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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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息子に世界史を教えていて思うこと 1 中世、五賢帝、宋

息子に世界史を教えていて感じた雑感です。

■11月4日

 昨日教えた世界史は11〜13世紀ぐらいの中世ヨーロッパだが、僕が習った1970年代と違って、今では「中世はかつて言われたように暗黒時代ではなかった」に変わってきている。とくに12世紀は「12世紀ルネサンス」という言葉も教科書に載るようになり、本格ルネサンスの前段階だったらしい。
 
 しかし、ヨーロッパ史はこれからって感じなのだが、中国ではこの頃もう明の時代で、後半感がある。そう思うと、中国は昔から中央集権とか貨幣の統一とかできてたし、唐の時代にはもう完成していたって感じか。議会制は中国内ではとうとう現れなかったが、世界的に見ると、西洋の影響なしに議会政治や共和制を発足し、長年保った国ってほとんどない。ヨーロッパ中世は、マグナカルタや金印勅書やら、議会政治の前段階ってところか。これから封建諸侯が没落して、国王の力が強くなるが、今度は戦争の費用を国王が払わなくてはならなくなるので、税金があがり、それを納得させるために貴族や平民〈の金持ち〉の意向を聞くための議会ができていったんだろう。


■11月6日

 息子と二人の夏の旅で、久しぶりにローマ遺跡関係に行ったので、これまた久しぶりに塩野七生の「ローマ人の物語」シリーズを読んでいる。昔は確か、五賢帝時代まででストップしていたので、今回は最後まで読みたいものだ。今は順不動で、行きつ戻りつ興味のある(原稿書きに必要な)ところから読んでいる。
 しかし一冊一冊がボリュームあるので、寝る前に1時間ずつぐらい(毎日じゃないが)だと、一冊2週間ぐらいかかるな。たとえばこの巻は500ページあるので、1日50ページでも10日だ。この本を自分で書くとしたらどのくらい大変だろうと思うと、ページ約1000字あるので、500ページで528000字。実際は文字のないスペースもあるので×0.9としても47万5000字。僕が何も調べることなく書いたとしても、調子よくて120日。歴史本だから、調査に同じくらい時間かかる。それに原稿を書くのと同じくらい、校正に時間がかかるから、1年に1冊だね。しかしよっぽどの熱意がなければ、できない仕事だなあ。このシリーズは、あくまで人物(皇帝)中心なので、他の歴史書を読まないとローマの全体はわからないが、それだと面白みが半減して読者は減るかもしれない。しかしこれを最後まで読了した人は、どのくらいいるのかな(笑)


■11月8日

 先日、世界史は「宋」を教えたが、中国史の中でも地味な王朝だなと思っていた。この「宋」という国、しかし調べると、なかなか考えさせられるところがある。それまでの中国の歴代王朝は、「自分たち以外は野蛮人」という態度で周辺諸国に接していた。しかし強い国を維持するには、強い軍隊が必要で、軍事費がかかるだけでなく、将軍などの反乱で王朝が滅びる繰り返し。皇帝が送った軍が、敵に行かないでUターンして皇帝を倒すこともよくあった。そこで、宋の皇帝は自分もそんなことをしていたので、軍のトップは文人にして、シビリアンコントロール制にした。まあ、軍があまり強くなって反乱を起こさないように工夫したのだが、今度は外敵になめられちゃうわけね。そこで、政治も主戦派と和平派が争うようになる。結局、和平派が主戦派を粛正してしまうのだが、毎年北方の王朝に多額の貢ぎ物を送らねばならなくなった。つまり、平和をお金で買ったわけ。

 このお金で買った平和は100年ぐらい続き、その間、宋は経済的には過去の中国王朝よりも格段とステップアップする。ただし、自分たちは周辺の異民族に囲まれて圧迫を受けているから、かつての唐のように、自分たちが一番じゃないと知っている。唐は余裕あったから、珍しい外国文化が大好きで流行ったが、宋のときは純漢人文化が全盛になる。弱い時ほど、自分たちのすごさを自分たちで誉め称え上げないと、誰も褒めてくれないのだ。芸術も、派手なものより渋いものが流行る。白磁とか、唐三彩に比べるとミニマリズムというか、庶民にはわかりにくい。

 教訓はないよ。平和をお金で買うのはまちがいとかも言わないし、結局はそのあと軍が弱いので、外敵に宋はやられるが、それまでは、今までにない大繁栄していた(100年も戦争がなければね)からね。ちなみに和平派の大臣は、今では「国賊」呼ばわりで、殺された「主戦派」の大臣は、神様として祀られている岳飛。ただ、主戦派にしたがって戦争していても、負けただけだろうけど。

 あと、面白いのは、文化的には宋のほうが上だから、北の異民族の遼や金が走に敵対しながらも、次第に中国文化に染まったりして弱くなっちゃうんだよね。最初は敵対しているから、軍備費増強するんだけど、経済力ないから軍費調達に困って、重税に走り内乱を招く。それに遼や金の皇帝といったトップは、宋の文化や風俗まねているうちに、宋が好きになって「攻めるの止めようよ」ってなっていく。軍事的には負けてるけれど、文化と経済は圧倒しているから、結果的には宋のほうが王朝としては長生きした。

 ちなみに「中国人の数が多い」というのは今に始ったことではなく、この全盛期の宋の人口は1億人ちょっとと概算されている。この時代の世界人口は、3〜4億人。ただし宋が始ったころは人口3000〜4000万人で、世界人口は2.5億人。この時代に中国が、人口も経済もグンと伸びたのがわかる。当時の日本の人口は600万人ぐらい。
by mahaera | 2015-11-13 13:12 | 日常のはなし | Comments(0)
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