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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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子供に教えている世界史・1920年代のアメリカの繁栄

第一次世界大戦後、欧州は没落し、
アメリカは世界一の債権国になっていた。

孤立主義を捨てて第一次世界大戦に参戦したアメリカ。
大統領は民主党のウィルソン。
参戦の理由には、英仏に貸した戦債の取りっぱぐれがないようにという財界の思惑があった。
が、そんな理由では国民は納得しない。
「民主主義を守れ!」というスローガンが必要だった。
また、ウィルソン自身も本気でそう信じていたようだ。
二度と戦争が起きないように国際連盟を提唱し、
「ウィルソンの十四か条」で民族自決や秘密外交の禁止を訴え、
戦後の賠償もいらないとドイツに言うくらい。
彼はまた「新自由主義」を唱えて、国内では女性参政権を認め、
労働者保護立法も作る。
これは悪名高いが、「禁酒法」もこの頃だ。
しかし、戦争が終わる頃には、国民は戦争に参加したことを悔やみ、心はもう保守へ動いていた。

アメリカの参戦は1918年と大戦末期だが、
終戦までの10か月間で戦死者は10万人以上。
アメリカ人は、「なんでアメリカと関係ないヨーロッパの戦いに首を突っ込んだの?」と後悔するようになっていた。
で、戦争が終われば、結局は英仏にいいように会議を主導されている(経済はアメリカが上だが、外交は百戦錬磨の英仏が上だ)。
もう、欧州の問題には関わり合いたくないと。
ヴェルサイユ条約の批准には共和党が反対し、
結局は上院でも否決される。
政権は民主党だが、議会の多数派は共和党。
今のオバマ政権のように行政と立法がねじれてしまっては、
いくらいい政策でも通らない。
ヴェルサイユ条約には国際連盟への加盟が含まれていたので、
国際連盟は言い出しっぺのアメリカが加盟しないという、
最初から締まらないスタートになってしまった。

1921年、次の政権は共和党のハーディングに。
以降、クーリッジ、フーヴァーと共和党政権が続く。
共和党は民主党と反対の政策をとる。
貿易に関しては、ウィルソンの「関税撤廃による貿易の活発化」から「高関税にして国内産業を育成」へ。
そして国内経済に関しては「自由放任主義」へ。
それを支えたのは、アメリカの空前の繁栄だ。
世界の金融の中心は、ロンドンのシティからアメリカのウォール街に移る。

そして1920年代のアメリカは世界の工場だった。
1929年には工業生産は世界の42%を占め、
ソ連を含む全欧州の額を超えた。
車の組み立てに始まったベルトコンベア式の大量生産は、
あらゆる製品に応用され、家電が街にあふれる。
世界の車の半分はアメリカで作られていた。

1929年には、全米の家庭の7割に電気が普及。
これは電化製品の普及につながり、アメリカの家庭の4分の1に洗濯機が、7割にアイロンがあったという。
製品が溢れても、それを買うお金は? 心配は無用。
この時代にチェーンストアのシステムが広がり、本店が大量に買い付けて支店に流してコストを抑えるようになった。
そしてセルフサービスのスーパーマーケットも生まれる。
こうして商品の価格を抑えることができるようになった。
もっと高い品には、月賦払いのシステムが導入されるようになる。
1930年にはアメリカでは5人に一人が車を持っていた。
製造業が繁栄すれば、そこに働く人手もいる。

工場が多いのは北部だったが、人手不足になり、この時期、南部の黒人が北部のニューヨーク、シカゴ、デトロイトに移住する。
1919年に発布された禁酒法の影響で、ニューオリンズなどで仕事がなくなった黒人ミュージシャンが北部に移住し、
ジャズやブルースが白人にも広まったのもこの時期だ。
ラジオと蓄音機の普及がそれと連動した。
ジャズは1920年代を代表する娯楽となり、
この時期を「ジャズエイジ」と呼ぶこともある。
それまで白人音楽と黒人音楽は別々の世界のものだったが、
1924年にはガーシュウィンが「ラプソディ・イン・ブルー」で
ジャズをクラシックに取り入れた。
今じゃ古典だが、当時としては最先端のミクスチャー。
黒人ではルイ・アームストロングなどのスターが生まれた。
ラジオは家で楽しめる娯楽だが、外で楽しむ娯楽の代表は映画だった。
主流は音声がないサイレント映画だったが、ハリウッドでは次々に大作映画が作られ、チャップリンに代表されるスターが生まれた。
今ではおなじみの野球やフットボールといったプロスポーツが、
国民の熱狂を集めた。
ベーブルースが野球のスターになったのもこのころだ。
金持ちの為のものではない「大衆娯楽文化」というものが、
世界に影響を与えた。

しかし繁栄の裏には影もあった。
保守主義は排外主義にもつながる。
荒れた欧州、特に東欧からの移民が増えたのはこの時期。
急激に増えたアングロサクソン以外のイタリア系、ユダヤ系、ロシア系、東欧系は差別された。
1920年には、イタリア系移民のサッコ・ヴァンゼッティ事件も起きている。
白人以外はなおさらで、1924年の移民法ではアジア系移民が禁止。
1920年代は、1915年に復活したKKKの力が伸びた時代でもあった。
しかしアングロサクソンが脅威に思うほど、この時期、
アメリカの人種構成が変わりつつあったとも言える。

孤立主義と言っても、完全に世界に背をむけることはできない。
中南米諸国には権益を守るために、覇権国家としての暴力をふるい、アジアでは中国大陸に露骨に進出し始めている日本を牽制するために、1921年にワシントン会議を開く。
荒廃したドイツの産業を復興させるために、
1924年のドーズ案で大量の資本とドイツに投下。
強硬な英仏をなだめて、1929年のヤング案でドイツの賠償金の額を減らす。

この繁栄がずっと続くものだと、アメリカ人だけでなく、
世界の多くの人もそう考えていたろう。
欧州は復興し、日本だって普通選挙が実施された大正デモクラシーの時代だ。
しかし、1929年10月に世界を変える大事件がウォール街で起きる。
大恐慌だ。

続く
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by mahaera | 2016-09-13 10:04 | 世界史 | Comments(0)
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