「ほっ」と。キャンペーン
ブログトップ

旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

mahaera.exblog.jp

カテゴリ:読書の部屋( 37 )

『オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史  1 二つの世界大戦と原爆投下』

b0177242_1882632.jpg


もともとはテレビのドキュメンタリー(僕は未見)として放映されたものの書籍化。
これはその1巻で、20世紀初頭から、第二次世界大戦終結までのアメリカの歴史を、時の大統領や政治を軸に語る。
「オリバー・ストーンの」とあるように、教科書的な世界史とは異なっているものの、これもまたひとつの見方だ。
とくに、大統領によって国の意思決定が大きく変わり、
「もし〇〇が当選していたら」と別の世界を示すあたりは、
今回の大統領選にも被って見えて来る。

この1巻で印象的なのは、やはりページを大きく割いている
「原爆投下」について。
ここでは、今も多くのアメリカ人(だけでなく日本人も)が信じている「アメリカ兵の損害を少なくするために原爆を投下した」というのは間違いで、ソ連を牽制するためだけに2つの原爆で20万人近い民間人を殺戮したと、断じている。
日本はすでに降伏の準備をしており、
その条件が「天皇制の維持」ただ一点だけだったことは、
当時の多くのアメリカの高官が発言をしている。

スターリンは亡くなったルーズベルトとのヤルタ会談を守れば、
ドイツ降伏の三ヶ月後、つまり8月7日に参戦する予定だった。
そしてソ連の参戦により、日本は降伏するという歴史もあった。
しかし、原爆実験の成功を知ったトルーマン大統領は、日本相手にソ連の協力はもう必要としないと考えるようになる。
そしてトルーマンはソ連の力を封じ込めるためにも、
アメリカの力を見せつけなくてはならないと、
原爆投下を推し進めた(ソ連の参戦前に原爆を落とす必要があった)。
それも、アメリカ軍のトップ7人のうち6人が
「もう負けを悟っている国に原爆を落とすのは適切ではない」と、
述べているにもかかわらずだ。

まったく必要がなかった原爆投下だが、
アメリカは「原爆を投下したから日本は降伏した」と戦後も言い続けた。そしてアメリカ人の多くはそれを信じた。
しかし日本が降伏に踏み切ったのは、
ソ連の参戦の方が大きいとストーンは言う。
トルーマン大統領は戦後秩序の中で、
ソ連に力を与えないように原爆の力を見せつけるのが目的だった。
それにはソ連が参戦して日本が降伏してしまう前に、
新型爆弾の威力を見せつけなくてはならなかった。
そのためには、日本の民間人が何十万人死のうと関係なかった。

しかしそのもくろみは外れ、ソ連はアメリカに屈せず、
冷戦が生まれる。
[PR]
by mahaera | 2016-11-16 18:08 | 読書の部屋 | Comments(0)

『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』、そして漫画版『星を継ぐもの』

b0177242_1075452.jpg


『星を継ぐもの』の続編の『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』を読み終わる。
最初はハードSFだったのだが、3作目は戦争ものになり、
見せ場は多いものの、逆に単純になってしまって残念。
とはいえ、面白いことは確かなので、次
から次へとページをめくって行ったことは確かさて、次は何を読もうか。

b0177242_1084584.jpg

こちらは星野之宣によるホーガン原作のSF小説『星を継ぐもの』の漫画化。
仕事が一段落したので、原作ともどもこちらも読んでみる。
ネットの古本購入がずいぶん楽なので、うれしい。

タイトルは『星を継ぐもの』だが、
続編の『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』までの内容を
再構築したストーリーになっていて、原作にないエピソードや解釈も加わっている。

面白かったのは、作者のオリジナルの部分、つまり人類の進化に関する部分。
原作だと2500万年前とする部分を100万年前ぐらいに直した設定も、
原作発表後の新発見に合わせたのだろう。
しかし人類の進化は、偶然なのか必然なのかって考えてしまう。

人類はいろいろな系統で進化したが、北京原人もジャワ原人も、
そして2万数千年前まで存在して、火や道具さえ使っていた
ネアンデルタール人でさえ絶滅してしまった。
つまり最後にアフリカで生き残っていたホモ・サピエンス以外は、
すべて滅んでしまったのだ。もし、ホモ・サピエンスが絶滅していたら、
地球はネアンデルタール人から進化した世界になっていたのだろうか。
[PR]
by mahaera | 2016-10-30 10:10 | 読書の部屋 | Comments(0)

「星を継ぐもの」J・P・ホーガン 久しぶりにハードSFを読んだ!

b0177242_00182008.jpg
日本にいると、なかなかゆったりと本を読む時間がない。
特に小説は。
そこで取材で旅に出るときには本を持っていくのだが、年々、それも読まなくなってきている。

今回、旅先で読んだ唯一の小説が、この『星を継ぐもの』だ。
実はこの文庫を買ったのは随分前で、今年はメキシコにもバルセロナにも持って行ったのだが、とうとう出番が回ってこなかった。
今回インドネシアを出る数日前から読み出し、読み終わったのは羽田から家に帰るバスの中。でも、面白かった!

読んだ方も多いはずのSFの名作(1977年)だが、簡単にストーリーを。
近未来、月面調査隊が月の洞窟で宇宙服をまとった死体を発見する。
調査の結果、中身は人間だが、その死亡推定時期は5万年前であることがわかった。
果たして彼は宇宙人なのか、それとも地球人なのか。
世界中の科学者が集められ、様々な推測がされるが、謎が謎を呼ぶ。
やがて今度は木星探検隊が、衛星ガニメデに埋もれた巨大な宇宙船を発見する。
その中には巨人とも言える宇宙人と、2500万年前の地球の動物たちの死体があった…。

人類が月で、人間以外の存在を知るというのは、有名な「2001年宇宙の旅」だが、こちらが発見するのは5万年前の人間だ。
太陽系には人間が出現する以前に、宇宙航行をできるほどの文明が存在していた。
それがなぜ、地球の人間と同種族なのか。
ならばなぜ、その文明の痕跡がないのかと言った謎を、科学者たちが調べていく。
主人公はいるが、それはただこの謎解きを進めるために都合のいい立場にいる人で、筋としては次々に仮定が出され、検証され、反論が出るというだけの流れだ。

自分の生まれ故郷が崩壊していく様子を、月面から眺めながら死んでいく、
5万年前の男。科学者たちが想像するその情景は、強烈なインパクトを残す。
月面で宇宙服を着たまま孤独に死んでいく男の姿は、
映画『スペースカウボーイ』や、最近ではデヴッド・ボウイのクリップ「★ブラックスター」まで引用されているほど。
確か手塚治虫の短編にも、インスパイアされたような作品があったっけ。

人間は自ら星を破壊するほど愚かという事実。
かつて太陽系で起きた最終戦争の様子は、現在の人間の未来かもしれない。
そしてガニメデで発見された巨人宇宙人のイメージは、映画『エイリアン』の放棄された宇宙船の中の巨人宇宙人へと繋がっていく。
「スタジオぬえ」による、文庫本の表紙のイラストも想像力をかきたてる。
三部作なので、早く続きが読みたい。

[PR]
by mahaera | 2016-09-01 00:21 | 読書の部屋 | Comments(0)

これからの「正義」の話をしよう マイケル・サンデル著 を読む

b0177242_13593155.jpg

仕事とはいえ旅行中は、いまだに文庫本を持ち歩く。
前ほど読む時間はなくなったが(どこでもネットが通じるせいだ)、それでも1週間に1冊ぐらいはなんとか。

行きの羽田で買ったマイケル・サンデルの講義録のような本。
いわゆる「ナントカ論」ではなく、これは大学の哲学の授業なので、過去の哲学者の意見を上げ、果たしてそれは正しいのかを検証するのだが、例えばAという意見も筋が通っているし、それと対抗するBという意見もなるほどと(当然、一流の哲学者の説の引用なので理解はできる)思えたりするわけだが、要は、単純に結果を求めずに、いろいろ試行錯誤して自分の答えを見つけようよ、学生たち、ということ。部分的には、何度読んでも理解が難しいところもあるが(デカルトとか)、ところどころ、「そうだよね!」と読んでモヤモヤが晴れる部分もあり。

近代以降の世界史を息子に教えている。その中に近代国家の国民の権利と義務の問題があるのだが、例えば「兵役」は国民としての権利を発揮するために必要な義務なのか。それならば応募制ではなくて徴兵制の方が正しく反映しているのではないか。お金で兵士を雇う傭兵制は、本来の民主主義を反映していないのではないか。突き詰めれば戦争は民間に委託するという方法はどうなのか、などはちょっと考えてしまった。

実際、今のアメリカは徴兵制ではないし、イラク戦争などは、以前は軍がやっていたかなりの部分を民間に委託している。つまり、汚れ仕事をお金で解決しているわけだが、それが逆に国民の戦争への無関心につながっていく。遠いイラクの人たちが死んでも実感がないし、アメリカの兵士も民間の警備会社の人間も、それが職業の人たちだから、一般人は自分たちのこととして捉えにくい。ベトナム戦争のときにあれだけ反戦運動が盛り上がったのは、大学生が徴兵されるという、「自分たちの問題」だったからだ。

 あとは、「人は自分の行動だけに責任を持つべきか、それとも自分の所属しているグループ全体に対して責任を持つべきか」。
 お金が儲かっている人は「それは自分の努力の結果で得たものなので、たくさん税金を取られて福祉に使われるのは、個人の自由の権利を侵害している」と考える。貧しい人が貧しいのは、本当にその人の自己責任で、助ける必要はないのか。国が保護を与えるのではなく、自助努力をさせるようにするのか。そもそも金持ちが富を独占するのは、その人がそれだけの働きをしたからではなく、システムがおかしいのか。

 別な話では、過去の戦争責任や迫害や差別を、現代の人々を負わなければならないのかという問題も難しい。日本では、過去の戦争責任の話は地雷のようなもので、僕も曖昧な態度をとると両翼の人から責められるが、個人の感情的な部分と組織の部分は切り離して考えなくてはならない。日本の中国侵略に対して、「俺たちは関係ない」という日本人だって、戦時中の日系アメリカ人収容所問題で違法な拘留をしたことを謝罪したアメリカ政府に「謝らなくていいですよ」とは言わないだろう。

 本当のリバタリアンは、「国のやっていることと自分のやっていることはすべて無関係」なので、戦争責任も関係ないとするが、国の社会福祉も期待しないし、自分がのたれ死んでも自分のせい。が、そんな人はあまりいない。たいていの人は、人の手柄を自分のことのように誇りに思うが、人の失態に対しては他人のように振る舞う。まあいいや。こうした討論は、若い人にやってほしいな。

[PR]
by mahaera | 2016-08-28 14:00 | 読書の部屋 | Comments(0)

映画の原作『マリーゴールドホテルで会いましょう』

b0177242_166338.jpg


先月、インドに行っている時から読み始めたが、日本にいると、なかなかゆっくり小説を読む時間がない。電車の中では原稿チェックか、歴史本を読んでいるので、ようやく読了。

来月、続編も公開される映画「マリーゴールドホテルで会いましょう」の原作本は、文庫で500ページ近い。読んでみると、映画はその設定と幾人かのキャラクター造型を借りただけの、かなり別物だったことがわかる。映画の舞台のホテルはジャイプルだが、原作の舞台はバンガロール。そうだよね、ジャイプルじゃ老人たちには暑すぎだもの。かつて現地に住んでいたという英国老人の話も、ジャイプルよりバンガロールの方が説得力がある。それなら何で場所を替えたかというと、原作の雰囲気を残す場所が、もうバンガロールの中心街にないということなのだろう。原作が書かれたのは2000年代たが、雰囲気はおそらく1990年代のバンガロール。それからバンガロールは発展してしまったので、中心部にそんな土地はない。

 映画はコメディタッチのドラマだが、原作は全体をもっと「老い」と「死」が覆う。もちろんコミカルに書かれてはいるが、老人たちにはそれは避けようのない現実だということをハッキリさせている。読んでいて、自分の15年後はこうなんだろうなあと、どよんとなる。主人公の老人たちをインドのホテルに送り込む、息子や娘たちの描写もあるのだが、それがちょうど自分世代。親の面倒が見られなくなる“いい訳”もよくわかる。イギリス人も日本人と同じだ。しかし順番なだけで、彼らも20年後には同じ境遇になる。そこへ行くとインド人はまだ違う。ここでも、送り込まれてくるイギリスの老人たちをもてなすが、インド人たちには親を外国に送り込むなんて発想はない。ただし、インド人はインド人で別の悩みがあるのだが。
[PR]
by mahaera | 2016-02-22 16:06 | 読書の部屋 | Comments(0)

『ミケランジェロの暗号』 システィナ礼拝堂の天井画に込められた、ユダヤの教義と反教会権力

b0177242_9385715.jpg


●12月16日
 
 先日、息子にミケランジェロの映画「華麗なる激情」を見せたことから、システィナ礼拝堂に興味を持ち、そこに秘められた意味があるというこの本を読む。まあ、秘密ってほどではないが、映画と違って、ミケランジェロはシスティナ礼拝堂を造らせたユリウス2世が最後まで嫌いだったらしい。なので、壁画のあちこちに、教皇や教会をバカにする“いたずら書き”を入れていた。あとは、新約聖書に登場する人物を入れず、ユダヤ的な旧約聖書の人物だけで天井画を描いた(のも当時は問題だった)。

 映画だと「お金がないので、弟子も雇えません!」と言っていたミケランジェロだが、彼の稼いだお金は、みな親族にたかられて無くなって行ったようだ。また、自分の墓についても「ラファエロはパンテオンに葬られているのに、こんなにローマに尽くした俺は…」なんてグチっていたとか。まあ、彼に仕事を依頼したどの教皇よりも、そして彼の後輩のラファエロよりも長生きし、88歳まで生きたから仕方がない。彼の死の頃は、ルネサンス終って宗教改革やエリザベス1世やフェリペ2世が活躍する時代。新大陸やインド洋貿易が大盛況で、地中海貿易で栄えたイタリアは没落していた。ちなみにミケランジェロは、あっちの人なので、子どもはいなかった。
[PR]
by mahaera | 2015-12-20 09:41 | 読書の部屋 | Comments(0)

「ローマ人の物語XV ローマ世界の終焉」 ついに最終巻。ダメな人生の末路を見ているような国家の終焉

b0177242_734355.jpg


●12月10日

ついにローマ帝国が滅亡した。

といっても読書の中だが、塩野七生の「ローマ人の物語」最終巻となる15巻「ローマ世界の終焉」を読了。この巻き375年のテオドシウス帝の死による東西ローマ2分割から始るが、もうローマ史ファンは読んでいて実に情けない気持ちになってくる。ダメな皇帝、ダメな国民、もう滅ぶべくして滅ぶしかない。落ち目のときは、どう手を尽くしてもダメなのかという気になってくる。この時代は世界史で習う「ゲルマン民族の大移動」期で、ゴート族をはじめとするゲルマン諸民族とアジア系フン族が次から次へと、略奪しに西ローマ帝国に侵入してくる。

支配して税を取る、という人たちでないので、とりあえず略奪だ。今でもそうだが、田畑は手入れしなければ数年でダメになる。この時代、インフラが破壊され、田畑が無人になれば、人口も支えられなくなるし、商業も成り立たなくなる。軍隊は、徴兵ではなく蛮族の傭兵が主なので、誰も国を守ろうとはしない。国土を敵味方の兵士たちが行ったり来たりするだけで、一般市民が数万人死ぬ。両方の兵士に略奪されるからだ。全盛期のローマなら、無能な皇帝はすぐに暗殺されたが、この時代はキリスト教時代なので、無能でも神様が決めた皇帝なので殺されない。ということで、この本を読む限りでは、ローマ人たちはなんら策を立てずに、滅亡していったことになる。

ちなみにローマ帝国の滅亡は、教科書的には467年に最後の西ローマ皇帝ロムルス・アウグストゥスが、配下のゲルマン人将軍オドアケルに退位させられたことをもって、となる。最後のローマ皇帝の名が、ローマの創立者ロムルスと、帝政ローマの創始者アウグストゥスの両方の名を持っているのは、たちの悪い冗談のようだ。もっとも塩野七生はこの年ではなく、元老院が廃止された546年としているので、この本はその後の565年の東ローマ皇帝ユスティニアヌスの死まで描いているが。最後の西ローマの宮廷はラヴェンナにあったため、ラヴェンナにはその時代の史跡が数多く残っている。もう一度行きたい所だ。
[PR]
by mahaera | 2015-12-17 07:34 | 読書の部屋 | Comments(0)

「ローマ人の物語IX キリストの勝利」古代史ファンにとっては、まさに“暗黒時代”のローマ

●11月29日 FBより転載

b0177242_22461043.jpg
「ローマ人の物語」もいよいよ終わりに近づいてきた。
 今回知ったのは、ローマ帝国をコンスタティノープルに遷都したコンスタンティヌスもその息子のコンスタンティウスも根っからのキリスト教徒ではなく、キリスト教を振興したものの教会の力が強くなることをおそれて、洗礼は死の直前だったこと。あとは、当時でも異端とされたアリウス派だったこと。コンスタンティヌス大帝は、公会議も開いて教義の統一もはかっているが、皇帝が異端なら、それもそんなに厳密にならない。その後を継いだ“背教者”ユリアヌス帝が、キリスト教会にストップをかけるが、彼は数年で戦死(もしくは謀殺)してしまう。この後、テオドシウス帝の時代になると、彼は皇帝になる前に洗礼を受けていたため、キリスト教を国教化する。
 これはISとは言わないが、キリスト教以外の宗教を禁じたお触れで、ローマ建国以来の神々もすべて廃棄。地中海世界で大量の神殿破壊が進む。もっとも彼が暴君というわけではなく、元老院や民衆の反対もなく、賛成を得たのだから、国民の支持を得た結果のようだ。また、それによりキリスト教以外の学問が実質上禁止になり、アレクサンドリアの図書館などの学問施設も閉鎖や破壊にあうようになる。この頃を描いた珍しい史劇「アレクサンドリア」では、図書館を破壊するキリスト教徒をまるでイスラム教原理主義者のように描いていた。他者を認めず、全体の一部になることは、人間としてとても気持ちいいのだろう。日本でも同調圧力を求めたり、自分が規則の代表者のようにふるまう人がいる。しかし「寛容さ」を捨てた時に、「豊かな文化」は滅ぶ。

もう一冊読み終わった「ティムール帝国」は、「子どもに教える世界史」の予習本。しかしかなり細かすぎて、難しかったゾ。
[PR]
by mahaera | 2015-12-12 22:47 | 読書の部屋 | Comments(0)

映画の原作「ペーパーボーイ」読了。

b0177242_1150246.jpg


●11月27日

読む時間がなくてなかなか読み終われなかった『ペーパーボーイ』読了。
映画がわりと面白かったので、原作を買って読む。
主人公の“僕”はまだ何者にもなっていないペーパーボーイ(新聞少年)。
とはいえ大学で不祥事を起こして中退し、親の世話になっている。
映画は1960年代のアメリカ南部の“プアホワイト”の現状を、
「悪魔のいけにえ」のように描いていたが、
ここでも薄気味悪いバイユーの描写が。
わりとドラマチックに終る映画に比べて、原作はダラダラ最後が長くて終る。

原作も面白かったが、これは映画のほうがいいかな。
とくにプアホワイトを演じたジョン・キューザックの鬼畜ぶりと、
“兄”のマシュー・マコノヒーの変態ぶりがインパクト大。
子どもは刺激が強いので、見ちゃダメな映画。
[PR]
by mahaera | 2015-12-07 11:51 | 読書の部屋 | Comments(0)

ローマ人の物語「迷走する帝国」 軍人皇帝時代は皇帝の名を覚えるだけで大変

b0177242_101078.jpg


11月17日(FBより転載)

2冊読み終わって、図書館に返しに行く。
「ローマ人の物語」は3世紀の軍人皇帝時代。50年ぐらいの間に22人の皇帝がたった時代で、病死と戦死は数人で、あとはほとんどが暗殺・謀殺された。「この皇帝、覚えていてもどうせすぐ死んじゃうし」って感じだ。全員が無能という訳でもなく、それなりに使命を感じてがんばった皇帝もいるのだが、結果が出ないと部下に殺されてしまう。皇帝は終身制なので、辞めさせたければ死んでもらうしかないという弊害だ。あとは当時の皇帝は、大統領のような内政のトップであり、軍団の司令官だったので、戦争が続けば前線に出っぱなし。作戦しくじれば、殺されるの繰り返し。このころは皇帝は貴族出身でもなく、叩き上げの軍人なので平民出身が多い。なので、権威もなかったのだろう。次から次へとゲルマン人が国境破って侵入してくるし、フランスではガリア帝国、シリアではパルミラ王国が勝手に独立しちゃうし、皇帝は新興のササン朝の捕虜になっちゃうし、ガタガタな時代だ。
 元を教えたので、次回は明。これが終って、やっとルネサンスやティムール時代だ。
[PR]
by mahaera | 2015-11-30 01:01 | 読書の部屋 | Comments(0)