人気ブログランキング | 話題のタグを見る
ブログトップ

旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

mahaera.exblog.jp

いい歳して音楽をあきらめられない人へ 『アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち』

『アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち』
サーシャ・ガバシ監督 10月24日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほかにて

 アンヴィルANVILというヘビメタバンドをご存知だろうか? この手のバンドのことはまったく詳しくない僕でも、その名をかろうじて知っているのは、アンヴィルが80年代初頭に西武球場で行われたハードロックイベントに出演していたからだろう。たしかその時、ホワイトスネイク、マイケル・シェンカー、スコーピオンズ、そして日本デビューのボン・ジョヴィ(『夜明けのラナウェイ』のころ)が一緒に出たような気がする。そのころはまあ、「下品なメタル」と思っていたし、またその音楽を聴いてみたいとも思わなかった。そしてそんなバンドがいたこともすっかり忘れていた。

 アンヴィルというバンド自体、カナダ出身というハンディもあったのか、ブレイクちょっと手前までいったのが最高で、ヘビメタ・ファン以外に知られるところもまではいかなかった。80年代半ば以降、ブームが衰退していく中もアルバムを作り続けていたが、セールス的にはふるわず、日本版も発売されなくなっていった。僕もどこかで解散したのだろうと思っていた。

 ところがどっこい(笑)、このバンドはまだ解散していなかった。ボーカルとドラムの2人になったが、地元カナダで地道に活動していたのだ。このドキュメンタリー『アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち』は、そんな彼らの「いま」を追ったものだ。リーダーであり、ボーカルとギターを担当するバンドの「顔」であるスティーヴと、バンドを支えるドラマーのロブは十代のころのアマチュアバンド時代からの親友だ。その2人もいまや五十男。バンドだけでは食っていけず、スティーヴは給食配給センターで働いているが、ロブは無職だ。演奏ももはやホールではなく、ライブハウス。うだつのあがらない生活だが、彼らはいつしかまた再起できると信じている。

 そんな彼らに、ヨーロッパツアーの話が舞い込んだ。2人の新メンバー加入後の初海外公演。喜ぶ彼らの姿をカメラは捕らえる。しかしそのヨーロッパツアーは、映画『スパイナル・タップ』(注1)を地でいくものだった。「つかえない」女性マネージャーの不手際で電車に乗り遅れ、車で移動。空港で寝泊りしたり、道を間違えて会場に2時間も遅刻し、ギャラをもらいそこねたり…。ヘビメタのイベントで再会したマイケル・シェンカーは顔も覚えていてくれない。ハンガリーの一万人収容の会場では、客はたったの174人。一ヶ月以上に及ぶツアーで散々な目に遭い、ギャラもほとんど手元に残らない。

 そんな彼らを支えるのが、家族だ。妻や子どもたちが、いい歳してヘビメタやっている男を温かい目で見て、支えている。もちろん妻が働かなくては、家計も火の車なのだ。見かねたファンが、自分の経営するテレホンセールスの会社にスティーヴを誘うが、電話セールスではステージのように饒舌にはならない。根は真面目なのだ。ツアーも失敗した彼らは、今度は彼らの一番売れたアルバムのプロデューサーに連絡を取る。プロデューサーからの返事は「いやー、デモ聴いたよ。いい感じだね。プロデュースしてもいいよ。だけど○○ぐらいお金かかるよ」。そんなお金はない。第一レコード会社とも契約していないし、マネージャーもいないのだ。そんな悩むスティーヴに、彼の姉が出資を申し出る。

 観ていて、人ごとではなかった(笑) 僕は「売れた経験」はないが、いまだにバンドをやっている四十男。ヘビメタ自体はあんまり好きではないが、音楽に対する姿勢はブロもアマチュア同じだ。ステージでいくらワイルドさを装っていても、音楽に対する気持ちは真摯だし、やめることもできない。2人が近所で、14歳からの友だちというのがいい。もう三十年以上、相棒なのだ。思い通りにいかない彼らの失敗は、かなり笑えるところもあるのだが、笑ったあと身につまされる。レコーディングの最中、スティーヴに文句を言われ続け、ロブが切れて「もうバンドを辞める!」と言い出すシーンがある。最後にはスティーヴが謝るのだが、「俺がグチを言ったり、ストレスからあたったりできるのはお前しかいない」と涙を流す。本当に泣けるシーンだ。

 きっとこの映画を観ている間、誰しもこう思うだろう。「すてきな成功が彼らに来て欲しい」と。ラストは日本のヘビメタ・イベント(LOUD PARK)。トップバッターに呼ばれた彼らは、心配する。2万人入るという会場に、もし客が数えるほどしかいなかったら。ヨーロッパツアーの悪夢がよみがえる。ステージに上った彼らが見たものは…。日本人って本当にいい人たちだなあ。しかしこのラスト、『スパイナル・タップ』と同じだぞ。

注1 ロブ・ライナー監督(『恋人たちの予感』『スタンド・バイ・ミー』)による架空のハードロックバンドを描いた擬似ドキュメンタリー。アメリカではコメディ映画ベストテンの常連というほど有名な作品だが、日本では劇場未公開。DVDは出ているので必見。ハードロックバンド「スパイナル・タップ」のボーカル&リーダーと、看板ギタリストの友情と確執、毎回死んでしまうドラマー、時代に合わせて音楽性をころころ変える節操のなさ、人気が落ち目になり解散かという時に日本公演で大成功と、ロック好きにはにやりとさせるギャグが満載。偶然にも監督のロブ・ライナーとアンヴィルのドラマーは同姓同名。この「スパイナル・タップ」でジェフ・ベック似のギタリストを演じていたヴァル・ゲストは、のちに同じような手法の擬似ドキュメンタリー『みんなのうた』『ドッグショウ』の監督と出演もしている。

公式サイト
www.uplink.co.jp/anvil/enter.html

(余談)
 監督のサーシャ・ガバシは、スピルバーグ作品『ターミナル』などで知られる脚本家だが、彼がまだ十代のヘビメタ少年だったころ、ロンドン公演にやってきたアンヴィルのメンバーと親しくなり、夏休みを利用してアンヴィルのアメリカツアーにローディとして同行した。長い間、連絡のやり取りもなかったが、脚本家として成功後、アンヴィルのメンバーと連絡を取り、旧交を温めるうちに、本作の企画がスタートしたという。人間、昔の友人が大事です。

アンヴィルが今年も来日、10月18日(日)にLOUD PARK(幕張メッセ)に出演予定
by mahaera | 2009-10-16 13:37 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)
<< 近況 加藤和彦の死に思うこと など ライブのお知らせ 10月24日... >>