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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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2019インド旅行 その7 バンガロール編1 日本食が続く

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インドの旅@バンガロール1日目
2月14日 デリーからバンガロールへ。空港はモダン。
市内までのエアポートバスも何路線もある。
タクシーはあるが高いので(といっても1500円くらいだが)使わない。
Uber専用のレーンもある。
市内までは40km、1時間ちょっとで到着。
前回来た時は、お酒の法律が変わってゴタゴタしていたが(国道沿いの酒類の販売禁止)、閉鎖していた英国式パブも名前を変えて、同じ場所で営業。
道を国道ではなく、州道にしたとか、法律に合わせてシステムもかえる柔軟なインドだ。
デリーと違うのは、メトロ(地下鉄&高架)で通勤する女性たちが、けっこうおしゃれ。
また、女性が働いている姿もよく見かけるのが、南インドらしい。

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禁酒州のビハールなどに行っていたので、しばらくアルコールを入れてなかったが、夜は仕事を兼ねてパブへ。
インドによくあるBARと違い、明るい店内、音楽大きめ、若い男女多し。
お値段は張るが、大ジョッキの生ビールを飲む。久し振りなので酔いが早い。
しかしデリーに比べるとこの時期のバンガロール、寒すぎず、暑すぎずでかなり快適。
しかしガヤーあたりでひいた風邪の咳が抜けないなあ。


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2月15日 バンガロール2日目
仕事など、訳あっていきなり日本食が続く。
まだ、日本食を渇望するほどではないのだが、たまたま続いてしまった。
バンガロールにはけっこう駐在員がいて、日本食受容はあるようだが、だいたいどこの店も半分はインド人らしい。
しかし僕は旅行者だからいいが、帰りたくても帰れない会社員は、インドに来てもなかなか大変だろう。
僕だったら、グチが言えるマスターがいるバーか、チーママがいるスナックが必要だな。
サラリーマンに必要なのは、グチが言える場だと思うが、単身赴任だとストレスため込みそう。
一番の娯楽は、日本のテレビ番組を見ることらしいが、それもねえ。



# by mahaera | 2019-02-20 12:26 | 海外でのはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ファーストマン』期待のチャゼル監督の新作。しかし出来は、、


『セッション』『ラ・ラ・ランド』と続けて“面白い”映画を送りだしたデミアン・チャゼル監督
その新作は、『ラ・ラ・ランド』でもタッグを組んだライアン・ゴズリングを主演に迎え、人類初の月への第一歩を踏み出した宇宙飛行士ニール・アームストロングを描いたものだ。IMAXカメラで撮影された月への初飛行の再現が大きな見どころだが、エンタメ大スペクタクルを期待するとなんだか違うものを見てしまった感がある。
本作はアームストロングの自伝が原作だが、もともと彼が「冷静沈着で面白みがない」と評される人物なので、映画を見ていても彼の内面はわかりにくくなっている。
感情的でないから、もちろん月着陸という大務を任させられたのだろう。
ゴズリングはそんなアームストロングを、『ブレードランナー2』のように淡々と演じている。

映画はアームストロングが幼い娘カレンを治療の甲斐なく亡くす1961年から始まる。空軍のテストパイロットだったアームストロングは、悲しみから逃れるようにNASAの宇宙飛行計画に応募。
妻と長男を連れてヒューストンに移ったアームストロングは、過酷な訓練にも耐え、仲間たちとの友情も築いていく。ジェミニ計画で宇宙初飛行をしたアームストロングだが、ドッキングの際にトラブルが起きる。
それを冷静に乗り越えたアームストロングに、次のアポロ計画での重要な任務が任される。1969年、アポロ11号の船長に任命されたアームストロングは、月へと向かった。

過去には『ライトスタッフ』や『アポロ13』、近年では『ドリーム』など、アメリカの宇宙飛行の実話の映画化は少なくないが、意外にも一番のトピックともいえる「月着陸」を正面から描いた映画はなかった。
本作はその月面第一歩を刻んだアームストロングを中心に、月着陸までの道のりを描いている。もちろんドラマチックな展開はある。数々のトラブルが起きるが、トラブルも日々の生活も淡々と綴られていく。しかし演出もあるのだろうが、出来事をどこか傍観しているように見え、盛り上がりに欠けるのだ。高揚感がないというか淡白というか。淡々とした店舗でもいいが、深い味わいもない。技術的には確かに着陸シーンとかは見応えがあるのだけどね。
ということで、個人的には響かず“期待はずれ”になってしまった。残念。

★★


# by mahaera | 2019-02-19 01:59 | 映画のはなし | Comments(0)

2019インド旅行 その6 デリー再び 国立博物館とラールキラー

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2月13日 デリー
ブッダガヤーからひとまずデリーに戻る。
ガヤー空港初めて使ったが、今やバンコクやヤンゴンから国際便が到着する立派な国際空港だ。
トランジットでバラナシで一度降機したが、ここも今や立派な空港で、規模も前に来た時よりも大きい。
まあまあスムーズに乗り継いで、デリー着。エアポートメトロでShivaji Stadium駅で降りると、オートリクシャーの溜まりがあり、そんなに頑張って交渉しなくても50ルピーでメインバザールへ。
Shivaji Stadium駅にはインド人向けのビザセンターがあった。

日が明けた今日、まずは開館時間付近を狙って国立博物館へ。
すでに団体のバスが何台も停まっている。
訪れるのは3年ぶりだが、布や織物の展示室が新しくなっていた。
その代わり、閉まっている展示室もいくつもある。
入館料は高いが、日本語のオーディオガイド込み。
先日、インダス文明のことを「子供に教える世界史」で書いていたので、こんな分銅と秤の写真を撮ってみる。
紀元前2000年、重さを量るのにこんなシンプルな装置を発明したのはすごいな。
今でも天秤ばかりを使う人たちがいるし。
あとはインダス文明のおもちゃ。

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本当におもちゃとして使われていかはわからないが、子供が遊びそうな牛車や、溝に球を転がして遊ぶ円盤とか、素朴だが生活に余裕があったことを感じさせてくれる。


2月14日 インドの旅@デリー2日目
昨日の午後はメトロに乗り、ラール・キラー(Red Fort)へ。
毎度、毎度行くので(おそらく8回は行っている)、行かなくてもいいかなと思うのだが、何か変わっていると困るので。しかし天気わるし。
入場料金は他の世界遺産と同様、Rs500から600へ
クレジットカード払いは50ルピー割引なので、カードを使う。
中はあちこちで工事や整備中。
驚いたことに、今までは城内で観光できるエリアは南側の一部に制限されていたが、前までここに駐屯していた軍が出て行ったようで、今まで入れなかったエリアにも行けるようになったこと。
といってもそこにはムガル時代のではなく、英領時代以降の建物があり、それらのリノベーション中。

ゆくゆくは博物館やギャラリーにするようだ。
下の写真はその整備が進んでいない北側の敷地

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かつての噴水や水路の跡が残っていた。

あとは城壁沿いに道ができていて、外側を南に歩いて行くと城壁の南門まで行けた。ここを乗り合いオートリクシャーが片道Rs10で通っている。
南門脇にはチケットブースが作られていたので、将来的にはここからも入場ができるのだろう。
南口を出ると、メトロ駅「ジャマー・マスジット」まで徒歩4分。便利になったものだ。
下の写真は、そのラールキラー南門近く

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# by mahaera | 2019-02-18 03:16 | 海外でのはなし | Comments(0)

2019インド旅行 その5 ブッダガヤー

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インド仏跡巡り@ブッダガヤー1日目。
ラージギルからバスでブッダガヤーへ。
12時半頃バスに乗る。これが偶然か、ちょっといいバス。
バスの行き先は、ガヤーの対岸のマンプールの町。
ここからブッダガヤーまで14kmをオートリクシャーで移動。20分、200ルピー。
宿は予約サイトで予約済み。チェックインしたらすでに午後3時。
それから遅い昼食を食べたら、もう日が傾いていて、
あわててマハーボディー寺院と向かう。

ここはブッダが覚りを開いた場所。
その何代目かの菩提樹が境内にある。
寺院と言っても、1000年ほど前に建てられた仏塔があるだけ。
むしろその周りの、仏塔を囲んで多くの仏教徒が祈りを捧げている広い境内が寺院といっていい。
ここで失敗。カメラの動画が動きっぱなしになっおり、せっかくカメラ撮影代を支払って入場したけど、すぐにバッテリー切りになってしまったこと。そして仏塔は東向きなので、夕方行くと逆光になっていること。ああ、明日の朝、また来なきゃ。

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インド仏跡巡り@ブッダガヤー2日目。
前日カメラのバッテリー切れという失敗があったので、朝、もう一度マハーボディー寺院へ。
今度は順光で光も正面から当たり、また朝のお祈りが終わった後ぐらいでもあったので、混んではおらず、ゆっくりと境内を廻る。
仏塔の裏の菩提樹のあたりでは、チベット僧たちが低音のお経をあげていた。
その後、ホテルや各国寺院を回る。
インド人に人気なのは、日本が作った大仏。
とにかく大きくて見栄えのするものは、わかりやすくて人気が高い。
ここには日本のお寺も4つある。そこでは日本のお坊さんたちが働いていた。
そのうちのひとりと、長話もさせてもらった。
気がつくと日本語を話すのは、先週デリーを出て以来だ。
夜はチベット料理。インド料理以外が食べられるのはうれしい。
ということで、現在はデリーに戻りました。

# by mahaera | 2019-02-13 23:51 | 海外でのはなし | Comments(0)

2019インド旅行 その4 ラージギルとナーランダー

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インド仏跡巡り@ラージギル
パトナーを出たあたりから天気が崩れ、時折雷雨。パトナーからラージギルまでは列車移動だったが、4時間のところ3時間30分で到着。
油断していて、「終点だよ」と言われて降りる。

チェックイン後、また雷雨になり、夕方になって少し止んだので外へ。
この時、雨がパラパラなので無理しないでおけばよかった。
いつのまにか有料になった竹林精舎(単なる公園)のあと、温泉寺院へ行ったがそこでぬるぬるになった階段で転倒。顔を打つ。
その時は打撲で呆然としたが、出血・内出血はなく、ただドロドロになっただけなので部屋で洗濯・休憩に。
顔の方はともなく、倒れてひねたったかした左手首が夜のうちに痛くなり、翌朝(昨日)、雨で仕事もできないこともあり、診療所に行って固定。
大けがにならなくてよかった。小さな町なので、入院もできない。
天気は回復したが、なんとなく半人前の状態。でもインドの旅はまだまだ続く。


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インド仏跡巡り@ナーランダー。
昨日は午後から天気が回復してきたので、晴れるだろうと、ラージギルからバスでナーランダーへ行く。バスで片道20分。
そこで降りると、遺跡行きのターンガー(馬車)が客待ちと「歩き方」にはあるが、もう並んでいるのはオートリクシャー(しかも電動)。
僕が行った時も7年ぐらい前だが、ターンガーに6人ぐらいの相乗りだったが、インドは変わる。道も2車線になっていたし。そして昨年世界遺産になったこともあり、外国人入場料金も200ルピー(約300円)から、600ルピー(約900円)に値上がり。
遺跡は前に行ったときに比べると、ぐっと拡張・整備され、見学路ができていた。あと、今はシーズンということもあり、観光客の数が数倍、遺跡内でセキュリティーやら掃除やらで働く人も10倍ぐらいに増えていた。その全員がバクシーシ攻撃をしてくる。なんだが、こんなに大勢にバクシーシと言われたのはインドに毎年来てても何年ぶりだろう。
しかし仏跡に来る外国人、昔は日本人中心だったが、ここも今や多いのは中華系東南アジア人(タイ人とか)。ミャンマー人の団体もかなり多い。
日本語ではなく、インド人もまず中国語で話しかけてくるし、ホテルでは「日本人減ったよー」と言われる。

まあ、日本の国力が相対的に没落しているのでしょうがない。昔の日本人は貧乏でも海外旅行に行こうとしたが、今や貧乏じゃ海外にも行く気も起きないのだろう(気分的にも)。まあ、とにかく昔と違って、中国人や東南アジア人が大量に仏跡にはくるので、日本の顔が目立たなくなっていることは確かだなあ。
ナーランダーは三蔵法師こと玄奘が学んだことでも知られる仏教大学の跡なのだが、博物館に展示している仏像とか、タイのスコータイ時代の仏像に似たマント姿のものもあるので、タイ族の僧侶とかも来ていたのだろうか。

# by mahaera | 2019-02-13 01:54 | 海外でのはなし | Comments(0)

2019インド旅行 その3 パトナーとヴァイシャリー


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インド仏跡巡り@パトナー。
1日で郊外と市内をまわなきゃだったので、タクシーチャーター。
仏跡のヴァイシャリーへは片道65km、所要2時間。
現地で昼食入れて2時間すごしたので、往復6時間。それで2200ルピー(約3500円)だから、インドのタクシーまだ安い。まあ。そうそうチャーターできないけど。

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ヴァイシャリー到着。
しかしインド仏跡どこにでもある日本山妙法寺とシャンティストゥーパ。
昔は日本の経済力をインド人に見せつけていたストゥーパだが、
いまじゃタイ寺やベトナム寺のほうが立派かも。
日本寺ではつい「南無阿弥陀仏」と言ってしまったが、ここは「南無妙法蓮華経」のほうなのね。
下に書いてあった。
お土産物やで初めて見たのは、アショカ王柱のモデル。
他で見たことがないので、ちょっと欲しくなった。タージマハルのスノードームはここになくても。。

# by mahaera | 2019-02-12 03:11 | 海外でのはなし | Comments(0)

名盤レビュー『ザ・ビートルズ/50周年記念アニバーサリーエディション』CD6セッションズ3 9月16日~10月13日

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前回、書き忘れたがレコーディング中の8月30日(アメリカは8月26日)にシングル「ヘイ・ジュード」がリリース。B面は「リヴォルーション」。ビルボードでは9週連続1位を記録する。
CD6は9月16日の「アイ・ウィル」(テイク13)の録音から始まる。完成版はポールの弾き語りだが、ここではジョンのスカルというチャカポコ鳴るパーカッション、リンゴのリムショットとシンバルが加わっている。
続いて3人(ジョージは欠席)はジャムセッションに入り、プレスリーの「ブルームーン」、途中までの「アイ・ウィル」(テイク29)「ステップ・インサイド・ラブ」(ポールがシラ・ブックに書いた曲)、即興のコミカルソング「ロス・パラノイアス」をポールがそのままの編成で即興で歌う。
最後も同じ編成の「キャン・ユー・テイク・ミー・バック?」(テイク1)。これは単独作にならなく(即興のよう)、「クライ・ベイビー・クライ」のエンディングに使用されることになった。

9月18日「バースデイ」(インスト/テイク2)。録音データを見ると、この曲はリズム、オーバーダブ、歌入れまでたった1日で終わっている。
というのもこの日、5時からレコーディングを開始したビートルズは、テレビで放映されるロックンロール映画「女はそれを我慢できない」を見たくしてしかたなかった。
なので簡単にできる曲をと、Aのブルース進行のこの曲を思いつきで録音。
それから近くのポールの家へ行って9時から放映の映画を見て、またスタジオに戻った。
映画を見て興奮したメンバーは歌詞もその場で作って録音。
久しぶりにジョンとポールが半々で作り上げた曲になった。コーラスを歌っているのはヨーコとパティ・ハリスン。勢いのあるセッション。

9月19日「ピッギーズ」(インスト/テイク12)。セッション中、翌日のジャクリーヌ・デ・プレの録音のためにスタジオに置かれていたハープシコードを見つけたプロデューサーのクリス・トーマスがアイデアを出し、ビートルズと一緒に演奏することになった。
このテイクにはのち(10月10日)に弦楽八重奏が加えられているが、これは休暇から帰ってきたジョージ・マーティンのアイデア。その日に「グラス・オニオン」の不気味な弦も録音されている。

週末明けの9月23日「ハピネス・イズ・ウォーム・ガン」(テイク19)にビートルズは取り掛かる。
このテイクは最後まで構成が決まっているが、発表された複雑なリズムにはまだなっていない。
この録音には3日かかっており、また完成版はふたつのテイクをつなぎ合わせたものになっているが、最終的にはこの時期ならではの極上の曲に仕上がっている。

10月1日~4日「ハニー・パイ」(インスト)。ポールがピアノを弾いているので、ベースはジョージ。すばらしいギターソロはジョン。これは管楽器がオーバーダブ(10月4日)されたインスト。

10月3日「サボイ・トラッフル」(インスト)イントロの印象的なエレピや途中のオルガンは、クリス・トーマスによるもの。
またテナーとバリトンだけのサックスによる印象的なアレンジもクリス・トーマスだ。録音になぜかジョンは不参加。

10月4日「マーサ・マイ・ディア」(ブラスとストリングスなし)。
ベーシックトラックは1日で完成。ポールのピアノとジョージのギター、リンゴのドラム。ジョンは不参加。

10月7日「ロング・ロング・ロング」(テイク44)。ディランの「ローランドの悲しい目の乙女」にインスパアされたというワルツ。
ジョージはアコギ、ポールはオルガンとベース、リンゴはドラム、ジョンは不参加。
なかなかうまく決まらずテイク63まで続く。

10月8日「アイム・ソー・タイアド」(テイク7)(テイク14)。発売時期が決まっていたため、マスタリング提出期限まであと1週間。
ビートルズのメンバーはこの日、午後4時から翌朝の8時までのロングセッションに。この曲も一晩で完成させた。
ジョンは毎回本番に採用されるように歌っている
ここには使われなかったメンバーのハーモニーが残っている。
「コンティニューイング・ストーリー・バンガロー・ビル」(テイク2)。夜明け、ジョンが28歳の誕生日を迎え、「アイム・ソー・タイアド」が完成した後、この曲に取り掛かった。
クリス・トーマスはメロトロンでマンドリンを演奏。イントロのスパニッシュ・ギターもメロトロン。
追加のボーカルには、ヨーコとリンゴの妻モーリーンが入っている。

10月9日「ワイト・ドント・ウィ・ドュー・イット・イン・ザ・ロード」(テイク5)。ポールとリンゴのみの録音。ドラム以外の楽器は、後からポールがオーバーダブした。ジョンは後から自分を録音に呼ばなかったポールに不満だったという(この曲をやりたかった)

10月13日「ジュリア」(リハーサル)。締め切りが迫るので、この日は日曜日だったがメンバーはスタジオに。ジョージ・マーティンとポールの会話が収録されている。最初のテイクはコードストローク。次のがおなじみの3フィンガー。

ここで、ここで聴ける「ホワイトアルバムセッョン」は終了。ご苦労様でしたが、以下おまけが入っている。
1968年1月12日「ジ・インナー・ライト」(インスト)ムンバイ(当時はボンベイ)のスタジオでインド人ミュージシャンを使って映画のサントラ「不思議の壁」のサントラを録音していたジョージだが、時間が余ったのでビートルズ用としてこの曲のオケを録音する。そして帰国して2月にボーカルをダビングした。ジョンとポールはこの曲を絶賛して、「アクロス・ザ・ユニバース」の代わりに3月15日に「レディ・マドンナ」のB面として発表。ジョージ初のシングル曲になる。個人的には「アクロス・ザ・ユニバース」のほうが好きだが(笑)

1968年2月3日「レディ・マドンナ」(テイク2、テイク3)。2月3日に基本のトラックを録音し、2月6日にホーンセクションを追加録音。3テイクと素早く録音された・テナーサックスはロニー・スコッツ(クラブが有名だ)。

1968年2月4日「アクロス・ザ・ユニバース」(テイク6)。行き場をなくしたこの曲は、のちにフィル・スペクターのプロデュースにより「レット・イット・ビー」に収録された時は、テープスピートが落とされしのキーがDbに。初出のチャリティアルバム収録バージョンでは、逆にスピートが上がってキーはEbになっている。

さて、ホワイトアルバムのレコーディングは終わったが、次に30曲のミックスが残っていた。当時はまだモノミックスのほうが重要で、それらは随時仕上げられていったが、ステレオミックスはかなりやっつけだった。それも含めて終了したのは期限が迫っていた10月18日だった。しかしその日、ジョンとヨーコがマリファナ不法所持で逮捕される。本当にギリだったのね。
この年のスタジオ作業は、10月29日の「イエローサブマリン」サウンドトラックのミックス作業で終了。翌年1月2日の「ゲットバック」セッションまではお休みだ。
11月8日にはジョンとシンシアの離婚が成立。

11月22日に「The Beatles(ホワイトアルバム)」が発売。
ビルボードでは9週連続1位。900万セットを売り上げた。
アルバムには付録のポートレートカード、歌詞が印刷されたポスターがつけられた。

という感じで、この2か月、このアルバムかなり聴いて楽しませていただきました! しかし、今年は『アビーロード』『ゲットバック』セッション50年なので、またボックスが出るのかなあ。。


# by mahaera | 2019-02-11 01:44 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)