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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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2015年4月25日 高校生の息子と一緒に、ポール・マッカートニーを観に行く

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2015年4月25日東京ドーム。
昨年は新宿駅で中止を知ってガッカリしたが、教はリベンジだ!

そして3時間37曲に及ぶポールのライブ。
2年前と何も変わらなかった。何も変わらないのがすごい。
ふつうに現役でした。見ていない人は、東京、まだ1日あります。急げ!

息子はというと、知っている曲は10曲以下だと思うので、
大半はイスに座っていて、ぼーっとしていました(笑)
唯一積極的に反応したのが、
僕の唯一知らなかったボールの新曲「Hope for the Future」
「コレハ、ビデオゲーム、destinyノキョクデス」と紹介。
後ろにゲームの映像が流れる。息子は後で、
「曲は知っていたが、ポールの歌とは知らなかった」とのこと。
ゼネレーションギャップだなあ。
まあ、新しい年齢層にアピールするのは、やはりゲームなのね

それ以外に反応があったのは「All together now」。
なんでかというとも子供時代に好きでよく観ていた
アニメ映画「イエローサブマリン」のエンディングテーマだから。
「イエローサブマリンはやんないんだ」
って、それはリンゴだよ! まあいいや。
Let it beやHey Jude、Yesterdayぐらいは知っていたようたが。
あとは斉藤和義によるカバー(映画の主題歌)で
知っていた「ゴールデンスランバー」。
「あの曲、続きがあったんだ」という反応。
「アビーロード」聴けよ! 
でもまあ知らないほうがいいのかね。
ビートルズのおかげで人生誤った人は、
世界中でどのくらいいるのだろう(笑)
まあ、人生豊かになった人もたくさんいるはずだが。

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ライブ中、なんだか、生のポールに会えるのは
これが最期かもしれないという思いがふとよぎった。
もう僕もポールも歳だしね。
昨年から、ストーンズ、ディラン、ポールと見続けて、
そんな思いがよぎる。親としてはほぼ1年の間に、
息子にディラン、ポール、陽水を見せに連れて行ったから、
もういいだろう。何も感じなかったら、それまでだろうけど。
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by mahaera | 2015-04-28 00:49 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

最新映画レビュー『あの日の声を探して』チェチェンの紛争の悲劇を3つの視点で描く

あの日の声を探して
The Search

2014年/フランス、グルジア

監督:ミシェル・アザナヴィシウス(『アーティスト』)
出演:ベレニス・ベジョ(『アーティスト』『タイピスト』)、アネット・ベニング(『キッズ・オールライト』『バグジー』)、マキシム・エメリヤノフ
配給:ギャガ
公開:4月24日よりTOHOシネマズシャンテ、新宿武蔵野館
HP: http://ano-koe.gaga.ne.jp

『アーティスト』のアザナヴィシウス監督が描く、言葉を失った少年と女性の交流

●ストーリー
1999年、ロシア軍が侵攻したチェチェン。少年ハジは目の前で両親をロシア兵によって殺され、ショックで声を失う。その後、ハジは幼い弟を見知らぬ家に預け、町へたどり着いた。一方、チェチェン紛争の調査に来たEU職員のキャロルは、その悲惨な状況と世界の無関心に心を痛めていた。街角でハジと出会ったキャロルは、彼の面倒を見始める。また、ロシアでは青年コーリャが強制入隊させられた軍隊の中で、少しずつ心が壊れて行き始めていた。


●レヴュー

佳作であるものの、アカデミー賞を大量受賞するほどではない白黒のサイレント作品『アーティスト』で、作品賞や監督賞を受賞したフランスのミシェル・アザナヴィシウス監督。さて、受賞後はたいてい監督には、“ご褒美”として好きな題材を選べるものだが、それで彼が選んだのが、1948年のフレッジ・ジンネマン監督による『山河遥かなり』のリメイクだった。このオリジナルは未見だが、ナチスの収容所で母と生き別れになった少年が、母に巡り会うまでと、米軍GIとの交流だという。アザナヴィシウス監督は“リメイク”というより、これはあくまで作品の着想とし、現代に通じる映画として新しいストーリーを作り上げた。

一方的に“勧善懲悪”を語るのが難しい現代。この『あの日の声を探して』では、戦争で両親を亡くした少年、調査に来た女性職員、そして若いロシア兵士の3人の視点で語られる。これは戦争が起きた時の3つの立場の象徴でもあるが、『山河遥かなり』には、このロシア人兵士にあたる視点はない。舞台はチェチェンだが、これは戦争や侵略、迫害が起きる以上、世界のどこでも起こりうるできごとなのだ。“戦争”の原因や理由についてはここでは触れることなく(それはまた別のテーマの話だ)、自分の意思とは関係なくそこに放り込まれた人たちが、殺すも殺される側もどうなるか、ということを描きたかったからだ。

実際、戦争の場では、どれだけの人が自分の意思で動いているのか。ほとんど誰もいないはずだ。命令を下すのはそこにいないわずかな人で、戦っている双方の兵士でさえ、戦わなければ自分が死ぬので相手を倒そうとしているにすぎない。新しく付け加えられた青年ロシア兵コーリャの設定は、ロシアの都会で暮らす暴力とは疎遠な青年が、彼にとっては非現実的な設定の場に送り込まれて、次第にそれに“慣れていく”過程を盛込みたかったからだろう。陰湿な軍隊でのイジメ、耐えきれずに自殺する友人、基地に送り込まれて来る死体袋、実戦では怖くて民間人にも銃を向けてしまう。そしてそれを通り越して、人の死に鈍感になっていく…。キューブリックの『フルメタル・ジャケット』にも通じる世界だ。

しかし3人の登場人物のなかでも、私たちがもっとも共感しやすいのが、物語の実質的な主人公となるキャロルだろう。EU職員の彼女は“そこ”で起きていることに心を痛め、何とかしたいと願っている。しかしできることは、ほとんど何もないのだ。ここでも、戦地に近い場所で悲惨な状況を見ているが、電話1本で平和な日常の実家のパリにつながる。同じ世界なのに、まったく違う世界が同じ時間を共有している違和感。現地の避難民にいくら同情していても、彼女が暮らす世界から同情するしかない。そんな姿は、テレビのニュースで世界の悲惨なニュースに心痛めながらも、どうすることもできない私たちと一緒だ。調査機関の働くキャロルができるのは、それを報告することだけ。アネット・ベニング扮する赤十字の職員にグチをたしなめられるシーンがあり、それは酷だろうとも思うが、ある意味キャロルのような“良心的な人々”の限界も突いている。

映画の最後は円環構造になって終わるが、これはこのような悲劇が、時と場所を変えても、永遠に続くことを示している。憎しみや闘いの連鎖は、1994年の傑作マケドニア映画『ビフォア・ザ・レイン』(必見!)のような円構造を持つが、ここでもそれが描かれている。が、この監督特有の、ウェットというかベタな語り口がどうも僕とは相性が悪く、いい映画だとは思うが、正論過ぎて、もう少しひねりが欲しかったかなと思う。ということで★★★

●映画の背景
ロケが行われたのはグルジア(最近、呼び名が「ジョージア」に変わったようだが)。トビリシ郊外にある兵舎、グルジアの町、カフカス山脈で難民キャンプのロケも行われた。

(旅行人のHP「旅シネ」に寄稿したものを転載しました)
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by mahaera | 2015-04-23 17:25 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー「ポゼッション」ホラー?とんでもない映画を見たような

『ポゼッション』(1981)

何か政府系のスパイらしき仕事をしている
夫サム・ニールが、久しぶりに家に帰って来ると、
どうやら妻のイザベル・アジャーニが浮気をしているらしい。
問いつめるが、なかなか話さないで、
小さな息子を置いて出て行ってしまう。
この夫婦の家が、ベルリンの壁に隣接したところで、
窓の外の塀のところでは実際の兵士が行き来している。
ああ、この頃はそんな時代だったんだなあと。
この夫は妻が去ったショックで3週間も(子供を置いて)
ホテルに引きこもって記憶なし、
とかなりエキセントリックなんだが、妻もヒステリーがヒドく、
発作的に自分を傷つけたりと、どっちもどっち。
夫は妻の知り合いから浮気相手の住所を聞き出し、
その家に行ってみると、一見オカマっぽいが
実は武道の使い手という浮気相手に、ボコボコにされたりと
いいところがない。

え、どこがホラーかって? いや、ここからがすごいんだが、
妻にはもうひとり、第三の男がいるらしく、
廃屋のようなアパートに通っている。
そこにいるのが、人間じゃないのだ
(ここまでは言ってもいいと思う)。
それがCG以前の特撮で、えらく気持ち悪い。
そして、この映画を見た誰しもトラウマになったという、
地下鉄駅構内でのアジャーニの狂乱シーンは…。
画面を見ながらふと我に返って、
「なんかすごいもの見ているな」と思った。
これ、演技か?と。
その都市のカンヌ映画祭で主演女優賞を受賞したが、
審査員もどうかしている。作品もパルムドールにノミネート。

話はまるで違うが、ラース・フォン・トリアーの
「アンチクライスト」を見た時のシッョクに通じる。
自分の知らない妻の一面は、夫にとってとことん恐怖で、
それは悪魔や魔女に近いものがある
その得体の知れない恐怖を、
監督も訳がわからず描いてしまったらこうなった、
といえばまだいいが、「基地の外」の人が作ったような怖さ
この作品にある。それだけに、カルト映画なんだろうな。
見る価値はあるが、一部の人にしかおすすめしません!
音楽怖すぎ。
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by mahaera | 2015-04-21 01:54 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー『ランボー』 イメージのマッチョランボーとは違うニューシネマテイストに驚く

ランボー

実は、ランボーシリーズ、2作目の「怒りの脱出」しか
見たことなかった
。あれはみんながイメージする
ランボーを確立した作品で、筋肉ムキムキのスタローンが、
外国人の悪者(この映画だとベトナム人)を
バリバリ倒して行くヒーロー映画。
そのあまりの強さはいまではパロディにしか見えない。
“強いアメリカ”も、いまでは手放しで楽しめる人は少ないだろう。

そんなイメージで、第1作の「ランボー(英語タイトルはFirst Blood)」を見たら、ずいぶんとランボーのイメージが違う。
スタローンも後年の“明るいマッチョ”ではなく、
まだ体型も痩せていて、陰鬱な表情をした青年
ベトナムから帰って来て7年になるが社会復帰ができず、
鬱屈が溜まっている中、田舎町の保安官に
執拗に絡まれたことから、その怒りが爆発してしまう。
いまのイラク帰りの軍人がPSTDで社会復帰できないのと同じだ。
しかもランボーは、ベトナムでは優秀なグリーンベレーで、
多くのベトナム人を殺したという設定だ。
『アメリカンスナイパー』の主人公が、もし社会になじめず、
銃を持って立て篭ったら、というのと同じだ。
ただ、映画を観ていて現在と違うと感じるのは、
当時の帰還兵は同じアメリカ人にも冷たくあしらわれていたこと。
戦争の是非はともかく、命がけで戦って帰って来たら、
今度は空港で「人殺し!」の横断幕が掲げられていて、
社会に戻っても周囲から白い目で見られたら、
やはり精神が参ってしまうだろう。

映画は、いまのアクション映画からすればけっこう地味で、
死者もはっきりわかるのはひとり。
何しろランボーを追うのが、アメリカの警察や州の軍隊なので、
バリバリ死人が出てはランボーに共感できなくなる。
しかし、ワイドスクリーンの画面構成と、
巨匠ジェリー・ゴールドスミスの音楽は成熟した職人芸
で、
しっかり作ってあるのがわかる。

ランボーは途中からひとり追われる立場なので、セリフがまったくない。
一度死んだと思われたランボーが生きていて、
坑道から現れて“ヒーロー”となるのは神話の解説から
ヒントを得たと、原作者は言う。
この解説本は原作発表当時(1972年)はインパクトがあり、
ルーカスはその神話の骨組みに乗っ取って「スターウォーズ」を作ったという。

さて、死から蘇ったランボーは町に戻り、保安官を追いつめる。
それを思いとどまらせるのが、ランボーを“作った”大佐だ。
この大佐は、途中で登場し、
ランボーは優秀な殺人マシーンで、作ったのは私だ」と豪語する。
映画ではこの大佐の心理がわかりにくいのだが、
最初は誇らしげだったのが、事態がどんどん大きくなっていき、
自分のした行為が恐ろしくなってきたのではないか。
大佐は怪物を作り出したフランケンシュタイン博士といってもいい。

ラスト、「もう任務は終わった。戦わなくていいんだ」
の言葉を聞き、それまでほとんどしゃべらなかったランボーが、
堰を切ったように自分の心情を語り出す場面は、胸を打つ。
戦場では多くの人を殺して優秀と言われ、高額な兵器も扱った。
しかし国に帰れば、自分の居場所はなく、
駐車場の仕事さえもらえないギャップ。
ランボーを作ったフランケンシュタイン博士は、
うまく出世して大佐になったが、
その被造物である“怪物”は、打ち捨てられた
その辛さをここで一気に語るスタローンは、
現在のスタローンと違って、“うまい”!
PSTDの兵士の心を代弁しているのだ。

当初のラストシーンでは、ここでランボーは大佐によって
射殺されてしまうのだが(撮影済)、
そのあまりにもダウナーでニューシネマ的なオチ
反応はあまりよくなく、ランボーは生き延びることとなった。
すでにアメリカは激しい革命の時代に疲れ、
“癒し”の時代に入っていたのだ。

そして「2」以降は、ランボーのキャラクター
(と作品テーマ)が大きく変わってしまうのだが、
それはみなさんの知るところだろう。

確かに90分見て、このオリジナルエンディングだったら、
観客は落ち込むだろうな。
テーマ的には、こちらのほうが正しくても。

こちらにオリジナルエンディングが
https://www.youtube.com/watch?v=GKsJLLaDA-k
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by mahaera | 2015-04-16 18:28 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『サンドラの週末』ダルデンヌ兄弟 × M・コティヤール 異色の組合わせ!

サンドラの週末
Deux Jours, Une Nuit

2014年/ベルギー、フランス、イタリア

監督:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ(『ロゼッタ』『息子のまなざし』『ある子供』)
出演:マリオン・コティヤール(『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』『ダークナイト・ライジング』)、ファブリツィオ・ロンジォーネ
配給:ビターズ・エンド
公開:5月23日よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町
HP:http://www.bitters.co.jp/sandra/


●ストーリー
金曜日、休職していた職場に復職が決まった矢先に、サンドラは突然解雇を言い渡される。不況の中、社員にボーナスを支給するには、ひとり解雇する必要があるというのだ。しかし同僚の取りなしで社長に会い、月曜日に社員で再投票をし、ボーナスではなくサンドラを選ぶ者が過半数を超えれば、復帰できることになった。サンドラには飲食店で働く夫と、ふたりの子供がいて、マイホームを手に入れたばかり。ここで失職してしまうわけにはいかない。週末の2日間、サンドラは夫に支えられながら、同僚たちを説得して回る。しかし同僚たちにもさまざまな事情があった。

●レヴュー
ダルデンヌ兄弟×M・コティヤール。
かたや過去二度もカンヌ国際映画祭の最高賞である
パルムドールを受賞している、世界トップレベルの監督たち
芸術性は高いがドキュメンタリー性の高い非商業的な作風だ。
コティヤールは『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』(07)で、
アカデミー主演女優賞を受賞したフランス人女優で、
最近は『ダークナイト・ライジング』など
アメリカ映画にも進出している。まぎれもなく
フランス映画界を代表するスターだ。その組合わせに、
最初は「ダルデンヌ兄弟が作風を変えたのか?」と驚いたが、
その心配は見事に吹き飛んだ。映画の中のコティヤールは、
いつものダルデンヌ兄弟作品の中の登場人物と変わらず、
“私たちの身近にいる人”
“すっぴん”で労働者階級の主人公を演じ、
本作で本年度のアカデミー主演女優賞にノミネートされる、
高い演技力を示していたのだ。

しかしこの映画、かなりエグい設定である。
従業員16人のソーラーパネルの製造会社。
日本でいえば地方の町工場で、従業員はみな地元に住んでいる規模。給料だってそんなに高くはないだろう。
だって、サンドラの解雇に同意するボーナスの額が
1000ユーロ(約16万円)という、
多いんだか多くないんだかという微妙な額。
しかし、従業員たちに取っては、喉から手が出るお金なのだ。
サンドラが週末を使って、各従業員をひとりひとり訪ねて行くが、
ここでサンドラを打ちのめして行くのは、
みなそれそれに事情があって、そのボーナスが必要なこと。
生活に余裕があるものなんてひとりもいない。
サンドラに悪態をつく者もいるが、基本的には悪人はいない。
そしてサンドラに投票すると決めた者も、悩んだ末の決心なのだ。
自分を支持してくれる人はありがたいが、
彼らはサンドラのためにボーナスを断念したのだ。
当然、それはサンドラの心に重くのしかかって行く。

とはいえサンドラにも事情がある。
彼女が会社を休んでいた理由はハッキリは明かされないが、
鬱を含んでいたことは確かだろう。そこから立ち直って、
ようやく社会に復帰するというときに、
「社会から必要とされない人間であること」
突きつけられるのは、かなり酷なことだ。
しかし、従業員の中には、そうした精神の病に関して、
理解がない者もいるし、そんな人間が復帰したら迷惑だ、
という考える者もいない訳ではない。
断られるたびにサンドラの心は傷ついていき、
サンドラを擁護してくれる者もがいれば、気力を取り戻して行く。

「和を重んじる」日本なら、こうしてサンドラが
ひとりひとり説得して行く、という設定はないかもしれない。
「自分の運命は自分で切り開く」ことはしないだろう。
しかしだからといって、サンドラに共感できない人はいないだろう。
結末は書けないが、サンドラはこの週末のできごとと
その結果を通して、人間の尊厳を取り戻したはずだ。
(★★★★)

※旅行人のweb、旅シネに寄稿したものを転載しました
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by mahaera | 2015-04-13 13:16 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー「サスペリア2」ようやく観た70年代ミステリーの佳作

サスペリア2

ダリオ・アルジェント監督



バンド仲間であり、高校時代からの友人の
トラウマ映画でもある『サスペリア2』を見る。
これ、もう20年ぐらいその怖さを語られていたので(笑)、
逆に敬遠していたのだが、もうここまでネットで
すべて解説される時代、いつかはネタバレを
読んでしまうはずなので、もう見ておこうと。

もちろんこの映画、カルト映画として超有名なので、
見た方も多いかと思うのだが、
『サスペリア』のヒットにあやかって、
監督のダリオ・アルジェントの前作に日本で
勝手に「2」を付けて公開した、ミステリー映画。
ホラーではなく、ちゃんと人間の犯人がいる
正統派謎解きなのだが、被害者の殺され方が
いちいち猟奇的なので(いまでは犯人が変質者
という映画はザラなので珍しくはないが)、
ホラー映画的な売られ方をしたのだ。
で、アルジェントのちょっと様式美的な映像
(赤の使い方、クローズアップ、左右対称の画面)
と、
雑な演出、ミスマッチが逆に印象深いロックバンド
「ゴブリン」のプログレ楽曲が、
不思議なテイストを生み出している。
これ、たぶん一流監督が演出していたら、
もっと名作になっていたかもしれないが、
この時として雑な演出と二流の俳優が、
またいい味を出しているのだ。

オープニングは、“人の心が読める”という霊視者が集会で、
「この会場に殺人者がいる!」というグッドなつかみ。
まずこの人が殺され、主人公が第一発見者になって
事件に引き込まれて行く。突っ込み所としては、
「主人公が事件を調べなければ、他の人たちは
殺されなくてすんだんじゃない?」

で、“ものすごく怖い”と聴いていたが、
そういうものが溢れた現在からすると、そうでもない。
まだ、ちゃんと「これから犯人が登場しますよ」
という前置きが段取りとしてある時代なのだ。
現在の映画の「突然の暴力」のようなショックはない。
当時は不気味だったろう「テケテケ人形」
(見た方はわかるだろう)も笑えてしまう。

で、見た人誰もが口にする、「あのシーン」だが、
その友人が20年以上に渡ってて語っていたので、
「すぐにわかっちゃった」よ! というか、
映画館では気づかないのかもしれないが、
DVD時代だときっと成り立たないんだろうなあ。
ということで、前知識なくこの映画を見てください。
買うとプレミアで6000円以上するけれど、
Tsutayaでは100円で借りられます。
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by mahaera | 2015-04-12 11:38 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー『悪の法則』スコット作品としては最高の部類。本当に怖い。

世評と異なり、個人的にはほとんど買っていない
リドリー・スコット監督。正直に言うと、
若い頃リアルタイムで見た「エイリアン」も
「ブレードランナー」も響かず、「グラディエーター」

ホアキンの演技以外、キレを感じなかった。
っていうか、予告の期待値を超えることがない作品ばかり。
唯一「これでいい!」と思えたのは「ブラックホークダウン」
そんな非スコット・ファンの僕だが、すごく面白かったのが
『悪の法則』だ。たぶん、いまのところ、
「ブラックホークダウン」とタイでリドリー1位

メキシコ国境に近い町で、軽い気持ちでメキシコの
麻薬ビジネスに手を出した弁護士が、大変な目にあって行く。
世評は良くないが、なんでかわからない。
一度動き出したら誰も止めることができない、「悪」のシステム
別にその相手が憎い訳ではなく、
システムに乗って人が殺されて行く姿は、
いま世界で起こっているいろいろなことのメタファーで、
安全だと思っている私たちの世界に、
いとも簡単に侵入して来るという怖さ。

書き下ろしの脚本を書いたのは、
ビューリッツァー賞受賞作家のコーマック・マッカーシー
映画ファンにはアカデミー作品賞の「ノーカントリー」
で知られているが、あの映画と同じテーマを描いた
この作品の方が、出来は上だと思う。テーマもより明快になった。
不条理な暴力は、私たちの住む世界と共存しているが、
みんな気がつかない振りをしているだけなのだ

「悪の法則」というダメそうなタイトルで見なかったけど、
もっと早く見れば良かった。
ただし後味、最高に悪いし、見る人を選ぶ映画
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by mahaera | 2015-04-07 10:56 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー『カリートの道』見逃していたデ・パルマ作品。かなりいい出来。

デ・パルマ×パチーノの『カリートの道』
『スカーフェイス』ばかりがもてはやされるが、こっちもいいでないの!


出所した中年ギャング(パチーノ)が足を洗って、
惚れた女と出直そうとするが、
昔の仲間たちにひきずりこまれ、戻れない道に…。
というヤクザ映画の定番のストーリーだが、
定型だからこそ活きる、デ・パルマの演出の上手さ
(最近の破綻した演出も面白いのだが)と、
この時期ならではのパチーノの味わいが、すばらしい。
いや、何で見てなかったんだろ。

ラストのニューヨークセントラル駅での、
エスカレーターを使った銃撃戦は、
映画的ウソのカタルシスがある(もう、とっくに下まで
降りているよと言うのは野暮)。
その後、この映画で初めて見せるパチーノの
満面の笑顔
からの展開も、よくできている。名場面だと思う。

途中でパチーノにこずかれるヘタレギャングが、
ヴィゴ・モーテンセン
相変わらずチンピラ役がピッタリのジョン・レグザイモ
変な髪型で最低の弁護士役のショーン・ペンなど、
役者陣もいい。ただ、
恋人役のペネローペ・アン・ミラーは魅力を感じなかったが…。

で、昔流行ったベタなジョー・コッカーの
ラブバラード「You are So Beautiful」
この映画の主題歌だったことを、初めて知りました。
いま聴いても、ベタだなあ。
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by mahaera | 2015-04-05 13:32 | 映画のはなし | Comments(0)

新作映画レビュー『インヒアレント・ヴァイス』ピンチョン作品をP.T.アンダーソンが映画化

インヒアレント・ヴァイス

2014年/アメリカ

監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:ホアキン・フェニックス、ジョシュ・ブローリン、オーウェン・ウィルソン、キャサリン・ウォーターストン、リース・ウィザースプーン
公開:4月18日より全国


「インヒアレント・ヴァイス」とは聞き慣れない言葉だが、
保険用語で「元々備わっている固有の性質」のことらしい。
つまり、ガラスは割れるものだし、
チョコレートは溶けるもので、
それを基に保険の支払いを拒否できると言うもの。

原作は、有名な作家だが、一冊も読んだことがないアメリカの作家トマス・ピンチョンの「LAヴァイス」の映画化。
1970年のLAを舞台に、いつもハッパをキメている私立探偵ドク(ホアキン・フェニックス)のもとに、次から次へとトラブルや難事件が舞い込むというもの。
「小さな事件が大きな陰謀につながって行く」という点で、
名作「チャイナタウン」のようなストーリーでもあるのだが、
とにかく主人公が映画の半分はハッパでうつろな目をしているので、シリアスな話がちっともシリアスにならない。
どこか、覚めた視線なのだ。

大富豪の失踪、ネオナチ、ヒッピー、悪徳警官、
ミュージシャン、風俗嬢、歯科医、弁護士…と多くの登場人物が、
どこかでつながって、いろいろなヒントを残して行くが、
いっこうに物事がクリアにはならない。
何か知らない所で、いろいろうごめいてはいるものの、
わからないまま終わってしまうという点では、
作風は違うが前作『ザ・マスター』、
その前の『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』と通じるかもしれない。
2時間半の意欲作だが、正直もう一度見ないと、
作品のキモがわからないなあ。
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by mahaera | 2015-04-04 17:42 | 映画のはなし | Comments(0)

Bob DylanがDJの 「Theme Time Radio Hour」も終わってしまった

前回、interFM尾崎裕哉の「Between the Lines」が
終わって淋しい、と言うようなことを書いたが、
実はその後、放送されたBob DylanがDJをつとめた
「Theme Time Radio Hour」
もこの日、最終回だった。

アメリカでは100回近く渡って放送されたこの番組、
日本では無理だと思っていたが、
バラカンさんの強力なプッシュによりinterFMで権利を獲得。
2年間に渡って全回を放映。
夜の落ちついた時間帯だったので、かなり聴いたと思う。

この番組は毎回テーマがあり、それにちなんだ曲をかけ、
ディランがコメントを入れるというもの。
いままで僕が一度も聞いたことがない、
戦前のブルースやヒット曲までかかり、
アメリカ音楽の歴史をたどらせてくれた。
いまのディランの音楽は、
ここから生まれたということはがよくわかる。
もうラジオから、ディランのあの声が流れて来ないと思うと残念。
最終回のテーマは「グッバイ」だった。
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by mahaera | 2015-04-01 01:51 | 日常のはなし | Comments(0)