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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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2016.04.27メンフィスのロレインモーテルとロックンソウル・ミュージアム

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朝はにわか雨のメンフィス。
まずはホテルから15分ほど歩いてロレイン・モーテルへ。
ここはキング牧師が撃たれたモーテルだ。
写真で花が飾っているところに出てきたところを狙撃された。
今は黒人の解放や権利を訴える博物館になっている。

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そこから歩いて2分ほどのすぐ近くには、プレスリーが通っていた
という「アーケード」というダイナーがあり、そこでランチ。
映画「ミステリートレイン」や「マイ・ブルーベリー・ナイツ」で
ロケされたとかで、店内に写真が飾ってあった。

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さらに10分ほど歩いて、メンフィス・ロックンソウル博物館へ。
メンフィス発祥の音楽についての博物館で、
ゆかりのものが展示されているほか、ヘッドフォンで音楽が聴けるのがいい。
ヤードバーズがカバーしていた「トレイン・ケプト・ア・ローリン」の
オリジナルを初めて聞いたよ。十分かっこいい。
写真はBBキングのギター。

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僕が一番大好きなプレスリーの曲「サスピシャス・マインド」
作者マーク・ジェイムズがノートに書いた歌詞と、
実際にレコードに使ったギターとハモンドオルガン。

 しかし、こういうの、好きな人のみ楽しめる観光だろうなあ。
音楽にも、アメリカ現代史にも興味なければ、
何も見るところがない街、メンフィス。
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by mahaera | 2016-04-28 21:50 | 海外でのはなし | Comments(0)

2016.04.26 メンフィス・ブルース・アゲインが聞こえる

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メンフィス到着。

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空港のショップやバーからして、エルビスとブルース。

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チェックインしたら、もう日暮れ。
部屋からは、ミシシッピ。これから街へ繰り出そう。

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名物のリブステーキを食べ、ビール・ストリートに。
あちこちの店から音楽が聞こえてくる。
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3年ほど前までやっていたブルースバンドでも、取り上げていたレパートリーばかりだ。

今日から3泊。堪能します。
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by mahaera | 2016-04-28 05:59 | 海外でのはなし | Comments(0)

2016.04.25フレンチクオーター

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4月25日

次のフェスのライブは週末なので、それまではメンフィスに行こうと、現在、空港ホテルまで来ています。
 昨日はニューオリンズの旧市街であるフレンチクオーターをのんびり観光。
いや、どこにも入場せず、ただ、フラフラとしていました

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。いつもの仕事だと、入場料かかる施設に行ってばかりだし。
音楽に溢れているバーボンストリートだけれど、なんだかロックばかり。
もう観光客が若者というより、年齢層が高いので、
70年代ロックが中心。
結局、フェスで音楽を堪能しているので、どこにも入らず。
今晩は、メンフィスです。
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by mahaera | 2016-04-27 14:10 | 海外でのはなし | Comments(0)

2016.04.25ニューオリンズのジャズ&ヘリテージフェス 2日目

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二ユーオリンズ2日目です。

 今日は午前中、ホテルから歩いてフレンチクォーターへ。
ミシシッピ川を見ると、どうしても柳ジョージの「さらばミシシッピ」を口ずさんでしまいます。

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 フェス会場では、ハンコック&ショーターのデュオなど
渋いジャズを見たりもしましたが、トリはレッチリ。

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フェス向けの選曲か、グレイテストヒッツ的な選曲でした。

一番後ろでゆったり見たので遠かった。。
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by mahaera | 2016-04-26 21:22 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

04.24ニューオリンズのジャズ&ヘリテージフェスに来ています

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おはようございます。昨日、早朝ニューオリンズ着。
早めにホテルチェックインできたので仮眠し、午後2時頃会場へ。
ステージがいくつもあり、とにかく人人、、、。
僕らは初日なので、会場全体位の様子を見て、目的であるヴァン・モリスンに絞って行動。

 1番大きなステージのトリは、パールジャムだがそれは見ずに、
ジャック・デジョネット・トリオ(コルトレーンとギャリソンの息子と)を
20分ぐらい見て、ヴァンのステージへ。
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途中、ブルースステージ、ゴスペルステージなどものぞくが、
メインとせかんとステージ以外はそう混んでない。
 初ヴァンは、一切MCなし、曲間もなく、1時間20分、歌いまくり。
割と知っている各時代の代表曲をまんべんなく演奏する。
もちろん、歌以外にも、サックス、ハーモニカ、ギターを披露。
ブラウンアイド・ガール、ムーンダンス、
ベイビー・プリーズ・ドント・ゴー、デイ・ライク・ディス、
そして最後はゼム時代のグロリアと大サービス。

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演奏中には、上空には、飛行機雲でPRINCEの文字が。
 本日もこれから会場に行ってきます。暑くて日射病に気をつけないと、、
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by mahaera | 2016-04-25 14:04 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

2016.04.18 ディラン行ってきました

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おとといも、ディラン行ってきました!
PA席のすぐ後ろで、前がスコーンと見える良席。
ディランの良し悪しを聞くのは野暮です。いつも最高!
もはやロックではないですが、それも気にならない。
最高のアメリカンミュージックを聴かせてくれました。
しばらく東京と横浜公演があるので、未見の方は是非。

当日券も出ていますよ。
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by mahaera | 2016-04-20 11:45 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

子供に教えている世界史。産業革命のまとめと奴隷

子供に教えている世界史。産業革命のまとめと奴隷

 そろそろ勉強は1865年以降の第二次産業革命時代に突入するのだが、それ以前の第1次産業革命(これが教科書で「産業革命」と章立てされている部分)が、1700年ぐらいから1850年ぐらいまでと長いのに、教科書ではアメリカ独立やフランス革命の前あたりに押し込められているので、どの時代にどのぐらいの科学技術が発達し、工業化されていったのかがわかりにくい。例えばナポレオン時代には、どんなものが実用化されて普及していたのだろうか。今に置き換えれば、20年違うだけで戦況をファクスで送るか携帯で送るかぐらいの違いはあるのだから。

 1700年代はイギリスの紡績工業が産業革命を牽引した。忘れてはならないのは、豊富な工場労働者を生むためには、農業革命(農業の工場化)も必要だったこと。初期の農業では一人の農民が養える人は数人しかいな。それがより多く養えるほど農業の効率化が進まないと、工場にまで人は回らない。輸入もあるので一概には比較できないが、調べるとイギリスの農民比率は、1850年には20%。これは世界のどの国よりも低かった(1910年には9%ぐらいにまでなった)。それが可能になったのも、1800年代のヨーロッパでは、太平洋産のグアノ(堆積した鳥の糞)、ついでチリで採掘された硝石が大量に運ばれ、リンを含む肥料として農地に投入され、十分な農業生産をあげられるようになっていたから。農業も、自然に任せて、ではもうなかったのだ。

 1700年代末には、ヨーロッパの森林の多くが伐採され、木材や海藻を焼いて作るアルカリが不足し、北米やロシアから輸入していた。しかし1800年初頭に考案されたルブラン法で、塩からソーダ灰を作ることが成功し、イギリスでは工場が大量生産。その量は前の世紀の数十倍に達した。これにより、ガラス、石鹸、紙が安価で大量に作られるようになったが、垂れ流しになった硫化水素により、環境汚染が深刻な問題になった。また、1800年代に入ると蒸気船や蒸気機関車が実用化され、物流の流れが飛躍的(数百倍)に早まった。物流革命と言ってもいい。電気は世紀の前半ではまだ実用化されるには早かったが、その原理は分かり始めていた。

 余剰労働者がたくさんいて、さらに資本が集まり、工業化は成功する。しかし製品を作るには原料が必要で、その原料を供給するために、欧米以外のモノカルチャー(単一作物)化が進む(時には強制的に)。つまり、先日書いた「南部の綿花需要が伸びて奴隷性が拡大」したのも、もともとは紡績工場に原料を提供するため。そうすると、工場で働く労働者も、その原料を作らされていた黒人奴隷も、同じシステムの中で動いているように見える(当人の境遇はちがうが)。やがて奴隷制は廃止されたが、原料は必要で、奴隷ではないがモノカルチャーを押し付けられる国や人々が出てくる。それを加速化するために「植民地化」が進んだのが、これから学ぶ1865年以降の第二次産業革命時代だ。
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by mahaera | 2016-04-20 11:43 | 世界史 | Comments(0)

子供に教えている世界史。テキサス共和国の独立と併合

子供に教えている世界史。テキサス共和国の独立と併合

 中学生の時、ジョン・ウエイン主演の西部劇「アラモ」を見た。メキシコの圧政に立ち上がったテキサスの男たちが、アラモ砦に立てこもって玉砕する話。それ以来、「アラモを忘れるな」が標語になり、テキサスはアメリカの援助もあり、独立を勝ち取る。映画ではジョン・ウエインが主人公のデイビー・クロケットなので、当然メキシコ軍は悪者の勧善懲悪モノだ。映画としてはそれでいいが、現実の世界史となると、そうもいかない。

 テキサスがメキシコから独立したのは1836年。このころのアメリカは初の西部出身の大統領ジャクソンの時代で、アメリカが西へ西へと膨張している頃。彼は男子普通選挙など民主主義の発展に努めたが、一方、先住民強制移住法が成立し、奴隷制が強化された時代だ。強制移住の途中で先住民の1/4の4000人が死んだ「涙の道」事件もこの頃。そして、奴隷制をめぐって、北部と南部の対立の萌芽が始まった時代でもあった。

 南部の奴隷制プランテーションが強化されたのは、1820年代からだ。
イギリスの紡績工業の原料供給地として、アメリカ南部は空前の景気だった。1800年と南北戦争の始まる1858年を比較すると、綿花の生産量は何と60倍に伸びている(インドの綿産業が衰退したのもこの頃)。農園主は生産品をタバコから綿花に切り替えたが、綿花を積むには豊富な人的資源が必要で、多くの労働者(奴隷)が必要だった。1800年代の前半の南部人口の約半数が、黒人が占めていた。北部では奴隷制はもう廃止されていたが、南部の景気が続き、さらに南部が西へ西へと膨張してくと、奴隷州が増えていくのは避けられなかった。

 その過程の中で、メキシコ領だったテキサスにアメリカ人が入植しだし、奴隷制プランテーション農業を始めた。増え続けるアメリカ人移民を警戒したメキシコ政府は、1829年に移民の禁止と奴隷制の廃止を宣言(メキシコはすでに奴隷制を廃止していた)。しかし移民たちはそれを無視する。やがて移民たちはアメリカへの併合を求め、ジャクソン大統領はメキシコにテキサスの買収を持ちかける。しかしそれがメキシコに拒否されたため、アメリカ人移民を中心にテキサスは独立を宣言する。そしてアラモの戦いになる。

 テキサスの独立は1936年だが、アメリカ合衆国への併合は1944年。
時間がかかったのは、併合によって奴隷州が増えることを北部が嫌がったこと。そしてテキサスの併合は当然ながらニューメキシコやアリゾナといったさらに西への奴隷州の拡大を意味し、またメキシコとの戦争も予想されるものだったからだ。
しかしこの時点では、まだ「奴隷制廃止」が法案で討議されるまではなく、南部への譲歩が行われる。奴隷州問題は解決しないまま、持ち越されるが、それは建国当初から対立していた、強い政府を求める連邦派と、弱い政府強い州権の反連邦派の問題が何ら解決しないことを物語っていた。
連邦政府が決めたことを、州が拒否できるのかということだ。
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by mahaera | 2016-04-18 15:43 | 世界史 | Comments(0)

子供に教えている世界史。19世紀前半アメリカ

子供に教えている世界史。19世紀前半アメリカ。

 Yahoo掲示板の書き込みを読んでいてうんざりするのは、日本って制度としては議会制民主主義国家だが、本当は専制君主国家とか社会主義国家の方が合っているのではないか、と思うこと。ちょうど今教えている世界史が18世紀末から20世紀初頭の、長い長い民主主義国家の樹立への道のりの部分なのでそうだ。欧米諸国が、紆余曲折を経て得た制度を、日本は取り込んだのでありがたみがない。「自分で考えて行動する」より、「上から指示を待っている」人が多い、いやそっちがデフォルトになっている。「これが規則ですから」に弱い。「これってこうなってますけど、こうした方がいいんじゃないですか?」は僕はよく言う言葉だが、なんでみんな言わないんだろ。規則や制度は時代とともに変わる。今の社会のシステムがベストではないのに、皆それを守りたがる。そして、それを乱すものをネット上で、徹底的に攻撃する。どうも民主主義を「多数決独裁主義」と勘違いしているようだ。本来は、意見の異なる人たちが合意する過程が大事だとおもうのだが。

 今は、19世紀のアメリカ合衆国の歴史を教えているが、独立心、自由心がある人間は、当然ながら政府や社会より個人の自由選択を大事にする。しかしそれではバラバラで安定した社会は作れないから、政府主導で社会の枠組みを作って欲しい人たちもいる。アメリカは建国時からその双方の勢力の間で、政治が揺れ動いている。どっちかに触れすぎると、バランスが崩れ、片方への揺れ戻しがある。建国時のアメリカは、常備軍もなかったし、中央銀行もなかった。所得税さえも、個人の財産権の保証のため、なかった(間接税や関税はあった)。今では当たり前の累進課税だって、個人の権利を侵す憲法違反とされた。しかし、強い国家を望む声が勝ち、膨張政策も相まって、変わっていく。

 100年で領土は4倍以上になり、人口は10倍以上に増えていく国の舵取りは、やはり大変だ。政府が強くなるにつれ、それが世知辛くて嫌になる人たちは、西部へと進んでいく。それはそれで先住民の権利は、という問題もあるのだが。ただ、それでも19世紀のアメリカは、「頑張れば幸せになれる」という、楽観的な空気が社会にあった。ピューリタン的な「勤勉は報われる」という思想だ。階級やしがらみがない世界では、その人の成功は個人の能力に関わっている。それを「勤勉」や「努力」で補えると信じていたのだから、積極さは賞賛される。社会システムの整備も、個人の自由や権利を守るためであって、社会ありきではないと。
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by mahaera | 2016-04-16 10:11 | 世界史 | Comments(0)

2016.4.12 ブライアン・ウィルソン東京公演行ってきました

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先週のディラン、来週のクラプトンと、ロックレジェンド来日ラッシュの中で、未だライブを見たことがない、ブライアン・ウィルソンのコンサートに昨日行ってくる。
行きたいと思ったのが、前日の夜なので、昨日の夜に入稿予定だった原稿をガッツで昼間市ヶ谷で入稿し、渋谷でジェームズ・ブラウンのドキュメンタリーの試写を見て、有楽町の国際フォーラムへ。
当日券、余裕で買えました。

 ビーチボーイズをちゃんと聴いたのは、昨年公開されたブライアン・ウィルソンの伝記映画『ラブ&マーシー』を見てから。それまでは「ペットサウンズ」しか持っていなかったので、「スマイル」を買い、「英雄と悪漢」に痺れた。もちろん、ビーチボーイズのイメージそのままの「サーフィンUSA」のようなヒット曲は、ラジオからよく流れていたので知ってはいたが。

 コンサートは3部制で、1部が「ヒット&レア」
ビーチボーイズのヒット曲とレア曲で構成。
レアといえば、ゲストで参加のブロンディ・チャップリンが、ビーチボーイズに参加していた2年ほどの間の曲を演奏。「セイル・オン・セイラー」はよくラジオで聴いたが、KGBの方のカバーだったかな。
あ、これビーチボーイズの曲だったんだと、後で調べる。
ブライアンはピアノの前に座って歌うだけで(ピアノはほぼ弾かない)、表情はないが、バンドの精神的支柱という感じ。
歌は当然ながら高音はでず、衰えているが、しょうがない。
ゲスト扱いだが、バンドメンバーの一員として出ずっぱりのオリジナルメンバーのアル・ジャーディンは、声の調子もいい。

 2部がお待ちかね、「ペットサウンズ」全曲曲順通りの再現
もともとライブを考えずに作ったプログレアルバムのようなもので、調整感が希薄な曲も多い。
歌うにはかなり難しい難曲なので、ブライアンは音を外しまくりだが、メンバーがすかさずフォローする。
アル・ジャーディンの息子が高音部を歌い、聴き心地を良くしている。
しかしこうして通して聴くと、当時のレコード会社の人が「こんな音楽誰が聴くんだ。ペットか!」といったのもわからないでもない。通常のポップミュージックじゃないんだもの。
「素敵じゃないか」「スループ・ジョンB」など一部の曲以外は、高揚感がまるでない。
今でも、なんか変なものを聴いた感はある。
それでも「神のみぞ知る」は、誰でも名曲だと感じるだろう。

 3部が、ビーチボーイズのヒット曲メドレー
ここはもう盛り上がらないわけがない。
「ペットサウンズ」から一転して、高揚感の連続といってもいい。
6曲続いた後、最後はしんみりと、ブライアンのソロアルバムの曲「ラブ&マーシー」でコンサートの幕は閉じた。
映画でも主題歌的に使われていたあの曲だ
。ビーチボーイズという名は使っていなけれど、ポールとジョージだけがいるビートルズのようなものである。
その二人を支えるバンドメンバーたちは、今はもうミュージックシーンから消えてしまった先達の音楽を、進んで継承しようという意思に満ちていた。
おそらく、ブライアンが亡くなっても、バンドは続きそうだ(もう15年続いているし)。
こうした音楽の継承はアリかなと感じた。
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by mahaera | 2016-04-13 13:29 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)