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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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子供に教えている世界史〜 アルジェリアの独立とフランス第5共和制(1954〜1962年)

さて、フランスがディエン・ビエン・フーの戦いで、
ヴェトミンに敗北した1954年、アルジェリアではアラブ人による「民族解放戦線(FLN)」が結成され、
フランスからの独立闘争が始まる。

なぜ、アルジェリアは他のアフリカ諸国と違い、
すんなりと独立できなかったか。
他のアフリカ諸国は欧米人にとって原料提供地、
あるいは市場だったが、アルジェリアは1800年代から
多くのフランス人が入植し、「コロン」と呼ばれる
現地生まれのフランス人が大土地私有をしていた。
つまり、彼らはそこが故郷であり、
引き上げることもできなかったのだ。
コロンの数は約100万人おり、本国フランスにも政治的な影響力を持っていた。

FLNのゲリラ活動やテロ活動を取り締まる、
フランス政府の負担は増大していった。
そこでフランスはアルジェリアのイスラム教徒にも
フランス市民権を与えることで、
アラブ人の独立運動を手打ちにしようとしたが、
これにはコロンたちが反発する。
アルジェリアでの自分たちの絶対的優位が崩れるからだ。
アパルトヘイト時代の南アフリカのようなもので、
コロンたちは自分たちの特権を保持するため、
段階的な改革さえ認めなかった。
そこでコロンたちは軍部を動かして、
フランスのコルシカ島でクーデターさえ起こそうとする。

フランス本国でも独立容認派と阻止派が対立していた。
そこで登場したのが第二次世界大戦の英雄ド=ゴール将軍だ。
コロンたちと軍部、右翼らに支援されて
ド=ゴールは政界に復帰する。
ただし条件付きで。
それは憲法を改正して、大統領に強力な権限を与えるものだった。
1958年、フランスで憲法改正が行われ、
大統領権限を強化した第五共和政が生まれる。
国民投票でド=ゴールが支持されたのは、
この時期のフランスは常に軍部の反乱の危機にあったからだ。

ところが、ド=ゴールは大統領になると、
自分を支援したコロンや右翼たちの期待を裏切って、
アルジェリアの独立を認める方向に向かう。
彼はもうこれは時代の流れだと理解していたのだ。
1960年、1961年とアルジェではコロンや将軍達による反乱が起き、これを鎮圧したド=ゴールだが、
彼自身も何度か右翼による暗殺の危機にあう。
映画にもなった小説『ジャッカルの日』は、
このド=ゴール暗殺を題材にしたフィクションだ。
未読、未見の方はぜひ。

1962年、アルジェリアはエヴィアン協定によりついに独立。
この独立戦争の死者は100万人とも言われている。
また100万人と呼ばれるコロンたちは、最後まで独立に反対していたたため、フランスへ移住するしかなかった。
他のアフリカにあるフランス植民地は、大部分が平和的に独立したので、独立後もフランスとの関係を維持するところが多かった。

この時代、ド=ゴールは米の冷戦構造に組み込まれない、
第三の「極」を作る独自路線を目指した。
1960年にはアルジェリアのサハラ砂漠で核実験も行い、
アメリカの影響力が強いイギリスのEEC加盟も阻止している。

文化面では、フランスでは映画の新しい流れ、
ヌーヴェルヴァーグが始まっていた。
トリュフォーの『大人は判ってくれない』、
ゴダールの『勝手にしやがれ』はともに1959年に公開された。
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# by mahaera | 2017-01-13 08:38 | 世界史 | Comments(0)

最新映画レビュー『ストーンウォール』 宇宙人は撃退できるが、人間ドラマは下手だったエメリッヒ

ストーンウォール
Stonewall
2015年/アメリカ

監督:ローランド・エメリッヒ
出演:ジェレミー・アーヴァイン、ジョナサン・リース・マイヤーズ、ジョニー・ボーシャン、ロン・パールマン
配給:アットエンタテインメント
公開:12月24日より新宿シネマカリテにて上映中


この映画は、1969年の夏にニューヨークのゲイタウン、
クリストファーストリートで起きた、同性愛者たちが初めて警官に立ち向かった「ストーンウォール事件」を描いたものだ。
映画を見て初めて知ったが、1960年代のアメリカでは
まだ同性愛者に対する差別が法制化されていた。

映画は、田舎町からニューヨークのクリストファーストリートに、高校を中退した青年ダニーがやってくるところから始まる。
ダニーは自分がゲイであることがばれ、高校にも自分の家にも居づらくなって逃げるようにしてここにやってきたのだ。
最初に彼を仲間に向かい入れたのは、
街娼として生きている少年や青年たちの集団のリーダー、レイだ。
ほかにも、ゲイの社会的地位の向上を訴えるインテリグループ、
ゲイを顧客に稼ぐバーのボス、
そしてそこから小銭を巻き上げる警官たちがいた。
しかし、1969年6月28日、ゲイたちが集まるバー
「ストーンウォール・イン」に警察の捜査が入ったとき、
今まで差別や迫害を受けていたものたちの怒りが爆発する。

ウッドストック・フェスの2ヶ月前といえば、
音楽ファンなら時代の空気がわかるだろうか。
黒人の差別撤廃を求める公民権運動、ヴェトナム戦争反対運動、ウーマンリブなど、人々は政府や社会に向かって、
大きな声でNOと言えるようになっていた。
しかしLGBTの権利を求める運動は、
それらに比べてさほど高まっていなかったという。
時代がまだ、そこまで追いついていなかったのだろう。

そうした歴史や社会、文化的な部分を知るにはこの映画は
興味深いのだが、映画の出来はとなると、
残念ながら繊細さに欠ける。
テレビドラマのように出来事が続き、
登場人物の心のうちの掘り下げが足りないのだ。
監督・製作は、かなり意外なのだが、『インデペンデンス・デイ』『デイ・アフター・トゥモロー』『2012』など、ひたすら人類が危機に陥る大作ばかり撮っているローランド・エメリッヒ。
彼自身はゲイであるとカミングアウトしている。

エメリッヒらしさがよく出たのは、
CGなどを使いながら再現した1969年のニューヨーク、
これは見せ方としてかなりいい線いっている。
ただし、人間ドラマとなると、どうしても映画の駒として登場人物が話を進めているだけにしかみえない。
もちろんいいシーンもある。主人公を演じる
ジェレミー・アーヴァイン(『戦火の馬』の少年だ)が
ストーンウォール・インで、ジョナサン・リース・マイヤーズと
出会う場面は、何かが始まりそうなミステリアスな雰囲気(プロコル・ハルムの「青い影」がジュークボックスから流れ)で
期待させる。
しかし、クライマックスで盛り上がるはずの“反乱”も、
それまでの人間ドラマの助走が足りなかったせいで、
高く飛び損ねてしまった。
ということで、志はよかったのだろうが、
残念な出来となってしまった作品。
★★
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# by mahaera | 2017-01-12 09:58 | 映画のはなし | Comments(0)

子供に教えている世界史 〜アフリカ諸国の独立(1955〜1967年)

米ソ冷戦の緊張と緩和が続いている中、
戦前はそのほとんどが欧米の植民地だったアフリカ諸国が、一斉に独立していく。
まず、民族や宗教などが比較的同質でまとまりやすい
北アフリカ諸国から。
戦後最初に独立した国はリビアで、1951年に王国として(1969年に軍部がクーデターを起こしカダフィがトップに)独立。
1956年にはチュニジア、モロッコ、スーダンが独立する。

サハラ以南のブラックアフリカ最初の独立は、
ガーナ共和国で1957年のこと。
初代首相は独立を指揮したエンクルマ。
翌1958年にはフランスからギニアが独立。
初代首相はセク・トゥーレ。

1960年は一挙に17の国が独立を果たしたため、
この年を「アフリカの年」ともいう。
「パン・アフリカニズム」が盛り上がり、ケニヤが独立した1963年には、アジスアベバで「アフリカ独立諸国首脳会議」が開かれ、「アフリカ統一機構(OAU)」が発足。

彼らは植民地主義を根絶することを目標にしたが、
その前途は多難だった。
というのも、欧米諸国は政治的な独立認めたものの、
経済的な支配(新植民地主義)は続けてたからだ。
また、アフリカ諸国は米ソ、ついで中国などの超大国が
それぞれ自分の陣営に引き込もうとする場となり、
腐敗や独裁がはびこった。

まず1960年にコンゴ動乱が起きる。
ベルギー領だったコンゴは、独立直後、
鉱物資源が豊富なシャバ州だけがベルギーや英仏の後押しを受けてさらに独立を果たそうとする。
中央政府は米ソや国連に助けを求め、国連軍の派遣が決定。
しかし中央政府のルムンバに対し、米CIAやベルギーが裏で画策して軍部にクーデターを起こさせて、ルムンバを謀殺。
紛争は深刻になり、最終的にはモブツが大統領になる。

また、時代は少し降るが、ナイジェリアでは部族対立から1967年にビアフラの内戦が起きる。
独立を宣言したビアフラ共和国に対し、
このときはイギリスが石油の利権のためにナイジェリア連邦政府を支援(のちにアメリカ、ソ連も加わる)。
包囲されたビアフラでは
150万人もの人々が飢餓で死んだという。
このとき報道されたビアフラの飢餓の様子は、
世界中にショックを与えた。
僕もこのとき、小学低学年だったが、
新聞でやせ細った子どもの写真を見て驚いた記憶がある。
1970年、ビアフラ共和国は降伏し、
ナイジェリアに再併合された。

これらアフリカ諸国は、独立時には高い経済成長をしたものの、次第に景気は長い低迷期に入っていくことになる。
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# by mahaera | 2017-01-11 23:46 | 世界史 | Comments(0)

最新映画レビュー『マイルス・デイヴィス 空白の5年間』 全然似ていないチードルの成り切りぶり!

マイルス・デイヴィス 空白の5年間
Miles Ahead
2015年/アメリカ

監督:ドン・チードル
出演:ドン・チードル、ユアン・マクレガー、エマヤツィ・コーリナルディ
配給:ソニーピクチャーズ エンタテインメント
公開:12月23日よりTOHOシネマズシャンテにて公開中

ジャズばかりでなく、音楽のパイオニアとして
20世紀を駆け抜けた巨人、マイルス・デイヴィス。
常に第一線に立っていた彼だが、そのマイルスが唯一、
一切の音楽活動を休止していた5年間があった。
その間、彼は何をしていたのか。
そしてそこからどうやってカムバックしたのか。
本作は、そのカムバックにいたる空白の時期を、
フィクションを交えて映画化したものだ。

1975年、マイルス(ドン・チードル)は一切の音楽活動をやめてニューヨークの自宅に引きこもる。
過去の手術の影響による股関節の痛み、ドラッグ中毒、
そして何よりも音楽への情熱が失せていた。
一向に新作を発表しないマイルスだが、
新作用のレコーディングは行っているようだった。
そこへ雑誌ローリングストーンの記者だと名乗る
デイブ(ユアン・マクレガー)が訪ねてくる。
半ば強引にマイルスの家に上がり込んだデイブだが、
インタビューではなく、マイルスの小間使いのように使われる。
一方、悪徳プロデューサーのもとで働く、かつての自分のような
有望なトランペッターのジュニア(エマヤツィ・コーリナルディ)がいた。
マイルスの家のパーティで、リハーサルテープを見つけた
悪徳プロデューサーはそれを盗み出す。
マイルスはそれを取り戻すために、
デイブとジュニアの家に向かうのだが、、、。

『ホテル・ルワンダ』、あるいは『アイアンマン』シリーズのウォーマシン役で知られる俳優のドン・チードルが以前から温めていた企画で、チードルは製作、脚本、監督、主演をつとめるほどの熱の入れようだ。
で、これがちょっと変わった映画で、
まず、伝記映画のようで伝記映画ではない。
マイルスが隠遁生活を送っていたのは事実だが、
実際にあったのはそのくらいで、マイルスに絡む記者や、
若手トランペッター、悪徳プロデューサーは架空の人物だし、
マスターテープをめぐる争奪戦やカーチェイスも
まったくのフィクション。
時おり入るマイルスの回想シーンには、有名なエピソードもあるが、ほとんどは事実とは違うかもしれない。
じゃあ、マイルスとは関係ないじゃないかと思うかもしれないが、そうでもない。
これは、ドン・チードルが考えた「マイルスはこうだ」
「マイルス大陸ならこれはこうなる」
というエッセンスをちりばめた作品だからだ。

何年か前にディランの“伝記映画”と呼ばれた
『アイム・ノット・ゼア』という映画があったが、
あれはディランのエピードを散りばめながらも、
6人の俳優がそれぞれディランを演じるという方法で撮られ、
見事にディランの“ある面”を描いていた。
本作も事実をありのままに描くのではなく、
チードルの思う“マイルスなら”というエッセンス、
あるいは妄想(笑)で描かれている。

まず、チードルの顔がまったくマイルスに似ていない(笑)
マイルスの過去に登場するバンドメンバーが、
実際のメンバーにまったく似ていないし、
似せようと努力もしていない(笑)
しかし、「似ていないが、俺はマイルスだ!」
という意気込みは伝わってくるのだ。

正直、監督デビューとなるチードル演出は、
あまりうまくない(青い)。
カーチェイスとか、空回りしているシーンもある。
しかし、チードルのなりきりマイルスは嫌じゃない。
もうファン映画のようでもあるし、またチードルに“チードルの考えるマイルス”が憑依した映画でもある。
そこにほほえましいほどの「マイルス愛」が感じられ、
憎めない一品に仕上がっているのだ。

エンドクレジットに流れるコンサートシーンは、本来カムバックコンサートを再現するのが映画としては正しい。
しかしそうではなく、「いま、マイルスが演奏したら」という形で新旧の素晴らしいミュージシャンが揃い、そこに“なりきりマイルス”のチードルが加わっているのが、この映画のスタイルなのだ。
曲もマイルスのではなく、まったくの新曲だしね。
しかし「マイルスなら」らしさはしっかり入っている。

ちなみに演奏メンバーは、ドラムはアントニオ・サンチェス(映画『バードマン』のドラマー)、ベースはエスペランサ・スポルディング、ギターはゲイリー・クラーク・Jr、ピアノにロバート・グラスパーといった、現在の音楽シーンの第一線のメンバーに、元マイルスのグループのハンコックとショーターが加わるという豪華なもの。

というわけで、出来は確かに微妙だが、
マイルスのファンの僕でも、憎めない作品であることは確かだ。
https://www.youtube.com/watch?v=W_RLLvh6aSQ
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# by mahaera | 2017-01-09 10:59 | 映画のはなし | Comments(0)

子供に教えている世界史〜 「大躍進」の失敗と中ソ対立(1958〜1963年)

戦後成立した中華人民共和国は、
1956年に「百花斉放・百家争鳴」を提唱し、
知識人に国家を批判してもらい国づくりに役立てようとするが、批判の量が半端じゃなく(笑)、
毛沢東が逆ギレして知識人の弾圧を始める(反右派闘争)。
そして1958年には、第二次五カ年計画が始まる。
自称「大躍進」(笑)。
農業の集団化、そして工業生産の増産を進め、数年で米英を追い超すというのが目標だが、これは大失敗する。
市場原理を無視して、ただひたすら増産のノルマを課したため、人々は水増し報告をしたからだ。

経済というものは、売り手と買い手がいて成り立つ。
当時の共産党の指導者たちはそれを知らずに、
とにかくたくさん物を作れば国が富むと考えていた。
特に力を入れたのは製鉄の分野。
原料の鉄鉱石不足のため、農具などを溶かしクズ鉄を作り、そこから製鉄をさせようとした。
農民が手作業で作った鉄は使い物にならず、精算された1000万トンのうちの6割が使い物にならなかった。
つまり冷静に考えると、製品を分解してゴミを作ることに、多大な労力を使っているようなものだった。
製鉄に使う木炭の調達のため、中国全土で伐採が進み、
水害をもたらした。
また、「ハエ、カ、ネズミ、スズメ」の「四害」の駆除を奨励したが、スズメの駆除はイナゴやウンカなどの害虫を増やすこととなり、生態系のバランスを崩し、のちに大量のスズメをソ連から輸入することになった。
人間、知識は必要だ。

この間、中国指導部とソ連の対立が、
表面化していくことになる。
「平和共存路線」を目指し、アメリカ訪問をしたフルシチョフは、毛沢東には裏切り者に思えた。
「いまさら、アメリカなどの帝国主義者と平和なんてしゃらくさい」ということだ。
1957年に毛沢東はモスクワで
「戦争が起こったら、世界の人口の半分はなくなってもいいが、共産主義は資本主義に打ち勝つだろう」とスピーチし、会場をドン引きさせた。
そんな人間だから、自国民がいくら死のうと気にはかけなかったのだろう。

1955年のバンドン会議の、
あの「平和十原則」の雰囲気は早くも消えかかっていた。
毛沢東は「戦争は不可避である」とし、
次々にミサイル実験を行った。
中国の軍備強化に不安を抱いたソ連は、
1960年に中国から技術者を引き上げる。
もし、中国が戦争を始めてしまったら、
ソ連も世界戦争に引き込まれてしまうからだ。
1961年には、共産党大会でアルバニアを批判したソ連に対して中国が擁護し、ソ連を批判して代表団は途中で帰国してしまう。

また中国とインドの関係も冷え込んでいた。
きっかけは1959年のチベット動乱だ。
数万人の死者が出たラサ蜂起があり、
ダライ・ラマ14世はインドへ亡命する。
この事件でチベットにおける中国軍による虐殺と圧政が始まり、100万人余りが亡くなったといわれる。
その後、1962年のキューバ危機の最中に中国とインドの間に双方合計で戦死者2000名という大きな中印国境紛争が起き、両国の間の関係は冷え込んでいく。
ちなみにこの時、ソ連はインドのほうに武器援助を行った。

国内では大躍進とともに3年連続の飢饉が起きていた。
大躍進の失敗の死者は2000万人以上。
1959年、毛沢東は失敗を認め、国家主席を辞任。
代わりに主席になったのは劉少奇だ。
彼は故郷を視察した時にその疲弊ぶりに衝撃を受けたという。
1962年の大会で劉少奇は
「今回の大災害は天災が三分、人災が七分」
と政策の失敗を認めた。
劉少奇を支えたのは、市場経済を取り入れた鄧小平だった。
「調整政策」では、集団化もほどほどにして、農民一人一人がやる気を出すように、余剰生産物の自由販売を認める。
これはうまく成功して、徐々に国力は回復していった。

一方、中ソ対立は、このころには西側諸国にもわかるようになっていた。
米ソが“地獄を見た”1962年のキューバ危機の結果に対しても、中国はソ連を公然と「敗北主義」と批判。
毛沢東はフルシチョフを
「エセ共産主義者」と呼ぶようになる。

1964年10月、中国はゴビ砂漠で初の核実験に成功。
同月フルシチョフが失脚するも、ソ連との関係は改善せず、以降はほぼ断絶状態に。
以降、中ソ対立は近年まで続くことになる。
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# by mahaera | 2017-01-09 09:28 | 世界史 | Comments(0)

子供に教えている世界史・番外編 キューバ危機を扱った映画を見る 『13デイズ』 『グッド・シェパード』

ちょうど世界史でキューバ危機のところに来ていたので、2000年のアメリカ映画『13デイズ』を子供と見る。
キューバ危機の13日間を、
大統領特別補佐官のケネス・オドネル(ケビン・コスナー)から見て、大統領ジョン・F・ケネディと
司法長官のロバート・ケネディ、
国防長官のロバート・マクナマラらが、
どのようにこの問題に対処したかを描いている。
ケビン・コスナー以外は地味な配役で、あまりヒットはしなかったが、なかなかよくできた政治サスペンス映画だ。

映画なので事実とは異なる脚色もあるが、
このキューバ危機の外観を知るのにはいい作品だし、
また、『シン・ゴジラ』同様に、緊急時の政府の意思決定がどうやって行われるのかもわかり興味深い。
ケネディを美化しているかもしれないが、
国のトップにかかる重圧は映画を見ていて
相当なものだと思う。
ちょっとした判断ミスで、
数億人の命が消える核戦争が起きてしまうかもしれない。
閣僚だって家族がいる。
明日になったらその家族に会えなくなるかと思うと、
なんとかして核戦争だけは押しとどめたいはずだ。

ソ連との心理戦の中、ケネディ陣営も気づく。
相手もひょっとして我々と同じ気持ちを抱いているのではないかと。
フルシチョフだって、戦争はしたくない。
しかし国の体面や、軍部の突き上げにあって苦しんでいるのではないかと。

映画を見ていると、多少誇張はあるかもしれないが、
軍部の無責任な好戦マインドにはあきれる。
彼らにはメンツと勝つことだけが大事で、
そのためには何億人死のうとかまわない。
たとえば、アメリカ国民の9割が死んだとしても、
ソ連が全滅すれば「勝利」なのだ。
「やっちゃいましょう!」ってまるでヤンキーのようだ。
そしてケネディら閣僚を「弱腰!」と罵る。
たぶん、ソ連でもフルシチョフは軍人に同じことを
詰め寄られていたのだろうか。
勝つためなら喜んで自分の家族の命を差し出せる
参謀たちに任せていたら、世の中は滅ぶな。

そんな合衆国大統領の重圧に、トランプが耐えられるのか。
そんなことを考えてしまう作品だった。
子供は
「アメリカの大統領は大変だねえ。日本の首相は楽でいい」などとのんきことを言っていたが(笑)
きっと『シン・ゴジラ』を見てそう思ったのだろうか。

もう一本、『グッド・シェパード』はロバート・デ・ニーロが監督した2006年のアメリカ映画。
キューバ危機の一年前に起きたビッグス湾事件の指揮をとったCIAの諜報員がモデルの、CIAの内幕もの。
主人公を演じるのはマット・デイモン。
モデルとなったアングルトンは1
954年にCIAの防諜部長になり、数々の作戦を行った。
映画はフィクションだが、
登場する事件は実際にあったことを基にしたものだ。
165分の大作だが、これもヒットせず、
今ではちょっと忘れられた作品になっている。
CIAの非情さや歴史を知るにはいいし、
国家に忠実だが家庭を築くことには失敗した
中年男の孤独をうまく描いている佳作だ。
妻役にアンジェリーナ・ジョリー、息子役にいまや大スターとなったエディ・レッドメインのほか、俳優陣も豪華。
映画ではビッグス湾事件の情報漏れはひとつのソースからとなっているが、実際には多方面から漏れていたらしい。

年末、年始に「見る映画ないなあ」という人、
これを機に見てみては?
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# by mahaera | 2017-01-08 11:37 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー 『 アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場 』 ドローンによるテロリスト攻撃

アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場
Eye in the Sky

2015年/イギリス

監督:ギャヴィン・フッド(『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』『ツォツィ』)
出演:ヘレン・ミレン(『クイーン』)、アーロン・ポール(『ブレイキング・バッド』)、アラン・リックマン(『ハリー・ポッター』シリーズ)

配給:ファントム・フィルム
公開:12月23日よりTOHOシネマズシャンテにて公開中
公式HP:eyesky.jp/


●ストーリー

アフリカのナイロビの上空6000メートルを飛ぶ、一機の無人ドローンがある映像を捉えた。それは国際的なテロリストが、一軒の家に集結する姿だった。彼らを追うイギリス軍諜報部のキャサリン大佐は、上官のベンソン中将と協力して逮捕を目指すが、監視カメラの映像は大規模な自爆テロの準備を映し出した。逮捕による隊員の損害や逃亡を防ぐため、作戦はドローン攻撃による殺害に変更。その命令によりラスベガス郊外の空軍基地では、ミサイルの発射準備に入る。しかし、カメラはドローンの殺傷圏内にいる、幼いパン売りの少女を映し出した。

●レヴュー

宣伝では典型的なB級アクション映画のようなルックで損をしているが、なかなかの拾い物、いや、個人的にはけっこうツボにはまった哲学的な命題を含んだサスペンス映画で、機会があったらぜひみなさんにも見て、考えてほしい映画だ。

哲学の世界では有名な「トロッコ問題」をご存知だろうか?
これは大学の講義でもよく使われる有名な話でバリエーションはいろいろあるが、基本となるのはこんな感じ。線路を走っているトロッコが制御不能になり、このまま放置しておけば前方で作業中の5人が死んでしまう。しかしあなたの前にある分岐器を動かせば、別の線路に引き込むことができる。ただし、そこでもひとりの人が作業中だ。つまり、5人を救うために1人を殺しても良いかということであり、法的な責任は問われないのが前提となる。功利主義的な立場から言えば、5人を救うのが正しい。しかし義務論から言えば否となるというもの。これにはバリエーションがある。たとえば、この問題で迷わず分岐の切り替えをした人でも、以下の問題はどうだろう。溺れている5人を助けるためにあなたがボートで向かっている途中、溺れている別の一人を発見する。その人を救うと時間がかかり、五人は死ぬことになる。それでもあなたは助けるか、見殺しにするか。

お気付きのように、これには誰も納得がいく回答がない。人は頭ではわかっていても、誰かを助けるために誰かを見殺しにはしたくないからだ。この映画では「自爆テロが起きれば数十人が死ぬ。また部隊の突入でも複数の兵士が死ぬ。ただしドローン攻撃をすれば“最小の被害”だけですむ」という、功利主義から言えば正しい選択が目の前にある。しかし、それは倫理的には正しい選択なのだろうか? 攻撃により、関係のない少女が死ぬかもしれない。多数を救うために、少女は死んでもいいのか。

オバマ政権では、兵士による直接攻撃ではなく、ドローンによる攻撃が推奨されている。現在では兵士のPSTD問題などが国内世論で大きく取り上げ、大々的に生身の兵士を戦闘に派遣しにくい。兵士の死傷者数を減らしたいこともあり、ドローン攻撃を重視しているのだが、あるニュースによればアフガニスタンでドローンにより殺害された200人のうち標的はわずか35人で、残りは巻き添えを食った民間人だったという。

ただし、本作が良くできているのは、現実の作戦に対する批判ではなく、「テロリスト攻撃」という事件を通して、上記の「トロッコ問題」という普遍的な哲学上の問題を私たちに見せてくれる点だ。そのため、この作戦に関わるどの立場の人間も納得がいくように描かれ、映画によくありがちな悪人や思慮の浅い人は出てこない。それぞれの立場で考え、意見を述べているので、観客もだんだんどうしていいかわからなくなる。それが狙いなのだ。「もし、少女を助けるためにテロリストを逃して、その後、数十人が死んだら?」、あるいは「少女が助かる確率が何%なら実行していいのか」などと考えてしまう。

イギリス映画らしい重厚な作りの本作だが、それはこの重いテーマにふさわしい。どのような選択をしても、誰かが傷つくようなことにならない世界を目指すのが、本当は一番いいのだろう。ヘビーな一本だ。
★★★☆

●関連情報

・最近では『ウルヴァリン: X-MEN ZERO』などの娯楽映画が多い南アフリカ出身のギャヴィン・フッド監督だが、世界的なデビューは社会問題を扱った『ツォツィ』だ。

・本作は、アラン・リックマンの遺作のひとつになった。

・トロッコ問題についてはwikiを参照にしました

この記事は、旅行人のWEBサイト「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました
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# by mahaera | 2017-01-06 19:19 | 映画のはなし | Comments(0)