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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『ジュラシックワールド/炎の王国』 安心だがサプライズはない。見ても見なくてもOK


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前作『ジュラシックワールド』が、シリーズ1作目の『ジュラシックパーク』のリメイクだとしたら、本作は2作目の『ジュラシックパーク/ロストワールド』のリメイクといっていい。
ストーリーは違うのに、なぜか印象も既視感が残る。

前作の登場人物たちがまた島に戻るというパターン、2作目ということで恐竜の数を増やし物量で勝負、そしてハンター達が恐竜を捕まえ、本土に運び、それが逃げて大パニックという流れ。
いくらハラハラとしても、その後の展開の予想がついてしまうからだ(主人公たちは死なない、子供は助かる。悪者は最後に食われる)。

「ロストワールド」同様、本作も二部構成。
主人公達が島から調教したラプトルを助け出そうとする前半、本土に連れ帰った恐竜が暴れて人を襲っていく後半。
ストーリーはあるのだが、アトラクション的に多くの種類の恐竜を暴れさすための方便のようで、主人公たちは逃げ惑うが死なない。
そして“悪い方”に入れられたチームの人命は恐竜よりも軽いのは「ロストワールド」譲りで、人がバクバク食われていっても、恐竜たちの命を奪えない。
という倫理観は、相変わらずひっかかかる。
いや、恐竜を助けるためにオリとか開けて、それで人が何十人食われてもいいこととは、ちょっと思えないんだけど。

この新シリーズ二作目で方向性がよりハッキリしてきたのは、恐竜はクローン生物だということ。
新種の恐竜をどんどん作ったり、クローン人間も作れるという方向に持って行っているのだ。で、3作目も決まっているようで、きっと本土で野生化した恐竜達が暴れるのだろうなあ。

しかし毎度、「クローン作るなら草食恐竜だけにしろよ」と思うのだが。懲りない人々だ(笑)★★☆
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# by mahaera | 2018-07-15 13:57 | 映画のはなし | Comments(0)

蔵前仁一 インドトークイベント「テキトーだって、インドを旅できる」のお知らせ

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「ゴーゴー・インド」の蔵前さんが海老名にやって来ます! 
えー、いつも宣伝ですみませんが、こんなトークイベントを
私が住んでいる小田急エリアでやります。
旅行作家・蔵前仁一をお招きし、海老名にできたデッキにある
インド料理レストラン「ナチュリー」にて、カレーを食べながら
蔵前さんのお話を聞くというトークイベントです。
私は、一応、司会進行役です(笑)。

■日時:7月22日(日)18:30~20:45
(開場18:15、食事は18:30から、トークは19:00からです)

■参加費:2500円(カレー1種、ナン、1ドリンク付き)

 ベジ/チャナ・マサラ(ヒヨコ豆のカレー)、またはノン・ベジ/パンジャブ風チキン・ティッカ・マサラ
で、チラシには書いていませんが、全員プレゼントとして、インド料理レストランのサムラートが販売している「ナン」をつける予定です。できたらカレーも(交渉中)。

メールは、mahaera@hotmail.comまで。

 お名前、人数、連絡先、ベジかノンベジか を明記願いします。


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# by mahaera | 2018-07-14 10:24 | 小田急相模原のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『オンリー・ザ・ブレイブ』実話がもとの山火事映画。オチを知らなくて驚いた!


先週、気分転換にレイトショーに行って観たのがこの映画。
「山火事」「実話」映画以上の前知識無し。
実話も基になった話も全く知らず。なので結構驚いた。
これはオチを知って映画を見るのと見ないほどの差がある。
なんで僕は素直に、シナリオのミスリードに引っかかってしまった。映画好きとしては、なんて幸せな事よ! 
しかしアメリカでは有名な事件で、みんな知っているので、
そんなボンクラはいないのだろうな。
ということで、これから観る予定の人は、以下は読まないこと。

映画はアリゾナにある山火事制圧チームを描いたもので、主人公は2人。
ひとりは1軍へのチーム昇格を目指す隊長のジョシュ・ブローリン
ここ数ヶ月でも、サノス、ケーブル役と出演作が相次いでいるが、今回はふつうの人間で、しかもいい人。
もう一人が、そこのチームに応募してくるヤク中のボンクラ青年マイルズ・テラー
『セッション』の主人公です。
このテラーくんが登場するなりダメダメ人間で、同情の余地無しって感じなのだが、遊んだだけの女性が妊娠し出産すると、急に父性愛に目覚め心を入れ替え、出直そうとチームに応募してくる。

今は更生したブローリン隊長だが、かつてはマイルズくん同様に薬の依存症だった。
隊長はそんなマイルズくんを拾い、一人前の男に鍛え上げていく。
むくんでいたマイルズくんの顔が、映画の後半にはみるみる精悍な顔つきに変化していくのは、さすが役者! 
その間に、ブローリン隊長と奥さんのジェニファー・コネリーとの関係も描かれていく。

山火事火災の消火シーンだが、初めて知ることばかり。
消火というとふつうは水をイメージするが、ここでは逆に火をつけて燃やしてしまう
山火事の場合、建物火災と違って広範囲に、しかも火力が強いので水ではもう消火できない。
隊員たちはスコップで溝を掘り、燃えそうな木を切り倒して、反対側に迎え火を放つ。
つまり「火には火を」と、燃えるものをなくして、そこで火を食い止めるのだ。
山火事の猛威も説明されるが、火事によって起きた風に乗り、どんどん先まで飛び火が広がっていくさまが怖い。
撮影には、実際に山を買って、火をつけて燃やしたそうだ。

で、僕にとっては衝撃のエンディングになってしまったのだが、その後も映画はキッチリと描いている。
隊員たちのほとんどが20代だったのも、胸を打つ。
ということで、「よくあるスポ根的な感動映画」とナメていた僕がバカでした。
EXILEの日本用感動テーマ曲もミスリード。
『アベンジャーズ/インフィニティウォー』の鑑賞後のような気分で帰宅。
ちなみに平日のレイトショーに来ていたのは、僕のような中年のおっさんひとりがほとんど
みな、家族のことを思って男泣きしていたはず。
★★★☆
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# by mahaera | 2018-07-13 10:32 | 映画のはなし | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]先史時代・番外編 衣服の歴史/その3 毛皮と織物が併用された古代(前3000年ごろ)

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(写真)エジプトのコム・オンボ神殿のレリーフ。
古代エジプトでは、男性は腰巻をつけただけで、上半身は裸が一般的だった。
このころのメソポタミアでもほぼ同様だ。女性も、上流層はともかく一般人は上半身は裸だったろう。


古代のエジプト人は、男性は亜麻で作った布(リネン)を腰に巻いただけ。
女性は胸下トップレスのチュニックとして肩から吊るしていた。
もちろん上流階級は、さらに肩掛けのショールやマントを着用していた。
一方、前3000年期のシュメール人は、男性は羊毛や毛織り物のスカートをつけていた。

そのため、メソポタミアでは多くのヒツジの需要があったようだ。


中国では亜麻の代わりに麻による織物が始まる。
綿の利用も知られていたが、西アジアでははあまり広まらなかった。綿は中国へはインド経由で前1500年頃に伝わったらしい。
絹織物が始まったのは前3000年ごろの中国で。
完成品は交易ルートに乗って西へ伝わったが、養蚕技術が伝わるのはずっと後の話だ。


ここで古代文明が生まれた頃の、世界の人々の衣服を振り返ってみよう。
リネンや羊毛などの織物と毛皮や皮による服が併用されていた。

特に珍しい動物の毛皮は、贅沢品として珍重された。
一般庶民は手に入りやすい、ヤギ、ヒツジ、イヌの皮を。
権力者たちはヒョウ、ヤマネコ、ライオンなどの強い動物の毛皮や、サルやヒヒ、キリン、クマなどの珍しい動物の毛皮を手に入れていた。

中国の周代では、皇帝はキツネの脇の下の白い毛の部分だけで作った毛皮を着ていたのに対し、一般庶民はイヌやヒツジの毛皮を身にまとっていた。
まだ、織物は手間暇がかかる貴重なものだったのだろう。

時代が下ると、テンやクロテンの毛皮が珍重されるようになる。


古代ギリシャ人は、リネン地やウール地の衣服を着ていたが、

戦いの際にはヒョウやライオンの毛皮が着用されることもあった。

ただし一般人や貧乏人、奴隷は、薄い織物ではなく、ヒツジやヤギの皮の胴衣を身につけていた。
ちなみに前1000年くらいまでは、ライオンはユーラシア大陸各地におり、メソポタミアでは王が飼育しているほどだった。キリンだって北アフリカにいた。


これから古代文明の時代に入っていくが、前3000年ごろから、

織物を服に使うことがゆっくりと一般人に普及していく。

シンプルな毛皮着用から、デザインしやすい織物へ。
ようやく、私たちが知っている、古代人の服装の時代に入っていくのだ。

農耕と牧畜で「食」を確保し、そして織物を考え出して「衣」も安定させた人間は、その人口をどんどん増やしていく。
衣服に関しては、また後で触れる機会があるだろうが、最初から私たちは今のような服を着ていたわけではないことは、知って欲しい。

(先史時代・衣服の歴史・終わり)



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# by mahaera | 2018-07-11 12:42 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]先史時代・番外編 衣服の歴史/その2 糸と布


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(写真)インドネシアのスラウェシ島、タナ・トラジャの機織り機。
産業革命以前は、布は買うものではなく、自分の家で織るのが普通だった。

糸を紡ぎ、布を織る(前7000年〜前3000年)

「糸を紡いで布を織る」という技術が生まれたのは、

前7000〜5000年ぐらいと言われている。
つまり、それまで人類は、今から見れば粗末な毛皮やフェルト

腰回りにまとっただけだった(地域により紀元前後まで)。


今のところ、「最古の織物の断片」とされるものが発見されたのは、

前4500年のエジプトのファイユーム遺跡だ。

これは「亜麻(アマ)」の繊維の布編で、前4000年のウバイド期のメソポタミアでも発見されている。

一般的に、布は2000年以上経つとほとんど残らなくなるので、もっと古い時代に布が作られていたかもしれないが、わからない。

亜麻の原産地は、カフカス地方から中東にかけて
日本に伝わったのは江戸時代なので、日本ではあまり馴染みはない。

現在は亜麻も含めて「麻」と総称されているが、

日本で古来より栽培されていたのは、現在でいう「大麻」なので、

麻のシャツに使われるリネン(亜麻布)とは別物。
ちなみに、日本では大麻からの布は縄文時代からあったようだが、

戦後は栽培が禁止されてしまったので、伝統はとだえてしまった。


さて、前5000年に戻ろう。リネンを作るには、

まず亜麻の茎を水につけたり干したりして、植物繊維だけを取り出す。
そこから糸をよって布まで発展させるが、そこまでは結構時間がかかったことろう。
糸紡ぎは前5000年には行われており、そこから最初はカゴやムシロを編むような形で、機械を使わずに手で織っていったようだ。しかし、タテ糸とヨコ糸を交互に通して布を作るということを思いつくと、人類は原始的な「機(はた)」を思いつくようになる(とはいえ2000年かかってはいるが)。

メソポタミアでは前3000年、エジプトでは前2000年には大型の機織り機が生まれた。

また、この植物繊維から布を作ることから、羊毛を使って毛織物を作ることも思いついたようだ。
前3000年には羊毛から糸を紡ぎ、毛織物を作り始めていた

ただし手間がかかるため、一般庶民にはなかなか手が出なかったろう。


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# by mahaera | 2018-07-10 11:15 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]先史時代・番外編 衣服の歴史/その1

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(写真)ニューギニア高地に住むダニ族の男性。
1990年頃に訪れた頃は、まだみなさん、こんな格好でした。

1万年前、人類はどんな格好をしていた?

先史時代の最後、文明の発生の一歩手前まで来たが、世界史の教科書、いや、参考書でもほとんど触れられていないのが、衣服の歴史だ。
旧石器時代に何度か訪れた氷期がきっかけで人間は動物の毛皮を着用するようになったとされているが、それもハッキリ分かってはいない。
服を着るようになり体毛が薄くなったと信じている人がいるが、これはまちがい。
人間はもっと早い段階で、毛深い体毛をなくしていた。
多少毛深いが、ホモ・サピエンスが世界に拡散した頃、体毛は現代人とそう変わらなかった。
ただし、ほぼ全裸で暮らしていた
身につけていたのは、せいぜい下半身のあの部分ぐらいだ。
20世紀になり“発見”されたニューギニア高地人は、新石器時代の暮らしを続けていたが、身につけている衣服は、男はひょうたんで作ったペニスケースのコテカ、女性は腰蓑だけといういたってシンプルなものだった。
高地なので、熱帯とはいえ夜は10度ぐらいとそこそこ寒く、昼間も20度ちょっとと普通の日本人なら裸では辛い。
多分、こんな感じで、前1万年ぐらいまでは、多少寒くても、ほとんどの人類は陰部に手に入りやすい植物性の何かを付けただけ、もしくは動物の皮を身につけて暮らしていただけだったろう。

ただし、北方で大型獣を追う狩猟民は別だったろう。
動物を仕留めれば毛皮がたくさん獲れ、しかも植物を巻くより長持ちするので、そちらが衣服の主流だった。
また、そう言った動物は寒い地方に棲息していたので、防寒具にもなる。毛皮を着るようになり、人間は寒い地方に進出していったのだろう。
ただしどんなに寒くても、野生動物は服を着ない。
人が最初に毛皮を身にまとうのは、防寒のためではなく、倒した動物の力を身にまとうという呪術的な意味があったのではないかとする説もある。
実際、前2〜前1万年のアルタミラの洞窟絵画には、動物の皮をまとった呪術師らしき姿が描かれている。
元々はそうした意味で動物の皮を身にまとい始め、それが衣服につながっていった説も捨てがたい。

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(写真)ブラジルのアマゾン川の原住民の民族舞踊ショーで。完全に観光用のショーなので、男性はパンツをつけているが、本来は腰に紐を巻いて、そこに布や葉っぱを指して前後を隠しただけ。女性もほぼ同じでトップレスだった。ショーでは女性はトップレスで踊っていたが、終わると普通にブラジャーをつけて、バイクで帰って行った。観光客が来るようなところでは、アマゾンの原住民だって、もう普段の服装は我々と変わらない。

農耕・牧畜の開始期の服装(前1万年〜前5000年)

さて、最終氷期が終わって地球が温暖化し、

農耕や牧畜が始まった前1万年前から歴史時代に入る前の

前3000年前ぐらいには、人々はどんな衣服を着ていたのか。
数千規模の大きな集落でも、人々は相変わらず、全裸に近かったのか。
実はこの時代、古すぎて遺跡から衣服はほとんど出土しない。
なのでハッキリしたところはわからないのだが、

栽培植物の品種改良と同じで、少しずつ衣服が発達していたようだ。
人は一度、衣服を身につけ出すと、それを放棄して全裸に戻ることはなかった。
なので、牧畜の始まりも、もしかしたら肉を得るより、

衣料を得る目的も強かったのかもしれない。


皮をなめす

毛皮は動物から剥いですぐには使えない。
まず裏側の組織を取り、乾燥させ、なめさないとカチカチになってしまう。

最初は棒でたたいたり、噛んでいたりしてなめしていたが、

やがて煙で燻したり、タンニンを利用する方法が見つけられた。
また、そのまま使うのではなく、毛をすっかりとって皮だけ残し、革製品を作ったりするようにもなった。
衣服以外にも、履物(サンダル)、バッグ、液体を入れる袋、皮舟まで考案された。

当時としては、皮は手に入りやすい原料だった。
狩猟民は、狩りによって得た皮を、農耕民から交易によって食料などと交換していた。
軽くて通気性のいい植物性繊維による織物が生まれるまでは、

人々は動物の皮を利用した服を着るのが(腰巻程度だが)、一般的だったのだ。
野生動物の狩猟と並行しての農耕生活は難しいから、

農耕を始めた集団が身にまとう動物の皮も、

手に入りやすい家畜(ヤギ、ヒツジ、イヌ)のものになっていったのだろう。


叩いて固めて作った衣服


糸を紡ぎ、編んだり織ったりするのは、かなりの技術が必要だ。

私たちだって知識なしには、布を織ることは難しい。
それをいつ、人類が獲得していったかだが、残念ながらあまりわかっていない。

ただ、ヒツジやヤギを家畜化するによって殺すことなく毛だけを刈り取るようになった前8000年ごろには、すでに人間は羊毛を加工して、簡単な衣類を作っていたようだ。

ただし最初は紡ぐのではなく、刈り取った毛を敷いて叩き、

繊維を押し固めてフェルトを作り、そこから衣服を作っていた
また、初期の植物繊維の衣料は、ある種の樹皮を剥いでそれを叩いて伸ばしたりして作っていたらしい。

これは今でもポリネシア地域では有効で、「タパ」という樹皮布が作られている。

(続く)

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# by mahaera | 2018-07-08 12:23 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

最新映画レビュー『ブリグズビー・ベア』 おすすめ! 過去への決別と未来への前進が詰まった爽やかな感動作


2017年/アメリカ

監督:デイヴ・マッカリー
出演:カイル・ムーニー、マーク・ハミル、グレッグ・キニア、マット・ウォルシュ、クレア・デインズ
配給:カルチャヴィル
公開:6月23日よりヒューマントラストシネマ渋谷、シネマカリテにて上映中


多分、いま、上映中の映画で一番好きなのがこれ。

アメリカのインディーズ映画で、前評判知らなくて観たが、忘れられない一編となった。

それまで囲われていたいた場所から、世界へ一歩踏み出していく人間の話で、

「トゥルーマンショー」「ルーム」「ラースと、その彼女」

通じる感動がある、オススメ作品だ。


外界から隔絶されているシェルターに、両親と住むジェームズ。

世界は荒廃し、外には出られない。そんな彼の楽しみは、

毎週届く教育番組「ブリグズビーベア」のビデオだけだった。

着ぐるみのクマが、宇宙をまたにかけて悪と戦う番組で、

ジェームズはそこから全てを学んでいた。

しかしある日、警察がやってきて、その生活は終わりを告げる。

実はジェームズは25年前に、両親だと思っていた二人にさらわれて育てられていたのだった。

“本当の両親”の元に戻るジェームズだったが、初めての世界に馴染めない。

そしてジェームズにとって全てだった「ブリグズビーベア」の続きも見られない。

そこで彼は、自分で作品の続きを作ろうとする。


長い誘拐生活から現実世界に戻ってきた青年。

しかしその時間はあまりに長く、またそれ以外を知らないで育ったため、

自分と周りの世界と、どう折り合いをつけていくかに苦しむ。

そこで彼が考えたのは、自ら物語を作ることで、

今までの自分を総括し、次へ踏み出すことだった。


こう書くとシリアスで重苦しい感じがするが、映画は全体にユーモアと優しさに満ちている。

何よりも、映画につきものの、定番の“悪人”が出てこない

ジェームズをさらった偽の両親でさえ、彼を愛していることには変わりはない。

本当の両親、事件を担当していた刑事、初めて出来た友人たちも、

みな、優しさに満ちた(かといってベタな優しさの押し売りはない)人たちばかり。

ちょっと距離感を持って優しいところが絶妙だ。

それは主人公は、見かけは大人だが、心はまだ子供のように純粋だからだろう。

見かけが青年だから、周囲は自分たちが失ってしまったものを感じ、進んで彼に協力するのだ。

ストーリーは単純だが、この作品からは様々なテーマが、重層的に織り込まれている。

「物語ることの大切さ」、「幼年期の決別」、「ルールが違う世界に入る戸惑い」

主人公がもがき、それが周りを動かし、サポートしていく姿は心を動かす。

しかも全く押し付けがましくない。きちんと映画として見せているからだ。

そして最後には、爽やかな感動がある。

上映館は多くはないが、機会があったら見て欲しい作品だ。

★★★★

偽の父親役のマーク・ハミルも、彼のジェダイを知ってるので、すでに配役自体が暗喩になっている。


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# by mahaera | 2018-07-05 10:51 | 映画のはなし | Comments(0)