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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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いよいよ本日! ◆さかぐちとおる×前原利行 トークイベント◆ 「メキシコ音楽とキューバ音楽」

◆さかぐちとおる×前原利行 トークイベント◆たびカフェKICHIJOJI Vol.5
「メキシコ音楽とキューバ音楽」

 吉祥寺の井の頭公園近くという場所で、その道の達人による海外を歩いた生の情報やエピソードが聞けるトークイベント「たびカフェ」。ご近所にお茶を飲みに来る感覚で来ていただき、気軽なトークに加わっていただければ幸いです。
 第5回目は「メキシコ音楽とキューバ音楽」。
 今回は、旅行ガイド誌を中心にラテン諸国を随時取材している、著述家・編集者のさかぐちとおる氏をメインスピーカーにお呼びします。先住民の文化とスペイン文化が融合した国メキシコ、黒人奴隷を労働力として導入した歴史からスペインとアフリカの文化が融合したキューバ。近隣国ながら文化背景の異なるこの2つの国を、音楽を通じて解説します。
 今回のたびカフェでは、一般の旅行者でも気軽に聴くことのできる両国の伝統音楽を店内に流しながら紹介していきます。ラテン音楽に興味がある人、メキシコやキューバを知りたい人、中南米諸国を旅したい人などなど。ぜひ、遊びに来て下さい!

●さかぐちとおる(著述家・編集者)

神奈川県出身。中央大学法学部卒業。NHKサービスセンターに4年間勤務し、1999年に退職後は中南米や南欧などを旅して、各地の音楽や舞踊などを求めて研究活動をする。2000年に著書『キューバ音楽紀行』(東京書籍)の出版をきっかけに本職として著述業を始める。『地球の歩き方』シリーズではスペイン、メキシコ、中米、ポルトガル。近著に『キューバ音楽を歩く旅』(彩流社、2016年11月発行)がある。
公式サイト:sakaguchitoru.com
公式ブログ:sakaguchitoru.sblo.jp

●前原利行(旅行ライター)
旅行会社勤務後、旅行ライターに転身。現在は『地球の歩き方』シリーズなどのガイドブックや、紀行文などのライティングや編集に関わっている。

■日時:1月28日(土)19:30~21:00(開場19:00)
■参加費:チャージ1000円+ドリンク代(600円)
■会場:クワランカ・カフェ(吉祥寺)
■申込:着席定員は25名です。※定員になり次第締め切らせていただきます。
お席を確保いたしますので、事前の予約をおすすめします(多数の場合は先着順になります)。e-mailまたはFBなどのメッセージでお申し込みください。その際、参加人数と連絡先を明記ください。
 申込先 前原利行 mahaera@hotmail.com まで
 

■問合せ先:クワランカ・カフェ(月、木曜定休)
      TEL 080-5658-3476  http://qwalunca.com/
      東京都武蔵野市吉祥寺南町1丁目8-11 弥生ビル3F 
■主催:クワランカ・カフェ/前原利行

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by mahaera | 2017-01-27 14:21 | 仕事のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『マグニフィシェント・セブン』   大量破壊のアクションだが中身は薄い、残念な結果

マグニフィシェント・セブン
The Magnificient Seven
2016年/アメリカ

監督:アントワーン・フークア
出演:デンゼル・ワシントン、クリス・プラット、イーサン・ホーク、ヴィンセント・ドノフリオ、イ・ビョンホン、ピーター・サースガード
配給:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント
公開:2017年1月27日
劇場情報:全国にて


もちろんこの映画が、『荒野の七人』のリメイクであり、
『荒野の七人』が『七人の侍』のリメイクであることは、
誰もご存知だろう。
で、そばを食べに行ったらパスタが出てきたのが
前作『荒野の七人』なら、今回はパスタを食べに行ったら、
ハンバーグとポテトが出てきたような、
さらにアメリカンな仕上がりだ。
『荒野の七人』はキャラクターの変更はあったものの、
『七人の侍』の大まかなつくりはまだ残っていた。
しかし今回は、もうまったくの“別もの”。

困っている町民を7人のガンマンが助けに来るというところは
同じだが、悪者がメキシコの山賊ではない。
町のそばで鉱山を経営している権力者だ。
ガンマンを呼ぶのも農民もいるが、ほぼ町民という感じ。
ガンマンと村人たちの交流もほとんどなく、
いちおう銃を持たして射撃の練習をさせるが、
そのシーンはあまり力が入っていない。
じゃあ、何がメインかというと、激しい銃撃戦、
ドッカンドッカンと炸裂するダイナマイト
とにかく派手になっているが、これがまたやりすぎで長い
刑事アクションじゃないんだからさ、
西部劇は一瞬の勝負で決めてくれよ。
セルジオ・レオーネみたいにさ。

監督のアントワーン・フークアは、『イコライザー』とか
『リプレイスメント・キラー』『ザ・シューター』のように
手堅いアクション映画作家で、映画史には残らないけれど
クオリティは低くない作品作りに長けている>
昔でいう『荒野の七人』の監督ジョン・スタージェスのような職人タイプ。なので白羽の矢がたったのだろう。
しかし、今回のような、大勢のキャラを登場させる大作には
不向きなようだ。

各キャラが荒々しいガンマンばかりで、
差別化できていないのが弱い。
その割には六人があっさりデンゼルのもとに
まとまっていくのも、簡単すぎる。
子供好きのキャラとか、冗談ばかりいう和みキャラとかがいれば、もっと各キャラが引き立つのに。
そう思うと昨年の作品だが、
タランティーノの『ヘイトフル・エイト』は、それぞれが存在感あるキャラだったと思うし、『ローグワン』のほうが混成部隊のキャラがまだうまく出ていた
まあ、「具沢山だが味は大雑把で薄い料理」を食べた感じ。
ということで、期待大、残念な結果に。
★★
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by mahaera | 2017-01-27 12:02 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『太陽の下で —真実の北朝鮮—』人間が全体の1パーツとして生きるはどういうことか?

太陽の下で —真実の北朝鮮—

2015年/チェコ、ロシア、ドイツ、ラトビア、北朝鮮

監督:ヴィタリー・マンスキー
出演:リ・ジンミ
配給:ハーク
公開:1月21日よりシネマート新宿にて公開中
公式HP:taiyono-shitade.com


すでに私たちは、ニュース映像や断片的な情報で、
北朝鮮が前時代的な全体国家であることを知っている。
ただし、映像は基本的には国営放送が流すものなので、
“管理されていない”北朝鮮の姿を見ることはできない。
ではこのドキュメンタリーはどうなのか。

ロシアのドキュメンタリー作家であるマンスキー監督は、
2年にわたる交渉の結果、ようやく「北朝鮮に住む庶民の日常風景に密着取材する」許可をとる。
ドキュメンタリーの主役となるのは、
少年団にいる8才の少女ジンミ
金日成の誕生祭である「太陽節」で披露する踊りの練習に余念がない、そんな姿を映し出すはずだった。
ところが、現地に着いてみるとシナリオができていて、
“北朝鮮側の監督”がOKを出すまで、ジンミや両親、カメラに映る人々は何度でも演技のやり直しをさせられる。
カメラに映る会話は、すべてセリフがあり、
演出されたものだった。
しかも撮影されたテープは、すべてその日のうちに検閲を受ける。
そこでマンスキー監督は“隠し撮り”を決行する。
リハーサルや休憩時間の段階から録画スイッチを押したカメラを放置し、映像を密かに持ち出していたのだ。
こうしてできあがったのが、この“ドキュメンタリー”だ。

撮影が始まり、北朝鮮に渡ったマンスキー監督がまず驚いたのは、ジンミの両親の職業が変えられていたこと。
北朝鮮では職業選択の自由はなく、全員公務員のようなものだから、映画に合わせてその間に変えられていたのだ。
そしてジンミ一家が住む住宅には、生活感がない。
どうやら、本当は別のところに家があり、
そこから通っているのがアリアリなのだ。
ケガをした友達をみんなで見舞いに行くシーンを
何度もやり直すところがあり、
「北朝鮮ではこれがドキュメンタリーなのか」と驚くだろう。
また、授業風景では思想統一のために何を教えているかもわかり、まるでディストピアSF映画だ。
ラスト、ジンミちゃんに自分の言葉で話すように監督が問いかけると、意表を突かれて困ってしまうジンミちゃん。
ジンミちゃんが考えて出す言葉が、悲しくも恐ろしい

言いたいことも言えないし、やりたいこともできずに
一生を終えていく人生。
全体の中のパーツとしてしか人生を過ごせない、
それはまるでアリの一生だ。

そこには“自分の意思”というものがない
そして監視されている人たちだけでなく、監視している者もまた誰かに監視されていている。
でもねえ、これを「かわいそうな人達」とひと事だと
思って見るのは、まちがいだ。
このディストピアは今もこの瞬間に存在するし、
その世界と私たちの世界は無縁ではない。
そして私たちの世界も、条件さえ揃えば、
すぐにこんな世界に変わることもあるだろう。

日本にだって、本人はまったく意識していないが
「服従」に居心地良さを感じている人たちがいる。
受け売りだけで、自分の言葉で語っていない人たちも。
私たちの世界が、50年後にこうなっていないとは限らないのだ。
★★★前原利行)

●映画の背景

・監督は両親が生きたスターリン時代のソ連がどうだったか、また自分が若かった頃のソ連も知っているので、それが今も続いている北朝鮮に興味を持ったという。
・気になるのは、この映画を北朝鮮政府はどうみているのかということだが、プレスによればやはりロシア政府に上映中止を要求したとのこと。それにより、ロシア政府も公の映画館では上映禁止にし、この映画を非難した。監督は、現在ロシアを離れてラトビアに住んでいるという。
・映画を見たら、その後のジンミちゃんも気になるが、公式のアナウンスメントはない。

※この記事は、旅行人のWEBサイト、「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました

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by mahaera | 2017-01-25 12:07 | 映画のはなし | Comments(0)

2016年マイ映画ベストテン発表! 今年の1位は、何といっても『サウルの息子』です!

2016年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作、旧作合わせて146本。2015年が234本なのでかなり減ったが、作品的にはいいものが多く、とくに邦画の充実ぶりは追いきれなかったほどで、僕にしては珍しく4本、そしてアニメは3本入っている。
昨年はアメリカ映画が10本中8本だったが、
今回は3本に減ってしまったが、レベルは高かったと思う。

1.サウルの息子(ネメシュ・ラースロー監督/ハンガリー)
 もう映画を見ている間、試写室の中がアウシュビッツのように感じられて辛かった。もう二度と見たくないと思ったが、映画館に高校生の息子を連れて行った。こんな世界が二度と来て欲しくないと彼にも思って欲しかった。今どきないスタンダードサイズの画面の、気づかなかった表現方法。文句なしにすばらしい。

2.キャロル(トッド・ヘインズ監督/アメリカ、イギリス)
 1950年代のレズビアンの話のどこが今日的か。ところが、彼女たちの気持ちは現在の男でもよくわかる。どこをとっても映画的な(小説ともテレビとも違う)濃厚な時間が味わえる作品。

3.ズートピア(リッチ・ムーア、バイロン・ハワード、ジャレド・ブッシュ共同監督/アメリカ)
 ノーマークだったが評判がいいので劇場に行ったら、クオリティの高さに驚いた。脚本には無駄なシーンばかりでなく、無駄な台詞もない。つまり、すべてが意味あってセリフが配置されているすばらしさ。「偏見」をテーマにし、ステロタイプの見方をしていた自分の中の偏見が途中で見事に覆される。すみませんでした。

4.シン・ゴジラ(庵野秀明、樋口真嗣監督/日本)
 映画を観出してもう途中から面白くて面白くて。ゴジラの東京破壊シーンは、SFの破壊シーンで久しぶりに呆然としてしまった。「ポスト3.11映画」としてもすばらしい。

5.AMY エイミー(アシフ・カパディア監督/イギリス、アメリカ)
 もう、映画を観ていて、「何とかならなかったのか〜」という気持ちでいっぱいになる。悪い大人が子どもをダメにする。生きていりゃ、この先いいこともあったかもしれないのにと。すぐCD買った。

6.ヒメアノ〜ル(吉田恵輔監督/日本)
 映画中盤のタイトルの出方、絶品。映画を観ていてものすごーく、嫌〜な気持ちになった。最初はあんなホノボノだったのに、森田演じる森田くんの底知れぬ闇の深さ。V6とか知らなかったので、完全にこういう人だと思って見てしまった(くらいうまい)。

7.ザ・ウォーク(ロバート・ゼメキス監督/アメリカ)
 ラストシーンで、なぜこの映画が“いま”なのか納得する。世界は変わってしまったのだ。あと、初めてひざがガクガクした3D映画。3Dの奥行き感をこれほどうまく出して映画はないのでは。日本でヒットせずに残念。

8.みかんの丘(ザザ・ウルシャゼ監督/エストニア、ジョージア)
 アブハジアに住むエストニア人の老人、グルジア人、チェチェン人らが登場し、戦争の無意味さを説教臭くなく、寓話とリアルを交えて語る。手塚治虫の短編漫画を読んでいるようなヒューマニズムにグッときた。

9.この世界の片隅に(片渕須直監督/日本)
10.君の名は。(新海誠監督/日本)
 世の中、この2本が比べられて、『この世界の片隅に』を褒めるのがツウ、『君の名は。』はヒットしたからダサい的な、書き込みが目につくが、僕はどちらもいい作品だと思う。それに目指しているものも、表現の仕方も違うんだし、両映画の製作に関わった人たちは、困惑しているのではないか。どちらもいいので、どちらも見ればいいと思う(『君の名は。』は作劇的に突っ込みたいところはあるが、大きな欠点にはなっていない)。

ベストテンには漏れたけれど、
作り手の意気込みが伝わってきて好きな他の作品は以下の通り。
『レヴェナント蘇えりし者』、『キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー』、『ハドソン川の奇跡』、『マジカル・ガール』、『スティーブ・ジョブズ』
 で、逆に、「手を抜かないでもっとちゃんと作れよ!」と思った志が低いワースト作品は『ミュータントニンジャタートルズ影』、『ペット』、『スノーホワイト』、『X-MENアポカリプス』、『ジェイソン・ボーン』。
つまんないというより、舐めるなって感じ。
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by mahaera | 2017-01-23 19:21 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『ザ・コンサルタント』 このジャンルに新しいヒーローが。ただしあの終わり方はない

ザ・コンサルタント
The Accountant

2016年/アメリカ

監督:ギャビン・オコナー
出演:ベン・アフレック、アナ・ケンドリック、J・K・シモンズ、ジョン・リスゴー
配給:ワーナー・ブラザース映画
公開:1月21日より丸の内ピカデリーほか全国にて公開中
公式HP:wwws.warnerbros.co.jp/consultant-movie/


「ナメてた相手が実はすごかった」系の映画は、
観ているお客にカタルシスをもたらしてくれる。
主人公は、たいていふだんは冴えない、
あるいは目立たない人間だが、スイッチが入ると別人になる。
それが、たいてい弱い者をいじめて悪の限りを尽くしている
奴らを、バッタバッタと倒していくのだから、
「やれーっ! もっとやれーっ!」となる。
現実世界ではほぼ100パーセントないからこそ、
映画ならではのファンタジーといってもいい。
昔からこのタイプの映画はあったが、
『96時間』以降はそうした映画が「当たる!」と作られている。
『ジョン・ウィック』、『イコライザー』、『アジョシ』なんかがそうだ。

さて、この映画もそんな系譜につながる一本。
主人公は田舎町で小さな会計事務所を開いている
クリスチャン・ウルフ(ベン・アフレック)。
実はそれは偽名で、裏の顔はマフィアなど組織犯罪の会計士。
一方、財務省の局長キング(J・K・シモンズ)が、
謎の彼の所在を探っていた。
ウルフはほとぼりを覚ますため、
一般の大企業の財務調査依頼を受ける。
天才的能力で、たった1日で経理不正の疑いを発見したウルフだが、
社長のラマー(ジョン・リスゴー)は調査の打ち切りを命じる。
その後、ウルフを武装した男たちが襲うが、
あっという間に返り討ち。
そう、ウルフこそ「ナメてた相手」だったのだ!

ま、観客はベン・アフレックがマット・デイモン並みに
相手を倒していくことを期待しているので、
ストーリー的な驚きはそんなにない。
この映画が他の「ナメてた相手が実はすごかった」系と違うのは、
主人公が“元工作員”とかでなく、幼い頃自閉症で、
それを心配した軍人の父親が、
「相手にナメられないように」と実践的な格闘技を
子供の頃から身につけさせていたということ。
一方、彼は彼で、数学的な能力は幼い頃から高い。
つまり『レインマン』のダスティン・ホフマンが、
ジェイソン・ボーンの能力を身につけたような感じという
“おいしいところ取り”なのだ。

少年時代のシーンでは、
「いや、お父さん。この子は、そっちじゃなくて、科学者とかそっちの方向に才能を伸ばしてあげようよ」と思うのだが、
そうしたら映画にならないので、ひたすら戦いの毎日。
ま、映画なんで、そこは目をつぶるとしよう。
成長したウルフは数学の才能を活かして裏社会の会計士に
なる一方、超一流の殺人マシーンにもなる。
といっても、宣伝にあるようなお金で請け負って仕事をする
“殺し屋”ではなく、自分なりの正義や復讐を果たす時にしか
殺人マシーンにはならない。
今回は命を狙われ、さらにちょっと好きな数学好きな女子(アナ・ケンドリック)の命を救うためにがんばる。

戦闘モードに入ったウルフは、相手を一人一人的確に倒していくが、そこはこのジャンルの最大の見せ場。
80年代アクションのように、ドッカンドッカンという
爆発はないのが、今風。
いや、けっこうそれが楽しいのだが、
最後のほうがちょっと問題がある。
「おい、それでいいのか!」
たぶん、続編への色気があるのだろうが、
それじゃ『ウルヴァリンZERO』だろ(オチは言えないので)。
とうことで、前半は80点、
最後の解決のつけ方が0点と納得がいかないので、評価は
★★☆
いや、途中まではいいんだけどね。
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by mahaera | 2017-01-22 11:08 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』 地味だが堅実な出来の作品

アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男

2015年/ドイツ

監督:ラース・クラウメ
出演:ブルクハルト・クラウスナー(『白いリボン』)、
ロナルト・ツェアフェルト(『あの日のように抱きしめて』)、
セバスチャン・ブロムベルク
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
公開:2017年1月7日よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町にて公開中
公式HP:eichmann-vs-bauer.com/


ドイツ映画らしい、地味だけれど堅実なタイプの実話の映画化。
まずそもそもアイヒマンを知らなかったら話にならないので、
せめてwikiでも読んでから映画を見ること。
ざっくり言うと、アイヒマンは第二次世界大戦時に数百万人のユダヤ人を絶滅収容所に送り、殺害した責任者だ。
とはいえ、バリバリの軍人ではなく、
命令に従ってこなす“有能な官僚”タイプだった。
戦後、南米に逃亡していたが、1960年にアルゼンチンで捕まり、
翌1961年にイスラエルで行われたアイヒマン裁判の結果、
1962年に処刑された。
前にも紹介した映画『ハンナ・アーレント』にもその様子が描かれている。
全世界の人々は、裁判に出たアイヒマンを見て驚いた。
数百万人を殺したのだから、ものすごい極悪人の姿を想像していたら、そこらへんの役所にいそうな小役人顔だったからだ。
裁判では「命令に従っただけ」とアイヒマンは言ったが、
彼が積極的に効率よく“仕事”をしなければ、
もっと被害は少なかった。
では、最大の“悪”とは何か、それは『ハンナ・アーレント』を見てください。

ただ、日本ではこれから2月に公開される映画『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』という、アイヒマン裁判中にイェール大学で行われた“ミルグラム実験”を描いた映画にも示されているように、たいていの人間はアイヒマンと同じシチュエーションに置かれたら、同じことをするそうだ。
これは「服従の心理」というもので、
詳しくは「ミルグラム実験」とかでwikiで調べてください。
今回紹介する映画とは関係ないけれど。

さて、本作のタイトルを見て、アイヒマン捕獲を描いた華々しい作戦の映画と想像していたら、老人主演のあまりの地味さに驚くかもしれない(逮捕に関してはロバート・デュバル主演で『審判』という映画になってるいそうだが未見。DVD発売なし)。
アイヒマンを尾行し、アルゼンチンで誘拐して密かにイスラエルに
運んだのはイスラエルの諜報機関モサドで、
これはこれでひとつの映画になる。
しかし本作の主人公は、逮捕のきっかけとなったモサドへの情報提供を行ったドイツの検事バウアーだ。

舞台は1950年代後半のフランクフルト。
ナチスの戦争犯罪者の告発に執念を燃やしている
検事長バウアーのもとに、アルゼンチンに住むユダヤ人から
アイヒマンが潜伏しているとの情報が入る。
しかし、バウアーの周辺では、かつてのナチス党員や信奉者たちが社会復帰をしており、彼の行動に目を光らせていた。
ドイツの法機関の情報は、ナチスの残党に筒抜けだったのだ
そこでバウアーは違法と知りながらも、
アイヒマンを拘束するためにその情報をモサドに渡す。
彼の願いは、
アイヒマンをドイツで法により裁くことだったのだが…。

バウアーは判事時代の1930年代、社会民主党の党員だったが、
ナチスが政権を握り、ナチス以外のすべての政党を禁止すると、
強制収容所に送られてしまう。
その後、バウアーは政治的に転向し釈放。
しかし1936年にはデンマークに亡命する。
バウアーはユダヤ人だったが、無神論者でもあった
第二次世界大戦が始まるとスウェーデンで抵抗運動に加わる。
1949年に西ドイツに帰国したバウアーは、
ヘッセン州の検事長になる。

映画は50年代の末から始まるが、この時代は公職追放された
ナチスやその信奉者たちも社会復帰していた。
冷戦下だったから、アメリカや西ドイツ政府も、
戦争犯罪の追及にはあまり熱心ではなかった。
そのため、若年層の中には、ナチスの犯罪について知らないものも多く、ナチスの戦争犯罪は早くも風化し始めていたのだ。
映画の中でも、若手の検事たちの中には、
なぜバウアーが“過去”の犯罪の告発に力を入れているのかを
理解していないものもいることを見せている。
バウアーはそうした風潮に危惧を抱いていた。
バウアーは復讐のために逮捕に執念を燃やしたわけではなく、
事実を明るみにすることによって、人々にもう一度、
民主主義や人間の尊厳を再確認してもらいたかったのだろう。
映画では時間がどれくらい経ったのかわかりにくいが、
最初の情報提供から逮捕までの証拠固めには、
実は3年近い年月が経っている。

そうした地味な積み重ねを、観客が飽きないようにするために、
多少脚色はあるが、なんとかエンタテイメント作品にした本作。
僕はもともと関心があるから楽しめたが、みなさんはどうかな。

★★★

この記事は、旅行人のWEBサイト「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました。
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by mahaera | 2017-01-21 11:54 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『ブラック・ファイル 野心の代償』 ダメなこの映画最大の謎はキャスティング!

『ブラック・ファイル 野心の代償』

2016年/アメリカ

監督:シンタロウ・シモサワ
出演:ジョシュ・デアメル、アンソニー・ホプキンス、アル・パチーノ、イ・ビョンホン
配給:松竹
公開:2017年1月7日より新宿ピカデリー他にて公開中


「あれ、こんな映画、上映していたの?」
と思う方は多いはず。
主演はあまり知らないけれど、他には大物・有名俳優がゾロリ。
その割にはまったく話題にはなっていない。
そう、せっかくここまでいい俳優を揃えたのに、
残念な出来になってしまい、アメリカでは酷評。
ヒットもせず、日本でもひっそりと公開されることになった作品。
それでも公開されるのは、Tsutayaとかゲオの棚に並ぶ時、
「未公開」だと借りる人がいなくなってしまうことを見越してのことだろう。

ストーリーはこんな感じ。
主人公は、一流弁護士事務所に勤める
野心家の弁護士ベン(ジョシュ・デアメル)。
夫婦生活は冷え切っており、彼はそれを振り払うように仕事に打ち込んでいる。
ある日、彼は昔の恋人エミリーから連絡を受ける。
今は巨大製薬会社のCEOのデニング(アンソニー・ホプキンス)の愛人になっているエミリーは、
会社の不正行為を証明するファイルをベンに渡す。
ベンは、弁護士事務所の代表であるチャールズ(アル・パチーノ)に
製薬会社に対する訴訟を持ちかけるが、
思いもよらぬ方へと事件が起きる。

主人公の弁護士を演じるジョシュ・デアメルは、
『トランスフォーマー』シリーズの軍人役といえばわかるだろうか? 
その後、パッとしないながら、
BC級の低予算アクションやサスペンスで、なぜか主演をしている。
数年前のそんな映画『ファイヤー・ウィズ・ファイヤー炎の誓い』もパッとしなかったが(笑)、なぜかブルース・ウィリス、ロザリオ・ドーソン、ヴィンセント・ドノフリオ、50セントらが脇を固め、3日拘束仕事をこなし(笑)、アメリカではソフトスルー。
今回も、どうやって脇を豪華キャストで固めたのか。

主人公はそれまで万事順調だった若手弁護士。
やり手だが、やり方はグレーの部分もある野心家だ。
その彼に飛び込んだネタが、彼を思わぬ方向へと導いていく。
登場人物が引き起こす偶然が、なぜか悪い方へとばかりと進んでいくのは、この作品がデ・パルマ作品へのオマージュだから。
不安を増長させる音楽と移動し続けるカメラワークも、
もちろんデ・パルマチックと分かりきってやっている。
ところが、作品は一向に盛り上がらず、どんどんと失速していく。

確かにパチーノとホプキンスという二大俳優が出ているシーンでは
画面が引き締まる。
が、これは明らかに彼らのキャリアの無駄使いだ。
また、「謎の男」としてイ・ビョンホンが登場するが、
彼の役割も「不安を煽る」以外は無意味。
これも無駄な出演としか思えない。

デアメルの演技が木偶の坊なのか、それとも演出がスタイルにこだわりすぎて下手なのか(それとも両方なのか)、
見ていてハラハラも感情移入もしない。
つまり、いくら事件が起きても、
「どうでもいい」としか思えない状態なのだ。
スタイリッシュににやりたかったのだろうが、
たとえば主人公にライアン・ゴズリングあたりを持って来れば、
もっと見応えがあったかもしれない。

アメリカの映画評では、
「この映画に謎があるとすれば、なぜパチーノとホプキンスが出たのか。それが最大の謎である」
とまで、皮肉を書かれたが、僕も同感。

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by mahaera | 2017-01-19 15:17 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ミューズ・アカデミー』 ドキュメンタリーとフィクションの合間を狙う演出だが、、

ミューズ・アカデミー

2015年/スペイン

監督:ホセ・ルイス・ゲリン
出演:ラファエレ・ピント、エマヌエラ・フォルゲッタ、ロサ・デロール・ムンス
配給:コピアポア・フィルム
公開:2017年1月7日より東京都写真美術館ホールにて公開中


日本では2010年に公開されたスペインの監督
ホセ・ルイス・ゲリンの『シルビアのいる街で』(2007年製作)。
名作とか傑作というわけではないが、
ちょっとそれまでになかった新鮮な映画体験をさせてくれた。
ストラスブールの町でひとりの青年が
かつて会った女性の面影を追い求める話だが、
物語はあってないようなもの。
ただ、ひたすら映画を見ている間、自分の聴覚や視覚が
研ぎ澄まされていくという珍しい体験をした(サウンド設計は話題になった)。

今回、東京都写真美術館ホールで、ゲリン監督の連作上映が行われることになり、この2015年作品も公開される運びとなった。
バルセロナにある大学で、イタリア人の教授が
ダンテやペトラルカといった古典の詩を通し、
男に芸術的なインスピレーションを授ける
現代のミューズについての講義をしている。
教室では生徒たちの意見が白熱化する。
そのテンポに慣れた頃にカメラは教室を離れ、
教授の家での教授と妻の会話になる。
あれ、これってドキュメンタリーじゃなかったの?
実は、これはフィクションだったのだ。
教室で高尚なことを話す教授だが、
プライベートでは教え子たちと浮気して痴話喧嘩もする教授。
学問と現実の落差が、コミカルにも描かれる。

今回はそうしたドキュメンタリーに見せたフィクションという仕掛けがあるものの、ペトラルカやダンテの引用やそれについての講義がけっこうあるので、見ていてその素養がないとちょっと辛い
(そもそも何を話しているかわからない)。
ベアトリーチェとかグウィネヴィアとか、
欧州の人はそもそも教養として知っているのか。
ドキュメンタリーとフィクションの垣根を取り払う試みは面白いが、それが題材とうまく相乗効果を生み出しているのかは、
いまひとつ。
1時間を超えると、緊張よりも退屈さを生み出してしまった。
キレが欠けるというべきか。
個人的には「ふーん」で終わってしまった作品で、期待はずれかなあ。
★★
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by mahaera | 2017-01-18 11:25 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『MERU[メルー]』  クライマーが自ら撮った迫力ある映像! そして人間力が必要です

MERU[メルー]

2015年/アメリカ

監督:ジミー・チン、エリザベス・チャイ・バサヒリィ
出演:コンラッド・アンカー、ジミー・チン、レナン・オズターク、ジョン・クラカワー
配給:ピクチャーズデプト
公開:12月31日より新宿ピカデリー他にて公開中
公式HP: meru-movie.jp/


僕が仕事を受けているウエブの映画紹介欄。
先方から回ってくる映画は、
いちおう「この人にはこの映画」みたいな設定があるらしく、
ベタベタの恋愛映画やホラー映画はあまり回ってこない。
あと、おしゃれな女子映画も(笑)
で、なぜか登山映画は、必ず回ってくる。
いや、僕は登山もしたことがないし、
ふだんからそんなに興味があるわけではないのだが、
仕事で10数本見ていて、しかも原稿を書くので調べているうちに、
まあ、そこそこ知識は増えていった。
山岳映画は日本ではたいてい夏に公開されるが、
今回は珍しく年末年始にやってきた。
前置きが長くなったが、
それが今回紹介する『MERU[メルー]』だ。

これはインド北部のヒマラヤ山脈にある、
メルー峰を目指す登山家たちのドキュメンタリーだ。
2008年10月、コンラッド・アンカー、ジミー・チン、
レナン・オズタークの3人のアルピニストが、
難攻不落のダイレクトルートに挑戦。
しかし7日間の予定が20日間に延び、
山頂までわずか100メートルの地点で3人は登頂を断念する。
その後、3人はそれぞれの生活に戻るが、無念さは変わらず、
2011年、コンラッドが他の2人を説得して再挑戦を決意する。

冒頭に「いろんな山岳映画を見た」と書いたが、
様々なスタイルがある。
まず、劇映画かドキュメンタリーか。
登頂方法にしても、多くのシェルパを従えて登頂するエベレスト登山もあるし、自分たちで機材を上げて登るロッククライミングもあり、杭打ちもないフリークライミングなど、もういろいろ。
本作では、登頂する3人のうちの2人がカメラマンとなり、
うち一人が監督もしている。
撮影隊がいるわけではないのだ。
これは機材の軽量化のたまものだろう。
まあ、そうでなければ、絶壁を登りながら
自分たちを写すこともできないんだが、
もうこんなこともできるんだなあという気分にもなる。

利点としては、もう自分がそこにいるかのような
迫力を得られること。
そして3人の親密さが画面から伝わってくること。
絶壁は外部が全くいない、3人だけの空間になっている。
話としては、チャレンジ→失敗→再起→思わぬ障害→再チャレンジ→成功、という王道ものだが、それはそれでいい。
みんなポジティブすぎるのも、そう思わなければそもそも命をかけてチャレンジしないので、当たり前だろう。
ただ、登頂を成功させるのはわずかな人たちだが、
その周りには家族をはじめ、多くの人々のサポートがあるからこそだと、どの映画からも伝わってくる。
そして成功するクライマーたちはみな、
そんなサポートが受けられるほどの、「人間力」の持ち主なのだろうとも。
★★★
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by mahaera | 2017-01-16 14:02 | 映画のはなし | Comments(0)

子供に教えている世界史〜 アルジェリアの独立とフランス第5共和制(1954〜1962年)

さて、フランスがディエン・ビエン・フーの戦いで、
ヴェトミンに敗北した1954年、アルジェリアではアラブ人による「民族解放戦線(FLN)」が結成され、
フランスからの独立闘争が始まる。

なぜ、アルジェリアは他のアフリカ諸国と違い、
すんなりと独立できなかったか。
他のアフリカ諸国は欧米人にとって原料提供地、
あるいは市場だったが、アルジェリアは1800年代から
多くのフランス人が入植し、「コロン」と呼ばれる
現地生まれのフランス人が大土地私有をしていた。
つまり、彼らはそこが故郷であり、
引き上げることもできなかったのだ。
コロンの数は約100万人おり、本国フランスにも政治的な影響力を持っていた。

FLNのゲリラ活動やテロ活動を取り締まる、
フランス政府の負担は増大していった。
そこでフランスはアルジェリアのイスラム教徒にも
フランス市民権を与えることで、
アラブ人の独立運動を手打ちにしようとしたが、
これにはコロンたちが反発する。
アルジェリアでの自分たちの絶対的優位が崩れるからだ。
アパルトヘイト時代の南アフリカのようなもので、
コロンたちは自分たちの特権を保持するため、
段階的な改革さえ認めなかった。
そこでコロンたちは軍部を動かして、
フランスのコルシカ島でクーデターさえ起こそうとする。

フランス本国でも独立容認派と阻止派が対立していた。
そこで登場したのが第二次世界大戦の英雄ド=ゴール将軍だ。
コロンたちと軍部、右翼らに支援されて
ド=ゴールは政界に復帰する。
ただし条件付きで。
それは憲法を改正して、大統領に強力な権限を与えるものだった。
1958年、フランスで憲法改正が行われ、
大統領権限を強化した第五共和政が生まれる。
国民投票でド=ゴールが支持されたのは、
この時期のフランスは常に軍部の反乱の危機にあったからだ。

ところが、ド=ゴールは大統領になると、
自分を支援したコロンや右翼たちの期待を裏切って、
アルジェリアの独立を認める方向に向かう。
彼はもうこれは時代の流れだと理解していたのだ。
1960年、1961年とアルジェではコロンや将軍達による反乱が起き、これを鎮圧したド=ゴールだが、
彼自身も何度か右翼による暗殺の危機にあう。
映画にもなった小説『ジャッカルの日』は、
このド=ゴール暗殺を題材にしたフィクションだ。
未読、未見の方はぜひ。

1962年、アルジェリアはエヴィアン協定によりついに独立。
この独立戦争の死者は100万人とも言われている。
また100万人と呼ばれるコロンたちは、最後まで独立に反対していたたため、フランスへ移住するしかなかった。
他のアフリカにあるフランス植民地は、大部分が平和的に独立したので、独立後もフランスとの関係を維持するところが多かった。

この時代、ド=ゴールは米の冷戦構造に組み込まれない、
第三の「極」を作る独自路線を目指した。
1960年にはアルジェリアのサハラ砂漠で核実験も行い、
アメリカの影響力が強いイギリスのEEC加盟も阻止している。

文化面では、フランスでは映画の新しい流れ、
ヌーヴェルヴァーグが始まっていた。
トリュフォーの『大人は判ってくれない』、
ゴダールの『勝手にしやがれ』はともに1959年に公開された。
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by mahaera | 2017-01-13 08:38 | 世界史 | Comments(0)