タイ中部ではこの一週間というもの夕方から激しい雷雨。そうなると取材どころではなく、うっかり表にいたらもう全身ずぶぬれ。また、それが一時間ほどで止む熱帯のスコールではなく、たいてい5~6時間夜半まで降り続ける。先日、夕刻に小雨になったのでタイマッサージに行ったら、宿に帰る途中どさっと降り出し、たった2分の間にずぶぬれになった。
そんな夜は飲みに出かけるのも億劫なので、部屋で持参したDVDを観て過ごしたりする。で、ヒッチコックの60年代の2作品『引き裂かれたカーテン』『トパーズ』を観た。これは8年ほど前に買ったボックスセットに収められていたもの。しかしその時はそのセットの中の『めまい』『鳥』が目当てだったので、評判の悪いこの2本を見るのを忘れていた。
ヒッチコック作品なら僕は長い間『レベッカ』がベストだったが、最近では『めまい』がそれに替わるようになった。大人になったというべきか。他にも『汚名』『見知らぬ乗客』『疑惑の影』『北北西に進路を取れ』『海外特派員』『裏窓』、もちろん『サイコ』、いや『マーニー』だって好きだ。一時期、勉強というか、近くのレンタルビデオ店にイギリス時代のヒッチの作品が揃っていたので、ほぼ年代順に見た。だからアメリカ時代になってから観てないのは、ほんとに最後のほうの作品だけなのだ。
さて、この2本、やっぱりというか、評判が悪いだけあって、往年のキレがほとんどない。まず脚本がよくない。共に主人公はスパイだが、計画がずさんすぎる。で、失敗を招く。アメリカとかフランスといった大掛かりなスパイ組織の計画のわりに、何事も行き当たりばったり。つまり突っ込みどころ満載なのだ。まあ、「主人公がミスをして窮地に陥りそうになるが、それを知っているのは観客だけ。そこにサスペンスが生まれる」というのは映画の定石だが、仮にもスパイやそうした組織を描いているわけで、その人たちがそんなずさんでいいのかと。
『引き裂かれたカーテン』はポール・ニューマンと、当時『サウンド・オブ・ミュージック』などで飛ぶ取り落とす勢いだったジュリー・アンドリュースの共演。まずポール・ニューマンが東側に亡命を希望する天才的な物理学者に見えない(笑) その彼が二重スパイではないかと疑われ、気づいた東独の組織の男を農家で殺すシーンが前半のクライマックスだが、後半それ以上の冴えたシーンはなかった。あと、ロケ嫌いのヒッチコックがよく使う背景合成シーンが、どうも古臭いし、画面にあってない。
東西冷戦、キューバ危機を迎えたアメリカやキューバ、フランスを舞台にスパイたちが活躍するという『トパーズ』はさらにいただけない。たぶん、ジェームズ・ボンドのような荒唐無稽のスパイものではなく、もっと「リアルなスパイ」ものを作りたかったのだろうが、それはヒッチの本領じゃない。ここでもキューバの反政府組織の手下が捕まってそこから芋づる式に上まで捕まるシーンがあるが、1日以上時間あるならふつう気づくだろと、突っ込みたくなる。あと二枚目の主人公が魅力なさすぎ。スターの不在を強く感じる。脇役にフィリップ・ノワレとかミシェル・ピコリといったフランスの有名俳優を使っているのにねえ。ヒッチコックらしさがほとんどなく、またそれも成功していない。
まあ、そんな訳でこの2作品、これからヒッチを見ようという人にはお勧めできません。「代表作はすべて観た」というヒッチ上級者向けだ。まずは『レベッカ』を。