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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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新作映画レビュー『真珠のボタン』パタゴニアの先住民と虐殺された政治犯の水の記憶

真珠のボタン
El Bolon de Nacar

監督:パトリシオ・グスマン
配給:アップリンク
公開:10月10日
劇場情報:岩波ホール
http://www.uplink.co.jp/nostalgiabutton/



●レビュー

チリ南部、南極圏に近いパタゴニア。そこにはかつて「水の民」と言われる先住民が暮らしていた。裸で暮らす彼らは、身体に不思議な模様を描き、神を持たずに暮らしていた。しかしそこに“文明人”がやってきた。“裸”は非キリスト教的だとして、教会は服を着せたが、その服から伝染病が広まり、多くの人々が死んだ。また、入植者は彼らが邪魔で、地主たちは「水の民」ひとり殺すたびに賞金を払った。そのため、彼らは狩りの対象にもなった。彼らのうちのひとりが、“真珠のボタン”と引き換えに、イギリスへ渡った。見せ物として過ごしたあと、男は再びパタゴニアに戻ったが、以前のようには暮らせなかった。

パタゴニアの海底から、ボタンが見つかった。それは生きた人間の記憶を呼び起こすものだった。ピノチェト政権下で殺された者の衣服に付いていたものだったからだ。軍部は遺体の処理に困り、ヘリコプターで海に運び、おもりを付けて投下していたのだ。遺体はすでに海に還っていたが、服についていたボタンは腐らずにおもりやビニールなどとともに発見された。まるで、忘れないでいて欲しいというように。ボタンからたどる、生前の人物の記憶…。

水には記憶が込められていると言う。映画は水に耳を傾け、滅びつつある先住民の記憶、そして独裁政権下で亡くなった者たちへの記憶をさぐる。彼らはもうすでにこの世に生きてはいない。しかし、それを語り継ぐ事によって、私たちは何かを得る事ができるのだろうかと映画は問いかける。いや、すべては無駄なのかもしれない。人間は愚かすぎて何も学ばないのかもしれない。しかし、語り継ぐことを止める事はできないだろう。その記憶を知るものがいなくなるまでは。
(★★★☆)
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by mahaera | 2015-10-29 14:12 | 映画のはなし | Comments(0)

新作映画レビュー『 光のノスタルジア』チリの自然の中に秘められた、人々の悲しい記憶

光のノスタルジア
Nostalgia de la Luz

監督:パトリシオ・グスマン
配給:アップリンク
公開:10月10日
劇場情報:岩波ホール
http://www.uplink.co.jp/nostalgiabutton/



●レヴュー

チリのアタカマ砂漠。平均標高2000mの盆地にある砂漠は、「世界で最も乾燥した場所」とも言われ、40年間雨が降らなかった場所もある。そのため大気の揺らぎが少なく、ハワイと並ぶ天体観測の拠点として、多くの望遠鏡が造られている。望遠鏡が捕らえるのは“宇宙の光”。それはすべて過去に起こったできごとであり、天文学者は“過去”を見つめる事で、宇宙の謎を知ろうとするのだ。

一方、この砂漠は極度に乾燥しているため、死体はミイラ化して腐る事はない。時おり掘り起こされる古代人のミイラは、ミイラというには生々しく、私たちに何かを語りかけているようでもある。そして、語りかけて来る死体は、何も遠い過去のものばかりではない。1990年まで続いたチリのピノチェト独裁政権下での弾圧により、政治犯として密かに殺された人々だ。アタカマ砂漠に造られた収容所で殺された人々は、当初この砂漠に埋められた。遺体は発覚を怖れて、のちにどこかへ遺棄されたが、その一部がときおり発見されるのだ。カメラはシャベルを持って砂漠を掘る老女たちを映し出す。息子や夫を殺されたもの。彼女たちは30年たった今も、その一部を探すために砂漠に立ち続ける。彼女たちが求める“過去”は足元にある。

個人的な事だが、チリの軍事独裁政権の事を最初に知ったのも映画でだった。1976年に日本で公開されたフランス映画『サンチャゴに雨が降る』だ。1973年に起きたチリの軍事クーデターを描いた作品だが、当時はあまりその背景について深く知る事もなかったと思う。これは選挙で選ばれた政権が社会主義だったため、アメリカの後援で軍部がクーデターを起こし、大統領らを殺害した事件だ。そもそも選挙で選ばれるだけあって、支持率が40%はあったのだから、国内に不満分子をその分だけ持つ事と同じ。軍部は、反対派を次々と捕らえて殺害していく。このクーデターは当時、世界的にはかなりショックだったようで、多くの映画や小説で扱われている。日本ではもちろん自民党は、軍部を支持(ってなんだ)している。

本作の監督のグスマンは、クーデター時に2週間監禁され、その後、海外に住み、活動を続けている。90年に軍事政権は崩壊したが、チリの人々の多くは「すんだことは蒸し返すな」という態度のようだ。殺害に加わった人たちは口をつぐみ、遺体は発見されず、闇の中。しかし愛する人を亡くした人々にとっては、そんな“大人の事情”は関係ない。今日もシャベルを持った老女たちが、記憶のかけらを求めて、この砂漠をさまよっているのだ。人間の愚かさ、哀しみが伝わって来るドキュメンタリーだ。
(★★★☆)
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by mahaera | 2015-10-25 22:50 | 映画のはなし | Comments(0)

新作映画レビュー『草原の実験』セリフなしの詩的な映像に酔い、結末に驚く

草原の実験
Ispytanie

2014年/ロシア
監督:アレクサンドル・コット
出演:エレーナ・アン、ダニーラ・ラッソマーヒン、カリーム・パカチャコーフ
配給:ミッドシップ
公開:9月26日
劇場情報:シアターイメージフォーラム
http://sogennojikken.com


●ストーリー
風が吹き抜ける、ロシアかモンゴルかの草原地帯。そこに一軒だけぽつんと立つ小さな家があり、少女はそこで父親とふたりで暮らしている。働きに出かける父親を見送った後、少女は壁に貼った世界地図を眺め、スクラップブックを開き、遠い世界に思いを馳せていた。そんな彼女の前にひとりの金髪の少年が現れ、前から彼女を好きだった地元の少年と、ほのかな三角関係が生まれる。しかし、そんな日々にも、少しずつ暗い影が差していた。

●レヴュー
「衝撃のラスト」というのがすでにネタバレかもしれないが、この映画はラストにつながる歴史上の史実にある程度知識があったほうが、いいかもしれない。でなければ、なかにはキョトンとしてしまう人、あるいは「これはSF映画?」と思ってしまう人もいるかもしれないからだ。まずは、下記の「映画の背景」ぐらいの知識を頭に入れておいて、映画を観ている間は忘れて、最後にそれが背景にあることを思い出せばいい。

映画は、一切のセリフを排した、美しい詩のような作品だ。舞台となるのは草原にぽつんとある一軒の家とその周辺だけ。町や村は一切出て来ないので、これがいつの時代の話かさえも、よくわからない。登場人物も、主人公の少女とその父、少女に恋心を抱いているモンゴル系の地元の少年。やはり少女に恋をするロシア系の金髪の少年の4人が中心とシンプル。セリフないし、時代や場所を特定できるもの排している事から、寓話性も高いし、何よりもこの場所がこの世のものらしい俗っぽさとは無縁のものに見えてくる。そして少女。父親は典型的なモンゴリアンのおじさんだが、その娘は血がつながっているとは見えない美少女(笑)。演じるエレーナ・アンは、韓国人とロシア人のハーフとのことだが、まだ少女らしい(撮影当時14歳)奇跡的な一瞬を、カメラは捕らえている。まあ、『初恋のきた道』でチャン・ツィイーを初めて見たときぐらいの、インパクトがあるのだ(変なたとえだが)。

セリフはないが、映像と音は多くの言葉にはならない感情を物語る。誰もいない家で、世界地図を眺める少女。草原を歩く少女の前に、馬に乗った近くの少年が迎えにきて見つめあうとき、少女は少年の気持ちを知りながら知らない振りをする。父親のもとをかつての友人たち?が尋ねてきて、父親が操縦席に楽しそうに座る。かつて、彼らは戦争で戦った仲なのだろうか。この素朴で、子供っぽいところもある父親もいい。ファンタジーの世界のような楽園だが、そこに次第に暗い陰がさしてくる。父親はどこに働きに出ているのだろう。鉄条網の先には? 突然雨の夜にやって来て、父親の身体を調べる男たちは、まるで異世界からやって来たエイリアンだ。その無言さが、よりいっそう不気味さをあおる。父親が具合が悪くなった時、少女が猟銃を取り出す。どうするのかと思ったら、少女はそれを空に向けてパーンと撃つ。それが草原の伝達手段なのだ。印象的なシーンだ。

不吉な前兆もあるが、それは中盤以降に始る、少女をめぐる少年たちの三角関係のドラマに覆い隠される。少年とはいえ、やはり男。少女の心を勝ち取るためには、がんばらなくてはならない。かといってドロドロとしたものではなく、少年期には誰しも通った道のりだろう。それも楽園の一コマかもしれない。しかし、1時間半に渡って描かれたこの楽園が、二度と戻って来ないその衝撃のラストには打ちのめされる。ニュースにもならなかった事件だが、そこに人間らしく幸せに生きていた人たちがいたことを忘れてはならないと。このぐらいの知識があれば十分。あとは映画館で、少女と一緒に時間を過ごして欲しい。カザフスタンで、かつていたかもしれない人々と。
(★★★★)

●映画の背景
1949年8月27日、旧ソ連のセミパラチンスク(現カザフスタンのクルチャトフ)でソ連最初の原子爆弾が爆発した。機密保持のため、住民への避難勧告はなされなかった。また、この場所が選ばれたのは、担当者がこの地域を「無人」と偽って選んだからだという。
[参考]
セミパラチンスクのドキュメンタリー 書き起こしリンク
HTTP://KIIKOCHAN.BLOG136.FC2.COM/BLOG-ENTRY-791.HTML

●関連情報
2014年の東京国際映画祭で最優秀芸術貢献賞とWOW WOW賞を受賞
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by mahaera | 2015-10-18 23:58 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ザ・ヴァンパイア 〜残酷な牙を持つ少女〜』才気あふれる新人監督のデビュー作

ザ・ヴァンパイア 〜残酷な牙を持つ少女〜
A Girl Walks Home Alone at Night

2014年/アメリカ
監督:アナ・リリ・アミリプール
出演:シェイラ・ヴァンド、アラシュ・マランディ
配給:ギャガ映像事業部
公開:9月19日より新宿シネマカリテほか
http://vampire.gaga.ne.jp

●ストーリー
イランのどこかにある町、バッド・シティ。そこは犯罪と死と絶望にあふれた町。青年アラシュは、ヤク中の父親の借金の返済の代わりに、売人のサイードに愛車を盗られてしまう。一方、夜の町では黒いチャドルに身を包んだ少女が、町をうろつく男の首筋に牙を立てていた。盗んだ宝石と愛車の交換を申し出ようとサイードの家に向かったアラシュは、そこで無惨にも死体となっているサイードの姿を発見する。やがてハロウィーンパーティーの夜、アラシュと少女は偶然出会い、恋に落ちる。

●レヴュー
モノクロの画面にスタイリッシュな画面構成。陰鬱な音楽と、画面を左右に行き来する、極端に省略された登場人物たち。しかも会話はすべてペルシャ語だ。イラン系の両親を持つイギリス出身のアナ・リリ・アミリプールによる長編劇映画デビュー作は、「何か新しいスタイルの作品を見せてやろう」というデビュー作らしい野心に満ちている。舞台は架空の町“バッド・シティ”。解説では「イランの」とあるが、それがとくに明示されているわけではない。確かにイランにありそうな町並みだが、実際にイランで撮影された訳ではないし、どこかの地方都市のさらに外れの風景は、あえて特定のイメージを出さないようにしているためだろう。実際には存在しない町として、“シン・シティ”や“ゴッサム・シティ”を思い浮かべてくれればいい。

全体的なスタイルとしては、ジム・ジャームッシュの「ストレンジャー・ザン・パラダイス」、フランク・ミラーの「シン・シティ」、デビッド・リンチの「イレイザーヘッド」、そしてタランティーノ作品などの影響を受けていることはすぐわかるだろう。ヴァンパイアものとしては「僕のエリ、200歳の少女」の少女に近いのかもしれない。全編に流れるのは、無国籍風のロックやテクノ。少女をヴァンパイアだと知らずに恋に落ちた青年。少女も自分をヴァンパイアだと打ち明けることなく、青年にひかれていく。登場人物たちの服装や背後にある小物、時代を超えたアイコンが散りばめられた画面は魅力的だ(画面の奥まで見たくなる)

このようにスタイリッシュでムードたっぷりなのだが、ストーリーがなかなか転がっていかない。後半になってもドラマチックな展開がないのだ。つまり、この映画の魅力は前半の雰囲気作り(人物の背景説明含む)の部分で、後半、そこからどう展開していくかが弱いのが残念。設定と世界観だけで乗り切ろうとしているのだが、短編ならともかく、長編だと、ちとそれには無理がある。ということで、人によっては「退屈」してしまうかもしれない。「ただスタイリッシュな画面が続いていれば、話はどうでもいい」という人は問題ないだろうが。(★★★)

旅シネに寄稿したものを転載しました
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by mahaera | 2015-10-16 00:40 | 映画のはなし | Comments(0)