにブルースが浸透していったかがテーマで、
ロックファンには一番なじみがあるかも。
50年代のプレロック時代から、60年代のブルースバブル時代まで、
ジョン・メイオール、クラプトン、ジェフ・ベック、スティーブ・ウィンウッドらが語る。
生ライブはヴァン・モリソン、ジェフ・ベック&トム・ジョーンズ、ルル、ジョージフェイムなどが楽しめた。
結局、僕がブルースを知っているのもブリティッシュロックから入ったわけで、
イギリスのミュージシャンがこぞってブルースをやらなかったら、
アメリカのブルースマンは忘れられた存在になっていたかもしれない。
また、ブルースロック、ハードロックも生まれなかったかもしれない。
そう思うと、アメリカ白人は、自国のブラックミュージックに無関心だったんだなあ。
もっとも60年代はアメリカ黒人でさえ、ブルースは古臭いと思っていたようだが。
そう思うと、アメリカ人はクラプトンやストーンズを通してブルースを再発見したわけで、
日本のロックファンと変わんなかったともいえる。
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by mahaera | 2008-09-14 10:21 | 映画のはなし | Comments(0)