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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『美術館を手玉にとった男』 全米の美術館に贋作を寄贈し続けた男を追うドキュメンタリー

美術館を手玉にとった男
Art and Craft

2014年/アメリカ

監督:サム・カルマン、ジェニファー・グラウスマン
出演:マーク・ランディス、マシュー・レイニンガー
配給:トレノバ
上映時間:89分
公開:11月21日よりユーロスペースほか
公式HP:www.man-and-museum.com


●レヴュー

 ニュースを聞いて「まさか、何で気づかなかったの?」という事件が、時々起こることがある。この映画は、2011年にアメリカで発覚した「贋作寄贈事件」の作者を追うドキュメンタリーだが、それと同時に“気づかない側”の世界もあぶり出す。

 2011年、美術館職員のレイニンガーは寄贈された作品が贋作であることに気づく。彼はその寄贈者の名前を全米各地の美術館を送って独自調査をすると、その数は何と全米20州の46の美術館、点数で言えば100点以上に及んだ。レイニンガーが問い合わせをするまでは、どの美術館も“本物”だと信じて疑わなかったのだ。それらの作品は、ミシシッピ州に住むマーク・ランディスが“慈善活動”で寄贈していたものだった。それも特定の作家ではなく、15世紀のイコンからピカソ、ローランサン、エゴン・シーレ、マグリット、シュルツ(スヌーピーなどで知られる)などのマンガ作家、リンカーンやジェファーソンの文書にいたるまでさまざま。しかしすべて“寄付”なので、犯罪に問うことはできないという。

映画のタイトル「美術館を手玉にとった男」からは、私たちはやり手の贋作家をイメージするだろう。贋作で儲けて優雅な暮らしをしている犯罪者、画家として認められない恨みで世間に復讐する男…。ところが画面に登場するランディスは、どちらでもない。風貌はちょっとコワい感じもしなくはないが、出てくる声はか細く、柔和な態度。社会の片隅でひっそり暮らす、目立たない男だ。そして何よりも、自分では悪いことをしているという自覚がない。もともと青年期に統合失調症や行動障害と診断され、病院に入ったりしており、社会からの疎外感を抱いて暮らしていたようだ。そんな彼にとっての“生き甲斐”が、贋作の寄付になった。「30年前」という最初の動機はわからないが、その時自分が模写した作品の出来が良くて、寄贈したら喜ばれた。やがて、それが自分の“使命”と思うようになり、技術に磨きをかけて行ったのではないだろうか。それまで世間に必要とされることがないと思って生きて人間が、初めて認められた喜び。地道な作業を集中して丹念に仕上げるのは得意なようで、これこそ自分の“天職”だと思ってしまったのかもしれない。素の自分では人付き合いが苦手でも、慈善活動家や神父に成り済ませば、相手を信じ込ませることもできるのだ。

気になったのは、彼はどこでそんな技術を身につけたのかだが、“独学”だという。幼い頃からひとりで家で留守番をしていることが多く、そんな時に模写を始めたらしい。そして、贋作には特殊な年代物の塗料や埃とか、そんなものが必要だと思っていた僕に驚きだったのが、彼が大型画材店でふつうに売っている画材で贋作を描いていること。これって誰も気づかないのかなあ…。あと、ランディスの贋作に初めて気づいた男レイニンガー。美術館で働くレイニンガーは、ランディスの贋作の追求に熱を入れ過ぎ、通常業務がおろそかになったと言うことで、美術館をクビになってしまう。カメラは無職となり、家で子供の面倒を見ているレイニンガーを映し出す。彼は自分で何かに夢中になったら、とことんそれをやらないと気がすまない性分だと言う。たぶん平凡な人生を送ってきた彼は、「贋作事件の発見者」ということがなければ、新聞やテレビに取り上げられることもなかったに違いない。そこで彼も「これが自分の使命」と思い込んでしまったのではないか。映画の後半で、ランディスとレイニンガーの対面が実現するが、劇映画のように盛り上がらないその気まずさは、ドキュメンタリーならではだ。
(★★★)

●関連情報

劇映画には“贋作もの”というジャンルがあるほど、名画とその贋作は映画で取り上げやすい題材だ。「モネ・ゲーム」「おしゃれ泥棒」「トスカーナの贋作」「鑑定士と顔のない依頼人」「ミケランジェロの暗号」などなど。

※この原稿は、旅行人のウエブサイト「旅シネ」に寄稿したものを転載しました
by mahaera | 2015-11-10 01:02 | 映画のはなし | Comments(0)
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