ブログトップ

旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

mahaera.exblog.jp

ファティ・アキンの映画『愛よりも強く』、そして新作『そして、私たちは愛に帰る』など

一般にはあまり有名ではないが、ドイツにファティ・アキンという監督がいる。
1973年生まれというから、今年35歳。
トルコ系移民の子供としてハンブルグに生まれた彼は、長編映画を7本撮っている。
そのうち3本がドキュメンタリーで4本が劇映画。日本では4本が劇場公開されている。
日本で公開された作品すべては、常に自分の出自であるドイツとトルコに関わるもので、
彼のアイデンティー探しの長い長い旅とも言える

僕が彼の作品を初めて観たのは『太陽に恋して』(00)という作品だ。
ドイツに住むトルコ系の若者が、偶然出会ったトルコ人女性に一目惚れし、
彼女を追って陸路イスタンブールへと向かう。
そしてその彼にやはり一目惚れしたドイツ人女性が彼を追う。
お互いに片思い同士の男女のロードムービーで、
途中通る10年ほど前のバルカン半島の国々の様子がユーモアたっぷりに描かれていた。
この作品については、以下のアドレスに原稿を書いたので、詳しくはそちらを参照してください。
http://www.ryokojin.co.jp/tabicine/in_july.html
傑作とか、名作というほどではないが、自分の旅とも重ね、楽しく見ることができた。
そしてロードムービーに託して、ドイツとトルコの間に横たわる問題を巧みに織り込んでいく手腕にも感心した。

この作品と同時に『愛よりも強く』(04)が日本公開されたがそっちは未見で、
昨年ぐらいに公開された音楽ドキュメンタリー『クロッシング・ザ・ブリッジサウンド・オブ・イスタンブール』も観そびれていた。

そして先日、この12月に公開される彼の新作『そして、私たちは愛に帰る』の試写を見て、「ああ、この人はドラマを作るのがうまい」と再確認。
見逃していた『愛よりも強く』をレンタルで借りて、ようやく観た。
以前、インドでドイツ人と仲良くなり、ドイツ映画について語り合ったことがある。
その時、ファティ・アキンの『太陽に恋して』の話をしたら、「『愛よりも強く』もきっと好きになるから絶対観て」と言われた。

『愛よりも強く』はハードな恋愛映画だ。
主人公は2人。どちらもドイツに住むトルコ系移民だ。
男は何らかの理由で愛していた妻を亡くし、自暴自棄になっている中年男。
女はしきたりから抜け出て、家を飛び出して思い切り好きなことをしたいと思っている若い女性。
ある日、ライブハウスの清掃係をしている中年男は、自殺を試み車を壁にぶつける。
しかし命は助かり、入院。そこでやはり手首を切って自殺未遂をしたその若い女に出会う。
女は彼がトルコ系だと知り、「自分と結婚してくれ」と頼み込む。
敬虔なイスラーム教徒であり、伝統を重んじる彼女の家庭では、結婚でもしない限り家を出ることは許されないし、
男とつきあったり、夜遊びもできない。そこで自分と偽装結婚して欲しいというのだ。
断る男だが、絶望した彼女が目の前で手首を切ると、再び彼女が自殺をしかねないと心配し、結婚を承諾する。

とりあえず一緒に住み始めた2人だが、日本映画と違ってラブコメのようにはならない。
若い女性は水を得た魚のように毎夜遊び歩き、男を見つけてはベッドを共にする。
中年男性にもベッドを共にする相手はいるが、そこには友情めいたものはあるが愛はない。
やがて男はひそかに若い女性を愛するようになり、自暴自棄だった生活に生きがいを見出していく。
ある夜、彼女が出かけたクラブへ彼女を追っていき、そこで彼女にちょっかいを出した男とケンカ。
数人の男たちに袋叩きに会ってしまう。
その夜、男は彼女を求めるが、女は拒否する。
「寝てしまったら私たちは本当の夫婦になってしまうでしょう」

しかし若い女も彼のことを愛し始めていた。
そのことを彼に打ち明けに行こうと、いつもの店へ向かう女。
ところがそこに悲劇が待っていた。
「お前の女房は、誰とでも寝る」と知り合いにののしられた中年男が、カッとなって相手を殺してしまったのだ。。。
刑務所に入る男。彼に愛を告げる女だがもう遅い。
名誉を重んじる家族の「制裁」を怖れた彼女は、親戚を頼ってイスタンブールへ。そして消息を絶つ。
月日が流れ、刑期を終えて出所した男は、彼女を探しにイスタンブールへと向かうが。。

ここにあるのは、理性では押さえられない激しい感情だ。
直情型の2人恋愛は、最初から悲劇へと向かいそうな予感を常に秘めている。
そして「家族の名誉」といいながら、世間体ばかり気にして、女性を一段低く見ているトルコ人共同体への批判。
そこから女性が抜け出るには大きなエネルギーが必要で、
この映画の主人公ぐらいエキセントリックな女性でなければ無理だったかもしれない。
彼女の激しい感情は、自暴自棄になっていた男の心をも動かしていくが、
それはまた傷つきたくないと閉ざしていた心をまたむき出しにして、傷つく世界へと戻っていくことだ。
愛がなければ嫉妬もないし、そこから男が人を殺めることもなかった。しかし男は愛を選ぶ。

紆余曲折あり、男と女は再会するが、そこには「時間の経過」という大きな壁があった。
余韻を残すエンディングもいい。
本作は04年のベルリン映画祭金熊賞(グランプリ)を受賞している。
緊張感溢れる映画だが、それをほぐすように、時おりイスタンブールでの伝統音楽の演奏が休憩音楽のように映し出される。
それがこの作品の寓話性を示しているようでもある。

いまならTUTAYAなどで借りられるので、興味があったら見て欲しい。
12月公開の『そして、私たちは愛に帰る』もなかなかの力作でおすすめだ。
こちらは「旅シネ」に僕のレビューを載せているので、そちらを読んで下さい。
http://www.ryokojin.co.jp/tabicine/edgeofheaven.html
[PR]
# by mahaera | 2008-11-21 16:16 | 映画のはなし | Comments(0)

ザ・フー 11.19来日最終公演の武道館に行ってきました

行ってきました。昨夜の武道館公演。
九段の坂を上るのは、何年か前のサンタナ以来。すっかりご無沙汰だ。
発売当日に買った席ではないので、文句は言えないのだが、僕の席は一階の南東K列。
ここは一階の一番後ろの席。
通路を挟んでさらに後ろにある補助席のようなところで、
ここに座ってしまうと、視界の上半分が天井(せり出した二階席)にさえぎられて見えない。
しかも奥まって壁に接しているので、音もあまりよくない。
ここなら同じ位置の二階席のほうがずっといいかも。

周りは僕と同じ年齢のおじさんばかり。
しかし人のこといえないが、このぐらいの日本のおじさんって何て無愛想なんだろ。
楽しみに来てるって雰囲気ゼロ。席に座ろうとすいませんって声かけても、無視、ムシ。
アイコンタクトなし。若者のほうが、感じがいい。

さて、7時10分、意外と早く公演スタート。
一曲目は「アイ・キャント・エクスプレイン」。いきなりの観客大合唱。
あれれ、日本にこんなザ・フーのファンいたんだ。この日は追加公演ということもあり、
前々日の武道館や横浜公演に行った人も来ているんだろうなあ。
ピートはのっけから腕をぶんぶん振り回している。
しかしバンド後方のスクリーンに映し出された映像はまったく見えない。何て席なんだ。

セットリストは、ザ・フーの公式サイトでアップされているので、ちゃんと知りたい人はそっちを見ればわかるが、
とにかく有名曲はやってくれ、その合間にヒットではないが最近のライブ定番曲を織り込む内容。
心配だったロジャーの声の調子は、最初はいまいちだったが、中盤からどんどんと調子が上がっていく。

4曲目が「エンドレス・ワイヤー」の1曲目、「フラグメンツ」。
これはまだライブで聴いたことがないので新鮮だった。このアルバムからもっとやって欲しかったのに残念。
みんな知らないらしく、客の反応はいまいち。
しかし5曲目に「フー・アー・ユー」のイントロが始まると、会場再び盛り上がり。
この曲、こんな早くやっちゃっていいの?と思いつつ、こちらもじわじわ興奮。
続けて名曲「ビハインド・ブルー・アイズ」。
この曲聞くと昔テレビで見たカンボジア難民救済コンサートを思い出す。
8曲目の「シスター・ディスコ」も同コンサートで知った曲。

コンサートの前半、最初にじーんとしてしまったのは、9曲目の「ババ・オライリィ」だ。
これは印象的なシンセのシーケンスのイントロで始まる、アルバム『フーズ・ネクスト』の1曲目。
歌の途中から、ピートのギターがガーン・・・・ジャ・ジャーンと入るのだが、そこで感動。
なんだか、感慨深いものを感じた。
みんな年取ってしまったせいか、それとも彼らのキャラクターがそうなのかわからないが、
ピートもロジャーも大スターって感じがしない。ロンドンに行ったら、パブに普通ににいそうな感じだ。
話だけは聞いていてるが、一度も会ったことがない親戚のおじさんたちに会った。
そんな感じなのだ。この「ババ・オライリィ」も、「やっと会えたね」という感じだった。
エンディングのロジャーのハーモニカ・ソロも期待どうり。
観客も大盛り上がり。

13曲目「無法の世界」のイントロが流れる。
あれっ?この曲がコンサートのラスト曲じゃなかったの?と疑問が走る。
時計を見ると、始まってからまだ1時間ぐらいしかたっていないし。
言うまでもないがこの曲はザ・フーの代表曲で、
ディランの「ライク・ア・ローリングストーン」、ストーンズの「ブラウン・シュガー」なんかと並ぶロック最高峰の名曲だ。
イントロを聴いただけで、その興奮が毎回リセットされ、再び盛り上がれる。
コードを弾くだけのギターフレーズが、こんなにも格好いいものかと。だって頭A一発なんだから。
この曲の後半のシンセブレイク後の、ロジャーの絶叫一発(&Aコード一発)にロックのすべてがあると、
映画『キッズ・ア・オールライト』を観て確信した僕にとって、今回それが生で見られ、またジーンとしてしまった。

14曲目「マイ・ジェネレーション」15曲目「ネイキッド・アイズ」と続き、コンサート本編は終了。
ここまでで1時間半ぐらい。なんだか短いなあ。
それも当然、もっと聞きたい曲はあるし、「あの曲をやってないじゃないか」と思う。
5分ほどでメンバーステージに登場。そして期待の『TOMMY』のミニメドレー。
ピートによるイントロが始まると会場大いに沸く。「ピンボールの魔術師」だ。
つづいて「すてきな旅行(アメイジング・ジャーニー)スパークス」。
そしてお待ちかね「シー・ミー・フィール・ミー」。
会場大合唱。ここで今日三回目のじーんがきた。
ただし、最後、もっとしつこいほど引っ張って欲しかった。
カンボジア難民救済コンサートやウッドストックのようにね。
わりとあっさり終わったのが残念。

メンバーがステージを去り、ステージにはティーカップを持ったロジャーと、アコギを持ったピートが残る。

しみじみとラスト曲「ティー&シアター」を演奏。『エンドレス・ワイヤー』からの曲だ。
今回の日本公演は、外交辞令かもしれないが、本人たちもとてもうれしそうで、
ピートは最後に、そばに用意してあったピックをみな観客席に投げていた。
若い頃のように、「緊張感溢れる」ステージではなかったが、ポール・マッカートニーやストーンズがそうであるように、
ずっと続けた結果のロックを見せてくれた。
「年とるまでに死にたいぜ。これが俺たちの世代」は健在だった。

ザ・フーは死にたくなるような歳のとり方はしていなかった。
[PR]
# by mahaera | 2008-11-20 16:17 | ぼくの音楽・バンド活動 | Comments(0)

ザ・フー 今のところ最新盤『エンドレス・ワイヤー』を聴いて

いよいよザ・フーの来日公演は明日で最終。で、僕は明日観に行きます。武道館へ。
掲示板を見たら、先週の金曜の横浜公演は良かったようで、
そっちもチケットかっておけばよかったかなと後悔。
さて、ライブの感想はここでまた報告しますが、
今日はその前にザ・フーの今のところ最新作である『エンドレス・ワイヤー』の感想を。

これは2006年の11月に日本発売されたもので、ライブなどをのぞいたオリジナル・アルバムとしては、
1982年の『イッツ・ハード』以来の24年ぶりというもの。
発売したのはちょっと前だけど、買ったのは先月。発売時にはけっこう店頭に並んでいたけど、
探すと意外とないもんですねえ。このアルバムは通常盤以外にも、
2006年のフランスのリヨンでのライブが収録されたボーナスディスク付きの限定盤があり、買ったのはこっち。
さらに輸入版のクレジットを見ると、ボーナスディスクの曲数が一曲少ないものもある。

さて、通常盤の収録曲は全部で19曲に2曲のボーナストラックがついた22曲。
すごいたくさん曲数があるが、アルバムの後半(昔ならB面)が短い曲が続く、ミニ・オペラになっているから。
さてアルバムは、名盤『フーズ・ネクスト』を彷彿させる、アープ・シンセのループから始まる。
その一曲目「フラグメンツ」は、往年のザ・フーを思い起こすロジャーのシャウトから始まるが、
声量が落ちているのか、いかんせん高域が出ず、ちょっと心配になる。
しかし2曲目のアコースティック曲「パープル・ドレスの男」から声は安定し、不安は解消。
3曲目「マイク・ポストのテーマ」は静かなオープニングから、ハードな曲調へと変わる、このアルバムの中の代表的な曲だろう。
1019曲目は「ワイヤー&グラスミニ・オペラ」と紹介され、短い曲が続いている。
ストーリーは相変わらず、対訳を読んだだけではわかりにくいが、曲調はかなりポップ。メロディアスでわかりやすい。
この中ではフォークっぽい「エンドレス・ワイヤー」、
昔のアルバムにありそうなキャッチーな曲「ウイ・ガット・ア・ヒット」、
クライマックスとなる「ミラー・ドア」、
そしてしみじみ終る「ティー&シアター」などが印象的。

このアルバム、こちらの聴きたいメロディーやリフ、ギターサウンドがたっぷり盛り込まれており、
たぶんザ・フーのファン(『フーズ・ネクスト』や『トミー』などの代表作しか聴いてなくても)なら楽しめると思う。
僕も最近はほぼ毎日、このアルバムを聴いている。
ライブでもやってくれるといいな。
[PR]
# by mahaera | 2008-11-18 16:19 | ぼくの音楽・バンド活動 | Comments(0)

近況報告(2008年11月)

これといって、とくに変化はないのですが、近況報告を。

まずこの前の日曜日、スクール・オブ・ロックでのアコースチック・ライブは4曲やりました。どうも集中できず、出来はいまひとつ。また、機会があればチャレンジします。

来年の1月にインドへまた出かけるかもしれません。
月末にははっきりするので、また報告します。

昨日、友人と久しぶりにお茶の水の楽器屋に行きました。
たぶん15年ぶりぐらいかも。
あれだけたくさんの楽器をみると、欲しくなりますね。
いま欲しいのは、エレ・アコかなあ。
「楽器は選ばない主義」(笑)なので、高い楽器じゃなくていいんです。
むしろ、酔ってそこいらにぶつけても後悔しないぐらいの値段のものがよく、
手軽に使えるほうが気楽。
昔持っていた楽器は、実家に置いておいたら、父親が全て捨ててしまったので、ないし。(この時捨てられたのは、アコースチックギター2本、エレキギター3本、ベース3本)

さて、昨日はその後、新宿の居酒屋で一杯。
友人が言うには「椎名誠がよく来る店」。
そういえば、似ている人がいるなと思ったら、本人でした。

旅行人のウェブ「旅シネ」にドイツ、トルコ合作映画「そして、私たちは愛に帰る」をアップしました。
http://www.ryokojin.co.jp/tabicine/index.html

CS-Gyaoのページにも今月6本ぐらい映画評を書いているのだけど、
自分でもチェックしていないので、、、

12月12日(金)ブルースバンド「ダブル・シャッフル」のライブをします。
午後7:30~
場所 ライブ・バーZZ (ダディ竹千代のお店) 新橋4-31-6 B1
 都営三田線 御成門&内幸町より 徒歩10分
興味ある方はお声をおかけ下さい。ベースが僕です。
前売りチャージ1500円(チラシ持参の方、送ります)

12月14日(日) スクール・オブ・ロック・バンド(仮名)
場所 小田急相模原 T-ROCKS

これで年内のライブ活動は終了です(たぶん)
[PR]
# by mahaera | 2008-11-18 16:18 | Comments(0)

ボブ・ディランのアルバムベスト5

ボブ・ディランのアルバムを聴きたいが、とにかく枚数が多くてどれから聞いたらいいか分からないと聞かれることがある。
確かに枚数が多い。当然だ。
1961年のデビュー以来、ほぼ半世紀に渡り、コンスタントに毎年1枚はアルバムを作り続けているのだから。ビートルズが活動した8年に比べても長い。
キャリアが長いアーティストは他にもいるが、活動していない時期もある。
しかしディランの場合、60年代後半から70年代前半までの隠とん生活時代以外、ツアーはほぼ毎年続けているし、また隠とん生活時代もアルバムは1年ごとに出している。たぶん、クオリティの高いアルバムを数多く出し続けているという点では、マイルス・デイビスに匹敵するといっていいだろう。
じゃあ、何を聴いたらいいのかというと、まずベストアルバムはダメ。
第一、シングルヒットがほとんどなく、みんなが知っている曲がベストとはこの人の場合、あてはまらない。それにアルバム単位でサウンドがコロコロ変わるので、一貫性が感じられない。なので同じカラーで統一されているアルバム単位で聴くのがいい。
ボブ・ディランというと「風に吹かれて」という人もいるが、
今の時代、いきなりディランのフォーク時代を聴くのはしんどい。
かくいう僕も、最初にフォーク時代のものを買って、ディランに挫折しかけたので、あまり勧められない(今は好きだが)。

という前置きで、すばり僕のお勧めは
1.ブロンド・オブ・ブロンド(1966)
ディランの最初のロック期のベストというだけでなく、全ロックアルバムのベスト。名曲も多いし、ディランの声がとにかくいい。サウンドも最高。

2.追憶のハイウェイ61(1965)
名曲「ライク・ア・ローリングストーン」はもちろんだが、シンプルなブルースロックに乗る、攻撃的なディランのボーカルが最高。荒削りなサウンドもロックしている。

3.欲望(1976)
これまた名曲「ハリケーン」が冒頭を飾る名盤。この曲を聴かなかったら、こんなにファンになることもなかった。ディランにしては珍しく、アルバムを通して、サウンドが一貫している。

4.激しい雨(1976)
ディランの真骨頂はライブだが、どれか一枚というと、最初に出会ったこのアルバムのインパクトが強い。荒削りな一番ハードなサウンドの時期のディランが聴ける。うなり、叫ぶディランはこれがピーク。

5.タイム・アウト・オブ・マインド(1997)
もう傑作は作れないかなと、なかばあきらめていた頃に出た、まさかの傑作。まだまだこの人、いい曲が作れることを示した。U2でお馴染みのプロデューサー、ダニエル・ラノワが作る、アメリカン・ゴシック風のサウンドが、現在のディランの立ち位置をはっきり示している。

いかがでしょう? 試しにレンタルでもいいから聴いてみて下さい。
[PR]
# by mahaera | 2008-11-16 16:20 | ぼくの音楽・バンド活動 | Comments(0)

アコースチック・ライブ@スクール・オブ・ロック 2回目

あさって土曜日、15日の19時からおださがのロック・バー
「スクール・オブ・ロック」で何曲か自作曲をやることになった。
人前で歌うのは前回に続いて2度目。
前回はトチらずに何とかできたが、次はどうなるかは分からない。

前回のライブの後に作った曲が4曲あるが、まだ歌いこなしていないので、
ずっと前に作った曲も混ぜてやろうかと思うが、
(かといって人前で歌ったことがない点では同じだが…)
それはこれからの練習次第。
新曲のほうが歌いたいといっても、それはこっちの事情で、
オリジナルしかやらないから、来てくれるお客さんにとっては、
みな「新曲(聞いたことがない曲)」だ。

しかし「大きい声で歌う」という練習が、マンション住まいの身では難しい。最初は気にしないでいたが、「けっこう聞こえる」ようなのだ。
まあ、赤ちゃんの泣き声や、どこかの夫婦喧嘩の声も聞こえてくるぐらいなので、当たり前なのだろうが。。
きっと、「ああ、またどこかの部屋で下手っぴいな歌、歌ってる奴がいるよ。イライラするなあ」なんて思っている方がいて、ご迷惑をかけているのだろう。
[PR]
# by mahaera | 2008-11-13 16:21 | 日常のはなし | Comments(0)

映画『十四歳』と『青い鳥』、『荒野のストレンジャー』など

昨夜、日本映画の『十四歳』をレンタルで見直した。
これは「群青いろ」というユニットを組んで自主映画を撮り続けている
ふたり組のうちの片方が脚本を書き、片方が監督と主演を兼ねた作品だ。
彼らの前作、『ある朝、スウプは』は、アパートに住む若いカップルのうち、
男性のほうが新興宗教にはまってしまうことから、
ふたりのバランスが崩れていく過程をおもに女性側から描いたもので、
緊張感溢れるすばらしい作品だった。
その作品がPFF(ぴあフィルムフェスティバル)で賞を取り、スカラシップを受け、
これは最初から劇場用作品として撮られている。

ある郊外の中学校の十四歳のクラスを中心に、生徒たち、先生、
そしてかつて十四歳だった男たちのドラマが積み重ねられる。
そこで見たクラスの光景は、僕の十四歳の時は大きく違うが、「こうあったかもしれない」パラレルワールドだ。
いじめ、暴力、共感の無理強い、友だちへの軽視と依存、先生へのいじめ…。

ここには対照的な二人の教師が出てくる。
生徒たちに共感して近づこうとする女性教師は、ある行為から逆に生徒に恨まれ、
精神科に通院していることを皆の前で暴かれる。
アグレッシブでやや暴力的な男性教師は、生徒たちは一見、無気力に見えるが、その内に攻撃性を秘めていると言う。
生徒はたちは昔の自分と何の共通点もない他人であると割切る男性教師だが、
生徒と面と向き合うことができず、彼らの心の中に近づくことができない。

映画では、14歳の生徒たちの心の残酷さのさまざまな面を見せる。
いじめている時は、いじめられている人の気持ちなんて考えられない。
自分のことだけで精一杯だし、第一自分が何でそんなことをするのかも、客観的にわからない。
それまでそんな経験がないからだ。
人の気持ちが考えられるようになってくるのは、ずいぶんたってからだったと思う。
僕も中学ぐらいの時代に、先生の弱みを見つけ、集団でからかった経験がある。
2526歳の先生だった。
今から思えばきっと傷ついていたのだろうが、先生が傷ついているなんてまったく考えなかった。
むしろクラスメートたちとの連帯感で、気分が高揚していた。
この映画の生徒たちも、先生が「精神科に通院している」という弱みを見せた途端に、攻撃目標にする。
別にその先生が特に嫌いなわけではない。弱みを見せたからだ。
もうひとりの暴力的な男性教師が言っていたことが正しいのかもしれない。
彼もいつかそんな経験をしたのだろう。
しかし、そのため彼はどこかで生徒たちを恐れて、向かう会うことができない。

映画は終盤、感情を今まで封じ込めてきたサラリーマンの男が、
14歳の少年と真摯に向かい合うところで終わる。彼の決意は少年に通じたのだろうか。
そして彼も、その思いを忘れることなく、向かい続けられるのか。
いい作品なので、レンタル店の店頭から消えてなくなル前に、棚で見つけたら借りてみて欲しい。

ちなみにロケの一部は、僕の住んでいる小田急相模原のサウザンロードで行われていた。


11月29日から公開される日本映画で、重松清原作の『青い鳥』という映画を試写で見た。
これも十四歳がテーマになっている。
郊外の町。中学二年の三学期が始まる。
前の学期、クラスの生徒のひとりが「いじめ」による自殺未遂事件を起こしていた。
家がコンビニ店のその少年は「コンビニくん」とあだ名され、
生徒たちから店の品を持ってくることを要求され、それに応えていた。
しかしそれが続くことに耐えられず、自殺を図ったのだ。そして彼は転校した。
映画は新学期の初日、一人の臨時教師(阿部寛)が学校に着任するところから始まる。
彼は吃音だった。容赦なく笑う生徒たち。
そんな生徒たちに教師は、「忘れるなんて卑怯だな」と言い、いなくなった少年の机を教室に戻させる。
そして誰もいない机に向かって声をかける。「野口くん、おはよう」

生徒を挑発するようなその行為は、やがて生徒たちだけでなく、教師たちの間にも波紋を呼んでいく。
一刻も早く、事件を忘れさそうとする教師たち。
生徒たちに「原稿用紙五枚以上。教師たちが納得するまで何度も反省文を書かせる」という行為は、
はたして本当に、自殺に追いやったことの反省になるのか。
「みそぎ」を済ませれば、あとはすべて忘れて再出発できるのか。

生徒たちはここでもみな、罪の意識はあまりない。
自殺未遂をした生徒はいつもおどけていて、頼まれることがうれしそうに見えたためだ。
ひとりの生徒は、親友だった自分が最後にポテトチップを頼んだことが、
自殺への後押しをしたと悩んでいる。

長身で無口、事件が表面上終わったかに見えた場所にやってきて、
過去の事件を蒸し返し、人々の偽善を暴く。
そんなこの臨時教師の姿を見ていて、僕はクリント・イーストウッド主演の西部劇『荒野のストレンジャー』を思い浮かべた。
名前のない男がある町にやってくる。
その町では住民たちが、かつて保安官が無法者たちになぶり殺しにされるのを見過ごしていた。
名無しの男の存在は、町の人々の心を不安にさせる。反省する者もいるが、自分を正当化しようとする者もいる。
この『青い鳥』の臨時教師も、何も言わず、ただ毎日反復する行為が、
心にやましさを感じる人々に、過去に自分のしてきた行為を思い出させる。

意外だったのが、ふつうの映画なら、教師は過去に傷を負った生徒たちを癒していこうとするが、ここでは逆なことだ。
「自殺未遂をした少年にしたことは、一生忘れるな」と言うのだ。
人生においては、何も「なかったこと」にするなんでできない。
それを背負って生きていくしかない。それが「大人になること」と言い換えてもいい。
いじめられた人間は、一生そのことを忘れられないかもしれない。
ならばいじめた方も、そのことを忘れたりせず、その後悔や嫌な思いを一生背負っていくことで、償いになるのだ。
そしてそれは、二度と同じことをしないためへの糧でもある
吃音の教師は、言葉少ないが、ひとつひとつ言葉を選んで、生徒の心の叫びに真摯に向き合う。
反省を無理強いするのではなく、何をしたのか時間をかけて気づかせるのだ。
[PR]
# by mahaera | 2008-11-11 16:22 | 映画のはなし | Comments(0)