ブログトップ

旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

mahaera.exblog.jp

カテゴリ:映画のはなし( 490 )

意外に面白かった映画『ゼロの焦点』

最近の邦画大作のほとんどがつまらないので、まったく期待していなかったが、試写で観た『ゼロの焦点』、いい意味で期待を裏切られ、最後まで楽しく観た。かといって傑作、名作の類ではなく、安心して見られるレベル。それでも先日の『20世紀少年』が40点なら、こちらは68点ぐらいつけられる。70点に2点足りないのは、「ここをこうすればもっと良くなったのに」という思いがあるからだ。

原作は有名な松本清張の名作。高度成長期に入り、ようやく「戦後」が終わろうとしている時代。禎子(広末涼子)は見合いで憲一(西島秀俊)と結婚する。しかし結婚式から七日後に、憲一は勤務地だった金沢で行方不明に。夫の過去をほとんど知らない禎子は、憲一の足跡をたどって金沢へ。憲一のかつての得意先の社長夫人・室田佐知子(中谷美紀)、そして社長(鹿賀丈史)のコネで入社し、受付嬢をしている田沼久子(木村多江)との出会い。夫には自分の知らない別の顔があった。やがて新たな殺人事件が起きる。

監督は犬童一心。『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』はなかなかいい映画だった。最近の日本映画の監督たちのなかでは、俳優の「良い演技」をうまく引き出せるほうだ。
今回、映画を観ていて、昔、池袋の文芸座でやっていた「松本清張映画シリーズ」を観ているような錯覚に陥った。ジメジメ、ドロドロした、人間の欲望と愛憎が殺人を呼ぶ映画の数々。トリックはあるが、決して周到な知能犯ではない。知られたくない過去を暴かれないための殺人、痴情からの突発的な殺人、、、そんな大人の世界を高校時代の僕に見せてくれたのが、松竹の松本清張映画シリーズだった。
欧米の、一種ゲーム感覚のサスペンス映画とはまったく異なる、その湿った日本の風土(日本海の荒波とか東北の冷たい風とか)で起きるドラマは、非常に僕を滅入らせた。その雰囲気を犬童監督は良くわかっている。東宝のモダンな試写室を、あっというまに古い名画座にしてくれたのだ。

意外に良かった(意外ばかりだが)のが広末涼子。ちゃんと当時の人に見える。演出の賜物か、女優陣がだんだんと往年の大女優たちに見えてくる。ただ、中谷美紀はどうしても「松子」に見えて仕方がなかった。とくにエキサイトするシーン。あと、中谷美紀の弟役の画学生が、今風の男子で、昔の人の顔にみえなかったのが残念。この人が出てくると、急にドラマっぽくなってしまう。

「何を考えているか良くわからない男」を演じさせたら天下一品の西島秀俊が、ここでも最初はいい人なのかと思っていたら、やはり「何を考えているか良くわからない男」で役にぴったり。セリフはすべて嘘っぱちに聞こえてしまう(もちろん演技だが)というリアリティを出すのが、この人うまい。鹿賀丈史は出てくるだけで楽しめる。木村多江の出番が少ないのが残念。この人が演ずる田沼久子の「あわれ」さを、もっと対比させて欲しかった(中谷美紀の出番を削ってでも)。おいしい役だ。

夫の隠された過去を探るうちに、主人公の周りではいくつもの殺人が起きる。観ているほうは、犯人は何となくわかるのだが、動機がわからない。で、犯人がわかってからも長い。『砂の器』でも、そこから1時間ぐらいかけて回想していたし(笑) まあ、「犯人探しが終わってからがドラマ」というのが清張映画だ。

この映画で余計なのは、中島みゆきのエンディングテーマ。試写室で映画が始まるのを待っている中、ずっと流され、さらに映画が終わって追い討ち。「愛だけを残せ」というタイトルでそれを連呼するんだけど、ハウンドドッグの『ff(フォルテッシモ)』の「愛がすべてさ」と同じくらい暑苦しい。。。

関係ないが、先日ある本を読んでいたら、こんなことが書いてあった。ハウンドドッグの大友が最初に書いた『ff(フォルテッシモ)』の歌詞がとても女々しく、プロデューサーにダメ出しをされ、プロの作詞家に歌詞を依頼されたという。(大友談)「それでも僕が書いた歌詞の一部は残ったんです。それがあの“愛がすべてさ”のフレーズです」 あの歌で一番聞いていて恥ずかしいフレーズ…。やっぱり大友だ!
[PR]
by mahaera | 2009-10-23 19:12 | 映画のはなし | Comments(0)

遅ればせながら 『20世紀少年・最終章』 を観た

1作目、2作目と、ダメだダメだと思いつつ、公開終了近いというので、『20世紀少年・最終章』をレイトで観にいく。
今までの『20世紀少年』シリーズの評価は、僕の中では1作目が40点、2作目が50点ぐらい。でも邦画の中ではマイナス点のものもあるので、そんなにひどくはないかも(笑)。
しかし毎連載最後に次に引っ張るため盛上げる浦沢マンガをそのままダラダラ追っていく作りは、映画にすると失格。最後の盛上げどころが盛り上がらなくなってしまうのだ。ハリーポッターシリーズなんかがそうで、幕の内弁当みたいに盛り込みすぎ。途中でハリーたちが何を追っているのか、何が謎なのか、敵って誰だっけ?という感じになってしまう。
で、この『20世紀少年』も、そんな意味では映画というよりテレビシリーズ向け。原作に忠実なのがいけないというのではない。長編を映画にする場合、そのメッセージやニュアンスをバラして、一度再構築しないと映画としては成り立たない。そのいい例としては『ロード・オブ・ザ・リング』があげられる。あれは原作そのままではないが、原作ファンも納得できるように、構成を再構築している。他のところに出てきたセリフを転用していても、世界観や登場人物の性格に沿っているので違和感ない。
さて、この『20世紀少年』シリーズだが、映画にするにはいらない要素が多すぎる。原作者としてはどのキャラクターにも愛着があり、切りたくないのはわかるが、そこは「映画は映画」でバッサリして欲しかった。あとは出だしは身近なところから始まるのだが、話がどんどん大きくなっていくにつれてリアリティ(映画の中での)がなくなっていき、「ともだち」が世界大統領になるのも説得力がない。「世界」というスケール感がないのだ。

もともと、「ともだち」の世界観は、自分の住んでいた町と小学校時代の知り合いに左右されるレベルなので、「世界征服」といっても広がりがない。そこから脱却しないと、実際に世界征服なんかできないわけで(統治するには莫大なエネルギーが必要)、そこはあくまで小学生レベル。まあ、設定が「小学生が世界を征服したら」ということなので仕方がないのだが、ちょっとリアリティを感じさせる色付けが欲しかった。

まあ、これから見る人もいると思うがネタバレします(以下、見ていない人は見ないでね)

「ともだち」の正体は? というのがこのシリーズの大きな謎だが、その「犯人探し」に関して浦沢直樹はあまり意味がないと思っていたのでないか。というのもそれは「意外な人物」ではなく、「存在感がなく、みんなが記憶から忘れていた人」だったのだから。つまり自分の記憶にないような存在感のない人だったら誰でも良かったと思う。しかしそれじゃ物語は引っ張れないので、その謎を随所に見せて引っ張っていった結果、長い原作連載中にあちこちに矛盾や、後から付け足した感が出てきてしまった。原作は、僕は途中までしか読んでいないが、掲示板などを見ると「ともだち」の正体の説明は、映画とはニュアンスが異なるらしい。

で、その存在感のない少年が、クラスの人気者のケンジに対して嫉妬と憎しみを抱いたことから、世界征服と人類大虐殺へと向かうのだが、そのスケール感たるや、すべてのことが小学校のクラスと町内に収まる範囲。やっぱり小学生の考えることなのだ。でもこれは「浦沢直樹が小学生レベル」ということではない。「小学生レベルのまま、巨大な力を持ってしまったら」という発想で物語を作り続けていたわけで、それは承知の上。それを読者にもわかりやすくするために、「よげんの書」という小学生が書いたものを持ち出しているのだ。あれがなければ物語を読んでいる人たちは、「何か幼稚だな」と感じてしまうからだ。

たぶん、当初はオウム真理教によるテロや、世紀末への不安を感じる風潮から始まった物語だと思うのだが、連載途中で「新興宗教の危機」も風化し、テーマを軌道修正していったのだろう。
で、僕はこの映画を観終わったあと、この映画の世界すべてはケンジの妄想じゃないかと考えた。それも中学生ぐらいの。ケンジの成長は、ロックに夢中になって学校でTレックスをかけたぐらいで止まっている。そう思うと、この物語に「セックス」がほとんどないのも納得。「男女の恋愛」や、「大人の生き方」もない。マンガだからといってしまえば身もフタもないが、意識的に避けていのだろう。
中学生のケンジが、「20th Century Boy」を校内放送で流したあの日、帰りに車にはねられて昏睡状態になり、その中で見た夢。それがこの作品だと。

まあ、それも僕の妄想ですが。しかし映画のラストのロックコンサート。僕はちっとも盛り上がらなかったゾ。
[PR]
by mahaera | 2009-10-21 16:57 | 映画のはなし | Comments(0)

10月公開 お勧め映画 『母なる証明』 『戦場でワルツを』 

『母なる証明』 10月31日公開 ポン・ジュノ監督 ★★★★

 長編デビュー作『ほえる犬は噛まない』で早くも才気を感じさせた韓国のポン・ジュノ監督。まだ30代になったばかりで、2作目の『殺人の追憶』は大ヒット。その演出力から「韓国のスピルバーグ」とも言われた(シリアスな中に笑うに笑えない微妙な不快なギャグを入れるのは似ている)。『殺人の追憶』は韓国映画という枠をとってもサスペンス映画の傑作(見ていない人は必見!)。連続殺人を追う刑事ドラマだが、随所に笑いをとるのがこの人の作風。続く長編第三作『グエムルー漢江の怪物―』は、「こんなものが見たかった」という怪獣映画。今回、長編第4作目であるこの新作に期待が集まるのも無理はない。

 純粋だが頭が弱いひとり息子トジュンと二人暮らしの母親が主人公。ある日、その息子が女子高生殺人事件の犯人として逮捕される。殺人事件など滅多にない田舎町。警察は息子を犯人と決めつけ、他に犯人を探そうともしない。母親は最初、弁護士に事件の解決を頼むが、弁護士も有罪を疑わない。ついに母親は自分の力で真相を解こうとする。

 ミステリーなのでこれ以上の展開は書けないが、随所に「笑い」はあるものの、全体としてかなりへヴィな話だ。純粋だが頭が弱い、子どものような息子を守るため、母親はさまざまな行動をとる。謎解きよりも、観客はその母親と一緒になり、ハラハラドキドキする。たぶん、今回お手本にしたのはヒッチコックだ。「犯人は誰か」というより、ふつうの人が窮地に陥り、起こす行動が焦点だ。うーん、これ以上書けないのが残念。でも今年の映画ベストテンに入るだろうなあ。

 
b0177242_0333891.jpg



『戦場でワルツを』 10月下旬シネスイッチ銀座公開 アリ・フォルマン監督 ★★★★

昨年度のアカデミー外国語映画賞を『おくりびと』と競ったイスラエル映画。イスラエルのレバノン侵攻時に起きた虐殺事件をベースに、実際の人物たちのドキュメンタリーをアニメ化した意欲作。実写ではなくアニメにしたことにより、戦争のファンタジー感(非現実感)を見事に描いている。イスラエルとレバノンは隣同士の国。東京に住んでいる男が、静岡に戦争に行くぐらいの距離だ。本作でも昼間は戦友たちが死んでいく戦闘を行い、同じ夜にいつも行くクラブで踊っている非現実を主人公は感じる。
詳しくは以下のHPにレビューを載せているので見て欲しい。これも、今年のベストテン候補の佳作だ。

旅行人「旅シネ」HP
http://www.ryokojin.co.jp/tabicine/waltzwithbasir.html
[PR]
by mahaera | 2009-10-13 00:34 | 映画のはなし | Comments(0)

おすすめ映画 韓国映画 『アバンチュールはパリで』 を観る

先日、ここのところお勧め公開映画がないと書いたが、うっかり忘れていた。
誰にでもおすすめというわけではないが、失職したことがあつたり、女性に対して主体的になれないという人におすめなのが、この『アバンチュールはパリで』だ。
そのタイトルとは裏腹に、まったくお洒落でも、ウキウキするようなコメディでもないし、かっこいい男女が出てくるわけでもない。チラシに書いてあるように、「小粋な恋のかけひき劇」でもない。

主人公はマリファナを吸ったことがバレ、警察に捕まることを恐れて、妻をひとりソウルに残し、パリにやってきた画家ソンナム。画家としては「そこそこに有名」というレベルだ。
夏のバカンスシーズンのパリ。彼は韓国人の主人が経営するゲストハウスのドミトリーで寝起きする。
とくに観光もせず、することといったら町をぷらぷらするぐらい。ヒマだ。
そんなソンナムは10年前に別れた恋人ミンソンに偶然遭う。しかしすっかり忘れていて、相手が怒り出すまで気づかない。時差があるので、妻に電話するのは深夜になり、淋しさがつのる。
ダラダラしているソンナムを見かねた宿の主人が、知り合いの画学生の娘にパリを案内させる。ソンナムはその友人の画学生ユジョンを一目で気に入る。
一方、パリでフランス人の夫との生活に疲れたらしいかつての恋人ミンソンは、ソンナムをホテルに誘うが、ソンナムはそんな気になれない。
若い娘ユジョンに次第に心奪われていくソンナムだが、ユジョンは相手にしない。
一方でソンナムは、毎晩のように妻に電話する。

監督のホン・サンスは、僕の好きな韓国映画ベスト5に入る『気まぐれな唇』の監督で、今回もその作品と設定は似ている。『気まぐれな唇』の主人公は、有名ではないが無名でもない俳優で、映画の仕事がなくなって失職状態になり、旅に出て、出会った女性を好きになる。そこには2人の女性が出てくるが今回は、もう少し多い。

主人公は大男だが、モサっとしていて、何を考えているかはっきりしないのも同じ。
仕事がなく「失職中」で、そんな時に女性たちに出会う。
ソウルに残してきた妻を愛しているが、現在そばにいるわけではない。
目の前にいる女を追いかける男の情けなさ。
かつての恋人は自分に積極的に迫ってくるが、追いかけられると腰が引けてしまうし、目新しさはない。
そんな中、主人公が心奪われるのは、若い留学生だ。冷たくされればされるほど、年甲斐もなく若い娘にのぼせあがってしまう。
そのもやもやとした感じが、おかしい。別にふざけているわけではないのだが、人のとる行動は時として喜劇だ。昼間は若い娘を口説き、夜は電話で妻に淋しさを告白する。
この若い娘も曲者で、画学生ながら人のアイデアを盗作し、自分のものとして提出。
パリへきてもまったく同じことをしているし、友人と一緒でもケチでお金を出すこともない。

部屋をシェアする友人も、主人公のかつての恋人も、この女の子のことを「ケチ」といってけなすが、
韓国では「ケチ」というのは最大限のけなし言葉なのだろうか、などと考えてしまった。
あきらかに虚言癖のある娘なのだが、主人公にとってはそれも魅力になってしまう。
とうとう、ホテルに行くところまでこぎつけるのだが、そんな時に限って
「今日は危険日だから、避妊具を買ってきて」といわれ、
コンドームを求めて町を歩く主人公。そのうちヤル気も失せてきてしまう。

そんなもやもやとしてパリの日々も、ある晩妻から「妊娠したらしい」と電話で告げられ、
今までのことは何とやら、さっさと帰国してしまうのだ。
男の身勝手さ、まあそれは女性も変わらないが。
その場その場で行き当たりばったり的に対応していく男の姿が、「ある、ある」と共感を呼ぶ(笑)
人が恋してあれこれやっている姿は、無様で滑稽なのだろう。
しかしそんな人間が愛おしくも感じる。
オシャレじゃないが、ほとんどの人間はそんなものだ。そして主人公を笑いながら、同じようなことをしている自分にも笑ってしまうのだ。

週刊誌でおすぎが最低点、コラムニストの中野翠が高得点をつけていたが、
きっと好き嫌いが分かれてしまうのだろう。
もちろん僕は★★★★をつける。

10月17日(土)より、シネカノン有楽町2丁目ほか、全国順次公開
公式HP: http://www.bitters.co.jp/paris


ちなみにこんなシーンはありません。きっとハメコミ画像です。
        
b0177242_1764759.jpg
↓  ↓
[PR]
by mahaera | 2009-10-07 17:06 | 映画のはなし | Comments(0)

『シェーン』を何十年かぶりに観て思うこと。思い違いなど。

今日は昨日の酒が残っていたのか、朝は遅いスタート。
駅前のドトールで朝兼昼のサンドを食べながら、仕事をしてました。
仕事の話はあまりここでは書いてませんが、それなりにしてます(笑)

さて、前にBSで録画してあった西部劇『シェーン』を観た。

今も忘れない、小学六年生の四月、僕は水野晴夫の水曜ロードショーでこの映画を観た。
我が家に導入されて間もないテープレコーダーをテレビにつなぎ、音声を録音しながら。
シェーンのカッコ良さにしびれながら、最後の別れのシーンに涙、涙。
1953年の映画だから、僕が観た1972年だとちょうど20年前の映画ということになる。
現在から20年前の映画というと、『インディ・ジョーンズ最後の聖戦』や『レインマン』だから、当時としてはそんなにオールドムービーという感じてもなかったのだろう。
この四月にテレビ放映された、この『シェーン』や『ベン・ハー』、『007ゴールドフィンガー』などが、僕を映画の道を呼び込む大きな力となった。

雪が残るワイオミングの山々。そのふもとにある農場に、ひとりの流れ者シェーンがやってくる。
農場には誠実な農夫と美しい妻、そしてまだ幼さが残る10歳ぐらいの少年が暮らしている。
ちょっとしたきっかけで、シェーンはこの農場の雇い人になる。彼には人には言えない過去がありそうだが、決してそれを口にしない。
広い草原を囲いで囲み、農作物を作る農民達は古くからの牧場主と対立する。いままで自由に放牧していた牛たちが、柵に囲まれて移動できなくなるからだ。
やがて牧場主側の嫌がらせは、エスカレート。殺し屋ガンマンを呼び寄せ、農民の1人を撃ち殺す。
誠実な農夫は銃を取って牧場主のもとへ向かおうとするが、それを止めたのはシェーンだった。
シェーンは打ち合いの末、殺し屋や牧場主一味を倒すが、銃弾を受けてしまう。
馬上の人となり、山のほうへと去っていくシェーン。それを見送る少年ジョーイ。
ただ、「シェーン! カムバック!」の声がこだまするばかりであった。。。

高校生ぐらいのときにまた見たことがあるが、ちゃんと見直すのはすごい久しぶり。
そしていつもテレビの吹替え版(短縮版)で観ていたので、今回、「あれ?」と思ったことがあった。

まず冒頭、シェーンの登場シーン。
シェーンが牧場に姿を現すシーンで、話には聞いていたが、遠くだがはっきりと後ろをバスが走っている(笑)
撮影中、いや編集時に誰も気づかなかったのかなあ。

で、本編は115分ぐらいあるのだが、2時間弱のテレビの映画劇場だとCMを抜くと放映時間は90分弱になる。つまり25分はカットしなければならない。なので、今回初めて見た25分ぶんぐらいのシーンがあった。
シェーンが鉄条網を張っているところ、シェーンが途中で殴り倒した悪者の一味の男が反省してシェーンに陰謀を教えに来るところ、独立記念日のダンスシーンなどなど。
とくにシェーンが悪者を最後にやっつけに町へ行くのだが、その道のりが省略されていたことに気づいた。
あと完全に、最後の対決シーンは昼間だと思っていた。あの「シェーン! カムバック!」のシーンも実は夜だったのだ。
シェーンが夜の荒野を街へ馬に乗っていく。その後を少年と犬が追いかけていく。空には白い雲が。
いいシーンなのに、見たのは今回初めてだったわけだ。
そしてシェーンが見送る少年を振り向きもせずに、山へと馬を進めるラスト。
ここが青い山を背景にした昼間だと思ったのは、この映画を紹介するときに必ず出てくるスチール写真が昼間だったからなのだろうなあ。
映画のシーン自体、カメラにフィルターをつけて夜のシーンとして撮影していたわけで、そのシーンを撮ったスチルは当然昼だったわけだが、それがこの映画のイメージとして定着してしまったわけだ。
なので、あの有名なシーンが夜だったというのは、いかに僕の「鮮烈な記憶」もあいまいだったかと考えてしまった。

ラスト、馬上のシェーンの左手はだらりと垂れ下がって動かない。また顔もうつむいたままだ。
きっと彼はこのまま撃たれた傷がもとで死んでしまうのだろう。そんなことを暗示させる。
もっとも小学生だった僕は、映画の中のあの少年のように、シェーンが致命傷を負っていることには気づかなかった。

そんな風に、映画を久しぶりに見たら、思い違いをして記憶していたということは時々ある。
あんなに大感動したのに、今見たらなんてことはなかったということも。
いい映画には、それを観たときの年齢や人生経験相応の感じ方があるのだろう。
逆に自分の中で評価があがるというものもある。
『シェーン』は今となっては、演出やセリフが古臭い感じがする。
むしろ今では『シェーン』のリメイクといってもいい、クリント・イーストウッド監督・主演の『ペイル・ライダー』のほうが好みかもしれない。シェーンはちょっと色男過ぎて(笑)

重松清原作の『青い鳥』の映画を観たときは、その『ペイル・ライダー』のイメージが重なったが、原作小説を先日読んだら、『ペイル・ライダー』のイメージはまったくなかった。映画もいいが、小説も感動的だ。
話がずれてきたが、今度、機会があったらその『青い鳥』の話でも書こう。

『シェーン』でひっかかったのは、シェーンが子どもにせがまれて、射撃の実演を見せるシーン。
母親がシェーンに「うちの子には銃は必要ありません」というと、シェーンは「銃は農具と一緒でただの道具だ。それを使う人によって使い道が決まる」みたいなことをいうが、それは銃規制に反対する人の典型的な言い分だ。ただ、『シェーン』は銃を全面的に肯定しているわけではなく、「銃で身を立てるものは銃によって滅ぶ」とも示し、正義のヒーローであるシェーンもラストに撃たれてしまう。
娯楽映画だから、最後はガンファイトによって決着がつくが、「銃を使って解決しようとするものに勝者はいない」というのもテーマのひとつということは、この歳になってわかった(笑)
[PR]
by mahaera | 2009-10-06 02:16 | 映画のはなし | Comments(0)

9月~10月公開映画批評 『狼の死刑宣告』『さまよう刃』『ウイグルからきた少年』 ほか

■『ウイグルからきた少年』 公開中 ★★★
カザフスタンの首都アルマトイ。工事現場の片隅に暮らす3人の少年少女。暴力に明け暮れるカザフ人の少年、売春をして暮らすロシア人の少女、そして両親が政府に捕まり、逃げてきたウイグル人の少年。話す言葉も異なる三人だが、行く場所はなく身を寄せ合って生きている。しかし、ウイグル人の少年は自爆テロを起こす戦士として、養成される。他の2人の行き先も、悲劇だ。在カザフスタン日本大使館で勤めた、現役自衛隊の日本人がメガホンをとった、珍しい作品。淡々と物語は進行し、そしてハッピーエンドとはほど遠く終わる。これがカザフスタンの現状なのだろう。上映時間67分と短いながらも、余韻を残す。

こちらに詳しいレビューを書きました。 ↓
http://www.ryokojin.co.jp/tabicine/yashi.html

■『マーシャル博士の恐竜ランド』公開中 ★
最近はすっかり落ち目のマーシャル博士だが、時空間の歪みを行き来できる装置を完成。マーシャルとホリー、そして土産物屋を営む怪しげな男ウィルの3人は、不思議な異次元世界に迷い込む。そこはあらゆる時代や世界が混在する不思議な空間で、恐竜たちが闊歩し、トカゲ人間が王国を築いている場所だった。
往年のテレビドラマの映画化らしいが、これといったキレもなく、ただただ時間を浪費するのみ。派手な特撮、不発なギャグ、どうでもいいストーリー、見るだけ時間のムダ。お子様向け。

■『無防備』 10月10日よりシネマート新宿にて ★★
どこかの地方都市、田園の中に孤島のようにたたずむプラスチック工場。そこで働く主人公・律子は孤独を抱えて生きている。家庭でも工場でも彼女の心の居場所はない。そんな彼女が出産を控えた若い女性と出会い、抑えていた自分の感情を次第に解き放っていく。
監督の妻で女優の今野早苗が妊婦役で出演しており、その実際の出産がクライマックスになっている。爆発しそうな予感を秘めたまま、物語は進行していく。撮影や録音など技術的な面はまだ粗いが、テーマの切り込み方は悪くない。時おり、演出にも光る部分がある。これからに期待。

■『さまよう刃』 10月10日より全国東映系にて ★★
妻を亡くし、中学生の娘と二人暮らしの寺尾聰だが、その最愛の娘が帰宅途中、若者達に車に引きずり込まれて拉致されて殺されるた。生きる目的を失った寺尾のもとに、犯人の居場所を教える電話が。寺尾は帰宅した犯人にナイフを突き立てた。共犯者を追い、行方をくらました寺尾を警察は追うが、刑事の竹之内豊は割り切れないものを感じる。
東野圭吾の大ベストセラーの映画化らしいが、脚本、演出ともに力がなく、さらに寺尾の省エネ演技や、犯人役達の稚拙な演技が、作品を台無しにしている。唯一の救いは撮影か。愛する者が殺されたとき、あなたはどうするか。そんな問いを投げつけるが、この映画はではそれはどうも絵空事だ。なんだか、テレビドラマを見ているよう。そういえば東野圭吾原作の『手紙』もひどい映画だったな。

■『狼の死刑宣告』10月10日よりシアターN渋谷にて ★★☆
こちらも愛する家族を殺された男が、復讐に走る作品。監督は『sawソウ』の人。原作者は『狼よさらば』と同じで、「警察が頼れないなら自分で落とし前をつける」という、オーソドックスなアクション映画。しかし今は2000年代だから、復讐を果たし、スカっと終わることは出来ない。復讐は新たな復讐を呼んでいき、誰も救われない。70年代のB級アクションを連想させる暗いムード。ただ主演のケビン・ベーコンが地味。マット・デイモンあたりを配役してほしかった。名画座で二本立てで、昔こういう作品によく出会ったな。

■『キッチン 3人のレシピ』 公開中 ★
主演男優が、ドラッグ絡みで捕まり、公開が延期されていた韓国映画。2人の異なったタイプの男を好きになってしまう主人公。ほとんどが彼女のせいでトラブルが起きるのだが、まあ、気にしない。まるでマンガのように現実感のない筋立て。まあ、よほどの韓流ファンでない限り、見なくてもいい。

これといったお勧め映画はないなあ。
[PR]
by mahaera | 2009-10-04 03:17 | 映画のはなし | Comments(0)

薬師丸ひろ子 『探偵物語』をなんとなく観る

今日はいろいろ思うように行かなく、予定が狂ってしまい、夜10時からケーブルテレビでやっていた『探偵物語』を観出す。
とくに観たかったわけではない。公開当時、劇場で見たが、それほど面白かった印象もない。
テレビをつけていたら始まったので、つまらなかったら途中でやめようぐらいの感じで観だしたのだ。
もちろん細かいストーリーは忘れている。

まず主演は、当時人気の絶頂だった薬師丸ひろ子。
あの時代、十代じゃなかったらわからないかもしれないが、薬師丸ひろ子の人気は、今の蒼井優と宮崎葵を足したよりもあった。
まず、薬師丸ひろ子はテレビドラマに出なかった。角川の戦略で、角川が発掘した女優は「映画女優」として出し惜しみされたのだ。
今からみれば、「なんでこんな美人でもない子がそんなに人気があったわけ?」と思うだろう。
当時でも、決して美人タイプではなかったと思う。それに演技もうまいわけでもない。
しかし、売れた。彼女の映画が面白かったわけではない。
デビュー作『野生の証明』は駄作だし、相米慎二監督の『翔んだカップル』はハイブロウで漫画ファンの予想を裏切ったし、大林監督の『狙われた学園』は現在も語り継がれるトンデモ映画、『セーラー服と機関銃』もいまひとつの出来。彼女の演技力がアップし、質のいい作品に出会うのは『Wの悲劇』からだが、そのころにはすでに角川の看板スターは、原田知世だった。

さて、この『探偵物語』、今、あらためて見直すと、やはり傑作、名作の類には程遠いが、当時感じたのとは違った見方ができた。
この映画が公開されたころは、僕は主人公の設定と同じ大学生。だから目線も主人公の薬師丸ひろ子とほぼ同じだったのだろう。今見ると、これはある種の『ブルーベルベット』だ。汚れを知らない、健全な世界に住んでいる主人公が、セックスがうごめく闇の世界に入っていく話だ。

主人公のひろ子は、金持ちのお嬢さん。大学に行っているが、あと数日で父のいるアメリカへと旅たたねばならない。母はおらず、家政婦と2人ぐらし。明るく装うが、孤独を抱えて生きている。男性に対しては消極的で、彼氏はおらず、もちろん処女。しかし、子供っぽい自分を卒業したく、彼氏も欲しいしバージンもできれば好きな人にささげたいと思っている。
大学の憧れの先輩とデートし、ベッドに誘われるひろ子。期待と不安の中、ロストバージンかと思いきや、、、
部屋に彼女の叔父と名乗る男が登場。先輩を追い払う。
この男が松田優作。実は彼女の尾行とガードを頼まれていた探偵だ。
金持ちの親が、娘のことを心配してつけていたのだ。しかし娘にとって余計なお世話。

今度は興味本位で、彼女が探偵の後をつける。
しかしある殺人事件がおき、探偵も彼女も事件に巻き込まれていく。
ヤクザの組長の息子を殺したと疑いをかけられているのは、探偵の元妻。
探偵にとっては必死だが、お嬢さんにとっては好奇心をそられる事件だ。
それに大学の友だちは自分と同じ子ども。大人の世界に興味津々なのだ。
そこは男女の不倫や色恋、セックスがうずまく世界で、嫌悪しながらもひろ子は自分の好奇心がそれに勝ってしまう。
やがて彼女は探偵の優作を好きになっていく。
殺された組長の息子の嫁と、組長の部下が愛し合っていることを示すテープをダビングしているうちに、もやもやとしてしまったひろ子だが、かくまっている優作とその元妻への部屋に行くと、中から元妻のあえぎ声が。
いたたまれなくなったひろ子は、行きずりの男とラブホテルへ。殺人のあったホテルで、殺害のトリックを知る。
ひろ子はもちろん処女のままだが、事件が解決したあと、軽率な行動をとったと優作は怒る。
ひろ子は「あなたのことが好きだが、あなたは別な人としてた」という。

いちおう推理はあるが、それは他愛のないもの。何しろ原作は赤川次郎だから深みはない。
それを脚本の鎌田敏夫は骨組みを活かし、セックスやセックスをする大人の世界に憧れを抱く女の子の話にした。もちろん、金持ちで苦労知らずのお嬢さんだから、軽率だ。同じ大学生でも、殺人を犯す憧れの先輩の彼女のほうが、もうセックスを知る大人の世界に入っている。彼女はたぶん売春をして学費の足しにしたり、彼氏にプレゼントをしているのだから。

今回、見ていて思ったのが、僕が年食ったせいで、完全にひろ子が娘のようにしか見えないこと。
汚れた世界を知っている優作が、ひろ子をなるべく事件にかませたくないのがよくわかる。
セックスはいつか好きな相手が現れれば、自然に経験すること。
好奇心でそんな軽くするもんじゃない。
そして一度知ってしまえば、セックスに対する憧れのマジックは消え去ってしまう。永久に。
だから、急いで大人にならなくてもいい。あせらなくても、それは自然に来るものだから。

それが本当のテーマだと、今回、気づいた。
結局、ひろ子はアメリカに旅立ち、優作とはキスだけで別れる。
先送りされたが、そんなにあせらなくていいよ、という大人の目線だ。
残念なのは、ひろ子に演技力がないのか、アイドル映画だからか、大人のダークな世界を見たときのひろ子の拒否反応とか、葛藤が欲しかった。なんか、知らなかった世界を知ったわりには驚いていないというか、ものおじしていないというか。お嬢さんだからか?

80年代、バブルに突入している浮かれた日本の雰囲気をかもし出す、加藤和彦の安っぽいムードミュージックが、まさにあの時代の空気感を出している。
なんとなく、最後まで見てしまった。今月いっぱい、日本映画チャンネルでやってます。
[PR]
by mahaera | 2009-10-02 01:02 | 映画のはなし | Comments(0)

ヒッチコックの低迷期の2作品 『引き裂かれたカーテン』『トパーズ』を観る

タイ中部ではこの一週間というもの夕方から激しい雷雨。そうなると取材どころではなく、うっかり表にいたらもう全身ずぶぬれ。また、それが一時間ほどで止む熱帯のスコールではなく、たいてい5~6時間夜半まで降り続ける。先日、夕刻に小雨になったのでタイマッサージに行ったら、宿に帰る途中どさっと降り出し、たった2分の間にずぶぬれになった。

そんな夜は飲みに出かけるのも億劫なので、部屋で持参したDVDを観て過ごしたりする。で、ヒッチコックの60年代の2作品『引き裂かれたカーテン』『トパーズ』を観た。これは8年ほど前に買ったボックスセットに収められていたもの。しかしその時はそのセットの中の『めまい』『鳥』が目当てだったので、評判の悪いこの2本を見るのを忘れていた。

ヒッチコック作品なら僕は長い間『レベッカ』がベストだったが、最近では『めまい』がそれに替わるようになった。大人になったというべきか。他にも『汚名』『見知らぬ乗客』『疑惑の影』『北北西に進路を取れ』『海外特派員』『裏窓』、もちろん『サイコ』、いや『マーニー』だって好きだ。一時期、勉強というか、近くのレンタルビデオ店にイギリス時代のヒッチの作品が揃っていたので、ほぼ年代順に見た。だからアメリカ時代になってから観てないのは、ほんとに最後のほうの作品だけなのだ。

さて、この2本、やっぱりというか、評判が悪いだけあって、往年のキレがほとんどない。まず脚本がよくない。共に主人公はスパイだが、計画がずさんすぎる。で、失敗を招く。アメリカとかフランスといった大掛かりなスパイ組織の計画のわりに、何事も行き当たりばったり。つまり突っ込みどころ満載なのだ。まあ、「主人公がミスをして窮地に陥りそうになるが、それを知っているのは観客だけ。そこにサスペンスが生まれる」というのは映画の定石だが、仮にもスパイやそうした組織を描いているわけで、その人たちがそんなずさんでいいのかと。

『引き裂かれたカーテン』はポール・ニューマンと、当時『サウンド・オブ・ミュージック』などで飛ぶ取り落とす勢いだったジュリー・アンドリュースの共演。まずポール・ニューマンが東側に亡命を希望する天才的な物理学者に見えない(笑) その彼が二重スパイではないかと疑われ、気づいた東独の組織の男を農家で殺すシーンが前半のクライマックスだが、後半それ以上の冴えたシーンはなかった。あと、ロケ嫌いのヒッチコックがよく使う背景合成シーンが、どうも古臭いし、画面にあってない。

東西冷戦、キューバ危機を迎えたアメリカやキューバ、フランスを舞台にスパイたちが活躍するという『トパーズ』はさらにいただけない。たぶん、ジェームズ・ボンドのような荒唐無稽のスパイものではなく、もっと「リアルなスパイ」ものを作りたかったのだろうが、それはヒッチの本領じゃない。ここでもキューバの反政府組織の手下が捕まってそこから芋づる式に上まで捕まるシーンがあるが、1日以上時間あるならふつう気づくだろと、突っ込みたくなる。あと二枚目の主人公が魅力なさすぎ。スターの不在を強く感じる。脇役にフィリップ・ノワレとかミシェル・ピコリといったフランスの有名俳優を使っているのにねえ。ヒッチコックらしさがほとんどなく、またそれも成功していない。

まあ、そんな訳でこの2作品、これからヒッチを見ようという人にはお勧めできません。「代表作はすべて観た」というヒッチ上級者向けだ。まずは『レベッカ』を。
[PR]
by mahaera | 2009-09-26 21:03 | 映画のはなし | Comments(0)

愛犬家は『HACHI 約束の犬』よりこっちを観ろ! 『犬と猫と人間と』

『HACHI 約束の犬』はヒットしているのだろうか?
別にダメとは言わないが、犬好き以外はしらーっとしてしまう映画だったが、むしろ犬猫を飼う人にはこっちを見てもらいたいという映画が、この 『犬と猫と人間と』というドキュメンタリーだ。

この映画は、まず映像作家の飯田に一人のおばあさんから「動物を大切に思ってもらえる映画を作ってほしい」と依頼がくるところから始まる。この猫好きなおばあさんは、不幸な犬猫を少しでも減らしたいと願い、お金は出すから、そうしたドキュメンタリーを作って欲しいと飯田に言うのだ。

そこから飯田は犬猫ペット事情を調べだす。まったく新しい事実があるわけではない。
テレビですでに紹介されたような人々も出てくる。しかし、現実は厳しい。
日本全国の動物愛護センターでは、1日当たり1000匹近く、年間30万頭の犬猫が処分されている。
その多くは、人間が持ち込んだものだ。僕は昔のように、保健所の人が町を歩いて、野良犬や野良猫を捕まえているのかと思ったら、大半はそうではなく、飼っていた飼い主が飼いきれなくなって持ち込んだものらしい。
つまり、もともと「犬猫が大嫌い」という人たちではなく、飼うほどには好きなのだ。
犬猫をまるで人間の子供のようにかわいがる人々がいる一方で、「愛犬家」や「愛猫家」が、ゴミのように命を捨てている。自分で処分はできないから、人に頼んで処分(殺害だ)してもらっている。
これが人間の子だったらと、見ていて考えてしまった。
「子供、生んだんだけど、こうこれ以上養えないから、保健所で処分してもらう」
そんなことはしないだろうし、したらまず犯罪だ。
画面にはこれから処分される犬猫たちが映し出される。
生まれたばかりの赤ちゃん犬猫が、二酸化炭素で殺される。
アウシュビッツなどの強制収容所で殺された人々と姿がだぶる。

「人間と犬、猫は違う」と人はいうだろうが、根本的には同じことじゃないか。
嫌な現実には目をつぶり、お役所に任せる飼い主たち。
このドキュメンタリーにはいくつもの動物保護組織や個人が登場するが、
立場や考え方は異にするものの、みな「一番悪いのは人間(飼い主)」と訴える。
当然だ。
犬猫をこうした施設に持ち込む人は、せめて苦しみながら処分される犬猫の姿を目に焼き付けて、
トラウマになってもう二度とそんなことをしないぐらいの目にあって欲しい、などと思う。

犬猫の処分をトラックの荷台で行うという施設が紹介された。
特定の場所で処分を行うと、周辺の住民から苦情が来るからだろう。
トラックに積み込まれる、犬猫たち。
トラックは道路を、町なかを走る。
帰ってきたときは、中にいた犬猫たちは死んでいる。
私たちが住んでいる町を走るトラックの荷台の中で、苦しみながら死んでいく犬猫。
場所を特定しないならいいという偽善。

別に行政を非難しているわけじゃない。
犬猫を殺処分している人たちだって、そんなことはやりたくないのだ。
むしろ「犬猫を嫌いな人たちにやらせるくらいなら」という思いの人もいる。
問題は持ち込む人たちが減らないことなのだ。

いろいろ盛り込もうとして、テーマが見えにくくなっている下りもあるが、
これから犬猫を飼う人には見てほしい。
あと、このドキュメンタリーでは触れていなかったが、僕は売らんかなの日本のペット業界にも大きな責任があると思う。「かわいい」だけで商品を買うように購入し、手に負えなくなったり、増えたら捨ててしまうような飼い主にも、金儲けのために売りつける姿勢。
そのあたりも追求したいものだ。犬猫を過去に処分した人にはもう売らないとか、ライセンス制を導入するとか考えてしまうね。
どうも子供を育てていると、処分を待っている犬猫が、人間の子供とダブって見えてしまうのは僕だけか。
いっそのこと、販売を停止して、処分されそうな犬猫のみ引き取れる法律を作ってしまうとか。

「いぬのきもち」とか買っている人が、その一方で犬を捨てていると思うと、愛犬家たちの底の浅さを感じてしまう。まあ、ほとんどは、愛情を注いで、天寿を全うさせているんだと思うが。
ちなみに犬猫のペット数の正確な統計はないようだが、合わせて1700万頭という数字がある。
処分されるのが2%と思うと、少ないのか。

ペットフード業界の売り上げが年間2400億円という数字も見つけた。
そのうちの10億円ぐらい、恵まれない犬猫にポーンと寄付して欲しいなあ。


 『犬と猫と人間と』
公式サイト www.inunekoningen.com/
10月10日より渋谷ユーロスペースにて公開。以降、全国順次公開。
[PR]
by mahaera | 2009-09-07 01:13 | 映画のはなし | Comments(0)

8月下旬~9月公開映画レビュー『ノーボーイズ、ノークライ』『ドゥームズデイ』『地下鉄のザジ』他

■『ノーボーイズ、ノークライ』 公開中 ★★★☆
『ジョゼと虎と魚たち』の脚本などで知られる渡辺あやのオリジナル脚本を、日韓共同で製作。クレジットを見ると監督、録音、編集は韓国スタッフ、撮影、証明、美術、音楽などは日本スタッフの混成チーム。主演は『チェイサー』のハ・ジョンウと妻夫木聡。体は大きいが少々トロいハ・ジョンウが、叔父のために小船で密輸の仕事をしている。日本側でいつもジョンウを迎えるのが、無口で陰気な若者の妻夫木。ある日、ジョンウが運んだ荷物は眠らされている若い女。しかしその女が逃げ出してしまい、ジョンウは妻夫木に助けを求めるが…。
 日本海の港町を舞台に、まるで70年代の行き詰った男たちを描いた青春映画を観ているような感覚にとらわれた。妻夫木はいつもの「おばさんたちに愛されるような好青年」ではなく、「家族から逃げ出したいがそれが出来ず未来に絶望してあがいている若者」と、いつもと異なった役柄。行き場の無い二人の男達をとことんカッコ悪く描くのは70年代風。途中、2人がカラオケ大会でパフィーを歌うシーンは、いい息抜きとともに、セリフはなくとも心の交流を見せるいいシーン。やはり渡辺あや脚本の『メゾン・ド・ヒミコ』にも似たようなダンスシーンがあったが、あちらは長すぎて嫌だったが、こちらはちょうどいい。名作ではないが、名画座で二本立てでみたいような気にさせる青春映画。

■『パティ・スミス ドリーム・オブ・ライフ』 公開中 ★★☆
パティ・スミスについての映画で、音楽ものを期待すると肩透かしを食らう。もちろん日本公演を含め、ライブシーンもあるのだが、11年間に及ぶ映像をもとにし、彼女をいろんな面から多角的に見ようという主旨の作品なので、とまどうかも。何しろ小さな子供だった息子が、最後のほうではパティ・スミスのバンドでギターを弾いているのだから。ディラン好きとしては、ディランにあこがれていたパティが、友人のサム・シェパード(劇作家、ディランのローリングサンダーレビューに随行)とディラン話をして、ギターを軽く弾き合うシーンがいい。「このギター、ディランも弾いたの」というセリフも。パティといえば、ロバート・メイプルソープ撮影による「ホーセズ」のジャケット写真が有名だが、友人だったメイプルソープ、ギタリストで夫のフレット・スミス、実弟など、短い期間に親しい人を次々と亡くしていった「痛み」も本人によって語られていく。ちゃんと作ってある作品だが、僕のようにあまりパティ・スミスを知らない人には、魅力が薄いかもしれない。

■『ドゥームズデイ』 9月19日より ★★
ホラー映画はあまり見ない僕だが、それでもニール・マーシャル監督の、イギリスの山間に現代も生きる狼人間と兵士達の戦いを描いた『ドッグ・ソルジャー』とか、女ばかりで地下に降りていったら地底人間に襲われるという『ディセント』は楽しめた。なのでこれも期待して見に行ったのだが、見事に期待はずれ。おそらく予算は今までの数倍に膨れ上がったのだろうが、『マッドマックス2』や『サラマンダー』『バイオハザード』で見たような、使い古された「荒廃した近古来」はまるで新鮮味がないし、ヒロインもいまひとつ。悪役も類型的で、すべてどこかで見たような印象ばかり。舞台は殺人ウィルスの蔓延で隔離されたスコットランド。そこへワクチンを探しに、イングランドから精鋭部隊が送り込まれる。そのリーダーは若き女戦士。人類が死滅したはずのスコットランドだが、生き残った人々がいた。しかし人肉を食らうなど凶暴な集団と化していたのだ…。というストーリーです。

■『地下鉄のザジ』 9月26日 ★★★★☆
1960年のルイ・マルの名作のリバイバル。もう七~八回は見ているかと思う。それまでデビューから『死刑台のエレベーター』『恋人たち』という名作を立て続けに発表していたマルによる初めてのコメディで、当時の人はかなり驚いたんじゃないだろうか。週末、パリでおじさんに預けられた少女ザジをめぐるドタバタコメディ。スラップスティックコメディなのに、登場人物のセリフも多いのがフランス的。口笛のメロディーもノスタルジックでいい。好きな人は好き。そんな映画。
[PR]
by mahaera | 2009-09-01 15:31 | 映画のはなし | Comments(0)