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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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カテゴリ:日常のはなし( 158 )

日帰り旅。千葉の成田と佐倉に行く。成田山新勝寺と佐倉の武家屋敷


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まだ家に引きこもり始めた2週間前、
1日だけ調子がいい日があって、天気も良く、
なぜか成田山新勝寺まで行ってきた。
成田は海外旅行でおなじみだが、成田駅で降りるのはこの時初めて。
しかしオダサガからは遠い。。
外国人観光客で賑わう表参道を通り、お寺へ。
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なかなか大きくて見応えがある寺院だったが、
奥の方にある古い木造寺院の方が雰囲気があってよかった。
来てみて、うなぎが名物?なのを知る。
あとは、どのお土産屋にも落花生が。
やはり千葉はピーナッツ王国なのね。

そのあと近くの佐倉に立ち寄る。
本当は国立民俗博物館に行きたかったが、時間がなく、
その手前の「武家屋敷」に入った。
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本当にここ?という、小高い丘上の住宅街の中に、
武家屋敷は何軒か並んでいた。
テレビの時代劇に出てくる家老の屋敷のような豪華なものではなく、
日本の旧家といった趣でそれほど大きくはない。
子供の頃は、こんな家は田舎に行ったらまだあったな。
それにしても、当時の人の背の低さを感じる。
取っ手の類が今の感覚だと、かなり低い位置にあるし、
すぐに頭をぶつけてしまうだろう。

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あっという間に日が暮れ、裏側にある小道を通って町へ向かうと、
道の先に太陽が沈んでいく。
一瞬、道が真っ赤に染まった。3分ほどのことだが、
こんな色を自然で見るのは久しぶりだった。
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by mahaera | 2017-11-17 11:12 | 日常のはなし | Comments(0)

武田尋善個展「macrocosm and microcosm そらのなかのそら」に行ったよ!

昨日、現在四谷で開催中の武田くんの個展に行ってきました! 
毎年パワーアップしてすごい。
数年前はジャングルの奥とか、どこか隠された場所とか、
インナーな世界が多かったけれど、
今回はどこか外に向かって飛び出していくような作品が多い印象が。

機会があったら、ぜひ見に行ってください!

武田尋善個展「macrocosm and microcosm そらのなかのそら」
2017年8月29日(火)〜9月3日(日)
11:00〜20:00(最終日は18:00まで)
The Artcomplex Center of Tokyo
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by mahaera | 2017-08-31 10:19 | 日常のはなし | Comments(0)

誕生パーティーat Wai Wai

報告が遅れましたが、6月12日の
僕の誕生パーティーat Wai Waiに来てくれたみなさん、
ありがとうございました。
10人以上集まり、とても楽しかったです。
また、一緒にお祝いした、6/5生まれの高橋さん、
6/10生まれのカオリンさんも、おめでとうございます。
そして、すてきな料理をサービスしてくれた
Wai WaiのLoreinさん、心から感謝しています!
 ちなみに56歳です(笑)
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by mahaera | 2017-06-18 09:46 | 日常のはなし | Comments(1)

ジョージ・マイケル、キャリー・フィッシャー、デビー・レイノルズ、、

12月28日のノオトより

今年はいろいろいなミュージシャンが亡くなったねえ、
などと友人と先日話していたが、まだ続くのか。
「ワム!」のときはまるで興味なかったが、ソロになって
1作目の「FAITH 」は名曲揃いの傑作。
「Faith」や「I Want Your SEX」、アレサ・フランクリンとのデュエット「愛のおとずれ」は良かった。
他にもクイーンのカバーの「サムバディ・トゥ・ラブ」は名演中の名演で、フレディ好きの友人も「彼だったらフレディの代わりにクイーンに入っても」と言っていた。
出したスタジオソロアルバムはたった4枚。
しかしすべてが本国イギリスでは1位という、スーパースターだった。
本名はΓεώργιος Κυριάκος Παναγιώτου。
53歳か、僕より年下だったんだな。

デビッド・ボウイーに始まり、プリンス、ジョージ・マイケル、
そしてレイア姫まで亡くなっては、今年は確かにひとつの区切りを感じる。
僕も「死」をかなり意識した年だった。
個人的には誰も知らない音楽や映画のヒーローたちだが、
自分の成長期には常に身近にいてくれた友人や先輩たちだ。
この世界に、夢や希望があることを教えてくれた人たちへ感謝している。

デビー・レイノルズも亡くなった。
「雨に唄えば」は10回は見たはずだ。。。
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by mahaera | 2016-12-30 11:41 | 日常のはなし | Comments(0)

初めてポールダンスを観に渋谷に行く

久しぶりに若者が集まるところ、渋谷にポールダンスのショーを観に行った。
男が多いかと思ったら、9割が女性。
そうだよな。出演者みな女性だし。

第1部終了。
数メートルしか離れてないところから見ていると、本当に重力との戦い。
上に上がって行くとき、確かにダンサーの重みを感じる。
かと思えば、軽く見える人も。迫力たっぷり。
それぞれ演出を凝らしていて、プチミュージカルを見ているようで面白い。

第2部終了。
さっきは重力と書いたが、最後のほうの上手い人になると、もうそれも感じない。
思うママにコントロールしている。

観客に女性が多い理由もわかった気がする。
カッコイイ女性を見たい女性たちも多いのだよ。
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by mahaera | 2016-12-09 11:09 | 日常のはなし | Comments(0)

息子の塾の保護者会で思ったこと

6月8日 塾の保護者会で

 先日、息子の塾の保護者会に吉祥寺まで行ってきた。
 話の内容は受験の傾向とか勉強の進め方だが、これは別に僕が受験するわけではないので、どうしようもない。夏休みは1日10時間勉強とか、〇〇大学はこんな出題傾向があるとかね。そりゃ、「勉強はさせないと」とは思い教えているが、そもそも自主的に勉強しない人はその報いが自分に来るだけで、今をなんとか凌いでも人生は長いので、30代とか40代でほころびが来るんじゃないかな。親が出来るのは、子供がチョイスできる環境を作ってあげることぐらい。まあ、そんなこと延々考えていくと、「何もしないのが一番いい」とネガティブな考えにループしていく。

 しかし1日10時間ってサラリーマンの労働時間より長いよね。そんなに勉強しなきゃ受からない大学出ても、社会に出たらバカになる。もう一流大学の現代国語の入試問題って、ライターの僕でもスラスラ読めないし、模範解答もなんだか一度では理解できない。ある意味、文章が下手で相手に伝わらない難文だ。もし自分が編集しているものにライターさんがこんな文章書いてきたら、入試とは別の次元で赤入れるだろう。読んで理解できない文章書くなよっ!て。あと模範解答も綺麗事で、全く伝わらない。ただし、これがスラスラ読めて書けたら、かなりの文章力だろう。

 「今後は知識の詰め込みだけでなく、発想力や展開力、国際競争力のある人材を大学は求める傾向が、、、」と先生は言うが、入試問題なんて30年前とちっとも変わっちゃいない。中国の科挙みたいなもんだ、過去問やって、出題傾向を暗記するタイプ。英語の4択問題なんてまさしくそう。相も変わらずかっこの中に動詞の変化を入れて選択するクイズだ。

 最後に、18歳人口と大学入学者数のグラフが出てきたけれど、18歳人口は1992年から比べると2015年はその60%に減っている。しかし大学入学者数は、10%減程度。つまり人口は減っても大学の定員数はそんなに変わっていない。つまり今は選ばなきゃたいていの人は入れるようになっている。この傾向はまだまだ続きそうだ。あとこのグラフの減少率のままだと、2060年には日本は18歳の人口がゼロになるんだが、どうなんだ。映画「トゥモローワールド」のようだな。
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by mahaera | 2016-06-18 09:03 | 日常のはなし | Comments(0)

ボウイ、フライ、冥福を祈ります

 1週間たち、ようやくボウイ死去のショックから立ち直って、他の音楽も聴きだしたら(ディランを聴かない1週間)、グレン・フライも…。まあ、ボウイの場合は家でもわりと頻繁にかけていて、しかも前作「NEXT DAY」とかをまた聴きだしたところだったし、新作も楽しみだった。いや、現役で、「次はどうくる?」というのが気になる、ひとつの目標を示してくれるミュージシャンだった。ディランとボウイはけっこう似ているところがある。ふだんは演技しているが、ふと素になるときがある。ボウイの初期はディランに影響を受けたシンガーソングライターぽい所が少しあった。一番好きなアルバムではないが、ボウイがたぶん素を見せた「'Hours…'」はよく聴く。この曲はとくに好きだ。クリップもいい。ボウイも老いを感じると白状している。

https://www.youtube.com/watch?v=z1MSgWeZqAU

で、グレン・フライで一番好きな曲で、イーグルスの好きな曲でも迷わずこの曲を選ぶ。この曲が新曲としてラジオから流れてきたとき、僕は外国、アメリカの空気を意識した。

https://www.youtube.com/watch?v=QtmAHq0TKHI
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by mahaera | 2016-01-20 03:03 | 日常のはなし | Comments(0)

息子に世界史を教えていて思うこと 4 宗教改革

●12月6日

子どもに教える世界史。今日は「宗教改革」。

 こう聞くとすぐに「スペインの宗教裁判」を思い出す人はモンティ・パイソンファンだが、子どもはルターの主張はわかっても、カルヴァンの「予定説」は理解できない。「だっていくら努力しても決まっているなら、がんばらないじゃない」。まあ、ふつうそうだ。しかし当時のカルヴァンを受け入れた人たちはそうはとらず、「私がこれだけ勤勉に仕事をしているのは、私が選ばれた人間だからだ」と思ったようだ。しかしカソリックとか正教会は、この「予定説」は当然ながら受け入れていないのだけれど。試験的には、ルターよりもカルヴァンのほうが出る。あとは宗教改革で起きたいくつかの戦争や和議や公会議。
 教科書だと細切れだが、このころはルネサンスや大航海時代や、オスマン帝国の躍進やらが、平行して進んでいた。ローマ法王のユリウス2世がミケランジェロにシスティナ礼拝堂の天井画を描かせていたころ、東方ではオスマン帝国ではセリム1世が即位し、イランではサファビー朝が起こり、オスマン朝との戦いが迫っていた。インドのグジャラート王国のディウ沖海戦では、ポルトガルがマムルーク朝海軍を撃破。その2年後にはマラッカ王国も征服している。ヨーロッパではエラスムスが「愚神礼讃」を書き、あと5年でルターが「九十五か条の論題」を出して宗教改革が始る。ダ=ビンチはモナリザを描き、イギリスでは生涯に6度も結婚したヘンリ8世が即位。新大陸は18年前に発見されたばかりなのに、早くも西インド諸島にアフリカから黒人奴隷がスペインによって運ばれている。きっとそんな世情に疎かったミケランジェロは、せっせと天井画を描いていた4年間だった。ちなみにミケランジェロは88歳まで長生きし、後輩のラファエロが早く死んだのでその仕事(サン・ピエトロ聖堂の建築)まで引き継いだ。その間に30年続いたイタリア戦争が始まって終わっていた。
 写真は60歳の頃のミケランジェロさんです。
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by mahaera | 2015-12-16 08:56 | 日常のはなし | Comments(0)

息子に世界史を教えていて思うこと 3 ルネサンスと大航海時代

●11月30日
 明、ティムール、オスマン帝国、サファビー朝とアジアは西暦1600年まできたので、ここで時間を200年ほど戻し、ヨーロッパに戻る。しかし明建国の頃は、ヨーロッパではまだ中世末期の100年戦争なのに、明末期にはポルトガル人がマカオに来たり、平戸に商館築いたり、アメリカ大陸では先住民大虐殺あったりと、明が長過ぎ。

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 さて、世界史好きでもなくても、ルネサンス、大航海時代、宗教改革が西洋史のターニングポイントだというくらいは知っていると思うが、いつのまにか、教科書の順番が大航海時代、ルネサンス、宗教改革になっていた。なぜ? それはともかく、ここに来て急にミケランジェロの「最後の審判」とか、個人名と作品を覚えるものが増えてきた。ローマ滅亡以降、中世までの芸術作品は多くが「作者不詳」だったのに比べ、「自分の名前で勝負」というアーティストがここに来て登場。ダ・ビンチ=老人、ミケランジェロ=マチッョ、ラファエロ=優男と覚えてもらえれば、活躍した時代が少しずつズレていたことがわかる。もっともミケランジェロは88歳まで生きたので、37歳で死んだラファエロより、ずっとあとまで活躍していた。ということで、昨日は勉強の合間に、システィナ礼拝堂の天井画を描くことになったミケランジェロと、それを描かせた教皇ユリウス2世の関係を描いた映画『華麗なる激情』の前半(2時間半あるんで)を休憩時間に息子に見せる。ルネサンスの勉強ということで(笑) まあ、西洋美術史なんかでもやったよう。
 大航海時代では、スペイン人が新大陸に来たことによって、人口が激減したことに息子は驚いていた。カリブ海地域なんか、70万人いた先住民が50年で500人以下に激減というかほぼ全滅。もし宇宙人が来たら、似たようなことが起きるだろうな。
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by mahaera | 2015-12-09 21:04 | 日常のはなし | Comments(0)

息子に世界史を教えていて思うこと 1 中世、五賢帝、宋

息子に世界史を教えていて感じた雑感です。

■11月4日

 昨日教えた世界史は11〜13世紀ぐらいの中世ヨーロッパだが、僕が習った1970年代と違って、今では「中世はかつて言われたように暗黒時代ではなかった」に変わってきている。とくに12世紀は「12世紀ルネサンス」という言葉も教科書に載るようになり、本格ルネサンスの前段階だったらしい。
 
 しかし、ヨーロッパ史はこれからって感じなのだが、中国ではこの頃もう明の時代で、後半感がある。そう思うと、中国は昔から中央集権とか貨幣の統一とかできてたし、唐の時代にはもう完成していたって感じか。議会制は中国内ではとうとう現れなかったが、世界的に見ると、西洋の影響なしに議会政治や共和制を発足し、長年保った国ってほとんどない。ヨーロッパ中世は、マグナカルタや金印勅書やら、議会政治の前段階ってところか。これから封建諸侯が没落して、国王の力が強くなるが、今度は戦争の費用を国王が払わなくてはならなくなるので、税金があがり、それを納得させるために貴族や平民〈の金持ち〉の意向を聞くための議会ができていったんだろう。


■11月6日

 息子と二人の夏の旅で、久しぶりにローマ遺跡関係に行ったので、これまた久しぶりに塩野七生の「ローマ人の物語」シリーズを読んでいる。昔は確か、五賢帝時代まででストップしていたので、今回は最後まで読みたいものだ。今は順不動で、行きつ戻りつ興味のある(原稿書きに必要な)ところから読んでいる。
 しかし一冊一冊がボリュームあるので、寝る前に1時間ずつぐらい(毎日じゃないが)だと、一冊2週間ぐらいかかるな。たとえばこの巻は500ページあるので、1日50ページでも10日だ。この本を自分で書くとしたらどのくらい大変だろうと思うと、ページ約1000字あるので、500ページで528000字。実際は文字のないスペースもあるので×0.9としても47万5000字。僕が何も調べることなく書いたとしても、調子よくて120日。歴史本だから、調査に同じくらい時間かかる。それに原稿を書くのと同じくらい、校正に時間がかかるから、1年に1冊だね。しかしよっぽどの熱意がなければ、できない仕事だなあ。このシリーズは、あくまで人物(皇帝)中心なので、他の歴史書を読まないとローマの全体はわからないが、それだと面白みが半減して読者は減るかもしれない。しかしこれを最後まで読了した人は、どのくらいいるのかな(笑)


■11月8日

 先日、世界史は「宋」を教えたが、中国史の中でも地味な王朝だなと思っていた。この「宋」という国、しかし調べると、なかなか考えさせられるところがある。それまでの中国の歴代王朝は、「自分たち以外は野蛮人」という態度で周辺諸国に接していた。しかし強い国を維持するには、強い軍隊が必要で、軍事費がかかるだけでなく、将軍などの反乱で王朝が滅びる繰り返し。皇帝が送った軍が、敵に行かないでUターンして皇帝を倒すこともよくあった。そこで、宋の皇帝は自分もそんなことをしていたので、軍のトップは文人にして、シビリアンコントロール制にした。まあ、軍があまり強くなって反乱を起こさないように工夫したのだが、今度は外敵になめられちゃうわけね。そこで、政治も主戦派と和平派が争うようになる。結局、和平派が主戦派を粛正してしまうのだが、毎年北方の王朝に多額の貢ぎ物を送らねばならなくなった。つまり、平和をお金で買ったわけ。

 このお金で買った平和は100年ぐらい続き、その間、宋は経済的には過去の中国王朝よりも格段とステップアップする。ただし、自分たちは周辺の異民族に囲まれて圧迫を受けているから、かつての唐のように、自分たちが一番じゃないと知っている。唐は余裕あったから、珍しい外国文化が大好きで流行ったが、宋のときは純漢人文化が全盛になる。弱い時ほど、自分たちのすごさを自分たちで誉め称え上げないと、誰も褒めてくれないのだ。芸術も、派手なものより渋いものが流行る。白磁とか、唐三彩に比べるとミニマリズムというか、庶民にはわかりにくい。

 教訓はないよ。平和をお金で買うのはまちがいとかも言わないし、結局はそのあと軍が弱いので、外敵に宋はやられるが、それまでは、今までにない大繁栄していた(100年も戦争がなければね)からね。ちなみに和平派の大臣は、今では「国賊」呼ばわりで、殺された「主戦派」の大臣は、神様として祀られている岳飛。ただ、主戦派にしたがって戦争していても、負けただけだろうけど。

 あと、面白いのは、文化的には宋のほうが上だから、北の異民族の遼や金が走に敵対しながらも、次第に中国文化に染まったりして弱くなっちゃうんだよね。最初は敵対しているから、軍備費増強するんだけど、経済力ないから軍費調達に困って、重税に走り内乱を招く。それに遼や金の皇帝といったトップは、宋の文化や風俗まねているうちに、宋が好きになって「攻めるの止めようよ」ってなっていく。軍事的には負けてるけれど、文化と経済は圧倒しているから、結果的には宋のほうが王朝としては長生きした。

 ちなみに「中国人の数が多い」というのは今に始ったことではなく、この全盛期の宋の人口は1億人ちょっとと概算されている。この時代の世界人口は、3〜4億人。ただし宋が始ったころは人口3000〜4000万人で、世界人口は2.5億人。この時代に中国が、人口も経済もグンと伸びたのがわかる。当時の日本の人口は600万人ぐらい。
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by mahaera | 2015-11-13 13:12 | 日常のはなし | Comments(0)