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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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子供に教える世界史[古代編]先史時代・番外編 「人類の六大穀物」

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(写真)2月ごろのインドのデカン高原の麦畑。川など豊富な水が必要な稲作に比べて、麦はそこまで水がなくても栽培できる。
また、もともとは冬に育つ植物なので、秋に種をまいて春に収穫していた。
日本は春蒔き種が多い。西アジアや地中海沿いでも、冬に麦を育てている

今までを整理しておくと、前5000年には、今でも人類の主食となるイネ科の穀物がすべて出揃った。

主食には他にもイモ文化があるがそれは後で。
この頃に現在の人の主食はほぼ決まったと思うと、その影響は計り知れない。

このイネ科の植物を「六大穀物」という。またはコメ、麦、トウモロコシで三大穀物ともいう。
今回はその前半ということで、3つの麦を。( )内は栽培が始まったと推測される年代。


●大麦(前1万3000〜前1万2000年)
…たぶん、歴史上、一番早く栽培が始められたイネ科の植物のひとつ。

中央アジア原産だが、現在普及している品種は、イラクの野生種から品種改良したもの。

小麦より痩せた土地で育つので、重宝された。
最初は粉にして溶かし、粥状にして食べていた

のちにはパンも作られるようになるが、これは初期のビールの登場(前4000年)と同時期だという。
つまり粥状のものを発酵させたらビール、焼いたらパンという道筋をたどったのだろう。

シュメール人はビールを飲んでいた。
しかしグルテンが少ないため(焼いてもふわっとしない)、やがて穀類の主役の地位をコムギに譲っていく。
寒冷地で小麦が育ちにくいチベットとエチオピア高原では、今でもメインの穀物。

日本でも戦前まではポピュラーな穀物で、「麦飯」にも使われている。


●小麦(前1万3000〜前1万2000年)
コーカサス地方からイラクにかけてのあたりが原産地
初めは実ると種がパラパラと落ちるため、集めにくい穀物だったが、のちに品種改良されて実を落とさない種が各地に広まった。
農耕が始まった頃は大麦と同じく粥状にして食べていたが、大麦よりも人気がなかった。
しかし石臼などで挽いて粉にし、焼いてパンを作るようになるとグルテンを含むため美味しく、やがて西ユーラシアでは穀物の主役の地位を得て、大成功を収める。
ただし、長らく大麦やライ麦に比べると、製粉が必要なため高価な穀物だった。安価になったのは、水車の発明で製粉が楽になってからという。中国へは前200年頃には伝わった。


●ライ麦(前1万3000〜前1万2000年)
…小麦や大麦よりも北のコーカサス地方あたりが原産
ライ麦はもともと小麦に偽装した雑草だったという。
小麦畑を人が作ると、そこに紛れ込み、人が小麦と間違えたため除草から免れ、より小麦に似ている個体が残っていった。
発芽温度が1度から2度と低いため、小麦が育ちにくい北・東ヨーロッパで広まり、近世まではヨーロッパでは小麦と並ぶ主要穀類だった。
ライ麦から作るパンが黒パンで、今もこちらを好む西欧人(ロシア、ドイツなど)はいる。小麦より強い〈雑草〉だったので、小麦農地を放っておくと、いつの間にかライ麦が主になってしまうという。
野生種の採取は昔からあったが、メインの穀物としての栽培化は前3000年ごろだという。ただし、西アジアから東へはほとんど伝播しなかった。


●キビ・アワ・ヒエ(前7000年)
…まとめて雑穀類とも言われる。中国の華北(黄河流域)では、前漢時代に小麦が伝わり、やがて交替するまで主要作物だった。これらは高温や乾燥に強く、条件が悪くても育つので、栽培しやすい。
「キビ」の原産はアジアのどこか。炊いて粥にしたり、粉にして餅や団子にしたりして食べていた。
「アワ」はエノコログサが原種で、生育期間が3〜5か月と収穫もしやすく、隋唐時代までは税金で収めるほど、華北の主食だった。
「ヒエ」も同様に炊いたり、粥にしたりして食べる。
中国以外では、西アフリカのサバンナ文化圏や、東アフリカのエチオアピア高原で農耕はこの雑穀類から始まった。
特に「モロコシ(トウモロコシとは全く種類が異なる。中国ではコーリャンとも呼ばれる)」は、アフリカで栽培が前3000年ごろ始まり、やがて乾燥に強いことからアジアに広まった。
「キヌア」はアンデス地域で前7000〜前5000年に収穫が始まり、前3000年ぐらいに栽培種になった。

標高4000m近くても育つのが特徴。


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(写真)ベトナムの農村で。米の水耕が広まるにつれて、おそらく田んぼを耕すために長江流域で水牛が家畜化されていった。
それがアジア各地に広まった。ヨーロッパには十字軍時代に中東から伝わったという。

●米(前8000年)
…かつては雲南・アッサム地方原産といわれていたが、今では長江流域が原産地と言われている。
ジャポニカ米とのちにそこから分岐したインディカ米に分かれる。
面積あたりの収穫率は、小麦の倍はあるが、人手も数倍かかるという欠点がある。
気候的にも雨量が多いか、豊富な水量がないと栽培できないので、中国でも当初は長江以南でしか栽培できなかった。
イネは連作が可能で、特に水田にすると土の養分が行き渡るために欧州の初期農耕のような休耕地が必要なかったのも利点。
水田の場合、タニシや魚も一緒に育てて食用にしていた。前3000年には黄河流域まで北限を延ばした。
日本には前4000年には伝わっていたが、稲作が始まるのは前1000年ほど(菜畑遺跡)から。

東南アジアや南アジアには前2500年頃に伝わる。ヨーロッパへはイスラム教徒の侵入時期に伝わったという。


●トウモロコシ(前5000年)
メキシコ高地の「テオシント」が原種
もとは10個ほどの小さな実しか成らなかったが長い間の品種改良を経て、多くの大きな実をつけるようになった。
やがて南北アメリカ大陸に広がり、アメリカ大陸では雑穀を除く唯一の主要穀物になる。
ただし、メキシコや中米のメソアメリカ文明では主食になったが、南米のアンデス文明ではとうとう主食にはならなかった(アンデス文明はイモ文化)。
最初はポップコーンのように焼いて弾けたものを食べていたかもしれないが、やがて石灰を加えた水で煮て(アルカリ処理)すりつぶし、トルティーリャを焼くようになる。
アルカリ処理すると柔らかく粘り気がでて、アミノ酸、ナイシアシン(ビタミンB3)などを摂取しやすくなる。
トウモロコシを主食にする場合、そのままだと他の主要穀類に必要なそれらが欠乏するため、こうした処理が経験値的に得られるようになったのかもしれない。
ちなみにヨーロッパに持ち帰ったスペイン人はこのアルカリ処理法を知らなかったので、18世紀にトウモロコシを食べる地域で、「ペラグラ」というナイアシン欠乏症が流行った。



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by mahaera | 2018-06-30 12:37 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)
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