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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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新作映画レビュー『イップ・マン葉問』ブルース・リーが師事したという伝説の男イップ・マン

イップ・マン 葉問
2010年/香港


監督:ウィルソン・イップ(『SPL/狼よ静かに死ね』)
アクション監督:サモ・ハン・キンポー
出演:ドニー・イェン(『HERO』『シャンハイ・ナイト』)、サモ・ハン・キンポー(『燃えよデブゴン』『SPL/狼よ静かに死ね』)、ホァン・シャオミン(『女帝エンペラー』)
配給:フェイス・トゥ・トェイス、リベロ
公開:1月22日より新宿武蔵野館にて
上映時間:109分
公式HP:wwww.ip-man-movie.com

■ストーリー
1950年、イギリスが統治する香港へ、
イップ・マン(ドニー・イェン)が家族と共に移住してくる。
編集長リャンの好意で、詠春拳の武館を開くイップのもとに、
彼の強さを知った若者ウォンが仲間を連れて入門してくる。
香港には多くの門派の武館があった。
それを仕切る洪拳の師範ホン(サモ・ハン・キンポー)の弟子と
トラブルを起こして捕らえられたウォンを救うため、
イップはホンと対立することに。
やがて、ホンは中国拳法の名誉を守るために、
イギリス人ボクサーと対決し、死を迎える。
イップと対立していたホンだが、
その死はイップの中国武術家としての誇りに火をつけた。
闘いのリングへイップは向かう。

■レヴュー
冒頭、タイトルバックに、
日本侵略時代の中国を背景にしたイップ・マンの物語が、
「先週までのあらすじ」のように紹介される。
ここで初めて知ったのだが、本作は香港や中国で大ヒットした
2009年作品『イップ・マン序章』の続編なのであった。
ああ、そっちも見たいな。

前作が多分青春編なら、本作は妻も子供もおり、
妻のお腹には第2子が宿っている、責任ある大人の話だ。
香港にやってきたイップは、まず家族を養うために
働かなくてはならない。いくら武芸の達人でも、
それだけでは生きてはいけないのだ。ましてイップは
用心棒でもなければ、商売人でもない。
武芸以外は商売下手の、どちらかといえば生活力がない。
武館を開いても、弟子になるのはお金のない若者たち。
妻には文句を言われても、授業料の催促もできない。

そんなイップが輝くのは、やはり闘う時だ。
相手は『SPL/狼よ静かに死ね』でも共演した、
元デブゴンのサモ・ハン・キンポー
香港の武館を束ねるボスだが、彼とて決して大金持ち
というわけではない。武館以外にも、魚の卸しをしているし、
集めたお金も町を仕切る香港警察のイギリス人署長に上納しなければならない。

前半の大きい見せ場になるのが、
イップが各門派たちの挑戦を受けることになる円卓での勝負
時間内に円卓から落ちなければ、武館開設が認められるのだ。
敵なしのイップにホンが挑み、対決するシーンは大きな山場。
そして後半の大きな見せ場が、
ホンを殴り殺した卑劣なイギリス人ボクサーとの対決だ。

とにかくこのボクサーは、観客に100%反感を買うような嫌な奴
中国人をバカにして侮蔑しまくる人種差別主義者で、
残忍で品がない。映画の後半は、中国人としての名誉を守るため
の闘いという“愛国映画”になっていく。イギリス人に牛耳られ、
屈辱的なこともあった当時の香港では、
きっと力道山が白人レスラーをやっつけ、
うっぷんを晴らしていた日本人のようだったのだろう。
しかし、あえてそれをいま映画でやり、大ヒットするということは、
現在の中国も西欧にうっぷんが溜まっている状態なんだろう。
そういえば大ヒットしたという前作は、日本の中国侵略時代だし、
きっと極悪な日本人がやられて、観客席は拍手喝采なのだろうか。
うーん、「愛国無罪」…。(★★★)

■映画の背景
肝心のブルース・リー情報を書くのを忘れてしまったが、
映画のエンディングにリー少年登場のシーンあり。
やっぱり、これがなくっちゃね。
しかし、リーの物真似はやりすぎ? 笑いはとれたが。

(旅行人のウエブサイト「旅シネ」に寄稿したものと同じです)
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by mahaera | 2010-11-30 14:23 | 映画のはなし | Comments(0)

新作映画評『リッキーRICKY』後半

(続き)

また、この“翼が生えた赤ちゃん”は
ある障害を持って生まれた子どもの象徴とも取れる。
他人にとっては特殊な子どもかもしれないが、
親にとっては子どもは子どもだ。
翼が生えていようが、医師に警告されようが、
注ぐ愛情は変わりない。
逆に、子どもに障害(この映画では翼だが)があることにより、
寄せ集めのようだった家族の絆は少しずつ強まっていく。

そして、赤ちゃん、リッキーは大空に飛び立っていってしまう。
この映画では、その後のカティの心境をとても丁寧に描いている。
もしかしたら、子どもは死んでしまったのかもしれない。
もしくは、成長し、親元を離れていってしまったのかもしれない。
しかし、そのことにより、カティとパコと娘は家族になり、
最後にパコはカティの代わりに、
娘をバイクで学校に送り届けにいくのである。

僕は、この映画を、どちらかと言えば脇役の、
幼い娘の視点から描いたものだとも思った。
母と二人暮らしの、小学生の少女。遊びたくても、
母はいつも疲れている。そこにできた弟。
しかし弟はなんらかの理由で亡くなってしまう。
しかし、娘は、弟は翼が生えて空を飛んでいってしまったと
信じているのではないか。

たぶん、いろいろな解釈が成り立つ作品なのだと思う。
みなさんも、見たら、いろいろと想像が膨らんでいくと思う。
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by mahaera | 2010-11-29 14:55 | 映画のはなし | Comments(0)

新作映画評『リッキーRICKY』前半

2009年/フランス、イタリア
監督:フランソワ・オゾン
出演:アレクサンドラ・ラミー、セルジ・ロペス、メリュジーヌ・マヤンス
配給:アルシネテラン
Bunkamuraル・シネマにて公開中

すでに公開中だが、意外な拾い物のフランス映画を紹介する。

監督は『まぼろし』や『スイミングプール』、
『8人の女たち』のフランソワ・オゾン。
シリアスな人間描写から、軽いタッチのものまで、
幅広く演出できる力量を持ち、
コンスタントに作品を発表してくれこともあり、
現在のフランスを代表する映画監督といってまちがいないだろう。

郊外の団地に、小さな娘と暮らすシングルマザーのカティがいる。
娘は10歳くらいで、父親を知らない。
カティは娘をバイクで学校に送ったあと工場へ行き、
流れ作業の単純労働に従事。単調な生活をしている。
休みの日の朝はヘトヘトで起き上がれない。
生活は苦しそうで、住んでいるのも低所得者向けの団地のようだ。
そんな彼女が、ある日工場に新しく入ってきた
スペイン人の工員のパコに出会う。
たちまち2人は恋に落ち、やがて2人の間に赤ちゃんが誕生する。
突然、家に住み始めた、見知らぬ男に、小さな娘はとまどう。
赤ちゃんはリッキーと名づけられ、
家族として絆が深まっていくかに見えた。
カティとパコは同じ工場で昼夜逆転したシフトで働く毎日。
そんなある日、カティはリッキーの背中に赤い痣を見つけた。
それをパコの虐待と思い込み、パコをののしるカティ。
生活にも疲れ、カッとなったパコは家を出て行ってしまう。
ところが痣はどんどん大きくなり、そこから羽が生えてきた…

宣伝では“羽の生えた赤ちゃん”ばかりが
クローズアップされているが、映画の中では、赤ちゃんが生まれ、
羽が生えてくるのは中盤のことだ。
それまではふつうのドラマのように、
貧しいシングルマザーの生活やその恋が、
リアリティを持って語られていく。
主人公のカティもパコも美男美女ではなく、欠点もあり、
一般的な映画ならあきらかに脇役といった存在だ。

赤ちゃんに羽が生えてきても、母親のカティは驚きこそすれ、
ふつうの子どもと同じような愛情を注ぐ。
やがて、子どもは羽ばたく練習を始め、
部屋の中を飛び回るようになる。
そして、赤ちゃんが飛べることが周囲に知られるようになり、
ニュースを知り、パコが戻ってくる。
疑いが晴れて単純に戻ってきたともとれるが、
赤ちゃんがニュースの話題になり、
これが貧しさからの脱出の糸口になると考えているともとれる。
おそらく両方だろう。
しかし医師は、翼を“障害”と診断し、
切断しないとリッキーの命に関わってくると警告する。

話を書き出すと楽しいファンタジーのようだが、見た感じは違う。
“翼を持った赤ちゃん”は、私たちにもっと複雑で
さまざまなイメージを与えてくれるからだ。
初めて部屋の中で羽ばたいて、大人たちがおろおろしながらも
微笑むのは、初めて赤ちゃんが立ち、
よちよち歩きを見ているのと変わりない。
親は子どもの成長を喜ぶと共に、
やがて子どもが巣立っていくのを感じ、さびしい気持ちになる。
すべての親にとって、自分の子どもには羽が生えている。

(続く)
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by mahaera | 2010-11-29 12:52 | 映画のはなし | Comments(0)

『ジャンデック~謎のミュージシャンの正体を追う』を観る

『ジャンデック~謎のミュージシャンの正体を追う』
2003年/アメリカ 監督チャド・フライドリッヒ


“ジャンデック”というミュージシャンを知っていますか?
おそらく日本では誰も知らないと思うこのミュージシャンの正体を
追うドキュメンタリーを、年末に渋谷のアップリンクで行われる
「未公開映画祭」の試写で見た。

1978年にジャンデックは自分自身の音楽レーベル
“コーウッド産業”より、ファーストアルバムを発表した。
調子外れのチューニングによるアコースティックギター一本に、
これまた調子外れなのか合っているのかわからない歌が重なる。
メロディーがあるのかないのか、
心の中に思いつくままを歌っているのか、
陰鬱なその響きは、「不気味」「率直」「ほんやり」などといっ
た言葉で紹介されているように、とらえどころがないものであり、
“精神を病んでいる者のリハビリ・テープ”とまで言われた。

しかしジャッンデックの音楽は一般受けはまったくしないが、
一度聴いたら好き嫌いはともかく、印象に残るものだった。
ジャンデックの音楽は何人かの批評家の目に止まったが、
彼が何者であるかはそのジャケットからはまるでわからず、
ただその音楽があるだけで、多くの謎に包まれていた。

ジャンデックのアルバムは、
その後も年に1~2枚のペースで届けられた。
ジャケットに青年の姿が写っているものもあるが、
それが本人なのかは定かではない。
その他の写真は、ただ家具が写っているだけのもの、
なんでもない通りを写しただけのものなど、
明らかにやる気が感じられないものが多かった。
彼に興味を持つものも現れたが、
初期にインタビューに成功した例を除き、
取材はすべて断られた。第一、彼とコンタクトを取ろうにも、
注文を受け付けている私書箱に手紙を送るしかないのだ。

ジャンデックの音楽は、ほとんどギター一本と彼の歌だったが、
ある年に発表されたアルバムには
「NANCY SINGS(ナンシーが歌う)」という曲があり、
ジャンデックのギターに合わせて女性が歌い、
それまでのジャンデックのファンを驚かせた。
少なくとも、ジャンデックには友達がいたのだ。
一部ではジャンデックは“狂人”や
“友人のいない自閉症者”と思われていたのだから。

やがて、ジャンデックの音楽にドラムが入る曲も加わるように
なり、それも旧来のファンには驚きだった。少なくとも
ジャンデックには、ドラムを叩いてくれる知り合いがいるのだ。

アルバムが発表され始めてから30年以上がたっても、
ジャンデックが何者なのかはさっぱりわからない。
成功したインタビューは、わずかに2件。
このドキュメンタリーは、そんなジャンデックの謎に迫る作品だ。
さまざまな人々へのインタビューや解釈、
彼の作品が紹介されるが、
最後に、インタビューテープが流される。
意外にハキハキしていて、異常な感じはない。
しかし、彼の録音に参加したドラマーなどの人たちに
ついて尋ねられると、一分近く沈黙が続き
「…言えない」。

ウィキで調べてみると、ジャンデックはこの映画以降も
年間にアルバム4枚ほどのペースで活動を続け、
現在そのタイトルは60枚もあるという。
また、謎に包まれていたジャンデックだが、
ライブ活動も始めたらしく、YouTubeには
ドラムとベースを従えた彼のライブ映像もある


興味がある方はどうぞ。

未公開映画祭公式サイト HYPERLINK "http://www.webdice.jp/realmikoukai" www.webdice.jp/realmikoukai
12/25より渋谷アップリンク・ファクトリーにて上映される9作品のうちの1本
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by mahaera | 2010-11-27 16:45 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

東海大相模の先生はダメだ

「東海大相模の先生はダメだ」
なんてことブログに書くと、クレームってくるのだろうか。
まあ、一日に50人も見ないブログなんで、来ないとは思うけど。

僕の住んでいる小田急相模原の駅南口は、
東海大相模の中・高校が登下校時間になるといっぱいだ。
たまたまその時間に、出かける用事が重なってしまうと、
エスカレーターが混雑したりとけっこう大変。
まあ、無神経な学生が行く手を塞いだり、
はしゃぎ過ぎた学生がホームで走り回ったりすることも
あるのだけど、まあしょうがない。
僕も中学生や高校生のときはああで、人に迷惑かけていても
まったく気がつかなかったから。
大人に怒られて、はじめて気がつく。そんなものだ。
その分、大人が注意してあげるということも大切なのだろう。
自分の子どもを見ていてもそうだけど、
周囲への注意や配慮というものは、自然には身に付かない。
これは親が教え込んで、それでも忘れるからまた教え込んで、
その繰り返しだから。

さて、先日、雨の日のことである。
その日、南口へ行ったら、下校時間と重なり
エスカレーター前が学生たちでかなり混雑だった。
で、学校の先生もその前にいて、学生たちを見ている。
僕がエスカレーターの前に並ぶと、前の学生が
例によって、何の注意も無く、バサッと傘を閉じた。
おかげで、後ろに僕の顔面はもろに水を浴びてしまった。
メガネに水滴がついた、あの間抜けな感じ。
おいおいと思って、注意しようとしたら、それを見ていた先生が、
「おーい、気をつけろー」
って、それはこっちのセリフだ。
生徒は先生を見たが、こっちを見ない。
通行人に、水をばさっとかけた生徒を見たら、
まず通行人に「すいません」と言うのが先でしょう。
しかし、先生も面倒なのか、僕と視線を合わさない。
生徒が鈍いのはわかる。そんなものだから。
だけど、それを教えるのが先生であり、してしまったことに対して
注意するのが、大人の役目だと思う。
この生徒によりも、東海大相模の、
まるで学生のような若い先生に対して失望してしまった。

自分の子どもは入れたくないな〜、などと思ってしまった。
まあ、たった1人の先生の、ちょっとしたことなんだけど、
ぼくの頭の中には、それがあの学校の先生のイメージになってしまったわけ。
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by mahaera | 2010-11-26 16:32 | 小田急相模原のはなし | Comments(3)

クラプトンのコピーバンドのリハがあった

今日は西荻窪のヘブンスドアに、クラプトンのカバーバンドのリハに行く。
今回はベースで、28日の日曜に、同場所でライブです。
曲は、クロスロード、サンシャイン・オブ・ユア・ラブ、
コカイン、オールド・ラブ、ホワイト・ルーム、リトル・ウイング。
ほとんど、他のバンドで最近やった曲ばかりですが。。

で、このバンドにベースがその後、復帰し、
僕はキーボードに回って、12/18土曜日に、ヘブンズドアでライブです。
12/18土曜日は、もうひとつのバンドでもキーボード。

しかし、最近またベース弾く機会が増えてきたけど、
ベースのほうが楽だねえ。どうもキーボードだと、まだ
とっさにコードが出てこなかったりするし。
とはいえ、人のバンドを手伝うときはベースでいいんだけど、
自分のバンドじゃ、やはりキーボードの方がいい。
いろいろアレンジ面で工夫できるしね。

ちなみに12/4にガスタウンでやるMaha-eraは、
キーボードなしのストレートなギターバンド編成。
でも、やってみると、リズムやアレンジの骨格が見えてきて、
あとで大編成になるときにも役立つと思う。

昨日は試写で『キック・アス』と『ジャンデック』を見る。
これらの作品については、また。
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by mahaera | 2010-11-26 02:07 | ぼくの音楽・バンド活動 | Comments(0)

昨日のこと

昨日は12/4土曜日、ガスタウンのためのリハ日だったが、
いろいろあって、4月からのオリジナルメンバーは
僕だけになってしまった。
別に脱退した訳じゃないんだが、こんなときバンマスは、
「やめましょう」とも言えないし、
別にやりたい気持ちは変わらず、なんとか形にしようとする。

今回、ベース弾きながら歌うことになり、
そういう状況に追い込まれれば、下手なりになんとかできるもんだと
思った。クオリティは高くはないけどね。
まあ、それを本番までにクオリティを上げるのがバンマスの役目なんだけど。
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by mahaera | 2010-11-24 22:56 | ぼくの音楽・バンド活動 | Comments(2)

いまさらだが映画『BECK』はひどかった

先週、これから公開される日本映画の大作の試写会に行く。
映画は予想通り、酷いものだったけど、
それでも作り手の多くはがんばって作ったわけで、
結果が伴わなかっただけかもしれない。
しかし非難するのはホメるより簡単で、
期待している人もいるだろうから、
公開前にはケナさないようにします。

さて、今年見た映画で同じくらい(いやもっとか)
ヒドい映画に『BECK』がある。
こちらはもう公開終了しているので、いくらでもけなせる。
だいたいロックを描いた日本映画にマシなのはほとんどなく、
何度もがっかりさせられているが、
その状況はいまだ変わらないことを再認識。
原作が漫画で、監督が『20世紀少年』の人といえば予想はつくでしょう。
漫画では感動させられる表現でも、
それをそのまま映画で通るほど甘くはない。
漫画は読む人のスピードで進むし、動かない分、声がない分、
読み手のイメージを喚起させないと進まない。
一方映画は、観客に等しく同じ時間を与える。
塀の上からジャンプして着地するまでの時間を
5秒と決めてしまえば、5秒だ。
たとえば、マンガで、読者を感動させる
一ページ大のコマがあったとする。
そこで僕らはそのコマを眺め、じっと余韻に浸るわけだが、
映画ではそのシーンを長く取るか、あるいは次のシーンに移る。
組み立て方が違うのだ。
連載マンガの場合、一回ごとラストに次の号を期待させる
コマが来るが、連載数十回分をまとめた映画で
それを忠実にやっていたら、全体のテンポが狂い
どこを見せたいかがぼやけてくる。

マンガ自体も混乱して終わってしまった『20世紀少年』とは異なり、
映画『BECK』は大型フェス出演がハイライトで、
そこにうまくもっていこうとかなり絞っているが、
マンガのエピソードを多く拾おうと散漫になっている部分がある。
それでも脚本家はかなり健闘しているのかもしれない。
問題はリアリティのなさで、
「そんなわけないだろー」という突っ込みどころ満載。
たとえば、主人公が短期間で急速にギターがうまくなるところ。
鼻歌で人を感動させるくらいの能力を持っていること。
これって、ハリー・ポッターと同じで
「生まれつき能力があった」ってことで、
物語として、説得力がない。
または主人公がそんなに努力して練習しているように見えない。
映画では描写はあるものの標準的な練習)
役者のせい? いや、ウソを信じ込ませるのが演出なのだと思う。
『BECK』ではバンドが着実に動員を増やしていくところに、
何の理由もない。ファンが学校の友だちぐらいしか登場しない。
ファン不在というか、ウソを承知でなんでこのバンドが
いいかをファン目線で語らせるシーンが必要だった。
たとえば、ベタだけど「いじめにあったり、
自殺を考えていた少年が、BECKを聞き出して変わっていく」とか。
映画はヒドかったがマンガの「デトロイト・メタルシティ」は、
ちゃんとインディーズバンドとそのファン心理とか
(ギャグだけど)描いていて、ファン目線あるしね。
音楽のネタも「レッチリとオアシスのいいとこ盗りです」
とハッキリ言っているようなものだし。
で、最後は、やっぱり「サギだなあ~」。
あの演出は。
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by mahaera | 2010-11-23 10:49 | 映画のはなし | Comments(0)

桜ヶ丘GASTOWNガスタウンに週末行く

19日の金曜日、もはやホームのような桜ヶ丘ガスタウンへ行く。
“ホームのような”と書いているけど、実際は電車に乗って行くんで
そうしょっちゅうは行けず、せいぜい月1回なんだけど。
それでも、この前ライブをやったばかりなので、
気分はリラックス。
このお店でしか会わない人と、お酒飲んで話すだけでなく、
実際に音で戯れることができるのもいい。
お酒飲んでも話し上手な人ばかりではないし、
だから音楽やっているのかもしれないし。
というわけで、その場にいたお客さんで、2曲ほどセッションする。

ドラムだけのブルースやベースだけのロックもあるとは思うが、
バンド形式の音楽って、結局1人じゃ完成しないので、
音楽として演奏しようとすると、
どうしても他の人の助けが必要になるし、
他の人も助けがいる。
お金を取って稼ぐプロじゃないんで、完成度よりも、
まず自分たちで気持ちいい演奏をすることが重要になる。
まあ、逆にセッションばかりだと、物足りなさも出てきて、
バンドを組んでグループ表現をしたくなるのだけれど。

ともあれ居心地がいいブルースバーなので、
ご近所の方は一度、どうぞ。
ただし営業は木金土の20:30〜24:30ぐらいと
ごくごく限られた、隠れ家的なバーですが。
http://gastown.jimdo.com/
小田急江の島線「桜ヶ丘」駅下車徒歩5分
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by mahaera | 2010-11-22 12:21 | ぼくの音楽・バンド活動 | Comments(0)

新作映画評『バスキアのすべて』 27歳でこの世を去った天才バスキアのドキュメンタリー

バスキアのすべて
Jean-Michel Basquiat : Yhe Radiant Child
2010年/アメリカ


監督・製作:タムラ・デイビス
出演:ジャン=ミシェル・バスキア、ジュリアン・シュナーベル、ラリー・ガゴシアン
配給:CJ Entertainment Japam
公開:12月18日よりシネマライズにて
上映時間:93分
公式HP:ここ

■レヴュー
僕の初めての海外旅行はアメリカ。
そしてもっとも長く滞在し、一番インパクトを受けたのは
ニューヨークだった。
1984年の冬のことだ。
マドンナは2枚目のアルバム「ライク・ア・バージン」で、
音楽だけではなく、ストリートの感覚を取り入れたファッションで
注目を浴びていた。
プリンスも「パープルレイン」で注目されていた。
佐野元春は前年、ほぼ1年間ニューヨークに滞在し、
その新しいカルチャーをラジオで届けていた。
キース・へリングを知ったのも、佐野元春経由かもしない。
佐野元春がニューヨークで製作したヒップホップアルバム
「VISITORS」は、当時の日本の音楽界の最先端だった。
僕がニューヨークに着いて買ったヴィレッジ・ボイスでは、
U2の新譜「焔(ほのお)」と共に
まだ聴いたことがないバンドREMが大きく紹介されていた。
滞在中にはRITZでスティングの初のソロライブが行われていた。
そのころはまだポリスは活動中と信じられ、
スティングが次の段階に進んでいるとは、誰も思っていなかった。
ジャコ・パストリアス、ポール・バターフィールド、
リック・ダンコはまだ生きており、僕は小さなライブハウスで、
彼らの晩年のライブを楽しんだ。

80年代初頭は、それまでどちらかといえばインテリ、
あるいはマニアのものだったアートシーンの中で、
ストリートカルチャーが脚光を浴びていく時期でもあった。
音楽ではヒップホップやMTVの登場、
パンクもファッションとして取り入れられ、音楽ではマドンナ、
アートではキース・へリングのように商業的に成功する者も現れた
バスキアが登場したのも、そのころだ。
バスキア本人にももちろん才能はあったが、
そうした波に乗ることによって、
わずかな期間で大成功を収めたのだと思う。
しかし20代前半の若者には、そんな自分を取り巻く環境を
コントロールできず、ジミ・ヘン、ジャニスのような
ロックスターのように、ドラッグに溺れ、
若くして命を落とすことになる。

本作は、本人へのインタビュー映像や、多くの関係者たちの証言、
当時の記録映像などにより、バスキアの短い生涯を追う、
伝記ドキュメンタリーだ。
驚いたのは10年にも満たない活動期間に、
ドローイングも入れて2000点にも及ぶ作品を残したこと。
たぶん、創作活動中がもっとも幸せな時間だったに違いない。
(★★★)

■関連情報
本作にも登場し、コメントしているジュリアン・シュナーベルは、
今では『潜水服は蝶の夢を見る』などで知られる監督だが、
その監督デビュー作はバスキアの姿を追った
劇映画『バスキア』であり、映画監督である以前は、
ニューヨークのアートシーンで人気のアーティストだった。

このレビューは旅行人のHP「旅シネ」に寄稿したものと同じです
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by mahaera | 2010-11-18 13:59 | 映画のはなし | Comments(0)