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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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子供に教える世界史[古代編]初期ギリシャ文明(前3000〜前1500年)その3 交易によって栄えたミノア文明

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(写真)クレタ島イラクリオン郊外にあるクノッソス宮殿跡


前2000〜前1500年ほどに栄えたミノア文明の
クノッソス宮殿跡には、高い城壁などがなかったことから、
メソポタミアの都市と異なり、外敵に悩まされることがなかったと言われている。
実際、宮殿が焼け落ちるまで、大きな戦争が続くこともなかったのだろう。
この王国は外敵に攻められることが少ない島国という
利点を生かし、地中海交易で栄えたようだ。
ワインやオリーブ、銅や錫、陶器などをエジプトに
輸出していたとみられ、中王国から新王国時代のエジプトとは密接なつながりがあった。

宮殿に描かれたフレスコ画は、のちのギリシャ人のように
兵士や戦いを描くものではなく、オシャレで優雅な女性や
イルカや牛などの動物が描かれた開放的で明るいものだった。
文明の条件である都市も発達し、
前18世紀には独自の線文字Aが生まれた。
この当時のミノア人の言葉が
何系の言葉だったかはわからない。

ミノア文明が栄え始めたころは、エジプトは再び安定を取り戻した中王国の時代で、クレタとは盛んな交易があった。

当時はまだ鉄器が使われる前の青銅器時代。
青銅は銅と錫の合金で、銅に比べると硬く、
武器や農具にも使用可能だった。
銅の産地は比較的多かったが、錫の産地は少なく希少だった。なので遠隔地から貿易でそれを手に入れる必要があったのだ。当時は遠くイギリスのコーンウォールや北西スペイン、
北西フランス、北イタリアなどで産出していた錫

運ばれてきたようだ。


繁栄したミノア文明だが、前1400年ごろには滅んでしまう。
かつてはサントリーニ島で起きた火山の大爆発の影響という説もあったが、これは前1600〜20年ぐらいの出来事なので、
クレタ島も被害を受けたであろうが、
それで滅んだわけではない。
その後、前1600年ごろからギリシャ本土で栄えた
ミケーネ文明が前1450年ごろクレタ島に侵攻し、
これを支配下に置いたことはクノッソス宮殿から
ミケーネ人が使っていた線文字Bが発掘されたことから事実のようだ。
クレタ島にある他の宮殿都市遺跡のフェイトスやマリアの
宮殿はこのときに炎上したとみられている。
ミケーネ人の支配は75年に及んだが、
前1375年ごろクノッソス宮殿は全焼してしまう。
遺跡からは焼死体の跡は発見されず、
住民は逃げる余裕があったのだろう。
ここでミノア文明は完全に消滅した。
ミケーネ人が破壊したのか、それともミノア人自身が
反乱を起こし、火がつけられたのか。
それは永久にわからないかもしれない。

この後は、ミノア文明に変わったミケーネ人を含む、
インドヨーロッパ語族の大移動について述べていくことになると思う。
by mahaera | 2019-01-10 12:51 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)
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