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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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名盤レヴュー/シカゴその1●『シカゴの軌跡』Chicago Transit Authority(1969年4月)

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 ギターロック好きの中では軽く見られているかもしれないが、シカゴは現役最高のロックバンドの一つであり、1967年の結成以来、一度も解散していない。そして今もツアーに出ているライブバンドだ。
 そのシカゴが結成されたのは1967年。シカゴの大学生が中心で、他人のバックバンドをしながらも「ビックシング」というバンドを結成。この時のメンバーは、ウォルター・パラゼイダー(サックス)、ジェームズ・パンコウ(トロンボーン)、リー・ロックネイン(トランペット)、テリー・キャス(ギター&ボーカル)、ダニー・セラフィン(ドラム)、ロバート・ラム(キーボード&ボーカル)の6人だ。当初はベースがおらず、ラムがオルガンのベースペダルを使っておりジャズコンボの雰囲気を残していた。そこにピーター・セテラ(ベース&ボーカル)が加わり7人編成になったのは1967年の終わり頃。
 1968年6月にジェームズ・ガルシオがマネジャーとなり、一同はカリフォルニアへ。バンド名を「シカコ・トランジット・オーソリティ」、通称CTAに変える。ジミヘンやジャニス・ジョプリンの前座などを務めるが、その時にジミヘンがメンバーに「お前たちのバンドのギターの方が俺よりもうまいぜ」と言ったという伝説がある。
 録音は1969年1月に行われ、4月に2枚組のこのデビューアルバムが発売された。シングルカットは7月に「クエスチョンズ67/68」、10月に「ビギニングス」がされたが、いずれもヒットせず。しかしアルバムは高い評価を受け、ビルボードチャートで17位と健闘。のちにシカゴの人気が沸騰すると、それにつれて、先のシングルも再びチャートに登場する。
 シカゴのこのファーストアルバムだが、すでにアレンジは完成されており、また半分近くの曲が今もライブ演奏されているなど、代表曲も揃っており、本作をシカゴのベストアバムとする人が多い。僕も本作か、次のアルバムか迷うところ。もう一作目から完成されたブラスロックを聴かせてくれるのだ。先にデビューした「BS&T」よりもロックだ。そして複雑なアレンジは、プログレと言ってもいい。

A-1「イントロダクション」。今もコンサートの一曲目に演奏されることが多い、タイトル通りに自分たちのバンドを紹介する歌詞の曲。作曲・リードボーカルはテリー・キャス。次々と表情を変えるアレンジが、最高に格好いい。もうこの曲を聴いただけで、シカゴがどんなバンドか分かるだろう。バディ・リッチばりの手数が多いセラフィンのドラムが、ジャズ的な要素を醸している。
A-2「一体現実を把握しているものはいるだろうか?」。アバンギャルドなラムのピアノソロに引き続き、ホーンが高らかに鳴り、軽やかなペットのイントロからラムの作曲・リードボーカルのこの曲が始まる。これも今も演奏されるシカゴの代表曲。リードボーカル、コーラス、ホーンズの3つのメロディーが絡み合う。
A-3「ビギニングス」爽やかなギターカッティングから始まり、徐々に盛り上がっていくラムの作曲・リードボーカル曲。エンディングのホーンズとパーカッションのアレンジもかっこいい。あっという間に聴いてしまうA面。

B-1「クエスチョンズ67/68」アルバムからの第一弾シングルだったが、最高位71位と振るわず。しかしその2年後の1971年に再びチャートに登場し、最高位24位に。これもシカゴの代表曲。セラフィンの印象的なドラムのフィルインから始まり、かっこいいホーン、そして駆け巡るキャスのギターと、歌が始まる前からすでに名曲。ラムの作曲だが、高音の印象的なボーカルはベースのセテラ。来日時には日本語で歌われた。ここまでの4曲の流れは、パーフェクト。
B-2「リッスン」キャスの印象的なフィードバック、鳴り続けるカウベル、作曲のラムのボーカルに絡むホーンズだが、曲のイメージをつけているのはベースだ。
B-3はキャスのギターカッティングから始まる「ポエム58」。これもラムの作曲・リードボーカルで重苦しいハードな曲だ。

C-1「フリー・フォーム・ギター」はその名の通り、キャス単独によるギターソロ。ジミヘンばりにアームを使ってグニョグニョバリバリ弾く6分半。つい飛ばしてしまうが。
C-2「サウス・カリフォルニア・パープルズ」もワンコードのハード目な作曲とリードボーカルはラム。最後に「アイ・アム・ザ・ウォーラス」の歌も飛び出す。
C-3の「アイム・ア・マン」スペンサー・デイビス・グループのスティーブ・ウインウッドが今も歌っている彼の代表曲で、そのカバーになる。途中に長めのドラムソロがあり、ラム、キャス、セテラが交互に歌っている今もライブの後半の定番曲だ。ドラムソロの部分では、ホーンズの3人がカウベルやクラベスを持って前に出てくる演出。

D-1「1968年8月29日シカゴ、民主党大会」はマネジャーのガルシオによるシュプレヒコールの短い音声コラージュ、そこからD-2「流血の日(1968年8月29日)」に続き、バンドの音が立ち上がっていく。警官隊の「出て行け!」に続き、民衆の「世界が見守っているぞ!」のシュプレヒコール。まるで映画の一シーンのように、緊張感あふれる音からラムの歌へ。1968年8月29日、大統領選を前にシカゴで行われた民主党の決起集会で反戦・人権を訴えるデモ隊を警官隊が蹴散らかした事件で、エンディングの唐突な終わり方も、映画的。当時、民主党は現職のジョンソン大統領からベトナムの即時撤退を求めるマッカーシーや、ロバート・ケネディらに支持が移っていたが、ロバートは6月に暗殺されてしまう。ロバートの死後、民主党内では反戦派には不満の残るハンフリーが党の多数派になってしまい、党大会会場を反戦派が取り囲んだ。日本では「流血の日々」はシングルカットもされた。パンコウとラムの共作。
D-3「解放 Liberation」パンコウ作。これはスタジオにおけるライブ録音で、オーバーダブ一切なしとか。当時のシカゴの演奏技術がよくわかる。セラフィンのジャズ風のドラムとか、今の人は「テンポが変わる」とかで聴けないかも。キャスのギターソロは、ロックと言うよりはジャズだし。14分半のインスト大作。

LP2枚組だが、今ではCD1枚に収まり、1000円ぐらいで買えるので、この77分。聴いたことがない人は是非、聴いてほしい。タイトルは「名盤レビュー」だが、いつもは名盤ではないのも紹介しているが、これは本当の名盤。


# by mahaera | 2019-09-20 09:37 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

音楽ドキュメンタリー紹介 その2『スプリングスティーン・オン・ブロードウェイ』153分(2018)


 スプリングスティーンはワーカホリックだ。バンドによるツアーが終わった後、2017年10月から2018年末まで、ブロードウェイの960席しか入らない小劇場で、合計236回に及ぶ公演を行った(合間には新作アルバムも出した)。このブロードウェイ公演は当然ながら、チケットの入手が超困難で、早くDVDが出ないかなと思っていたが、最終公演に合わせてNetflixで放映された。となれば見るしかない。
 シンプルな舞台にアコースティックギターを持ったブルースが出てくる。ジーンズに黒いTシャツというシンプルないでたち。ブルースは観客に語りかけ、そしてその合間に演奏する
イメージしていたアコーステイックライブでもない、そして完全な一人芝居でもない。おそらくミュージシャンであるブルースだからこそできる、独特の舞台だ。
脚本や演出もブルースが考えたという。語りに多少のアドリブはあるだろうが、内容はきっちり決まっている。
どこで冗談を言い、どこでしんみりさせるか。
そしてどんな間合いで曲に入るか。これはコンサートではなくショーだから、曲も決まっている。
そして語りと、それに関係する曲が続き、映画のようなドラマが生まれ、ブルースという男、そしてアメリカを考えるのだ。

 ショーの前半は、ブルースがスターになるまでの前半生がほぼ時系列で語られる。1曲めは「成長するってこと」
ここでいきなりブルースは、「自分は経験してもいないことを本当のように書いてきたインチキだ」と言う。
労働者たちの心情を歌うが、辛い肉体労働をしたことがないし、9時5時の仕事もしたことがないと。
そこで観客が自分に持っているロックスターとしての先入観を取り除いているのだろう。
子供の頃の街の情景、エルヴィスにあこがれて初めてギターを買ってもらったこと、母に連れられて近くの酒場に父親を呼びに行ったこと、素敵な母親の思い出などが語られ、曲は「マイ・ホーム・タウン」になる。

 ブルースと父親との確執はファンならよく知っていることだ。代表曲「インデペンデンス・デイ」は、息子が父親を残して街を出て行く話だが、ここでもその父親との関係の難しさが語られる。
子供に対してどこかよそよそしく、心が向いていない父親。
しかし子供にとって父親はヒーローで、自分がなりたい大人の代表だった。ロッカーに憧れ、定職につかない息子を昔気質の父親は認めない。成長しても、そして大人になっても、男は父親に認められたいし、認められないと傷つく。
家のテーブルに一人無言で座っている父親に近寄りがたかったというブルース。そして「あの頃の俺は子供だったからわからなかった。父親が鬱を患っていることを」と言う。
そして成功して、子供が間もなく生まれるというブルースの元に、突然父親が訪ねてきてくれた喜びを語る。ようやくその時に、胸のつかえが取れたと。そんな父親も今はいない。

 一方で母親はいい思い出ばかりで、ダンスがうまかった話などをする。やはり男の子にとって母親は父親とは違うのだな。10年前には、ステージの上に上げて踊っていたっけ。そんな母親も、今はアルツだという。哀しい。

 地元でバンドを組み、故郷を離れるブルース。
ニュージャージーからカリフォルニアまで、初めて車で横断したアメリカは、ブルースにとってアメリカを考えるきっかけになったという。そこでブルースは21歳だったが、それまで車を運転したことがなかったことを明かす。あれだけ車の歌を書いているのに。「サンダーロード」「プロミスド・ランド」が歌われる。

 やがてブルース青年はバンド仲間たちと、ベトナム戦争に徴兵されるが、うまく試験に落ちる(どうやったかは語らないが)。しかし、ブルースが憧れる地元の先輩バンドのメンバーは、死体となって帰ってきた。
自分の代わりに死んだのではないかという負い目、それはのちに偶然、映画「7月4日に生まれて」の主人公にもなったロン・コヴィックとの出会いで強まり、「ボーン・イン・ザ・USA」の歌につながる。オープンチューニングのスライドギターが、原曲とはまるで異なる味わいを出す。

 バンドメンバーとの出会いと絆については、「ロックの世界では、1+1=2ではない。1+1=3だ」と言い、「凍てついた十番街」へと続く。
途中で故クラレンス・クレモンズとの話になり、感涙。

 この後、ショーの唯一のゲストであるパティ・スキャルファが登場し、2曲を一緒に歌う。ブルースの奥さんであり、ツアーメンバーで歌手だ。

 ショーの後半では時系列は崩れだす。差別と憎悪が社会を支配し民主主義が壊れていく、現在を憂う。
キング牧師など、かつて先人たちが切り開いた民主主義の道を、自ら手放そうとしている今。こんなアメリカになるとはあの頃の自分は思っていなかった。しかしそんな時だからこそ、自分の靴紐をしっかり閉めねばならないと「ダンシング・イン・ザ・ダーク」を、そして「ランド・オブ・ホープ・アンド・ドリームス」を歌い、ショーの本編は終わる。

 これで終わりかなと思ったら、最後にエピローグ的に10分ほどの小話がある。内容は、最近生家を訪れたら近くの木が切り倒されていた。切り株を見つめていて感じたのは、木はなくなってもその精神はそこにある。同じように多くの友人たちが亡くなったが、その精神はまだ生きている。そして「まだ、未来は書かれていないのだ」(ジョー・ストラマーの引用)と観客に訴え「ボーン・トゥ・ラン」を歌いショーは終わった。

 ブルースのマッチョだが繊細というアンビバレンスさは、父親譲りなのだろう。ブルース自身も人気絶頂期に、鬱に苦しんだ時がある。そして、先祖から続く負の連鎖を、自分のところで断ち切り、子供達には伝えないと語る。先日のエルトン・ジョンの映画でもそうだが、子供に「愛している」と愛情を伝えるのは本当に大事だと思う。まあ、そうした葛藤が、エルトンもブルースも素晴らしい作品を作る原動力になっていると思うとなんとも言えないのだが。
 しかし毎晩、これをするのは大変だと思う。ディランだと飽きてしまうだろうな。ブルースは、みんなが思っている以上に、きちっとした人だと思った。

 最後に一つ文句。せっかく語りからそれに関連している歌につなげているのに、歌に入ると対訳がなくなる。これ、なんとかしてほしいなあ。NETFLIXさん。歌の内容知らないと、そこで流れが中断してしまうもの。それでも必見。


# by mahaera | 2019-09-17 10:42 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

音楽ドキュメンタリー紹介その1 /『フー・ファイターズ/バック・アンド・フォース』(2011)


 ちょうど仕事が終わってヒマになったので、お試しでNetflix加入し、Tsutayaにないような、音楽ドキュメンタリーを続けてみる。その中から今日はこれを紹介。以前にもDVDで見たことがあるので、今回は2回目の鑑賞。

 僕と同年代の人はほとんど聴いていないと思うけど、皆さんフー・ファイターズ(以下フーファイ)知ってます? 
1994年結成だから、もう25年もやっているのかというベテランロックバンド。
リーダーのデイヴ・グロールは、元ニルヴァーナのドラマーで、フーファイではボーカルとギター担当。
そしてバンド以外の課外活動も非常に多く、クイーン・オブ・ザ・ストーンエイジ、ゼム・クルックド・ヴァルチャーズではドラムをしている。
また、ロック史に残る先達たちへのリスペクトや交流も多く、今までジミー・ペイジ、JPジョーンズ、ポール・マッカートニーと共演している。

 さて、本作はこのフーファイのヒストリードキュメンタリーで、製作当時は劇場公開もされている。
バンド結成から現在までの流れを、メンバーのインタビューやライブ映像を中心に構成したものだが、よくあるバンドヒストリーものと比べ物にならないくらい面白い。
と言っても特殊な構成とか、凝った映像があるわけではない。インタビュー自体が面白いのだ。
そしてメンバー、バラバラに撮ったインタビューを、まるでメンバーが会話しているようにつないだ編集がうまいのかもしれない。

 普通、こうしたヒストリーものだと、メンバーの諍いや死などの暗い影がつきものだが、フーファイの場合はそれが薄く、カラッとした陽性のものになっているのが特徴だ。
例えば、幾度となるメンバー脱退や解雇も、深刻なケンカではなく、当事者たちの困惑だったり、辞める原因も自己都合でカラッとしていたり、メンバーのドラッグ入院もさらりとしたもの。多分、本作が作られた当時のメンバーの関係がとても良好だからだろう。

 そして本作が面白いのが、何もよりもメンバーのキャラが立っているから。そして愛すべきバカばかり(笑)。
多分、絶対に愛すべき人物のリーダーのデイヴ・グロールは、ものすごく周りに気を使う人であろうことが伝わる。
リーダーとしてメンバー調達に心砕く感じや、メンバーに入れた後、なんか違うと思い困るところ、そしてリーダーにもかかわらずヤル気を失ってしまい課外授業に精を出すのが人間的というか。しかし普段はきっと頼れるアニキなんだろう。

 そしてこのデイヴとブロマンスの関係が、ドラマーのテイラー・ホーキンスだ。
バンドきってのバカだが、ノリは一番
単純だが情にもろい弟分だ。見ているとデイヴと友達以上、恋人未満で、「アニキ、俺はどこまでもついていくぜ!」という関係にしか見えない。
インタビューでもデイヴのことを「兄のように思っている」と言っているし、デイヴも「弟のように思っている」と言う。
ウェンブリーアリーナのライブで、ツェッペリンのメンバーと共演して感極まって涙ぐむデイヴを、ドラムセットに座ったままもらい泣きしそうになっているホーキンスのショットは最高。この二人のイチャイチャ具合が楽しい。

 創立メンバーのベースのネイトの存在もおかしい。
いつもぼーっとしていて、アッパーなノリの他のメンバーとは違う。超マイペースで打ち上げにも行かずに帰ってしまいそう
でも、そういう人、一人いないとバンドは落ち着かないのだろう。はしゃいでなくても、彼は彼なりに楽しい。
 堂々と出戻りするギターのパット・スメアは、押しが強いがいつもニコニコとしていて、アニキであるデイヴも一目置く存在。
そしてパットの脱退の後に唯一オーディションで入ったメンバーのクリスは、後から入ってみんなに遠慮しているのが見え見え。他のメンバーにない繊細な感じ(胃腸が弱そう)が、キャラの棲み分けをしている。

 はっきり言って音楽的な成長とかは、このヒストリードキュメントからはわからない。
しかし、デビューして20年も、ガレージから出てきたロックバンドのノリを持っているのは、ある種奇跡かもしれない。
他のバンドはみんなお仕事になってしまい、メンバーの付き合いもビジネスライクになってしまう。
それを今も、メンバーがきゃっきゃっと楽しそうにしているし、何よりもロックやバンド活動が大好きなデイヴがいい。
女子の皆さんからしたら、いい大人の男同士で「バンド大好き!」てどうなのかなと思うほど、子供っぽい。仲が良かった頃のビートルズのような感じでもある。でもそれもロックバンドの魅力でもあるということを示した作品だ。


# by mahaera | 2019-09-16 10:23 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

CDレビュー『ローリング・サンダー・レヴュー:1975年の記録』ボブ・ディラン

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 Netflixで配信されている、マーティン・スコセッシ監督によるディランのドキュメンタリーに合わせて発売された13枚組ボックスセット。国内盤は16000円と手が出ないので、アメリカのAmazonから9000円で買う。

 ディランが旅芸人の一座よろしく当時の音楽仲間を引き連れて、4時間に及ぶ“レビュー”でツアーを行ったのは、1975年のこと。
1500人程度の小さな会場を回り、大幅な赤字を出したことは知られているが、これが第1期。
翌1976年にはほぼ同じメンバーで第2期が行われたが、今度は大きな会場で行われ、そのうちの5月の公演から選ばれた曲がライブアルバム『激しい雨』として発売。
第1期ツアーの方は2002年にブートレグシリーズ『ローリング・サンダー・レヴュー』としてライブ盤が発売された。

 ローリング・サンダー・レヴュー・ツアーは日本で行われなかったツアーだし、ネットもない時代のゲリラ的なツアーなのでその全貌は最近になるまでよくわからなかった。
建国200年に沸くアメリカで自らのルーツを問う(インディアン居留地への訪問、冤罪に苦しむ黒人ボクサーへの援助)、出演者がそれぞれの役を演じるという演劇的要素(映画「レナルドとクララ」の撮影、劇作家サム・シェパードの起用)など、当初はいろいろな構想があったが、多くは果を結ぶことなく終わったからだ。

 1975年当時、ディランは34歳。ウッドストックでの隠遁生活も終わり、家族を連れてニューヨークへ戻ってきて、前年の1974年にはザ・バンドを引き連れて、大規模なスタジアムツアーを成功させたばかりだった。
しかしスタジムツアーは、ディランにとっては全く面白くなく、もっとゲリラ的な、そして60年代のグリニッジビレッジの活気を取り戻すようなライブを行いたくなっていた。
8年ぶりにツアーに復帰したディランは、巨大ビジネスになっていたロックに戸惑ったのだろう。
また、1975年のNYでパンクの台頭も目にする(パティ・スミスとも関係があった)。
ディランは孤高のアーティストではなく、その時関係ある女性の影響を受けやすい男なのだ。

 ディランは、ジョーン・バエズ、ロジャー・マッギン(exバーズ)、ジャック・エリオットらと、旅芸人の一座のようなミュージシャンコミュニティで、建国200年祭に合わせて、アメリカ東部を回るツアーを行う。
ゲストでジョニ・ミッチェルらも合流した。

 前置きが長くなったが、このCD BOXセットは、3枚のリハーサルと、5公演10枚のライブからなっている。
ライブは、ローリング・サンダー・レヴューのうち、ディランの出演部分(バエズとの共演含む)だけで、19〜23曲ずつ。
基本的には同じ曲が演奏されている。
同じツアーのライブが5種類入っていて面白いのかというと、これがディラン好きな人ほど面白い。
同じ曲でも、毎日、歌う表情が変わっていくのだ。
メロ、メロの譜割り、アクセント、それらが少しずつ違い、バックのバンドメンバーも反応して演奏も変わっていく
ディランはパフォーマーとしては最盛期を迎えているので、悪いわけがない。
 この夏は、このBOXとザ・バーズを聴いて仕事をしているうちに終わってしまったよ。まあ、それで幸せなんだが(笑)。


# by mahaera | 2019-09-15 16:12 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

名盤レビュー/ザ・バーズ The Byrads その11●『ファーザー・アロング』 Farther Along (1971年) バーズのラストアルバム

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 前作からわずか5か月のインターバルで1971年11月に発売されたバーズ11枚目のオリジナルアルバムで、バーズ最期のアルバムとなった。
この後、1973年にオリジナルメンバーでの再結成アルバムが出るが、それはちょっと別物なので、これをラストアルバムとしていいだろう。メンバーは前作に続き、ロジャー・マッギン、クラレンス・ホワイト、ジーン・パーソンズ、スキップ・バッテン。マッギン色が薄い分、個々のメンバーのバランスが良い好アルバム

 前作『バードマニア』がストリングスや女性コーラスをオーバーダビングし、オーバープロデュースで評判が悪かったことを反省し、今回はプロデューサーを置かず、バンドが初めてのセルフプロデュース、ストレートなアメリカンロックになっている。そのおかげか、評価は前作よりはアップしたものの、セールス的にはまったく振るわず、ビルボード全米チャートでは152位。イギリスでは圏外だった。

A-1「Tiffany Queen」はのちのトム・ペティに通じる、アメリカンギターロック。マッギン作で歌メロはジョニー・Bグッドの影響。バッテンのベースがよくドライブする佳曲。
A-2「Get Down Your Line」は、ドラムのパーソンズ作のシャッフルのカントリーロック。ドラムのサウンドが70年代に入ったことを感じる録音。
A-3「Farther Along」は西部民謡ふうのトラディショナルワルツを、ホワイトがアレンジ。ホワイトのマンドリンがいい味を出している。
A-4「B.B. Class Road」はシャッフルのブルース。パーソンズが歌っているが、いつもの朗々とした感じではなく、ブルースミュージシャン風。
A-5「Bugler」はLarry Murray)のカバーでリリカルな曲。ボーカルはホワイトで、彼のボーカルのベストトラックと言われている

B-1「America's Great National Pastime」は、このアルバム発売に合わせてシングルカットされた曲で、珍しくベースのスキップ・バッテンの曲で歌も。1920年のボードビル調の非ロックの曲。
B-2「Antique Sandy」は全員の合作でボーカルはマッギン。ドラムレスの小品。途中のピアノはバッテンらしい。B-3「Precious Kate」は再びバッテン作のミディアムテンポのバラード。リードボーカルはマッギン。B-4「So Fine」はジョニー・オーティスのカバー。B-5「Lazy Waters」は他人の曲で、バッテンがリードボーカルのスローバラード。ハーモニカはパーソンズ。コーラスワークが美しい。B-6「Bristol Steam Convention Blues」はパーソンズとホワイトの共作のバンジョーをメインにしたブルーグラスインスト。

 楽器の数が少なくなったせいもあり、全体的に音はクリア。カントリーロックからアメリカンロックへと移行する様子が見られ、明快で悪くないアルバムだが、バーズらしさがあるかといえば、微妙。
アルバム発売後、バンドはアメリカとヨーロッパツアーを行うが、新しいアルバムが出ることはなく、本作がバーズのラストアルバムになってしまった。

 1972年7月に、ドラム、ボーカル、その他様々な楽器をこなすジーン・パーソンスが脱退。ギャラの問題もあったらしい。しばらくはセッション・ドラマーのJohn Guerin(ジョニ・ミッチェルの作品で知られる)が代りにセッションをこなしてツアーを続ける。

 この頃、マッギンは初ソロのアルバム制作にも取り掛かり、バンドに関心をなくしていた。精力的なライブ活動はセールスには結びつかず、意欲も衰えてきたのだろう。マッギンは新興のアサイラムレコードが乗り気のバーズのオリジナルメンバーでの再結成に軸を傾ける。つまり、デビッド・クロスビー、ジーン・クラーク、クリス・ヒルマン、マイケル・マラークだ。再結成バーズは1972年の10月から11月にかけてレコーディングをする。この間、現行バーズも並行して存在していたが、1973年2月にはベースのバッテンも脱退。これを機に後期バーズは消滅してしまう。

 再結成バーズのアルバムは1973年3月に発売。その年の7月にクラレンス・ホワイトは、機材の積み下ろし中の自動車事故で亡くなる。ジーン・パーソンズはソロになり、3枚のアルバムを出したほか、フライングブリトーブラザースなどに参加。スキップ・バッテンもソロアルバムを出したほか、フライングブリトーブラザースなどに参加している。
(バーズはこれで一応おしまいです。ありがとうございました)


# by mahaera | 2019-09-14 11:16 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

旧作映画レビュー『ゴッドファーザーPART II』良き時代の堂々たる大作。見終わった後、人生の孤独が残る



 5月に『ゴッドファーザー』を観たので、中欧から帰国したら再見したいと思っていた本作。
実は僕は1作目の公開時はまだ小学生だったので、このサーガを最初に観たのはこのPART2の方だった。
今は無き日比谷有楽座で、この3時間20分の堂々たる大作を観られたのは幸せだったと思う。そして、僕がロバート・デ・ニーロという俳優を見たのも、本作が初めてだった。
以降、この作品を7-8回は見ていると思う。

 今更見ていない映画ファンはいないとは思うが、簡単に解説を。映画は時代の異なる2つの物語が交互に語られる。
前作から7年後、1958年から59年のマイケルの話、もう一つが1901年までの父ヴィトーの話だ。2つの話が対比されることにより、よりマイケルの孤独が深まるという構成だ。

 1901年、シチリアのコルレオーネ村で地元のドンに逆らった父を殺され、ニューヨークに逃げ延びることになったヴィトー。
一方、1958年に息子アンソニーの初聖体式を祝うパーティーが行われているマイケルのもとに、さまざまな人々が集まってきていた。陳情するもの、マフィアの取引き。
ドンとなったマイケルを悩ませるのは、仕事だけでなかった。妹のコニーはかつての夫をマイケルに粛清されたことから、男を渡り歩く派手な女になっていたし、兄のフレドーは頼りない。その夜、マイケルの命をねらった銃撃事件が起きる。
1917年、成長したヴィトーは結婚していたが、地元のギャングの横槍で仕事を失い、初めての犯罪に手を染めていく。
1958年、マイケルは自分を狙う事件の黒幕が、マイアミのボス、ハイマン・ロスでないかと疑う。。。

 当初、本作に乗り気でなかったコッポラだが、前作から4倍近い莫大な制作費スタジオが一切口を挟まないという好条件で、続編の仕事を引き受ける。
予算がなくて前作ではブランド以外はほぼ無名の俳優を使ったが、前作の大ヒットによりパチーノはじめ、みなスターになり、出演料は大幅にアップした。しかしそれでもブランドは出演しなかった。
公開と同時に「最高の続編映画」「一作目を凌いだ」と批評家に大絶賛され、興行的にも成功。
アカデミー賞では9部門にノミネートされ、うち作品賞、監督賞など主要6部門を受賞。
コッポラは『カンバセーション盗聴』で同年のアカデミー賞で、作品、脚本賞にノミネートされていたから、この年はまさにコッポラの年だった。

 さて、映画はというと、簡単に言えば非常に重くるしい大河ドラマだ。きっと『かぐや様は告らせたい』とか見に行く人は耐えられないだろう(笑)。3時間20分を通して、見終わって、ただ、ただ虚しさだけが残るのだから。

 父親の時代以上に成功したとも言えるマイケルだが、その冷徹な手法は家族を崩壊させ、彼を圧倒的な孤独に追い詰めた。
表面的には成功したかもしれないが、感情的な部分ではすべて裏目に出てしまう。むしろマイケルと対立する敵の方が、人間的でもある。
黒幕のハイマン・ロスがマイケルを倒そうとする動機が、一作目で友人のモー・グリーンを殺されたことであり(友情)、兄のフレドーが裏切るのも優秀な弟に対する嫉妬だったり、兄を殺すことになるマイケルに対して、公聴会での発言をやめたフランクは自分の兄の命を救うために自殺するのだ。
妻ケイは、マイケルの子を密かに堕ろすが、マイケルは妻のそんな気持ちをいたわるどころか死んだ子が男かどうかだけ気にする。しかしその前にマイケルは上院議員を陥れるために、腹心に関係ない娼婦の腹を裂かせて殺している。
ある意味、すべてマイケルが撒いた種であり、その人望の無さが原因とも言える。

 それと対照的に描かれるのが、父ヴィトーの青年時代だ。ヴィトーもやっていることは殺人であったり、犯罪であったりするのだが、どこかユーモアと人情もあり、人間味を感じさせる。周囲の人たちも、単に金や利権だけで彼を認めているわけではない。
青年デ・ニーロ(当時30歳)の大物感は、名演というとか、当時この映画でデ・ニーロを知った人を「こいつ、何者!」と驚かせた。

 映画を見ている私たちも、父とマイケルを比べ、その非人間的な冷徹さに近寄りがたさを覚える。
二代目社長はそれなりの苦労があることはわかる。
大きくなった組織は、人間的な魅力だけでは支えられない。
だがマイケルは、どこかで間違えた。
いや、そもそもマイケルはそういう人間だったのかもしれない。努力して頑張った結果、成果を上げても誰からも喜ばれないことは私たちの世界でもあることだろう。
多くのものを失ったその結果が、これではあまりにも虚しい。映画は、マイケルの絶対的な孤独の姿を映し出して終わる。ほとんどの人はマイケルを好きになれないだろう。しかしマイケルの哀れさに、同情も感じるはずだ。
近年、こうした重厚なドラマがなくなってしまったのは残念。また、軽薄なドラマばかり観たがる人が多いということでもあるのだが。


# by mahaera | 2019-09-13 09:46 | 映画のはなし | Comments(0)

名盤レビュー/ザ・バーズ The Byrads その10 ●『バードマニア』 - Byrdmaniax (1971年)

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もはやここまで聴いているバーズファンは、そういまい(笑)。自分でもそう思う。
1971年6月発売のバーズ10作目のアルバム。
メンバー交代などありながらも、1年に2枚ペースでアルバムを作っているザ・バーズ。今回は、リーダーのロジャー・マッギンにギターのクラレンス・ホワイト、ドラムのジーン・パーソンズと前作から加わったベースのスキップ・バッテンという後期バーズの2枚目。
ジャケットはなぜか不吉な四人のデスマスク。

ライブ活動に力を入れるようになったバーズだが、録音にかける時間はあまりなく、ツアーの合間を縫ってのレコーディングだったらしい。
そのせいか留守中にプロデューサーによりキーボードやストリングス、ホーンセクション、女性コーラスなど大幅なダビングが行われた
しかしその方向は評価されず、批評家受けも(メンバー受けも)良くなかった。
またチャートは全米は最高46位だが、イギリスでは初めてのチャート圏外になってしまった。
ディランで言えば『セルフポートレイト』(1970)のような女性コーラス入りの大甘な作品。
このころはこういうアレンジはやっていたんだろうな。
なので、バーズの中では『バーズ博士とハイド氏』と並ぶ、最も低評価のアルバムになってしまった。
個人的には、これというアルバムを引っ張る決定打となる曲がないことが原因かと思う。ダメな曲はないのだが、ベストアルバムには入らないような普通の曲ばかりで構成されしまったのだ。

11曲の作者の内訳は、マッギン4曲、バッテン3曲、パーソンズとホワイトの共作1曲、カバーが3曲。
2000年にリマスターCD化された時には、ディランのカバー「女の如く」、「Pale Blue」の別テイク、クラーク作の「Think I'm Gonna Feel Better」がボーナストラックとして収められた。


A-1「Glory, Glory」は、「ジーザス・イズ・ジャスト・オールライト」に続く、アーサー・レイノルズのゴスペルソング。このアルバムからのシングル2弾として8月に発売された(B面は「市民ケイン」)。ラリー・ネクテルの印象的なピアノイントロに続いて始まるキャッチーな曲だが、ヒットには至らなかった(110位)。
A-2「Pale Blue」はマッギンとパーソンズの共作で、パーソンズらしいアメリカの大自然が見えてきそうな雄大な曲。ストリングスもいい感じで悪くないと思う。ボートラに別バージョン入り。
A-3「I Trust」はマッギン作のバラード。女性コーラス入りで大甘のポップスだが、マッギンの声には合っている。アルバムに先駆けて5月にシングル発売された。
A-4「Tunnel of Love」はバッテン作のロッカバラード。これといった展開がなく、ちょい地味かな。なんでブラスとか付け足したのか。
A-5「市民ケイン」もバッテン作。ディキシー風のアレンジは、ランディ・ニューマン風。ポカポカと馬の蹄の音も。戦前のハウーリウッド映画のスターが次々に歌詞に登場する不思議な曲。

B-1「政治家になりたい」はマッギンと劇作家のジャック・レヴィーの共作で、舞台劇の挿入歌のよう。ホーンが入るアレンジはかなり凝っている。
B-2「本当にしあわせ」はベースが下降するラインのバッテン作のバラード。タイトルどうりの曲なのだろう(笑)。バッテンの歌声はちと癖があるが、これは既にバンドというより、70年代シンガーソングライター系のサウンド。
B-3「Green Apple Quick Creek」はバンジョー、マンドリン、フィドル、チューバなどからなるカントリーインストで、クラークとホワイトの共作。
B-4「My Destiny」はブルーグラスのカバーで、珍しくホワイトが歌っている。シングル「I Trust」のB面。
B-5「キャスリンの歌」もマッギンとレヴィーの共作でストリングスが大幅に導入。
B-6は当時はアルバムも出ていなかったジャクソン・ブラウン作の「ジャマイカ・セイ・ユー・ウィル」で、リードボーカルはホワイト。ブラウンのアルバムに入ったのは、1972年のファーストアルバムで、その時はホワイトがギターを弾いている。ちなみにジャマイカは、国ではなく、果樹園で働いていた女の子の名前。もちろん名曲。


# by mahaera | 2019-09-12 12:13 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)