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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『ジェームズ・ブラウン 最高の魂を持つ男』ボリュームたっぷりの丼食ったような満足感

ジェームズ・ブラウン 最高の魂を持つ男

2014年/アメリカ、イギリス

監督:テイト・テイラー
出演:チャドウィック・ボーズマン、ネルサン・エリス、ダン・エイクロイド
配給:シンカ/パルコ
公開:5月30日


JBをそんなによく知らない僕でも、とても楽しめた音楽映画。
僕がJBを知ったのは、もうすでにロッキーの主題歌を歌う
暴走老人の80年代。
後に、70年代の豪快なファンク時代を知るが、
最初はあのおばさんパーマとすごい顔に、
「猿の惑星」のオランウータン族メイクを連想したっけ。

映画はJBの子供時代から80年代までを追う年代記だが、
JBを追いながらも、“影の男”として彼を支え続けた
ボビー・バードを対照的な存在として置いている。
JBの代表曲「SEX MACHINE」でJBが「ゲロッパ!」というと、
すかさず「ゲロンパ」とレスポンスするあの人だ。
ゴスペルグループの一員として刑務所に慰問に来た
バードはそこで囚人のJBと出会い、彼の才能に惚れ込んで、
親を説得して保証人になってもらい、彼を自分の家に引き取る。
そしてJBの才能を信じてバンドを結成。
JBはバードの妹とちゃっかり“寝る”などの
「おいおい」ということもしながら
、才能を開花。
さらに「レコード契約はJBのみ、バンドはいらない」という、
苦労を共にしたバンドを裏切る行為のときも、
バードはバックバンドでもいいからJBのもとに残ることに。

JB絶頂の60年代末、メイシオ・パーカーを有するJBバンドが
ギャラの支払いでJBに反旗を翻したときも、バードは
JBについて行った(JBがメンバーのギャラを使い込んでいたらしい)。
バードは別にホモセクシャルではなく、バンドのコーラスの女性と結婚もしているが、JBへの眼差しは、まさに「惚れ込んだ」というもの。
なんかお母さんが、才能はあるけどちゃんちゃな息子を愛しているような感じなのだ。
僕は映画を見ながら、ツービートの「きよし」を想像してしまった。

演奏シーンはすべてJBの音源を使っているので(当て振り)、
音楽面ではまったく違和感ない(先日のJIMIとは対照的)。
すばらしい。音楽好きなら、きっと楽しめるはず。
(★★★★)
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by mahaera | 2015-05-31 22:48 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー「グランド・マスター」「その街のこども」「リンカーン」「ウルヴァリンSAMURAI」

「グランド・マスター」
アクション映画ファンは肩すかしをくうが、
ファンならわかるいつものカーウァイ映画
主人公たちは「あの時、ああしていれば、また別な人生があったかもしれない」と後悔をするも、「今となってはそれも甘美な過去なのだ」と肯定もする。
そして何かの達人でも、みな運命には無力で逆らわない
そして、伝説が残る。それがいいと思えるかどうかで好き嫌いが決まる。
名作「花様年華」の武術版といえばわかるだろうか。

「ウルヴァリンSAMURAI」
全体的には今いちだが、部分部分は楽しめた。
新幹線の上の決闘や増上寺での戦いシーンとかね
どうせなら、もっと珍妙な日本描写が欲しかった。
ウルヴァリンが女性たちに入浴させられるシーンは、
「二度死ぬ」のショーン・コネリーがされていたのの引用だろう。
そういえば、「二度死ぬ」チックだよな
ニンジャ軍団も出て来るし。
高校の頃は、学校が近かったので、ときどき増上寺に行った。
あそこのホールか会議室で、名作映画上映会を無料で
やっていたので、ショーケンの「約束」なんか観たっけ。

「リンカーン」
まるで教育映画と思うほど地味で、
波瀾万丈の伝記映画を期待した映画館の観客は、
ガッカリしたことだろう。
奴隷解放のための憲法の修正案を通すための
数日間だけを描いているので、派手なシーンは冒頭ぐらい。
しかし「奴隷解放宣言」で、もう奴隷が解放されたと
まちがえて歴史を覚えていた自分にはいい勉強になった
法治国家では、何事も手続きを踏んで、
成文化しなければならない。大統領が宣言しても、
それを保証する法律化(ここでは憲法修正案)しなければ、
ただ言っただけ。それを通すためには、裏ワザと妥協という
“政治的手腕”が必要
ということがよくわかる。
清濁併せ持たないとという意味がよくわかる作品。

「その街のこども 劇場版」
2010年に放映されたNHKのドラマの劇場公開版。
阪神・淡路大震災の15年後のその日に、
かつてその街で暮らしていた男女が、街を歩きながら朝を迎える。
初めて合った男女の一晩ということで、
「ビフォア・ザ・サン・ライズ」のようだがラブはなく、
それぞれ自分が過ごして来た15年に向き合うことになる。
ほとんど森山未來と佐藤江梨子の2人芝居だが、
よるべなき孤独感が伝わる。

たぶん、その街でその日を体験した人たちは、
あの地震のトラウマを一生抱えて生きるのだろうと、
僕にも想像させてくれる。
おすすめです。
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by mahaera | 2015-05-30 01:33 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー「マネーボール」観てみたら面白い。よくできた脚本と抑制された演出にしびれる

『マネーボール』
監督 ベネット・ミラー
出演 ブラット・ピット、ジョナ・ヒル

DVD鑑賞シリーズ。期待薄だった『マネーボール』を観る。
これが、予想を裏切ってとても面白かった。
いや、日本での不評が信じられない。よくできた映画じゃないの。
でもそれは、僕が野球ファンじゃないからか。

原作は小説というよりビジネス書に近いノンフィクション。
それをドキュメンタリーでなく、
人間ドラマにして脚本を書いたのは『ソーシャル・ネットワーク』でも、ノンフィクションを人間ドラマとして再構築した定評のあるアーロン・ソーキン
人間関係などに創作も交えているのは『ソーシャル・ネットワーク』と同じ。
制作と主演はブラッド・ピット
主人公はオークランド・アスレチックスのGMビリー・ビーン。
アスレチックスは僅差でいいところまで行くのだが、
ここぞというところで敗退し、育て上げた選手たちを毎回金のある球団に引き抜かれて行く。
なにしろ球団の資金は全球団でも下から数えた方が早いのだ。
つまり貧乏球団は、金持ち球団に引き抜かれる選手を育てているだけ。
そんな苛立の中、このGMは他球団で働いているピーター(いまやトップスターのジョナ・ヒル)の理論に興味を持つ。
統計から選手を客観的に評価するセイバーメトリクス論だ。
彼を引き抜いたビリーは、反発を買いながらも球団の改革に着手する。

このあらすじだけだと、面白くなさそうでしょ。
僕もそうで、観てなかったのだが。
野球を理論化してチーム編成って考えがつまらなさそうだと。
ところが、これは弱者が強者に勝つための、
ひとつの方法だったという思っていたのと逆。
映画だと「少林サッカー」みたいに金のある敵チームが、
統計や管理チーム作るからね。
しかし現実では、金のあるチームはそんな必要はないのだ。
だってお金があるから、いくらでも強い選手を引き抜ける。
で、お金のないチームは、最初から安い選手しか雇えない。
これじゃ永久に勝てない。そこで発想を変え、
安いけれど世間の評価より能力のある“お買い得”の選手を見つけてくる。
高い選手ひとりを放出すれば、お買い得選手を3人雇える訳だ。
その目の付け所が、打率ではなく出塁率というのが、それまでの野球界と違ったところ。

前に「世界のカジノ」の原稿を書いていて知ったが、
統計と言うものはその数がたくさんないと正確にはならない。
つまりギャンブルは1000回やれば平均化して必ず負けるが、
5回なら統計とは違う結果が出ることもあるということ。
この「マネーボール」はその逆で、
野球はシーズン中の試合数が多いから、
ひとつひとつの決定力を持つ選手はいなくても
トータルすれば勝てる方法を見いだしたこと。
まあ、そんなノウハウが原作なのだが、
この映画はそれだけでなく、人間ドラマとしてもきっちり面白い
それは人生の負け組が、見返してやろうという話だから。
実際、この主人公は欠点だらけだが、感情移入できるのは、
常に過去の後悔を抱えており、その孤独さが伝わって来るからだ。
で、驚くほどブラッド・ピットの演技がすばらしい(笑)
いや、見直した。最後なんて、涙、だしね。
監督はベネット・ミラー。
『カポーティ』『フォックスキャッチャー』が
よくわからなかった人も、
この『マネーボール』はわかりやすいので、ぜひ。
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by mahaera | 2015-05-29 10:54 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー「バタフライエフェクト」まあまあかなーっ

先日DVD鑑賞した「バタフライエフェクト」。
TSUTAYA人気ランキングには前からあったが、
評論家ランキングでは無視されていたので、ノーマークだった。
バタフライエフェクトというのは、
ブラジルで蝶が羽ばたいたことが、めぐりめぐってニューヨークに嵐を起こす」という、気象学で使われていたもの。
要は、「何で天気予報は当たらないのか(当てるのは難しいのか)」というのを、逆説的に言ったもので、もともとのニュアンスは「風が吹けば桶屋が儲かる」とは違う。
過去のちょっとしたAという出来事が、
のちに思いも寄らぬBという結果をもたらすという風に使われ、SFのタイムスリップものでは定番だが、本当はBというできごとが起きるには、過去に無数のAという不確定要素があり、なかなか予測できないということ。
つまりちょっとした要因ではなく、Bになるには計算できないくらいの多くの原因があるのではということだ。
ところが、それではお話にはならないので、小説や映画では「あの時、AをしなかったらBにはならなかった」という、非常に因果応報論に使われてしまっている。

この映画もそうで、ある特定の過去に戻れる能力を持った主人公が、何度も過去に戻って「良い」と思ったことをするが、それが思いも寄らぬ現在を造り出してしまうというもの。
主人公は過去を修正するたびに失敗して、状況はどんどん悪くなってしまうのだ。
まあ、映画的にはそれは面白く、かなり単純化されていてわかりやすいのだが、僕には御都合主義にしか見えなかったなあ。

この映画の場合、主人公が関わったある一点のみを修正すると、他人の人生が変わるが、実際はそれだけれではない。
草の上に座ればいっとき草はつぶれるが、しばらくすると元に戻るように、その人の人生はひとつのできごとだけで大きくは変わらないと思う。
もともとそれにより変化を受けやすい性格とか、恒常的な周囲の環境も大きく、その1点だけを修正しても、すぐに元に戻ってしまうことのほうが多いのではないだろうか
つまり、Bという人格や人生を形成するのは、蝶の羽ばたきもあるだろうが、それ以外にも無数の要素があり、長い時間の中では解消されてしまうことが多いような気がする。
たぶん、この映画はそのあたりの単純化が物足りなく、ヒットはしても映画マニアには評価が低いのかもしれない。
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by mahaera | 2015-05-26 00:54 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー落ち穂拾い「セントアンナの奇跡」「十三人の刺客」共に見応えあり!

『セントアンナの奇跡』
興行がこけて制作費を回収できなかったスパイク・リーの『セントアンナの奇跡』だが、今回初めて見たがけっこういい作品だと思った。
イタリアに進軍するアメリカの黒人兵部隊が主人公たち。
彼らは同じ米軍の中でも差別を受けている。
ところが、イタリアの村人たちは、彼らを人種差別しない。
そういえば、この戦争の数年後に初めてヨーロッパに行った
マイルス・デイビスも、アメリカのような
人種差別がないことに驚いていたっけ

本部隊とはぐれた黒人兵4人、
見えない友人に向かって話しかける不思議な少年、
山から下りて来たパルチザン、逃亡したドイツ兵、
そして村に攻撃を仕掛けようとするドイツ軍…。
敵のほうにも善人はいて、味方にも悪人はいる。
大勢の登場人物が、それぞれの立場を演じるのではなかったので、「わかりにくい」「歯切れが悪い」「スカッとしない」と感じる人が多かったのか。
でも、人間なんてそんなものだと思うのだが。

『十三人の刺客』
日本映画の『十三人の刺客』は、邦画としてはかなり楽しめた。
ただ、伊勢谷友介のくだりと、
笑っちゃう牛の暴走CGは、何とかならなかったのかなあ。
「七人の侍」の菊千代を狙ったのだろうが…。
でも、それも稲垣吾郎の悪役がすごすぎたので帳消しになる。
もうゴローちゃん出るシーンは、すべて目が離せない。
それほどまでに、邦画屈指の悪役ではないだろうか。
もう最低の人間で、これほどまでに殺されるのを
観客が待ち望んだ悪役はなかなかいない
だろう。
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by mahaera | 2015-05-26 00:51 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー「ランボー/最後の戦場」 カタルシスなき暴力がランボーの生きた世界

『ランボー/最後の戦場』

 すっかり忘れられていたランボーだが、
20年ぶりに第4作目の『ランボー/最後の戦場』が2008年に公開された。
もう誰も期待していないランボー。
しかしこれがまさかの傑作だった!
スタローンはランボーシリーズで初めて監督をしている。

ランボーは国に帰ることなく、あれからビルマ
(映画ではそう呼ぶ)国境近いタイ北部で、
ボートの運搬やコブラ狩りなどをしてひっそりと暮らしていた。
ある日、ランボーの前にキリスト教系NGOの一団がやってきて、
ビルマに住む少数民族への支援に行きたいという。
一度は断るが、彼らを無事送り届けるランボー。
しかしその後、政府軍がやってきて村人を皆殺しにし、
NGOの一団は捕らえられる。
救出のため米政府から傭兵軍団が送られ、ランボーが案内するが、
彼らは軍による村人の殺害を見逃そうとする。
しかしランボーはそうはしなかった…。

ストーリーをこう書くと、今までのランボー映画と同じだが、
ランボーの雰囲気は第一作目に近い。
ここにいるランボーは、隠遁生活を送りながらも、
PSTDに苦しむ男だ。そして、全身から虚無感を漂わせている。
しかし、今までと格段に違うのは、激しい暴力描写だ。
日本ではR-15指定だが、欧米ではほぼ成人指定。
政府軍による村人の殺戮シーンは、
ほぼスプラッター映画といってもいい、人体破壊シーンが続く。
撃たれれば手足が手足が飛び、手榴弾や地雷で身体が四散する。
女子供が殺されるシーンも、逃げないで撮る。
ランボー2と3で見せたエンタメとしての暴力はここにはない。
単なる暴力があるだけだ。
もちろん、最後は、政府軍をランボーらが倒すのだが、
それも同様の暴力がふるわれる。
それは激しすぎて、カタルシスは皆無だ。

NGO団体の善意は、暴力の前には通じない。
それでも、ランボーはそこにかすな希望を見いだすが、
それは敗北に終わる。彼らを助けるために、血が流される。
暴力には暴力でしか対抗できない。
しかし、敵を倒した後のランボーのむなしさはなんだろう。
暴力に暴力で対抗しているうちに、こちらが怪物になってしまう。
そこには勝者はいない。そんなジレンマがそこには出ている。

勝手な想像だが、スタローンは良かれと思って作ったランボー2と3が叩かれ、しかも自分が信じたベトナム未帰還兵問題がウソであり、またランボーが助けたアフガンゲリラがアメリカと戦うことになり、傷ついたのではないか。
強いアメリカを体現したつもりだった、自分がいかに道化師だったのか、さすが2000年代になって気づいたのではないか。
そして、忘れていた第1作の「ランボー」での、心に傷を負った帰還兵のランボーを思い出したのだろう。
戦争も暴力も、単なる人殺しであることを、
この『ランボー/最後の戦場』では描いている。
ランボーがおそらく惚れていたNGO女性も、
ランボーによる殺戮の前におびえてドン引きだ。

ラスト、ランボーはシリーズで初めて故郷に帰る。
これがはたして「最後の戦場」になるかはわからない。
しかし、この作品でシリーズが終わってもいいと思う。
さらに続編があるとしたら、
もうランボーの“死”しかないだろう。
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by mahaera | 2015-05-22 11:49 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー『ランボー3/怒りのアフガン』 今となってはアメリカの負の遺産を表すランボー

『ランボー3/怒りのアフガン』

85年の「怒りの脱出」の大ヒットを受け、
88年に作られた完全なジャンル映画
このころがスタローン人気のピーク折り返し地点。
日本はバブル真っ最中の頃だ。僕は最初に就職した会社で、
毎月100時間の残業をしていた。忙しかったが、
それでもまだ残業代は出ていた。

ストーリーはこうだ。1979年のソ連軍の
アフガニスタン侵攻により、現地の人たちは苦しんでいた。
アメリカはムジャヒディン(イスラム戦士)を支援するため、
トラウトマン大佐に密かに武器をゲリラに渡す任務を命じる。
トラウトマンは、タイにいるランボーを声をかけるが断られ、
単身アフガンへ。しかしソ連軍によって捕らえられて、
いよいよランボーの出番となる。
基地へ侵入したランボーは、トラウトマンを救い出すが、
絶体絶命の危機に。そこへムジャヒディンの救援が駆けつけ、
ラスボスであるソ連軍将校を倒してメデタシメデタシ。

前作同様、スタローンは本当に
「ソ連に苦しむアフガニスタンの人々を救う」と
信じていたのかもしれないが、時間が経ったいまから見ると、
その行為があまりにも滑稽で悲しい。
アフガンに介入した現在のアメリカに
そのまま返せるセリフが映画に登場する。

「アフガニスタンには、昔からアレクサンダー大王、
チンギスハン、そしてイギリスが征服を試みたが、
誰も成功しなかった。アフガン人を征服できるものはいない」

「愛国心を持ったゲリラがいる国は征服はできない。
我々はベトナムでそれを知った」。


映画ではソ連兵はあくまで極悪非道な悪役で、
ランボーによる殺され役だ。
「101分の本編で108人の死者が出る」として、
ギネスブックに「最も暴力的な映画」と記載されたが、
今の目から見ると残酷描写ではない。
マシンガンを撃つと敵が勝手にバタバタ倒れて行く
映画内ファンタジーで、「死」は痛みを伴わない記号でしかない。
だから映画も凡庸で、「ランボー2」までは許せたファンも、
この「3」は酷評した。テーマやイデオロギーをおいても、
何ら緊張感のない戦闘シーンが続くだけだからだ。
映像も、ステロイド剤投与で異常な筋肉になったスタローン
上半身の裸体を見せることに終始し、
そこにはPSTDで苦しむ繊細なベトナム帰還兵の影はまったくない。
「ランボー」1作目が好きな人が酷評するのも当然だ。

現実世界では、ランボーが助けたムジャヒディン
(映画ではマスード将軍がモデル)はソ連を撤退させたが、
そのあとアメリカが第二のソ連とし
てアフガニスタンの地に引き込まれたのは、歴史の通りだ。
そして映画も、その公開10日前にソ連軍が撤退を決めたので、
ランボーがソ連と戦う理由は公開時にはなくなっていた。
映画も前作の1/3の興収しかあげられず、
アメリカ国内では制作費を下回る収入だった
(日本では、同年の洋画第2位のヒット。1位は「ラストエンペラー」。邦画1位は「敦煌」とシルクロードブームの年。アメリカでは「ダイハード」がヒット)。

「敵をやっつければ平和が来る」という、
20世紀的な楽観思想。イラク戦争以降、
「相手を倒しても、それは新たな憎しみを生み、
戦争は絶えることはない」
と私たちは知っている。
戦争はランボーが活躍する、そんな単純なものではないのだ。
だが、ほとんどの観客は、この時代、まだそれを知らない。
バブルに浮かれていた時代(音楽でいえば光GENJI、
BOφWY、レベッカ、MTVの時代)、ランボーは役目を終えた。
2008年まで、彼はタイでひっそり暮らすことになる
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by mahaera | 2015-05-06 08:50 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー「ランボー/怒りの脱出」 30年ぶりに再見。その感想は…

ランボー/怒りの脱出

前に「『ランボー』は意外にいい出来だった」という
コメントを書いたが、GW初めにその続編である
『ランボー/怒りの脱出』を観る。85年のこの映画は、
前作を上回る大ヒットをして、世界で知られる
バカマッチョのランボー=スタローンのイメージを生み出した。
ストーリーは、前作で軍刑務所に入ったランボーに、
上官のトラウトマン大佐が特殊任務を頼むところから始まる。
ベトナム戦争で行方不明になった米軍人(MIA)のうちの何人かは、
いまだ密かに捕虜収容所に監禁されているというのだ。
その調査に送られたランボーだが、実は送る側(CIA)は、
「そんな捕虜なんかいない」ことを証明したかっただけ。
しかし、ランボーは捕虜を見つけ、
命令に反して救出までしてしまう。
そして、敵を皆殺しにしてしまう。

いまも「Yahoo知恵袋」で「ベトナムでは米軍捕虜を
密かに監禁しているのですか?」
という質問を
する人がいるが、それは解決している。
いなかったのだ。
戦闘中に行方不明になり戦死が確認できない米兵は2000人あまり。
ほとんどが戦死したと思われるが、遺族にはそう思えない。
どこかで生きていて欲しいと願うのが情だ。
そこで、80年代に入ると
「ベトナム政府はまだ捕虜を隠しているのでは?」と調査を
アメリカ政府に陳情。しかしそんな事実は見つからなかった
それでも遺族は信じられない。
そんな中、この「怒りの脱出」が作られたのだ。
スタローンは、正義心でこの映画を作ったのかもしれない
(脚本を「ターミネーター」のジェームズ・キャメロンと共作)。
しかし、映画は安っぽい演出で、
いまの目から見ると出来の悪いアクションにしか見えないし、
ランボーを活躍させるためだけのストーリーもヒドい。
一作目ではPSTDに苦しむ殺人マシーンの
苦悩と恐ろしさが伝わったが(例えばそんな人が
東京の町を逃亡していたら怖いでしょ)、
今回は知能指数がぐっとさがって、悪者を倒して行くだけ。
しかし、その単純明快さがウケ、世界的には大ヒットしたのだ。
スタローンは、大衆の望むものがわかっていたのだ。
単純な敵を倒して、後には何も残らないのが一番いいと。
映画の中でランボーは「オレはエクスペンダブル(消耗品)だ」という。実際、その後、スタローンは人々にアッと言うまに消耗され尽くされてしまう。

その後の調査でもMIAはいなかった。
ランボーはいもしない米兵を救出したのだ。
ベトナム政府からすれば、この映画はとんだ言いがかりだろう。
「アメリカン・スナイパー」の続編が作られて、
イラク人を躊躇なくバシバシ殺して行く映画に、
誰が共感するだろうか? 
ヒットはしたが、アメリカではランボーは
バロディになるほど笑われた。
その年のラジー賞で、この作品は、最低作品賞、最低男優賞、最低脚本賞、最低主題歌賞を受賞。さらに同年の「ロッキー4/炎の友情」も、最低監督賞(監督はスタローン)ほか、4部門で受賞。スタローンは主要部門を制覇した。

僕は当時、劇場に足を運んで、それなりに楽しんだけどね。
今観ると、けっこうヒドい出来だ。
ロケはベトナムではなく、メキシコで行ったとのこと。
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by mahaera | 2015-05-05 12:50 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ラン・オールナイト』を見るより家族の絆ならDVDで『八日目の蝉』

リアム・ニーソンの新作「ラン・オールナイト」の試写。
最近、すっかり“最強オヤジ”化しているニーソン。
今回は長年マフィアの殺し屋をしていた男が、
そのカタギの息子が殺人を目撃。
息子を救おうとして、ボスの息子を射殺してしまう。
それで、信頼関係にあったボスに狙われるという話だが、
既視感だらけの新味のない映画。というか、
話の骨格はトム・ハンクスが殺し屋だった
「ロード・トゥ・パーディション」と同じでしょう! 
マフィアのボスはポール・ニューマンの代わりにエド・ハリス。
しかし今度は成人した息子を救うため、というのも
「96時間」の続きのようで、また最初から強いのも同じ。
もう設定のためのキャラのようで、いやキャラのための設定
親子愛は感じられなかったなあ。
ニーソン、すでにジャンル映画俳優になっている。

夜はDVDで邦画「八日目の蝉」を見る。
こちらは親子の情や愛がど真ん中のテーマで、
昼のニーソン映画と比べてしまった。
子供をさらわれた母親、さらって情が移った誘拐犯、
そして実の母のもとに戻って違和感を感じながら成長した娘。
女、女の性(さが)の映画で、出てくる男はみな情けないし、
存在感がない。ふたりの母親に育てられた主人公は、
自分のアイデンティティーを見つけられない。
永作博美、井上真央、小池栄子がいい演技をしていて見応えがある。
ただ、ところどころ俳優の演技がオーバーすぎるかなと、
涙狙ったかな、とも感じるが、きちんと作られていると思う。

アメリカ映画では、誘拐された息子がある日戻ってくるが、
なかなか家族に馴染まないという
「ディープエンド・オブ・オーシャン」という佳作があった。
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by mahaera | 2015-05-03 11:56 | 映画のはなし | Comments(0)

映画レビュー「スピードレーサー」これはこれでアリかなという、アニメの実写化

先月、劇場まで観に行った
ウォシャウスキー姉弟の新作『ジュピター』
期待はしてなかったが、その期待していない期待以下で、
途中で飽きてしまった。話の運びが悪く、
ただ、ただ、事件が羅列されて行くだけ。
俳優はがんばっていると思うが、脚本がダメなので仕方がない。
唯一褒めるところは、空をサーフィンのように
飛べる靴を履いたテイタムによる空中戦のシーン。
ここは見たことがない感じで、新鮮味を感じた。

同じ日に、DVDでウォシャウスキー姉弟の旧作
「スピードレーサー」を見る。たしか公開当時は
酷評を浴び、ヒットもしなかったと思うが。
オープニングから、何かの薬物をして見ているとしか思えない
蛍光色のドラッギーな世界
誰かが「アメリカの小学生が授業中に脳内麻薬を
フルにして妄想したような映画」と評していたが、その通り。
アニメ(もとは日本のアニメ「マッハGpGoGo」)を
そのまま実写化したというより、
それをピンボールマシンに置き換えたような、クラクラ感
大した映画ではないかもしれないが、既成のものではない
何かを作ろうとした意欲は買う。
中古で190円でした(笑)
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by mahaera | 2015-05-03 11:45 | 映画のはなし | Comments(0)