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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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遅ればせながら 『シークレット・サンシャイン』を観た

昨年、僕と旅行人の映画サイトをしている金子君と今野君が2人とも年間ベストテンの一位にあげた、『シークレット・サンシャン』。見逃していたが、昨日DVDでようやく観ました。

いやー、すごい映画だった。ラース・フォン・トリアーの『奇跡の海』を観たときと同じぐらい、息詰まりながら、主人公がどうなってしまうんだろうと、のめりこんでしまった。

監督は韓国の文化大臣もしているイ・チャンドン。前作の『オアシス』は、僕が韓国映画を本格的に観出したきっかけになった映画のひとつ。これも見てない人はソンをしていると思うくらいすごい映画で、この『シークレット・サンシャン』もそれに匹敵する映画だと思う。なぜ、キネ旬ベストテンで無視されたのかがさっぱりわからない。

夫を交通事故で亡くしたシネが、夫の故郷だった町へ小さな息子を連れてやってくる。そこでピアノ教室を開いて再出発しようというのだ。ちょっとしたきっかけから知り合った自動車整備会社の社長キムは、なにかと彼女の世話をする。知的で陰のあるシネと、俗っぽく明るさを失わないキムは対蹠的。シネは息子を塾に通わせる。土地を買いたいというシネに、キムは地元の有力者を紹介しようとしたり面倒を見るが、シネはそんな彼にまったく興味がない。シネが「土地を買いたい」ということを聞きつけたのか、シネの息子が誘拐される。取り乱すシネ。やがて犯人がつかまるが、心の平穏は訪れない。シネはキリスト教に入信するのだが…。

話の展開上、ストーリーを詳しくかけないのだが、犯人探しの物語ではなく、犯人はあっさりつかまる。そこからがこの物語の真髄だ。映画のほとんどはシネを中心に動き、キムは常に後ろに配置される形で描かれている。が、シネのアップダウンが激しすぎれば過ぎるほど、常に彼女を見守っているキムの存在が大きくなっていく。キリスト教に入信し、神に救いを求めるシネだが、そこは偽善の世界だ。しかしこれは神の存在を否定する映画ではない。絶望の中、最後にうっすらと希望の光が差してくる。陽の光はすべての人にわけへだてなくさしていく。この映画の中では、主人公を教会にさそう信者ではなく、常に暖かく見守っているキムがそうだ。

主人公が不幸体質ということもあるのだが、どんどん精神的に追い詰められていく場面の連続には息が詰まる。しかし次を観ずにはいられない。この女性に幸せは訪れるのだろうか。的確な撮影プランが、彼女の心情を見事に映像化している。

主演のチョン・ドヨンは本作でカンヌ国際映画祭最優秀主演女優賞を受賞した。そしてキムを演じたソン・ガンホ。実にすばらしい。韓国映画最高の俳優だと思う。テレビドラマにも出ないし、イケメンじゃないのでオバサマ方には知られていないが、『殺人の追憶』『大統領の理髪師』『JSA』にも出ていた名優だ。

シリアスでヘヴィなドラマだが、ずっしりと重量感ある映画を観たい人におすすめだ。
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by mahaera | 2009-10-31 00:34 | 映画のはなし | Comments(0)

カラオケおやじのディラン状態 『セルフ・ポートレイト』『ディラン』

たまには好きなCDのことを。

自分ではかなりのディランファンだと思っているが、そのディランファンの中でもとくに人気のないアルバムを二枚紹介しよう。最初買って聴いたとき、僕も「コリャなんだ?」と思ったアルバムだ。

1970年発表の『セルフ・ポートレイト』は、ウッドストックで半ば隠遁生活を送っていたディランが出した二枚組アルバムで、ディランのオリジナルの新曲が一曲もなく、四曲のワイト島のライブをのぞけばみなフォークやカントリー、ポップスのカバー曲ばかり。

時はロック全盛期。ビートルズは『レットイットビー』を出して解散。この年に発表されたアルバムには、『いとしのレイラ』『原子心母』『ディープパープル・イン・ロック』『天の守護神(サンタナ)』などがあり、日本では万博があった年だ。「戦争をしらない子供たち」が流行ったのもこの年。

そんな時、欧米では「ディランはどんなカッコいいロックアルバムを出してくれるのか」という期待の中、女性コーラスが時に入ったナヨナヨした鼻歌交じりのレコードを出してしまったのだから、大酷評されたらしい。歌にも気迫というものはなく、カラオケ屋でオヤジが悦に入っているのとそう変わらない。何よりも、人のカバー曲を楽しそうに歌っているディランが、ディランらしくない。いや、ディランからしたら、他人に「ディランらしくない」と言われても余計なお世話なんだが、そうとしか思えないのも確かで、今までの声質をすっかり変えて、『ナッシュビルスカイライン』で始まったツルツル声路線がここでも続いている。

で、ツルツル声といつものガラガラ声で多重録音でハモっている、サイモン&ガーファンクルのカバー『ボクサー』なんてもあるのだが、あまりいい出来ではない。ちゃんと練習した形跡なし。その他にもエヴァリー・ブラザースの「レット・イット・ビー・ミー」、プレスリーで有名な「ブルームーン」などを歌っている。最初は滅多に聞かなかったアルバムだが、ここ数年はかなりの愛聴盤になっている。その「ゆるさ」が心地良いのだ。聴くときはそれなりの態勢で聴かねばならない他のアルバムと違って、これはBGMとして流せて聴ける。名盤とは思わないが、ゆるいディランを聴きたいとき、朝からテンション上げたくないときはちょうどいい。

で、ディランが一時アサイラムに移籍していたとき、コロムビアレコードがこの『セルフポートレイト』のアウトテイクを集めてかってに発売してしまったのが『ディラン』。こちらにはもっとカラオケおやじ度が増していて、プレスリーの「好きにならずにいられない」、ジョニ・ミッチェルの「ビッグ・イエロー・タクシー」などをやっている。こちらもゆるいが、もう少しちゃんと歌っている作品が多い。現在廃盤になってしまってプレミアがついているが、まあ、あえて買わなくてもいいだろう。

まあ、でもこの二枚、最近は昔ほど評価は低くないそうだ。僕はオリジナル曲が多い『地下室』よりもこちらのほうが好きだな。

↓  ↓ 左が『セルフ・ポートレイト』ヘタなジャケットの絵はディランによる自画像、右が『ディラン』

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by mahaera | 2009-10-29 11:58 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

近日公開作品 『ピリペンコさんの手づくり潜水艦』 『千年の祈り』『パイレーツ・ロック』 まとめて紹介

ここのところ自己PR、自分の音楽活動ばっかり書いていたので、ここいらで映画紹介を。
でも忙しくて、あんまり観ていないんだけど。

■『ピリペンコさんの手づくり潜水艦』 ドキュメンタリー 11月14日より渋谷シアター・イメージフォーラムにて公開
テレビのバラエティ番組を見ていると、世界には知らないだけでいろんなことをしている人がいる。私設博物館やコレクションは多いが、これはウクライナの草原地帯にある村で、自力で潜水艦を作っているピリペンコさんの話だ。試行錯誤を繰り返しながら30年。冷ややかな妻の目線を受けながら、とうとう潜水艦は完成するころから、このドキュメンタリーは始まる。村の池でのテスト運転はまずまず成功。クライマックスは長年の夢であった黒海での潜水だが、見物人はたまたまその場にいた数人というのが、脱力感あっていい。妙に淡々としすぎて華がないが、まあそれもいいだろう。★★★

■『千年の祈り』 ウェイン・ワン監督 11月14日より恵比寿ガーデンシネマにて
公式HP:sennen-inori.eiga.com
『スモーク』などで知られる中国系アメリカ人監督ウェイン・ワンの小品。アメリカに住む娘を訪ねて、主人公の父親が訪ねてくる。仕事も引退し、妻もなくなった彼の心配は娘のこと。娘は離婚していたが、その理由を教えてくれない。毎晩ご馳走を作って家で待つ父親だが、娘は心を開かない。また父親も、娘の幸せを願うばかりに、つい自分の考えを押し付けてしまう。地味な作品だが、普遍的な題材に「異文化の中で暮らす人々」というスパイスを効かせた感じがいい。★★★

↓   ↓  こちらにもっと詳しいレビューを載せました
http://www.ryokojin.co.jp/tabicine/1000years.html


■『パイレーツ・ロック』 リチャード・カーティス監督 公開中
1960年代にロックを大いに盛上げた海賊放送局を題材にしたコメディで、60年代中期のロック名曲満載と、僕にはピッタリの映画なのだが、演出のミスか、ダラダラとただ長い映画になってしまった。2時間以上あるが、90分ぐらいに収めてみればもっとよくなったのかな。テンポがどうも悪くて。どこが盛上げどころなのか、さっぱり。あれもこれもエピソード欲張りすぎたのかなあ。残念。★★
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by mahaera | 2009-10-28 16:01 | 映画のはなし | Comments(0)

ライブ報告 10月25日 まことし おださがスクールオブロック

RCコピーバンドをやって軽く飲んだ後、電車に乗って小田急相模原に戻り、スクール・オブ・ロックへ。
当日、キーボード弾き語りの人がいるので、ついでにキーボードを貸して欲しいということだったので、遅刻しながらもあわてて行ったのだが、それはキャンセルになっていた。

20:30からフォークデュオ「まことし」がスタート。
「まこと」と「とし」で「まことし」なんだが、看板にはふつうに「まこと&トシ」になっていた(笑)
やる曲はすべて古いフォーク系の曲のカバー。
時間ないんで僕はできる曲を選びました。

曲目 ( )内はリードボーカルをとるほう ▲はギターとピアノで、△はギター2本で
1.プカプカ (まこと) ▲
2.さなえちゃん (とし) △
3.風をあつめて (まこと) ▲
4.知らず知らずのうちに (とし) ▲
5.教訓Ⅰ (まこと) ▲
6.たどりついたらいつも雨降り (とし) △

まことさん、よくしゃべるしゃべる(笑)
マイクが一本なので、一曲歌うたびに移動したのが面倒だった。
次からはせめて2曲2曲ぐらいで(次があれば)替えようとつくづく思った。
バタバタしていたので、僕が歌う「知らず知らずのうちに」でマイクのスイッチがオフになっていたのに気がつかず、歌いながら「あれ?聞こえないな」と、どんどんマイクに近づいてがなっていた。
いやはや。まだマイク、使い慣れてません。。。

こうして怒涛の2日間、29曲演奏はおしまい。これでもう忘れることが出来るぞ!
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by mahaera | 2009-10-27 13:57 | ぼくの音楽・バンド活動 | Comments(0)

RCサクセションのコピーバンドをやりました

新宿ゴールデンエッグのライブが終わり、明けて翌日25日、ぐずつく天気の中、目黒MODスタジオへ。
この日は昔からのバンド友だち、リーチくん主催によるRCのコピー(今どきならカバー)バンドの日。
練習というか、別にライブが目的ではなく、初めてやるメンバーでここで一回やるだけのまさに一期一会。
でも、リーチ15曲は多いよう。。。

四時間のスタジオだけど、一回だけしか演奏しなかった曲も多く、また三回もやった曲もなし。
何でいまさらRCバンドと思ったけど、スタジオに入って初めて理由がわかった。
知らない人に言ってもなんだけど、簡単に言ってしまえば、もともとリーチくんが大学時代にやっていたバンドがあり、そこでギターを弾いていた人がここ数年白血病で闘病生活を送っていて、それを励ますためにビデオレターみたいに、昔バンドでカバーしていたRCをやろうというのが主旨だった。
なので、うまく演奏というより、その人のためにライブのように楽しく一生懸命やるのが目的。

僕もそのギターのSさんはよく覚えており、何度か当時対バンもしいて、飲んだこともある。
歳もほとんど同じだ。
本当はこのスタジオに来て欲しかったけど、免疫が低下しているので外に出られないという。
なんだか、いろいろ考えてしまった。。。

ちなみに演奏した曲目は
「よぉーこそ」
「つきあいたい」
「トランジスタラジオ」
「多摩蘭坂」
「エネルギOHエネルギー」
「ラプソディー」
「雨上がりの夜空に」
「君が僕を知っている」
「Sweet Soul Music」
「ボスしけてるぜ」
「ブン・ブン・ブン」
「スローバラード」
「ダーリンミシン」
「エンジェル」
「きもちE」

RCの曲ってほとんどがブラスが入っているので、それまでコピーしようとするとなかなか大変だけど、
ここんところ、ずっとコードワークとブルースのアドリブソロばかりだったので、きちんとしたフレーズをコピーするにはいい勉強になった。
リズムに乗って、単音系で弾くのはけっこう難しい。シンセのブラスって単音だと、音がうすっぺらで周りのサウンドに溶けこまないし。
でもまたやりたいな。
小ワザとしては、ピアノの音で今聴くと貧弱だけど、当時の雰囲気が良く出ているCP-80のプリセット音をよく使いました。あの当時、ライブだとピアノといえばCP-80だったので。

で、スタジオ出て、ちょっと飲んで、また、おださがに戻って、夜の部にそなえたのでした。

いま、録音聴きながら書いてるけど、いつでも全力投球のリーチ君(ボーカル&ギター)には頭が下がる。何度か一緒にやったけど、どんな状況でも絶対に手を抜かない。
ああなりたいものだ。
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by mahaera | 2009-10-27 01:24 | ぼくの音楽・バンド活動 | Comments(0)

ライブ報告 10月24日 The Fake 新宿ゴールデンエッグ

新宿歌舞伎町、ドンキホーテの裏、並びは休憩専門のホテルや居酒屋という、立地がいいのか悪いのかわからないというところにあるライブハウス「ゴールデンエッグ」。
そこでブルース三連発ということで、出ました。The Fake。
一発目のブルースギター&ボーカルの女性、バンドは練習不足のところあったけど、見せてくれました。
2発目のブッチャーさん、BBキングかと思いました。うまかった。
そして三発目が僕が参加しているThe Fake。

演奏曲目は、

1.For Day Creep
2.Natural Born Woman
3.Hallelujah I Love Her So
4.I'm Losing You
5.Tabaco Road
6.Rattlesnake Shake
7.I'm a Man
8.Leaving My Kitchen
9.Em

僕個人の出来というより(今の僕のレベルではまだこの程度が限界)、バンド全体の練習不足がたたって、
キメがきまらず、ヨレヨレでした。練習していたときよりも出来が良くないのは仕方ないけど。

なんだかんだといって、20年前はともかく、キーボーダーとしてライブハウスで演奏するのは今回が二回目。
地元スクール・オブ・ロックではちょこちょこ弾いているけど。
前回の練習で、単体だと弱いシンセのオルガンの音をJCのアンプにつなぐと、それなりの音がすることを発見したので、今回もそうしてみました。
また、今使っているシンセの「ウーリッツァー」の音がとてもいいので、「I'm Losing You」「Leaving My Kitchen」で使ってみました。強く弾くとちょっとひずむのが、たまらなくいい感じ。

キーボードソロはあったけど、まだまだ音を探しながらという感じで、ダメですねえ。

このThe Fake、次は11月8日(日曜日)小田急江ノ島線「桜ヶ丘」にあるブルースバーGastownに出演します。また告知するのでよろしく。
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by mahaera | 2009-10-26 11:58 | ぼくの音楽・バンド活動 | Comments(0)

本日、ライブです The Fake、そして「まことし」

本日、ライブです。
選曲は「ブルースロック」としかいいようのない曲ばかり。このバンドThe Fakeでは11/8に小田急江ノ島線「桜ヶ丘」のGastownでもライブをします。前に出る2つのグループも、ブルース系らしいです。

The Fake
日時/10月24日 土曜日
開場/19:00
開演/19:30
出演/21:20(The Fakeはトリです。3バンドでます)~22:00終演予定
場所/新宿ゴールデンエッグ 
 新宿歌舞伎町、ドンキホーテの裏、マクドナルド手前を右折。呼び込みが多い路地を立ち止まらずに20mほど進み、右側にジンギスカン屋「霧島」が見えたらその地下一階。
http://www.g-egg.info/top.html
に詳しい説明が出ています。
チャージ/1000円
ドリンク/500円

僕だけ後から参加なので練習不足ですが、何とかがんばります(笑)


そして明日 25日、日曜日おださがの「スクール・オブ・ロック」にて、ギタリストまことさんとのフォークデュオ「まことし」をやります。
こうしたイベントはいつもぶっつけ本番なのですが、今回は練習を、ということで昨日スタジオに入ってきました。「アコースチックギターとピアノが基本のフォークデュオ」ということで、古い曲を6曲やるのですが、練習しておいて良かった(笑)
で、いつもはバンド練習なのですが、たまにはこうしたシンプルな編成でやるのもいいなとつくづく思いました。
たぶん、僕もこんな感じでやるのは初めてなんで。

「まことし」
日時/10月25日 日曜日
開場/19:00
出演/20:00(まことしは最初、あとに2組出演者が出ます)~22:00終演予定
場所/小田急相模原「スクール・オブ・ロック」
http://blog.goo.ne.jp/ryusisekine/c/b9e902605b3fc87a2ad1a481a999ae08
に詳しい説明が出ています。
チャージ/なし
ドリンク/600円~

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by mahaera | 2009-10-24 10:11 | ぼくの音楽・バンド活動 | Comments(0)

意外に面白かった映画『ゼロの焦点』

最近の邦画大作のほとんどがつまらないので、まったく期待していなかったが、試写で観た『ゼロの焦点』、いい意味で期待を裏切られ、最後まで楽しく観た。かといって傑作、名作の類ではなく、安心して見られるレベル。それでも先日の『20世紀少年』が40点なら、こちらは68点ぐらいつけられる。70点に2点足りないのは、「ここをこうすればもっと良くなったのに」という思いがあるからだ。

原作は有名な松本清張の名作。高度成長期に入り、ようやく「戦後」が終わろうとしている時代。禎子(広末涼子)は見合いで憲一(西島秀俊)と結婚する。しかし結婚式から七日後に、憲一は勤務地だった金沢で行方不明に。夫の過去をほとんど知らない禎子は、憲一の足跡をたどって金沢へ。憲一のかつての得意先の社長夫人・室田佐知子(中谷美紀)、そして社長(鹿賀丈史)のコネで入社し、受付嬢をしている田沼久子(木村多江)との出会い。夫には自分の知らない別の顔があった。やがて新たな殺人事件が起きる。

監督は犬童一心。『ジョゼと虎と魚たち』『メゾン・ド・ヒミコ』はなかなかいい映画だった。最近の日本映画の監督たちのなかでは、俳優の「良い演技」をうまく引き出せるほうだ。
今回、映画を観ていて、昔、池袋の文芸座でやっていた「松本清張映画シリーズ」を観ているような錯覚に陥った。ジメジメ、ドロドロした、人間の欲望と愛憎が殺人を呼ぶ映画の数々。トリックはあるが、決して周到な知能犯ではない。知られたくない過去を暴かれないための殺人、痴情からの突発的な殺人、、、そんな大人の世界を高校時代の僕に見せてくれたのが、松竹の松本清張映画シリーズだった。
欧米の、一種ゲーム感覚のサスペンス映画とはまったく異なる、その湿った日本の風土(日本海の荒波とか東北の冷たい風とか)で起きるドラマは、非常に僕を滅入らせた。その雰囲気を犬童監督は良くわかっている。東宝のモダンな試写室を、あっというまに古い名画座にしてくれたのだ。

意外に良かった(意外ばかりだが)のが広末涼子。ちゃんと当時の人に見える。演出の賜物か、女優陣がだんだんと往年の大女優たちに見えてくる。ただ、中谷美紀はどうしても「松子」に見えて仕方がなかった。とくにエキサイトするシーン。あと、中谷美紀の弟役の画学生が、今風の男子で、昔の人の顔にみえなかったのが残念。この人が出てくると、急にドラマっぽくなってしまう。

「何を考えているか良くわからない男」を演じさせたら天下一品の西島秀俊が、ここでも最初はいい人なのかと思っていたら、やはり「何を考えているか良くわからない男」で役にぴったり。セリフはすべて嘘っぱちに聞こえてしまう(もちろん演技だが)というリアリティを出すのが、この人うまい。鹿賀丈史は出てくるだけで楽しめる。木村多江の出番が少ないのが残念。この人が演ずる田沼久子の「あわれ」さを、もっと対比させて欲しかった(中谷美紀の出番を削ってでも)。おいしい役だ。

夫の隠された過去を探るうちに、主人公の周りではいくつもの殺人が起きる。観ているほうは、犯人は何となくわかるのだが、動機がわからない。で、犯人がわかってからも長い。『砂の器』でも、そこから1時間ぐらいかけて回想していたし(笑) まあ、「犯人探しが終わってからがドラマ」というのが清張映画だ。

この映画で余計なのは、中島みゆきのエンディングテーマ。試写室で映画が始まるのを待っている中、ずっと流され、さらに映画が終わって追い討ち。「愛だけを残せ」というタイトルでそれを連呼するんだけど、ハウンドドッグの『ff(フォルテッシモ)』の「愛がすべてさ」と同じくらい暑苦しい。。。

関係ないが、先日ある本を読んでいたら、こんなことが書いてあった。ハウンドドッグの大友が最初に書いた『ff(フォルテッシモ)』の歌詞がとても女々しく、プロデューサーにダメ出しをされ、プロの作詞家に歌詞を依頼されたという。(大友談)「それでも僕が書いた歌詞の一部は残ったんです。それがあの“愛がすべてさ”のフレーズです」 あの歌で一番聞いていて恥ずかしいフレーズ…。やっぱり大友だ!
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by mahaera | 2009-10-23 19:12 | 映画のはなし | Comments(0)

よしだたくろうの『今はまだ人生を語らず』が再発した。しかし「ペニーレインでバーボン」は…

吉田拓郎のCBS時代の作品が、いつのまにかBOXで出ていた(この時代は「よしだたくろう」名義)。
気になるのは現在廃盤になっている名作『今はまだ人生を語らず』がどうなったかだが、このBOXに収録されていた。
しかしその廃盤の原因となっている曲「ペニーレインでバーボンを」は相変わらず未収録。
タイトルも『今はまだ人生を語らず-1』だ。
このアルバム、拓郎の最高傑作だと思うのだが、最初にCD化されただけであとは長い間廃盤。
現在、中古市場では2万円前後のプレミアがついている。
廃盤の理由は明らかにされていないが、どうやら「ペニーレインでバーボン」という曲の中の歌詞
「テレビはいったい誰のもの、見ているものはいつもつんぼさじき」
という一節がひっかかっているらしい。
「つんぼ」がダメらしいのだが、こうした現在の基準で過去の作品を断罪するのは僕には疑問だ。
そんなこといったら、手塚アニメ(「どろろ」とか)をはじめ、過去の作品は公開できなくなってしまう。
聴覚障害の人には悪いが、テロップをいれてやればいいと思うの。
しかし、そんな理由で発売しないというのは、ソニー側の問題か拓郎側の問題なのかは、よくはわからない。
往年の拓郎ファンからすれば、もしそれが拓郎側なら悲しい気分だ(たぶん拓郎も出さないことを了承し、受け入れたのでマイナスワンで発売されたのだ)。
「出さないのなら、インディーズから出す!」というぐらいの気概が欲しかった。キヨシロウみたいにね。

ちなみにこの曲、拓郎の代表曲なのでCD初期に出たベストアルバムには入っていて、なかでもズバリ『ペニーレイン』というタイトルのベストアルバムもある。しかし現在ではこのアルバム、タイトル曲でもある「ペニーレインでバーボン」が入っていないという、おかしな感じで発売されている。

何年か前につま恋で行われた拓郎とかぐや姫のコンサートで、この「ペニーレインでバーボン」が歌われ、BSで放映されたが、その時、問題の歌詞の部分がはっきりと他の言葉に置き換えられていて、非常に失望したのを覚えている。会場に来たファンは、みなその問題のことを知っているから、注目していたはずなのだが。せめて「テレビはいったい誰のもの、見ているものはいつも×××」ぐらいの感じでやって欲しかった。無論、それはファンの妄想だけどね。
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by mahaera | 2009-10-22 15:04 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(2)

遅ればせながら 『20世紀少年・最終章』 を観た

1作目、2作目と、ダメだダメだと思いつつ、公開終了近いというので、『20世紀少年・最終章』をレイトで観にいく。
今までの『20世紀少年』シリーズの評価は、僕の中では1作目が40点、2作目が50点ぐらい。でも邦画の中ではマイナス点のものもあるので、そんなにひどくはないかも(笑)。
しかし毎連載最後に次に引っ張るため盛上げる浦沢マンガをそのままダラダラ追っていく作りは、映画にすると失格。最後の盛上げどころが盛り上がらなくなってしまうのだ。ハリーポッターシリーズなんかがそうで、幕の内弁当みたいに盛り込みすぎ。途中でハリーたちが何を追っているのか、何が謎なのか、敵って誰だっけ?という感じになってしまう。
で、この『20世紀少年』も、そんな意味では映画というよりテレビシリーズ向け。原作に忠実なのがいけないというのではない。長編を映画にする場合、そのメッセージやニュアンスをバラして、一度再構築しないと映画としては成り立たない。そのいい例としては『ロード・オブ・ザ・リング』があげられる。あれは原作そのままではないが、原作ファンも納得できるように、構成を再構築している。他のところに出てきたセリフを転用していても、世界観や登場人物の性格に沿っているので違和感ない。
さて、この『20世紀少年』シリーズだが、映画にするにはいらない要素が多すぎる。原作者としてはどのキャラクターにも愛着があり、切りたくないのはわかるが、そこは「映画は映画」でバッサリして欲しかった。あとは出だしは身近なところから始まるのだが、話がどんどん大きくなっていくにつれてリアリティ(映画の中での)がなくなっていき、「ともだち」が世界大統領になるのも説得力がない。「世界」というスケール感がないのだ。

もともと、「ともだち」の世界観は、自分の住んでいた町と小学校時代の知り合いに左右されるレベルなので、「世界征服」といっても広がりがない。そこから脱却しないと、実際に世界征服なんかできないわけで(統治するには莫大なエネルギーが必要)、そこはあくまで小学生レベル。まあ、設定が「小学生が世界を征服したら」ということなので仕方がないのだが、ちょっとリアリティを感じさせる色付けが欲しかった。

まあ、これから見る人もいると思うがネタバレします(以下、見ていない人は見ないでね)

「ともだち」の正体は? というのがこのシリーズの大きな謎だが、その「犯人探し」に関して浦沢直樹はあまり意味がないと思っていたのでないか。というのもそれは「意外な人物」ではなく、「存在感がなく、みんなが記憶から忘れていた人」だったのだから。つまり自分の記憶にないような存在感のない人だったら誰でも良かったと思う。しかしそれじゃ物語は引っ張れないので、その謎を随所に見せて引っ張っていった結果、長い原作連載中にあちこちに矛盾や、後から付け足した感が出てきてしまった。原作は、僕は途中までしか読んでいないが、掲示板などを見ると「ともだち」の正体の説明は、映画とはニュアンスが異なるらしい。

で、その存在感のない少年が、クラスの人気者のケンジに対して嫉妬と憎しみを抱いたことから、世界征服と人類大虐殺へと向かうのだが、そのスケール感たるや、すべてのことが小学校のクラスと町内に収まる範囲。やっぱり小学生の考えることなのだ。でもこれは「浦沢直樹が小学生レベル」ということではない。「小学生レベルのまま、巨大な力を持ってしまったら」という発想で物語を作り続けていたわけで、それは承知の上。それを読者にもわかりやすくするために、「よげんの書」という小学生が書いたものを持ち出しているのだ。あれがなければ物語を読んでいる人たちは、「何か幼稚だな」と感じてしまうからだ。

たぶん、当初はオウム真理教によるテロや、世紀末への不安を感じる風潮から始まった物語だと思うのだが、連載途中で「新興宗教の危機」も風化し、テーマを軌道修正していったのだろう。
で、僕はこの映画を観終わったあと、この映画の世界すべてはケンジの妄想じゃないかと考えた。それも中学生ぐらいの。ケンジの成長は、ロックに夢中になって学校でTレックスをかけたぐらいで止まっている。そう思うと、この物語に「セックス」がほとんどないのも納得。「男女の恋愛」や、「大人の生き方」もない。マンガだからといってしまえば身もフタもないが、意識的に避けていのだろう。
中学生のケンジが、「20th Century Boy」を校内放送で流したあの日、帰りに車にはねられて昏睡状態になり、その中で見た夢。それがこの作品だと。

まあ、それも僕の妄想ですが。しかし映画のラストのロックコンサート。僕はちっとも盛り上がらなかったゾ。
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by mahaera | 2009-10-21 16:57 | 映画のはなし | Comments(0)