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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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年末はやることない

年末も本当に年末になるとやることがなくなってくる。
別に時間があればしたいことはあるのだが、家族の手前、外にも出かけられないし、部屋にこもって自作曲の録音というわけにもいかない。
リビングにみんないるので、好きなDVDを見るわけにもいかない。

昼間は急な買い物、子どもの面倒などで待機していなければならない。
まあ、仕事をするには原稿を書く前の前段階の考え事の時間が必要だが、
何かに集中することができない。

細切れ、ながら、でしかできないので、この時間を利用して、
カセットテープの整理をしている。
どうしても保存したい内容のものをデジタル化してCDに焼くのだが、
曲ごとにチャプターをつけて保存となると、いちいち曲の終わりでダビング作業を一度とめることになる。面倒だがやらないと、CDに焼いた時に45分で1曲になってしまう。


そこまでして残したいテープは何かというと、「買う」ことができない内容のもの。昔やっていたバンドのライブやスタジオ録音がまずこれだ。
オリジナル中心だったので、ここでしか聴けない曲がある。
次に、昔よくやっていたFMで放送されたライブ音源。
80年ぐらいにはよくエアチェックしていて、
吉田拓郎、井上陽水、荒井由美、サザンオールスターズ、
甲斐バンドなんかのライブは、残しておきたい。
もう買うことはできないものばかりだから。
外国のロックバンドだったら、昔FMで放送したものはたいていブートレグになっているんだろうけど。

そんなことをしながら、紅白をなんとなく見て、今年が終わりに近付いている。お笑いも格闘技もクイズも興味ない。

それではみなさん。よいお年を。
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by mahaera | 2008-12-31 19:48 | 日常のはなし | Comments(0)

神奈川県立「生命の星・地球博物館」へ行った

先日の話の続き。

富士屋ホテルを出たわが家族は、「生命の星・地球博物館」を目指した。
小田原に大きな自然科学博物館があることは知っていたが、なんとなく市内にあるのかと思っていた。
調べたら、あるのは箱根湯本と小田原の間。なので帰るついでに寄ってみようと子どもを誘う。
クリスマスプレゼントのケータイ捜査官で遊びたい子どもは、早く家に帰りたがっていたが、
行ってみるとテンションも上がり、結果的に大喜びだった。

年末近いためか、館内はがらーんとしていた。
施設はとても立派で、上野の国立科学博物館と比べても、遜色ないほど充実している。
一階には太陽系や地球の成り立ちについての展示がまずあり、鉱物標本や隕石などが展示されている。
その奥には生命展示で、かなり充実した昆虫標本、動物たちの剥製ジオラマが広々としたスペースに展示されている。
博物館自体が新しいし、また、ゆったりとしているので、見やすい。
昆虫標本も工夫してあり、従来のようにただ並べるのではなく、遠くから見るとデザイン的に映えるようになっている。
モルフォなどの美しい蝶、擬態する昆虫、世界のクワガタなどの甲虫類を、人が少ないのでゆっくり見ることが出来た。

一階の見学がすむと、エスカレーターで三階に上るようになっている。
ここはおもに神奈川県の自然を中心とした展示で、相模湾にすむ魚や貝などの標本、絶滅危惧種、
二酸化炭素が増えることが生態系にどう影響するかなどのエコロジー関係のパネルがある。
二階にはレストランがあり、普通の値段だが物価の高い温泉地に比べると、手ごろな値段だ。
メニューはカレーやビーフシチュー、そば、和食と、ファミレスのよう。
ガラス張りで、裏山の景色が目の前に広がる。
他には自然科学の本を集めた図書室が二階にはある。子供向けの本はとても充実していた。
職員が来客を待っていたが、訪れる人はちらほらで、とても暇そうだった。

よく行政の無駄遣いを指摘しているテレビ番組があるが、利用者に比べて施設が立派過ぎるという点で、
ここもそのうちのひとつかもしれないと感じた。
この日、見渡す限り、来館者と働いている職員はほぼ同数。
ショートフィルムを流す劇場も、ムダに広く、400人ぐらい入りそうなところに20人ぐらいしか客がいないのでがらーんとして寂しい状態。
劇場の広さの割りにスクリーンは小さく、またナレーションが聞き取りにくいほど音量が低いのも気になった。
せめて小田原市内に作れば、もっと利用者は増えたのに(辺鄙な場所にあるのだ)。
子どもはけっこう楽しんでおり、昼食時間も含めて都合三時間ぐらいいたので、家族的には満足したが、
税金が投入されていることを考えてしまうと、微妙な思い。
入館料は子どもは無料、大人は500円くらいだったが、きっと2000円ぐらいとらないと、施設を維持できないゾと思う。

ちなみに、入り口で大きな荷物を預かってくれるので、温泉帰りでも気軽によることが出来る。
無料のコインロッカーも利用可能。個人的にはおすすめできる、いい博物館だ。

箱根登山鉄道「入生田」駅下車徒歩5分。
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by mahaera | 2008-12-29 19:48 | Comments(0)

アメリカン・ゴジラ2本 『GODZILLA』と『クローバーフィールド』

平成元禄時代、日本映画動員数において、年間ランキングで常にベスト3に入っていて安定していた人気を持っていた「平成ゴジラシリーズ」だが、
アメリカ側のリメイクが決まってたので、前述した『ゴジラVSデストロイア』で終了。
そして期待のうちにアメリカ版ゴジラが、『GODZILLA』となって公開された。
監督は『インデペンデンス・デイ』などの大味の大作映画を得意とするローランド・エメリッヒ。
『スターゲイト』『パトリオット』『紀元前一万年』など、彼の他の作品を見れば、出来は何となく予想がつくだろう。

CG満載、「サイズがモノを言う」などのキャッチコピー、そして当時流行っていた「ジュラシックパーク」を仮想的にした予告編(巨大な足がティラノサウルスの骨格標本を踏み潰す)と、期待に胸をふくらませて劇場に行ったのだが…。

出来は期待を大きく裏切るものだった。
まず、姿かたちはどうみても巨大イグアナで、ゴジラにはほど遠い。
そして最後はあっけなく火力兵器にやられてしまうただの生物で、「怪獣」ではない。
ニューヨークの町を走り回るという設定は、まあ面白かったが、映画の中盤からどんどんテンションが下がってきてしまい、
マジソンスクエアガーデンで発生した大量の小ゴジラの場面などは、まるで「ジュラシックパーク」だった。
つまり、ゴジラ映画に期待されるものがまるでない、「怪物」映画だった。

アメリカでも評判は悪く、ゴジラを愛する映画人はこの映画をけなした。
スピルバーグも『GODZILLA』を観たかと聞かれ、「デブリン(製作者)のイグアナ映画は観ない」と言ったという。
映画以上に期待された大量のキャラクターグッズは売れ残り、ゴジラと他の怪獣が対決する続編の話も流れてしまった。
もし、この『GODZILLA』が成功していたら、アメリカで続々とシリーズ化されていたのだろうか。
『GODZILLA』の日本での興行収入は20億ほどで、それまでの平成ゴジラシリーズとそう変わらなかったという。

アメリカとの契約で、その間ゴジラ・シリーズが作れなくなっていた東宝では、モスラ・シリーズ三部作を製作。
しかし評判はあまり良くなく、ゴジラ復活が待望されるようになる。

すっかり、消えてしまったアメリカ版ゴジラだが(『ゴジラFINAL WARS』ではZILLAとして脇役出演)、最近、「ほぼゴジラ映画」が作られた。
それが今春封切られた『クローバーフィールド HAKAISHA』だ。
予告編でも、これが怪獣映画であることを示していないが、内容は『GODZILLA』+『ブレアウィッチ・プロジェクト』。
ニューヨークに上陸したナゾの怪獣を、一般人の視点で撮った一夜の話だ。
製作はテレビシリーズ「LOST」で人気を得た人。
最初の20分はだらだらした人間模様だが、途中から怪物に襲われて逃げるパニック映画になる。ホラー映画テイストもあり。
肝心の怪物の造型だが、ゴジラともGODZILLAとも似つかないエイリアン風だが、そこまで似せてしまっては「盗作」と言われても仕方がないだろう。
造型はともかく、コンセプトはゴジラ。怪獣に寄生する吸血怪獣も平成ゴジラの『ゴジラ』に出てきたフナ虫怪獣ショッキラスに似ている。
ただしデザインは『スターシップ・トゥルーパーズ』のバグ似。
製作者はこの映画のアイデアは、「日本へ行ったとき、おもちゃ屋で見たゴジラのおもちゃにインスパイアされて考えた」と言っているが、たぶんウソだろう。
アメリカ版ゴジラを「ゴジラ」の名と使用権料を払わずに何とかリメイクしようと考えたのではないか。

この『クローバーフィールド』、アイデアは悪くないと思う。
日本の怪獣映画の弱点は、登場人物たちがいつも自衛隊や閣僚、科学者など体制側で、一般人の視点が欠けている。
もし日本にゴジラが現れたら、逃げ惑う人たちの分だけドラマがあるはずだ。
『クローバーフィールド』の欠陥は、登場人物たちに魅力が欠けていたこと。
あとは、途中もハラハラさせるために寄生生物を出したのは余計だったかと思う。
良かったのは怪獣の姿が常に、主観ショットということかな。
でも、あの造型はあまりよくない(『エイリアン4』の新種エイリアンみたい)。

評価は
『GODZILLA』 ★★
『クローバーフィールド』★★

この項「ミレニアム・ゴジラ・シリーズ」に続く(予定)
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by mahaera | 2008-12-28 19:50 | 映画のはなし | Comments(0)

箱根・富士屋ホテルに泊まる

25、26と一泊で、家族で箱根の富士屋ホテルに行ってきた。
今月12日が結婚10周年の記念日だったが、その日はバンドのライブの日だったので、何も祝い事はできず、
翌週もライブやら双方の忘年会などがあり、それならと子どもが学校を休みになるのを待って出かけることにした。

この富士屋ホテルは、10年前に新婚旅行で訪れたところだ。
創業130年というクラシックホテルで、戦前は外国人専用だった時期もあったり、戦後には進駐軍に接収されていた時期もあったりと、
外国人にゆかりが多いホテルだ。
ここに来日したチャップリンやヘレン・ケラーが泊まっていたのは有名な話だが、
戦後にもアイゼンハワー、インドのネルー首相、天皇陛下をはじめとする皇室関係、
そしてロック好きには何よりも、ジョン・レノン一家が宿泊していた場所として名高い。

着いてすぐに中庭に出て歩いてみたが、あいにく寒いのと強風で、館内でくつろぐことにした。
高級ホテルだが、クラシックホテルということもあり、施設は全体的に古びていたが、それも味というもの。
ただ部屋によるのかもしれないが、隣のテレビの音がかなり大きく聞こえるのが気になった。
増築を重ねた造りなので、廊下は曲がりくねり、慣れないと部屋から風呂やフロントに行くのにも迷いそうだ。
クリスマスシーズンで混んでいるかと思ったら、意外とホテルも箱根も空いていた。
室内温水プールも、ほぼうちの家族のプライベートプールと化して、存分に遊んだ。水温はちょっと冷たかったけど。
大風呂(といっても45人用の小さなものだが)も、ちょうど誰もいないので、息子と2人で気兼ねなく利用できた。湯の温度はちょうどいいくらい。
夕食はホテルのメインダイニングだと高いし、子連れだと気兼ねもするので、外の天ぷら屋へ。
アラカルトでいろいろ頼んでいると、それなりの値段になってしまった。
その後、僕は二度目の風呂。妻は部屋で入浴。
夜9時半、クリスマスプレゼント(ケータイ捜査官)で遊びたい息子を部屋に残し、バーラウンジへ。
レノン、チャップリンなど、有名宿泊客にちなんだカクテルがあった。

翌朝の朝食はホテルのメインダイニングで。
息子はややかしこまった雰囲気に、ちょっと緊張気味。
朝食後、部屋でゆっくりくつろいでから、チェックアウト。
最初は彫刻の森美術館にでも行こうかなと考えていたが、結局山を下り、県立の科学博物館へ行くことにした。
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by mahaera | 2008-12-27 19:51 | Comments(0)

ブルース・スプリングスティーン「ウィ・シャル・オーヴァーカム:ザ・シーガー・セッションズ」を聴いて

最近、毎日の様に聴いているのがブルース・スプリングスティーンが2006年に出したアルバム「ウィ・シャル・オーヴァーカム:ザ・シーガー・セッションズ」だ。

これはその名の通り、アメリカのフォーク歌手ピート・シーガーのレパートリーから選んだ曲ばかりを歌ったアルバムで、スプリングスティーンの自作曲は1曲もないカバーアルバムだ。
そのため、あまり聴きたいと思わず、買うのが遅くなってしまった。
また僕がピート・シーガーにもあまりいいイメージを持っていなかったこともマイナスした。
ディラン・ファンの僕にとってはシーガーとは、二ユーボート・フォークフェスティバルで、ディランのエレクトリック化に怒り、斧で電源ケーブルを切ろうとした男なのだ。

シーガーはディランの先輩格というより師匠格で、生粋のリベラル、そしてフォークシンガーである。
このアルバムにおさめられた曲は彼のオリジナルではなく、彼が発掘して、広く知られるようになったトラッドばかりだ。
それをスプリングスティーンは、いつもの自分のEストリートバンドではなく、ニューヨークのセッションミュージシャンたちと共に、リハーサルなしのライブ録音に仕上げた。
それがとてもドライブ感溢れる演奏で、「古くさいフォークソング」と思って敬遠していた僕の思い込みをいい意味で裏切ってくれた。

1曲目のOLd Dan Tuckerから気持ちいい2ビートのリズムが、耳を捉える。
コード進行はほぼブルースと同じで、わずかなコードしか出てこない。
次の展開が読めるので、途中からでも参加できてしまいそうな曲ばかりだ。
AメロとBメロしかないシンプルな曲ばかりだが、どこか人の心を捉えて放さないメロディーがある。
そしてやはりシンプルだが物語性のある歌詞が、曲に奥行きを与えている。
西部の義賊として歌われる無法者Jesse James。
戦争に行った息子を7年間待ち続けたが帰ってきた息子は両足を失っていたというMrs.McGrath。
機械に対抗し、手に取ったハンマーで働き、死んだ男John Henrryなどなど。

歌い継がれてきた歌を、知らない人たちに伝えようというスプリングスティーンの試みは、見事に成功したといえよう。
喜びや悲しみを歌にのせるということが、そのまま生活と密着していた頃のメロディーがこんなに心地よいアルバムを作ったのだから。

P.S.
おまけで付いている、メイキングDVDを見ていると、プロフェッショナルな人間たちが集まって短期間で完成させたこのセッションが、実に楽しそうだったかが分かる。
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by mahaera | 2008-12-23 19:52 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

平成ゴジラ・シリーズを観る その2

4.ゴジラVSモスラ(1992)★★★
冒頭の別所哲也の墓泥棒のシーンは、まるっきりインディ・ジョーンズのパロディ。
そのかつての妻が小林聡美、大竹まことがワル社長ということで、けっこうコミカルな面も。
前年から、観客が母子が多いのでファミリー向けにシフトをという要請があったらしい。
しかしそのおかげで、動員数は400万人超と大幅アップ。
本筋はモスラとバトラの話で、ここではゴジラは単なる悪役。ゴジラ抜きでも話は造れた感じ。
みなとみらいのセットがカッコ良かった。
そういえば、平成ゴジラが昭和ゴジラとちがうのは、都市のセットをふんだんに壊していること。
末期の昭和ゴジラに比べて、予算が増えたことがわかる。

5.ゴジラVSメカゴジラ(1993)★★☆
今回はバブル期の代表的な建物、幕張メッセが決戦場。
ふんだんに金のかかるセットが造れたのも、やはり日本はバブルだったから。
主役は高島(兄)、高島(父)も登場。佐野量子は懐かしい。
とくした気分は、タイトルにないラドンの登場だが、ベビー・ゴジラの登場には「ミニラ再び」の悪夢が。。
このあたりから、かなりファミリー色が強くなり、次の展開が危ぶまれる。
昭和ゴジラがロッカーでなくなったのも、家庭を持ったからだし。。

6.ゴジラVSスペースゴジラ(1994)★☆
「ゴジラ同士の夢の対決!」らしいが、平成ゴジラシリーズの中では魅力に乏しい。
というのも、リトル・ゴジラ(前作のベビー)という子どもを持ったゴジラは、昭和ゴジラの二の舞のように魅力半減。
かわいい怪獣とか、子ども思いの怪獣とか、もう劇場に来ている母子連れに迎合しまくっている。
スペース・ゴジラも、魅力が薄いというか。
見どころは自衛隊の新しいマシーンMOGERAが意外によくできているのと、柄本明がゴジラ映画でも同じテンションの演技を見せていることか。

7.ゴジラVSデストロイア(1995)★★★☆
アメリカでゴジラのリイメクが決まったことから、平成ゴジラはこれで打ち止め。
そしてゴジラが死亡する。
ゴジラが映画の中でハッキリ死亡するのは、第一作目の『ゴジラ』以来で、感慨深いものがあった。
ゴジラの中で核融合が進み、最後は自身の熱でメルトダウンしてしまう。
第一作目のオキシジェン・デストロイヤーで生まれた怪物デストロイアが出てくるが、こっちはあまり造形的に魅力がない。
リトル・ゴジラがデストロイヤーにやられ、涙を流すゴジラ。
そして最後は、体が溶けて消えていく。
さらばゴジラ。懐かしい友人が消えていくような気分だった。

しかし米国版リメイクの失敗により、ゴジラは数年後、復活する。
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by mahaera | 2008-12-22 19:53 | 映画のはなし | Comments(0)

平成ゴジラ・シリーズを観る その1

録画してあった平成ゴジラ・シリーズ、子どもに見せながら全7作品を見た。
すでに昔見たことがあるので、「ながら見」だけれども。

この平成ゴジラシリーズは、ゴジラ復活!の機運が高まる中、始まったもので、
すでにその数年前からオールナイトで「ゴジラ待望」の雰囲気はあり、若き佐野史郎やみうらじゅんは通いつめていたとか。
(★で点数をつけました。最高は『ゴジラ』(1954)の★★★★★として)

1.ゴジラ(1984)★
復活ゴジラ一作目。僕は初めてアメリカへ行くなど、ロックバンドに熱中していた時期。また大学卒業が一年遅れた。
当時は興味なく、見ていなかった。
平成ゴジラシリーズの中でも出来がいまひとつだと思う。
大人のドラマとして作りたかったのはわかるが、登場人物に魅力がない。沢口靖子の棒演技も問題。
災害パニック映画のように作っているが、ならばゴジラである必要はない。
ゴジラ自身も何で復活させられたか戸惑っているようで、
30年ぶりに東京へきたら、自分の背よりもみなビルが高くなっており、途方に暮れた感じ。
自衛隊の秘密兵器スーパーX(ひどいネーミング)も魅力薄。
伊福部音楽がまったくないのも、ダメな理由のひとつ。


2.ゴジラVSビオランテ(1989)★★★
大森一樹脚本は新しいゴジラシリーズの方向を示した。ファンの中では評価が高い一作。
大人のゴジラシリーズを踏襲し、当時流行っていたシュワルツネッガー風のアクションや、
バイオ生物などのSF要素を取り入れている。
ただし個人的には、ビオランテがゴジラとバラと沢口靖子の合体怪獣というのはセンスがないと思う。
最後はうやうむやのうちに、ゴジラは気を失い、ビオランテは空へ消えていく。

3.ゴジラVSキングギドラ(1991)★★★★
この映画を観ていると、当時日本はバブル真っ盛りだったんだなあと感慨深い。
日本が世界の超大国になっているという23世紀から、未来人が日本の発展を阻止するためやってくるという話がベースなのだ。
未来人がゴジラを生まれないようにし、その代わりにキングギドラが誕生し、日本を襲う。
ゴジラは太平洋戦争中、結果的に日本軍を助けて米軍を退けるが、被爆して怪獣になり日本を破壊しつくす。
タイム・パラドックスものになっているのは、当時流行っていた『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の影響だという。
しかしこのころの日本って、本当に「アメリカを凌いで世界一の経済大国」って意識があったんだなあ。
じゃなきゃ、未来からわざわざ日本を壊滅させにこない(笑)
シリーズ中の異色作だが、平成ゴジラの中ではこれが一番好きかもしれない。
子ども向け化が進むと感じたのは、のちにキングギドラに変身するドラットというかわいいキャラ怪獣がでてきたこと。これはいらない。

続く
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by mahaera | 2008-12-21 19:54 | 映画のはなし | Comments(0)

グレアム・グリーンの『おとなしいアメリカ人』と、映画『愛の落日』

グレアム・グリーンというイギリスの作家を知っていますか?
僕が彼の名を知ったのは名作映画『第三の男』の原作者として。
この映画はサスペンスだが、政治や国家に翻弄される人間ドラマがきっちりと描かれ、
単なる娯楽映画には終わっていない。いまや名作映画の代表ともいえる作品だ。
グリーン原作ではその他にも当時『落ちた偶像』が映画化され、やはり高い評価を得ている。

10年ほど前にグリーンの『情事の終わり』が、ジュリアン・ムーアとレイフ・ファインズの共演で『ことの終わり』として映画化され、
数年前には『おとなしいアメリカ人』が『愛の落日』としてマイケル・ケイン主演で映画化された。
ともに、傑作とはいえないまでも、どこか心に残る佳作だった。
しかしグリーンの小説自体は読む機会がなく、今回、ようやく図書館で『おとなしいアメリカ人』を借りて読んだ。

舞台はフランス植民地時代のヴェトナムのサイゴン。
北部ではホーチミン率いる共産軍との戦いにフランス軍が次第に劣勢になっているころ、
イギリスの特派員である主人公ファウラは、サイゴンで若い現地妻フウオングと暮らしている。
初老の彼は本国に妻がいるが、長い間別居生活。
フウオングとの正式な結婚に向け、妻に離婚したい旨の手紙を送るが、妻は応じてくれない。
そんな彼の前に、若くて"おとなしいアメリカ人"パイルが現れる。彼はアメリカの通商団のメンバーだ。
ヴェトナムにやってきている他の騒々しいアメリカ人と違い、
パイルは知的で物静かで、生真面目であり、そして信念に燃えている青年だった。
パイルはやがてフウオングに恋し、律儀にもファウラにそれを打ち明け、彼女と結婚したいと許可を求める。
家柄や収入も良く、何よりも若さを持っているパイルに、彼女を盗られることに嫉妬する主人公ファウラ。
ファウラは妻と別れることもできず、いつ本国へ帰されるかもわからないのだ。

そんな中、ファウラは政府軍でもなくベトコンでもない、第3勢力の将軍の陣地を取材した時、パイルを見かける。
プラスチックを売りに来た通商団のメンバーが、どうしてここに?
2人は陣地から帰る途中、ベトコンの攻撃を受け、ファウラはパイルに命を救われる。
やがて「離婚しない」という妻からの手紙をフウオングが発見し、ウソがばれ、彼女はファウラの元を出て行く。
老いたイギリス人は、若いアメリカ人にヴェトナムという恋人を奪われたのだ。
ある日、広場で爆弾テロが起きる。その場で爆弾が爆発することを事前にパイルは知っていた。
ファウラはやがて真実を知る。

パイルは通商団のメンバーではなく、アメリカの特殊工作員のひとりなのだ。
敗色濃いフランスに代わり、アメリカがヴェトナムを支援する下地を作りに来ている一員で、
広場での爆発も、共産ゲリラのせいにする自作自演のテロだった。
そしてパイル自身には悪意はなく、それが「アメリカや自由主義社会のため」と本気で信じている。
その理想に燃える青年は同じような想いで、若いヴェトナム人女性フウオングをこの世界から救い出したいと思っている。

老いた主人公ファウラはがとった行動は、パイルを共産ゲリラに「売る」ことだった。
ファウラとの待ち合わせ場所に向かったパイルは、川に死体として浮いて発見される。
フウオングはファウラのもとに何事もないかのように戻ったが、ふたりに未来はない。

僕は先に映画『愛の落日』(それにしても酷い邦題だ!原題はそのままのクワイエット・アメリカン)を観て、
まったく期待をしていなかったこともあり、けっこう面白く観れた。
映画が製作されたのは、ちょうど9.11のテロのころ。そのため、反米的な内容の本作の公開は延期になったという。
日本で公開されたのは、アメリカ公開よりもさらに遅れた2年後ぐらい。
地味な俳優、政治映画ということで嫌われ、まるでラブ・ロマンスのような扱いでひっそりと公開された。

今回原作を読んでみて、映画がほぼ原作に忠実なことがわかった。
映画を観たときは、ちょうどアメリカのイラク占領が問題になっていた時で、かなり原作をいま風に脚色したものかと思っていたからだ。
映画のほうがよりわかりやすくなっているのは、視覚的に「老人と若者」の対比がわかるからだろう。
文章だとしばしば、登場人物の年齢を忘れてしまうからだ。
映画では名優マイケル・ケインが老人であるファウラを演じ、没落していくイギリスを体現。ケインは本作でアカデミー賞候補になった。
アメリカ人青年パイルには、ふだんは健全な役が多いブレンダン・フレイザー(『ハムナプトラ』シリーズの主人公)。
年老いていく男にとって一番怖いのは、若さだ。
どんなに経験を積み、仕事や技術が優れていても、
「恋」という不確かなものの闘いの場合、「若さ」にあっさりと打ち砕かれしまうこともある。
ファウラがパイルに嫉妬し、またパイルが自信に満ちて挑発できるのも「若さ」がそこにあるからだ。

しかし「若さ」は良いことばかりではない。
理想に燃え、親切心からヴェトナムに進出する「おとなしいアメリカ人」。
彼は自分のしていることが、多くの人々を不幸にすることを疑いもしない。
「多くの幸せのためには、少しの犠牲は仕方がない」と考えるようになる。
爆弾テロの後、パイルがヴェトナム語が堪能だったことがわかり、靴についた血を吹くシーンは、ゾッとさせられる。
彼は死なねばならないが、それはアメリカのヴェトナム進出を押しとどめるものにはならないことは歴史が証明している。
ちなみに原作が書かれたのは、ヴェトナム戦争以前だが、アメリカがやっていることは半世紀たった今でも変わりない。

戦争を起こすアメリカ人の黒幕は老人で、自分たちは善意でそんなことをしているのではないとは知っているだろう。
しかしそれを実行に移し、命を落とす若いアメリカ人たちは、「いいことをしている」と思ってやっているのかもしれない。
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by mahaera | 2008-12-20 15:55 | 映画のはなし | Comments(0)

結婚10年目のハガキ

書き忘れてましたが、先日、12月12日が結婚10周年記念日でした。
まあ、そんなことを声を大にして言う必要はないのですが、
それを機会に、結婚パーティーに来てくれた人たちへ、挨拶のはがきを送りました。

まずパーティーへの参加ハガキをチェック。
1/3ぐらいの人は、それから会っていないこともあり、住所が合っているかをチェック。でも、23年は続いていた年賀状のやり取りも、途絶えてしまうと、足跡をたどるのはなかなか難しいです。
Eメールアドレスを書く欄がなかったのは、10年前だからでしょうか。
あきらかにその住所にいないとわかっている人を除き、40通ほどを出しました。

10年前は独身でも、いまは結婚して住所も変わっているかなという人もいるし、実家に送れば転送してくれるかななどと思いつつ、簡単なコメントを書いて、発送しました。

10年一区切りというわけではないのですが、子どもも大きくなったせいか、昔の友人に会いたいという余裕ができたのも確かです。
また、今連絡を取らなければ、その後チャンスがないかなと感じたこともあります。

旅で会った人、高校や大学時代の友人、バイトや音楽仲間、友人の友人。
あれ以来、音信不通な友人たち。
昨日からそろそろ返事や、「宛先不明」のハガキが返ってきています。
みんなの10年はどうだったのか。
そんな想いの回答がそこにあります。
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by mahaera | 2008-12-19 15:56 | 日常のはなし | Comments(0)

おださがT-ROCKSでのライブも終了

2月14日は、当日、朝9:50からの最後のリハから夜9:00ごろまでのライブ終了まで、
長い長い一日でしたが、家が近いこともあり、
練習→家→ライブハウスでのリハ→家→ライブハウスでの本番
と、途中、家に戻って休むことができたのは、地元ならでは。

さて、本番はまあ、まちがえたっていいじゃない。
それより勢いって感じで、なかなか楽しく過ごせました。
気になったのは、一番前にいた自分の息子が、ずっと僕と視線を合わせないで、うつむいていたこと。
自分の父親ががんばっている姿、あんまり見たくないよねえ。
多分、渋く弾いていて欲しかったのかもしれない。

ライブが終わった後とか、みんなで演奏の録音を聞いている時、
メンバーが前回とほぼ同じリアクションなのは、
演奏の出来不出来というより、性格が出ているというか。
まあ、これで忙しかった今年後半の音楽活動も一段落。
年明けからまた取材が続くので、通常業務に戻るという感じ。

ライブに来てくれたお客さまたち、どうもありがとう。
また懲りずに、来て下さい。
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by mahaera | 2008-12-16 15:57 | 日常のはなし | Comments(0)