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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『テルアビブ・オン・ファイア 』パレスチナとイスラエルの間で板挟みになるテレビ脚本家


2018
監督:サメフ・ゾアビ
出演:カイス・ナシェフ(『パラダイス・ナウ』)、ルブナ・アザバル(『灼熱の魂』)、ヤニブ・ビトン
配給:アット エンタテインメント
公開:1122日から新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか

●ストーリー
エルサレムに住むパレスチナ人のサラームは、パレスチナの人気メロドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」の制作現場でヘプライ語の言語指導として働いている。このTVドラマは主婦層を中心に、パレスチナだけでなくイスラエルでも絶大な人気を得ていた。サラームは仕事のためにパレスチナ側のラマッラーへ通っているが、検問所でイスラエル軍司令官のアッシに尋問された時に、自分をそのドラマの脚本家だと嘘をついてしまう。それからサラームが検問所を通るたび、アッシは脚本のアイデアを押し付けるように。しかしそれが採用されてサラームは脚本家に昇格。しかしアイデアが浮かばず、アッシに頼ることに。

●レビュー
主人公は何を考えているかよくわからない、ぼーっとした(ように見える)パレスチナ人青年。彼はイスラエル側に住んでいるが、パレスチナの放送局で働いているから、イスラエル軍の検問所を毎日通らなくてはならない。パレスチナ側の人は自由にイスラエルに入れないようだが、逆は可のようだ。この主人公のサラームを演じるカイス・ナシェフは、『パラダイス・ナウ』で自爆テロに志願する青年を演じていたが、今回はまったく違う役なので解説を読むまで分からなかった。

一方、検問所の司令官アッシはまったく逆の、おしゃべりで少しアグレッシブなコメディタイプだ。バリバリのイスラエル軍人だが、その一方で軍の仕事に対して冷めているところもある。彼は自分の家族がそのテレビドラマの大ファンなので、いいところを見せようとサラームに強引にアイデアを売り込む。この二人がボケとツッコミの関係で、ドラマに笑いをもたらす。

そもそもドラマは、パレスチナ人の女スパイが情報を得るためにイスラエル人将校をたぶらかすという話だ。当初はパレスチナ情報部の男との三角関係だったが、アッシの希望を入れていくうちに、ヒロインがスパイであることを隠しながら司令官を愛してしまうという話に変わり、それがまた受けてしまう。
本人の思惑とは関係なしに、サラームはとんとん拍子に脚本家になってしまうが、彼に見向きもしなかった幼馴染のマリアムが振り向くきっかけになり、彼も一念発起して前向きに。しかし司令官(イスラエル)と制作(パレスチナ)の望む結末の板挟みになってしまう。

民族対立は厄介である。本作の中にも何度も「オスロ合意」という言葉が出てくる。ドラマの制作者であるサラームの叔父は、「パレスチナ人がイスラエル人と結婚するなんて、オスロ合意か」と言う。彼は1993年のオスロ合意に夢を見て、失望を味わった世代なのだ。一方、サラームもアッシもその後の「和平破綻」世代で、「壁」があるのが日常なのだ。だが、イスラエル側で暮らすサラームは、イスラエルの占領を日常的に受け入れざるをえない。威勢のいいことを言っても、何もできないからだ。それは彼が書く脚本も同様で、スタッフばかりか、アッシ、そして出演者までが各自の主義主張をストーリーに盛り込むように言ってくる。なので誰もが納得する妥協点を見出さなくてはならない。
そしてそれは現実世界のメタファーでもある。しかし現実世界での妥協を声高に言うことはできない。どの国でも、愛国者の方が威勢が良く、また暴力的だからだ。オスロ合意の立役者であるイスラエルのラビン首相は、「裏切り者」として“愛国者”の青年に射殺されたことはご存知だろう。

つまり映画はイスラエルとパレスチナに住む様々な立場の人々の意見を、特に主義主張のない青年が脚本に組み上げるという作業を通じて風刺しているのだ。なのでそのエンディングも、笑いを取るためというより、皮肉まじりの妥協案を現実社会に見せているということなのだろう。前知識がなくとも面白い作品だが、やっぱりいろいろな前提を知っていると、細部が楽しめる作品だ。各国のお国事情にアレンジして、リメイクもできそう。
★★★ 前原利行)
 ※旅行人のウエブサイト「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました

by mahaera | 2019-11-19 10:29 | 映画のはなし | Comments(0)
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