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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『判決、ふたつの希望』  国家、民族の対立や憎しみを乗り越えるには


レバノンに行ったことがある。1996年のことだ。
内戦は終わっていたが、あちこちの建物は壊れ、銃弾の穴が開き、薬莢が落ちていた。
日本がバブルに浮かれ騒いでいたころ、この国では国民同士が殺しあっていた。
本作は、今もそのころの傷が残っていることを描いている。

ベイルートの住宅街。パレスチナ難民のヤーセルは工事の現場監督をしていた。
一方、車の修理工場を営むトニーは、キリスト教政党の熱心な支持者で、身重の妻を抱えていた。
そのふたりが、ちょっとしたことから口論になる。
謝罪に訪れたヤーセルだが、トニーがさらに罵ったことから、暴力を振るってしまう。
問題は法廷に持ち込まれ、それをメディアが取り上げたことから、このふたりの争いは国民を巻き込む裁判に発展していく。

レバノンの宗教や政治問題、大変なので端折って書くが、キリスト教徒とイスラム教とが混在して暮らしているこの国で、80年代、各派閥が近隣の支援を受けてお互いに抗争を繰り返し、深刻な内戦を生んでいた。
内戦なので民間人の虐殺が起きる。
それがまた、憎しみを生んでいく。
内戦終結と共に内戦時の犯罪は不問になった。
人々はいまは穏やかに暮らしてはいるが、憎しみを忘れたわけではない。
ちょっとした口論でそれが出てしまうのだ。

本作でも元をただせば人と人の関係なのだが、その人が属する集団を相手は見てしまい、集団同士の罵り合いとなる。
この映画でも裁判が進むと、キリスト教右翼とパレスチナ難民支持派の団体双方が争う事態に発展していく。
話が大きく広がりすぎ、当の二人も困惑していくほどになるのだ。
そこでふたりは気づく。相手を“人”として見ていくことに。

政治的、社会的な問題を多く含む映画だが、難しくならないように、監督は主人公となる二人の個人的なドラマと法廷劇をうまく組み合わせ、きちんとエンタテイメントとしても楽しめるようにしているので、ふつうに面白く見ることができるだろう。

遠い国の出来事のようにも思えるが、こんなことは日本の日常にもよくあることだと。
人はつい、よく知らない人にレッテルを貼って、くくってしまう。
そして、相手をけなすことで、優越感に少し浸る。
あるいは、相手の気持ちを想像することができずに、素直に謝れない人もいる。
自分の立場からすれば正しいかもしれないが、相手の立場もまた正しい。
また、自分の不甲斐なさや不安を、“奴ら”のせいにすり替える人もいる(飲み屋にはよく来るので)。
どうすれば、おだやかにできるか。
本作では、それを主人公二人が見つけていくところに救いがあるだろう。
良作。★★★☆

by mahaera | 2018-09-02 10:38 | 映画のはなし | Comments(0)
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