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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『A FILM ABOUT COFFEE』 スペシャルティコーヒーが私たちの口に届くまでを描く

A FILM ABOUT COFFEE
A Film about Coffee

2014年
監督:ブランドン・ローパー
出演:ダリン・ダニエル、マイケル・フィリップス、ジェームス・フリーマン、大坊勝次、田中勝幸
上映時間:66分
配給:メジロフィルムズ
公開:12月12日より新宿シネマカリテほか
公式ページ:http://www.afilmaboutcoffee.jp/

●レヴュー
まず、最初に。僕はいま話題のスペシャルティコーヒーを飲みに行ったことがない。コーヒーは毎日飲んでいて、コーヒーなしにはきっとイライラしてしまうが、かといってものすごくこだわりがある訳ではないのだ。それでもここ2年は、家ではインスタントはほとんど飲まず、ドリップコーヒーを飲むようになった程度のコーヒー好きだ。なぜ、最初にこのことを書くとかというと、このドキュメンタリーの評価は、その人のふだんのコーヒー生活によってかなり変わるかと思うからだ。

映画はとくに奇をてらったことがない。コーヒーの歴史は簡単に述べられ、現在のスペシャルティコーヒーの現状を、解説してくれる。きちんと品質管理された状態で、一杯一杯手で入れたコーヒー。大量生産では味わえない、味や品質、そして口に入るまで気配りが行き届いたコーヒーのことだ。その分、当然だがお値段は高くなるのだが。そして日本でも話題になったブルーボトルコーヒー、バリスタ世界コンテストの、アフリカや中南米のコーヒー農園、そして日本の“こだわり”のカフェも映し出される。いや、最初は日本が出資したのかと思うほど、日本のバリスタに対しての評価はこの映画の中では驚くほど高い。とくに「別格」的な感じで紹介されるのが、今は閉店した南青山の「大坊珈琲店」の大坊さんによるコーヒーをいれるシーン。監督は日本通なのか、このコーヒー店の存在を知り、2013年の閉店前に撮影していたという。ほかにも下北沢のコーヒー店「ベアボンド・エスプレッソ」などが紹介される。

映画は、スペシャルティコーヒーを解説した映像付きの新書を読んでいる雰囲気だ。66分という長さも、手軽に読める新書と同じ感じだ。なので、とくにドラマというのもなく、“映画”としては評価しづらいが、ふつうのコーヒー好きの僕でもためになる点はあった。1970年代の喫茶店文化ではおなじみだった、コーヒーのサイフォンがカウンターに並ぶ日本のコーヒー専門店、あれが見直されているのかなと。アメリカでは一部のコーヒー店にはあったのかもしれないが、ああやって一杯一杯おもてなしのように出すという文化ではなく、それが「日本らしい」と高く評価されたのだろう。もちろん、生産農家から直接買い付けができるのは21世紀の“いま”だからで(70年代もできたろうが手間がかかった)、できるならやらない手はない。

あとは、僕は旅の合間に世界各地のコーヒー農園を垣間見ることはあったが、その収穫から流通までをこうして映像で見ることはなかった。1本の木から採れる豆は450グラム。それを一個一個手摘みし、複雑な行程を経て、豆として出荷される。その仕事量を見ているとを本当に手間がかかるんだなあと思う。もちろん、大量生産されているコーヒーは機械化が進んでいて、いい豆もダメな豆も一緒くたにしていているのだろう。しかし、この映画で紹介されるコーヒーは、紹介されるぐらいだから、きちんと品質管理(かといって近代的な工場ではなく納屋みたいな所だが)し、バイヤーが現地に出向いてチェックしている姿を見せる。確かに、中間業者を抜けば、生産者の利益は上がる訳だし、またそれまで「誰がコーヒーを飲むか」なんて想像もしなかった生産者たちも、小売店(コーヒー店)の人が来て、目の前で自分の農園のコーヒーをドリップして飲ませてくれれば、やる気も起きると言うものだ。しかし意地悪く見れば、先進国のニーズが生産国のモノカルチャー化を生んでいる流通の仕組みを、とてもわかりやすく見せてくれている映画ともいえる。かつて生産品を独占していた大企業や財閥ではなく、一般の人、それぞれがいまや直結していて、顔が見えるのが、現代なのだ。しかし顔が見えればこそ、「敬意を払おう」とお互いに思えるのではないか。

この「スペシャルティコーヒー」は一過性のブームなのか、また文化として定着するのかは僕にはわからない。ブームが去っても、好きな人には残る、といった類いのものかもしれない。しかし、こうしたところに“こだわる”のは、日本人の気質にはとても合っているんだろう。その精神性の代表として、「大坊珈琲店」で大坊さんがコーヒーを淹れるシーンの長回しがが、映画の流れをぶった切っても、途中に挟み込まれるのだ。(★★★
by mahaera | 2015-12-11 10:44 | 映画のはなし | Comments(0)
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