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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『博士と彼女のセオリー』本年度アカデミー主演男優賞受賞作品

博士と彼女のセオリー

2014年/アメリカ

監督:ジェームズ・マーシュ
出演:エディ・レッドメイン、フェリシティ・ジョーンズ
配給:東宝東和
公開:3月13日より全国


知っている方も多いと思うが、この作品は
車イスの宇宙物理学者ホーキング博士の生涯を、
妻ジェーンとの関係を軸に描いたもの。
伝記映画が強いアカデミー賞だが、今年は6本中、
天才数学者を描いた『イミテーション・ゲーム』、
実在のスナイパーを描いた『アメリカン・スナイパー』
と本作を入れると、3本が作品賞にノミネート。
日本映画はあまりこういう傾向はないなあ。

宇宙物理学者としてしか、ほとんどホーキング博士のことを知らなかったので、結婚前にすでに筋肉がマヒしていく病気が発祥していたことも驚きだった。
ホーキングは「余命あと2年」と言われるが、
ジェーンは結婚を決意する。やがてホーキングは
表情や手先ぐらいしか動かなくなっていくが、
次々と学問の方で実績を上げて行く。
いや、それより驚いたのはそんな状態なのに、
ホーキングは3人の子供を作ったこと。
たぶん、それは皆が思うことなので、
映画の中でも友人が「お前、やることはやるなあ」と言うと、
ホーキング「いやー、あれは筋肉じゃないから。
自然現象なんで大丈夫なんだよ」と答える。

でも妻の方は浮気を疑われるシーンがあり、
いろいろ中傷も受けたんだろうなあ。

実際の生活がそうだったように、
この映画もかわいそうな“難病もの”にならない。
当初はあまり裕福でなかったこともあり、
妻のジェーンが介護もするが、やがて介護疲れしていき、
教会で知り合った男性に心の拠り所を求めて行く。
ホーキングもそれを受け入れ、三人の奇妙な関係が続く。
そしてホーキングの著作がベストセラーになり、
世界的にブレイクしてお金が入って来ると、
専用の介護の人を雇えるようになり、
妻の出番が無くなって行く。仕方がないのだが、
ホーキングはひとりでは何もできない。
食事をするのもトイレに行くのも常に誰か頼る人が必要だ。
その役目を20年以上、妻がしていたが、
ホーキングが肺炎から声を失うと、専門の介護士の
女性のほうがホーキングとコミュニケーションをとれるようになる。
ホーキングは介護士のほうとより親密になり、
妻もそれを受け入れざるを得ない。
映画はその後までは描いていないが、妻と離婚した後、
ホーキングはこの介護士と再婚するのだ。

個人的には、もっと学問的なホーキングの仕事や
業績のほうを見たかったが、
まあ、難しくて映画にはならないんだろうな。
原作は、元奥さんが書いたものだしね。

ということでいい作品だが、「佳作」という感じ。
演出もオーソドックスかなあ。
アカデミー賞にノミネートされた音楽は耳に残るが好みではなかった。
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by mahaera | 2015-02-26 19:44 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『セッション』 実際の音楽の現場では、こんなことは(たぶん)ありません(笑)

セッション
Whiplash
2014年/アメリカ

監督:デイミアン・チャゼル
出演:マイルズ・テラー、J・K・シモンズ、メリッサ・ラノワ
配給:ギャガ
公開:4月17日より全国


原題の「whiplash」はムチで叩くとか、
むち打ち症のことを指すらしい。
ストーリーはジャズ系の音楽の名門校に入った主人公の
青年(ドラマー)が、鬼教師の厳しい指導を受け、
次第にそれが闘いのようになっていくもの。
インディーズ作品だが、サンダンス映画祭で注目を浴びた。
監督は製作当時まだ28歳という新人。
高評価の反面、ジャズミュージシャンサイドからは
「あんなの音楽じゃない」という反論も。

さて、この映画。音楽映画のようで音楽映画ではない。
簡単に言うと「どうかしている」、2人の人間の話だ。
ひとりは鬼教師。その非人間的な指導は、ほぼ星一徹
ちゃぶ台をひっくり返す代わりにイスを投げ、罵声を浴びせる。
わずかなテンポのズレも許さない。
これはどうでもいいというレベルなのだが、執拗にやらせる。
単なる嫌がらせで、根を上げるのを待っているのだ。
かと思うと、教室の外では優しい言葉をかけたり、
教え子の死に涙したりと、まったく困った人である。

そして主人公はドラムしか興味もないし取り柄もない青年。
母親は成功を手にすることができなかった父親に
愛想を尽かして出て行った。
親戚の中でも疎んじられている父親だが、
主人公にはほかに出歩く人もいない。
しかし「オレは父のようにはなりたくない!」という
上昇志向も強い。鬼教師のバンドに抜擢されて、
気が大きくなると、ちょっと回りを見下したり、
いつもは声をかけられない女の子をナンパしたりと、
大変人間的である。で、鬼教師に認められ、外され、
認められ、外され、という内に、
どんどんとマインドコントロールされていき
次第には鬼教師さえ手を焼くほど、バンドの中のポジションに執念を燃やす。

ここには「いい音楽を作りたい」とか
「人を感動させるものを」何てものはない。
ただ、ただ、自分が上を目指すことにだけ
執念を燃やす2人がいるだけだ。
もう端から見たら「どうかしている」のだ。
もちろん映画は、「これがいい音楽だ」何て言わない。
ふたりの対決は、それ以外のプレイヤーからすれば
非常に迷惑以外の何ものでもない。
しかし、えーっ!という展開を経て、
ラスト9分に及ぶ「キャラバン」で奇跡が起きる。

音楽バカはやはり音楽バカだ。
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by mahaera | 2015-02-22 12:00 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『アメリカン・スナイパー』勝っても負けても戦場は人間を壊していく

アメリカン・スナイパー
2014年/アメリカ

監督:クリント・イーストウッド
出演:ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラー
配給:ワーナー・ブラザース映画
公開:2月21日より全国


昨年末にアメリカで公開され、記録的な大ヒット
(イーストウッド映画史上最高、戦争映画としては
「プライベート・ライアン」をしのぐ興収)を続けている、
イーストウッド監督の新作『アメリカン・スナイパー』を観る。
もちろん今年のアカデミー作品賞候補だ。

これは実話の映画化。
主人公はアメリカ軍の精鋭シールズのスナイパー。
愛国心に燃え、志願して入隊。2003年にイラクに派遣される。
初めて人を殺した最初の狙撃は、
爆弾を持った少年とその母親だった…。
以降、公式記録では160人を射殺した
米軍史上最多のNo.1のスナイパーとなる。
危険な任務、命を落として行く仲間たち…。

“仕事”とはいえ、160人を殺した男は英雄なのか。
観る前にそれが引っ掛かった。アメリカでも、主人公を
“英雄”としてとらえる人も入れば、“人種差別的な殺し屋”
のようにとらえる人もいるという。しかし、
「仲間の命を救うためにたくさん相手を倒した英雄」なんて
映画をイーストウッドが撮る訳がない。
というか、そんな印象を受けるとしたら、
映画を観る力がないだけだ。
主人公は最初の任務の時に、爆弾を持った親子を射殺する。
そのことによって仲間の命は助かるが、
彼の心にあるスイッチが入った瞬間だ。
その後、助けられなかった仲間の命を悔やむ一方、
そうならないように敵を倒すことに全力を尽くす。
命を救うために命を奪う。それが戦争の本質なのだ。
そして主人公には、PTSDの典型的な症状が現れて来る。

イーストウッドは家庭と戦場を交互に描く。
戦場での異常な緊張感(銃器の発射音がカンカン響く音響効果が
迫力たっぷり)と、その後ののほほんとした家族が暮らす米国の暮らし。
この主人公でなくとも、これではおかしくなってしまうだろう。
前に観たイスラエル映画『戦場でワルツを』でも、
人々がふつうに暮らしている町まで半日で帰って
来られるところが戦場で(イスラエルからレバノンはすぐ)、
朝は銃を撃って夜はディスコで踊るギャップに、
主人公が現実感を失って行く様子が描かれていたが、本作もそう。
結局、戦争は勝ち負けに関係なく、
そこにいた者にその後も精神的なトラウマを残す
のだ。

戦場のシーンはアドレナリン出まくり、というか、
ああじやなきゃ前線に出られないだろう。
休暇で帰国しても、心が虚ろになってしまうのもわかる。
そして映画の完成前に、この主人公に実際に起きた事件が、
悲しいかな映画のテーマに沿うことになってしまった。
できれば映画館で見るべき映画。
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by mahaera | 2015-02-21 11:20 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー『複製された男』 結婚が怖い。女房の妊娠が怖い男の話

複製された男

DVDで鑑賞

あまり現実感がないどこかの町。
大学で哲学を教えている男。心は虚ろにみえるその男は、
偶然見た映画の端役に、自分そっくりな男を発見する。
なぜかその男のことが執拗に気になったその大学講師は、
その俳優の居所を探り、そしてコンタクトを取ろうとする。
俳優の方は、最初はストーカーかと思っていたが、
気になった妊娠中の妻が大学講師に会いに行ったことから、興味を持つ。
ふたりは会うが、身体の傷の位置まで同じの瓜二つ。
やがて、俳優は大学講師の恋人を寝取ろうとするが…。

タイトルからてっきりクローンか何かの
SF映画かと思ったら(タイトルがネタバレ)、実はそうではない
ことが映画が終了してから思った。
いや、SFを期待していたんだけど。
思わせぶりな、街を歩く巨大グモの幻影とか出て来て、
「侵略ものか!」と想像していたら、
「あーっ!」と驚くラスト10秒。??????で映画はスパンと終わる。
きっといろんな解釈があるだろう。僕の解釈はあるんだが、
それを書いちゃうとネタバレになりそうなんで書けない。
ヒントは、妊娠した妻の腹がクモの胴体のようにみえること。
俳優は6ヵ月前に仕事を辞めていること。
(じゃ、いまは何しているんだ)
まあ面白かった。小品だけどね。
監督は『灼熱の魂』の人。
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by mahaera | 2015-02-19 01:35 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー『アンダー・ザ・スキン 種の補食』

アンダー・ザ・スキン 種の補食

DVD鑑賞

一部(って)で、スカジョことスカーレット・ヨハンソンの
無修正ヌードが話題になっている映画
『アンダー・ザ・スキン 種の補食』をDVDで見た。
何が“無修正”かというと、「アベンジャーズ」などでは
スリムな肢体でアクションをしているのだが、
このインディーズSFでは、ハリウッド女優らしからぬ、
ぽっちゃりさ加減で、限りなく“そこら辺にいる人”のヌード。
つまり、「今までオレたちはCG修正されていた
スカジョを見ていたのでは?」
との疑問が(笑)

それはともかく、一部では評価高いこのSF。
寒々としたスコットランドで、スカジョ扮する
エイリアンが次々と男をたらしこんで、
黒い液体の中?に溶かし込んで行く。
まあいうなれば、B級SF『スピーシーズ/種の起原』に
似たような設定なのだが、あれを非常にアート風に
撮っている作品といえばわかりやすい。
宣伝文句には「キューブリックの再来!」なんてものもある。

だけどなあ、そのスカし具合がちょっと鼻について、不満。
エンディングも、これかあって。
いや、思わせぶりな演出なら、それで最後までいけばいいのに、
何だかいきなりトンデモ映画になってしまった。
で、インディーズ映画に出たスカジョの心意気は買うけど、
この役はあまり合ってない。
でもきっと、スカジョが出たから、資金が集まったんだろうな。
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by mahaera | 2015-02-19 01:29 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー「ハンナ・アーレント」「思考停止は人間を放棄することと同じ」は今だからこそ重みを増す。

『ハンナ・アーレント』

DVDで観ました。

 映画的にはそんな上手な演出ではなく、
ぶつ切り感があって流れもいまひとつだが、
ラスト8分間のハンナの演説は別格で迫力があり、引き込まれた。
「アイヒマン裁判」そのものの話ではなく
(映画のテーマはそこではない)、軸はそれを取材して、
自分の考えを寄稿したハンナが、批判に立ち向かう姿だ。
「イスラム国人質事件」や「愛国無罪」的なネトウヨ?
の書き込みにウンザリしていたころだったので、
(もちろんすべて政府のせいにするのもゲンナリだ)
この映画からも「いまの日本の空気」を感じた。

 ユダヤ人を“効率よく”収容所送りにしたアイヒマンを、
「悪の凡庸さ」「彼は役所の人間」と評したハンナは、
同じユダヤ人から猛攻撃を受ける。
「お前は奴の味方か」と。生き残ったユダヤ人にとっては、
アイヒマンは何百万ものユダヤ人をガス室に送った
極悪非道の怪物でなくてはならない。ところが、
裁判を受けているアイヒマンはただの小役人にしか見えない。
アイヒマンはユダヤ人が憎かった訳でもなく、
ただ命令を何の疑いもなく実行し、
しかもなまじ有能だったからか“効率よく”仕事をしてまった。
そこに、憎々しい極悪人の姿はない。つまりそれこそが全体主義で、
ひとりひとりの「思考」はない。
ハンナはそれを20世紀以前にはなかった新しい「悪」の姿とした。
学生を前にしたハンナの最後の演説では、「思考」するのが人間で、
それを捨て去ることは罪であると
いうような(あいまいですみません)ことを言う。

さて、ネットの書き込みや「いいね」を見てわかるのは、
いまも「思考」することを自ら捨てさっている人
が多いということ。あまりにも短絡的に結論を求め過ぎている
自分が考えるより先に、「正解」を求めている。
そして、一度その「正解」を手にしてしまうと、
ほかの考えや選択肢を求めないように見える。
現代も誰か凶悪な極悪人が大量虐殺を引き
起こしているわけではない。家族を愛するような

ふつうの人が、“疑うことを放棄”すれば、
大勢の死を黙認するのだ。
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by mahaera | 2015-02-11 21:58 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー「恋するリベラーチェ」 マイケル・ダグラスの怪演とデイモンの役者根性

「恋するリベラーチェ」

監督 スティーブン・ソダーバーグ


リベラーチェって知ってます?
悪趣味なド派手な衣装で、ピアノを弾くエンタテーナー。
 60〜70年代にはラスベガスのショーで大人気を得ていた、
まさにアメリカンなショービズの人。
この人の俗悪な趣味が、エルビスやエルトン・ジョンの
衣装やステージングに多大な影響を与えた。
一方でこの人はゲイであったが、それを隠して生きていた。

そんなリベラーチェの映画と聞いて、気になっていたが、
ようやくDVDで鑑賞。リベラーチェを演じるは
マイケル・ダグラス、そしてその“恋人”を演じるのは、
マット・デイモン。映画好きなら気にならないはずはない。

結論から言うと、かなり物足りない出来。
アメリカでは劇場ではなく、テレビ映画として公開したように、
かなり低予算(屋外シーンが少ない。群衆シーンがあまりない)。
そのため、70年代当時の雰囲気が出て来ない。
ストーリーは晩年(60代)のリベラーチェと
十代のスコットの痴話話に終始して、
“音楽家”としてのリベラーチェには、
あまり興味なかったようなのが残念。
ソダーバーグの演出もまるでキレがない。

しかし出来はイマイチでも、このマイケル・ダグラスの
怪演は語り継がれてもいいな。メイクとヅラで、
まるで「ひょうきん族」に出ていた鶴ちゃんのような演技。
デイモンの顔の変形(途中で整形する)もすごく、
ふたりのラブシーンなど、笑っていいのか
笑っちゃいけないのかわからない、役者根性を感じた。
目は離せないことは確か。

ある意味、トンデモ映画。
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by mahaera | 2015-02-09 11:05 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』映画好きにはたまらない作品

バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)
Birdman or (the unexpected Virtue of ignorance)


メキシコ出身のイニャリトゥ監督の新作
今までの『バベル』『アモーレス・ペロス』のような重さはなく、コメディ(ヘヴィだが)。
主人公はかつてヒーロー映画「バードマン」で一斉を風靡したが、
その後当たり役がなく、世間から軽く見られているハリウッド俳優。
これを「バットマン」のマイケル・キートンが演じているので、
観客は実際の彼と映画の役が重なって見えてしまう。
かつてはブイブイ言わせていた男だが、
そのつけで妻とは離婚、娘は麻薬中毒。
「認められたい」「尊敬されたい」、その一心で男は、
ブロードウェイの舞台に製作・脚本・監督・主演で望む。
ところが事態は彼の思うように進まず、次々とトラブルが。
「褒められることが愛」だと勘違いしていた男が、
孤独の中、次第に元気の中の主人公に同化して行く。

面白くてあっという間の2時間。
すごいのは、全編ステディカムで、2時間1シーンのよう
カット割なしで撮っていること。実際にはつないでいるのだが、
4、5日間のことがずっとつながった状態になっている。
これは人生にはつなぎ目がなく、ただ連続しているということだろうか。
撮影監督は、『ゼロ・グラヴィティ』のルベッキで、
とにかく流れるような撮影(テレンス・マリックの最近の作品は彼)
がすばらしく、また撮影賞はとりそう。

何かを作ろうとしている人は、人からの賞賛がなければ、
とてもじやないが続けられない労苦を味わっている。
人から褒められたいと思う気持ちは、
愛を得たいという気持ちと同じなのか

人を褒めることは愛なのか。
注目されることと認められることは、どうちがうのか。

俳優たちの演技もすばらしい。
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by mahaera | 2015-02-05 22:10 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『君が見た証』 死んだ息子の作った曲を歌い継ぐ父親。しかし…

君が見た証
Rudderless

監督:ウィリアム・H・メイシー
出演:ビリー・クラダップ、アントン・イェルチン、フェリシティ・ハフマン
配給:ファントム・フィルム
公開:2月21日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか
公式HP:rudderless-movie.jp


『バードマン』の試写が満席で入れず、
時間が空いてしまったので、前知識なしで見た。
タイトルからして、つまらなさそうな気がして、
見るのを迷ったが、いい意味でその期待は裏切られた。

銃乱射事件で大学生の息子を失い、荒んだ生活を送っている父親。
その彼が、息子の遺した自作曲を聴く。
父親もかつてギターを弾いていたのだ。
その曲を弾いて歌うことで、
彼は知らなかった息子の一面を知ろうとする。
音楽バーのオープンマイクの日、彼はその歌を歌う。
それを聞いていた息子ほどの歳の青年が感動し、
一緒にバンドをしようともちかける。
最初は断っていた男だが、青年の熱意にほだされて、
演奏を一緒にするようになる。
気持ちがわからなかった息子の代わりに、
青年と一緒に音楽で楽しむことで、息子を思い出していたのだろう。
しかし男は、その曲が自分の曲でないとは言えない。
バンドはどんどん人気を集めていくが、
彼にはまだ言えない秘密があった…。

顔を見れば「ああ、あの人ね」と映画ファンなら知らない人は
ない名脇役のウィリアム・H・メイシーの初監督作品は、
ストレートな感動ものと途中まで私たちに思わせ、
映画の中盤で見事にそれをひっくり返してみせる。
いや、みんなが好きな「泣ける映画」を作るなら、
ひっくり返す必要はない。
しかし(ストーリーに関わるので書けないが、驚いた)
その“ひねり”が物語にあるおかげで、
映画にはぐっと深みが加わった。
息子の作った歌は、どうあるべきなのか。
曲とその作った人は、切り離して考えられないものなのか。
父親の苦しみに救いはないのか。
よくある感動モノと思ったら、思い切り硬派な作品だった。

ただ、バンドが人気を得て行く前半が性急すぎるのと、
役者の演技にもう少し深みが欲しかったかなあ。
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by mahaera | 2015-02-05 00:32 | 映画のはなし | Comments(0)

イスラム国人質事件のコメントを読んで、映画「アクト・オブ・キリング」を思い出した

昨年公開されたドキュメンタリー「アクト・オブ・キリング」は、
スハルト体制のインドネシアで、200万人もの“共産主義者”と
言われる人たちが殺された事件で、
当時殺害に加わっていた人たちに、
その殺害を再現させるドラマを撮り、
その様子を撮影するというものだった。

この映画を観てようやく理解できたのは、
「なぜ、人は昨日まで近くで暮らしていた人たちを簡単に虐殺できるのだろう」という疑問への答だった。
軍隊とかでなく、民間人による民間人の虐殺は世界史上では珍しくない。
要は、殺す相手を「自分の仲間」と意識しない理由があればいいだけだったのだ。そのレッテルは、「〜人」でもいいし、「〜教」でも「〜主義者」でもいい。
それをつければ、意外に人は簡単に自分と相手切り離すことができることがわかった。
「自分は奴とは違う」だ。
そうなると、相手への共感はないので、死のうが殺そうが、
まったく自分にやましさは感じない。
これを読んでもみなさんピンとこないだろうが、
あの映画をみているとよくわかる。
ポイントは、「自分は悪くない」と納得できることなのだ。
そして殺害者は事件から50年もたって、
自分が被害者を演じることによって初めて
被害者が自分と同じ人間だったことに気づき、嘔吐するのだ。

何でこんなことを書くと言うと、最近の人質事件や
ちょっと前のエボラの過剰なパニックを見ていると、
そうした虐殺のメカニズムは、
今の日本でも有効なんだなあと感じたからだ。
「他者への共感の欠如」だ。

「西アフリカに治療に行った医療関係者は帰って来ないでください」
「この人は自己責任で死んで当然」
と書く人は、
「自分は違う」と切り離して考えられる人だ。
全体主義の世の中では、何の疑いもなく隣人を殺していくだろう。
僕は後藤さんも湯川さんも、イスラム国に志願する兵士の中にだって自分を見つけられる。
だから、誰が死んでも当然とは思えない。
もしそう思ったら、その時点で、殺人に手を貸していると同じだろう
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by mahaera | 2015-02-03 22:26 | 日常のはなし | Comments(0)