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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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新作映画レビュー『 シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢 』愛娘のためにたったひとりで築き上げた奇想の宮殿


2018
監督:ニルス・タヴェルニエ(『グレート・デイズ!夢に挑んだ父と子』)
出演:ジャック・ガンブラン、レティシア・カスタ
配給:KADOKAWA
公開:1213日より角川シネマ有楽町、YEBISUGARDEN CINEMA

●ストーリー
19世紀末、山に囲まれたフランス南東部の村オートリーヴ。
村から村へと郵便を届ける配達人のシュヴァルは妻を亡くした。
人付き合いが苦手で変わり者のシュヴァルだが、
やがて未亡人のフィロメーヌと知り合い、結婚。
娘アリスも誕生する。
ある日、配達の途中で石につまずいたシュヴァルは、
その石の変わった形からひらめきを得る。
それから毎日、シュヴァルは娘のために、
たったひとりで石を積み上げ、彼の理想宮を作り続けることになる。

●レビュー
正規の美術教育を受けていない者が、
その発想のままに優れたアート作品を制作することがある。
これを美術用語では「アウトサイダー・アート」という。
その代表例としてよく引用されるのが、
南仏にあるこの「シュヴァルの理想宮」だ。
本作は、ひとりの郵便配達人シュヴァルが33年の年月をかけて、
石やセメントを使い、一人で造り上げた「理想宮」の物語だ。

シュヴァルは人付き合いが苦手で、
人とまともに視線も合わせられない人物だ。
今なら「発達障害」とか「自閉症」とか病名が付けられる
かもしれないが、昔はそんな“変わり者”はいても、普通に暮らしていた。
人とのコミュニケーション能力は高くはないシュヴァルだが、
別に冷たいわけではない。家族に対する深い愛情はあっても、
それをうまく表現できないだけなのだ。
数少ないセリフで自分の感情を表すというこの難役を演じる、
ジャック・ガンブランがすばらしい。
何十年という映画時間を彼と過ごしているうちに、
シュヴァルの気持ちがこちらによく伝わってくる。

彼はこの建物を娘のために建てたのかもしれない。
しかし、それは彼がつまずいた石と同じで、
きっかけさえあれば彼は何かを作り上げたのではないか。
何かを表現せざるを得ないという人はいる。
その衝動は自分の心の内にあるのか、それとも外にあるのか。
富や名声とは関係なく、誰にも顧みられるわけではないのに
作り続けるのは一体なぜか。そしてそんなアウトサイダー・アートは、
美術に詳しくないものでも心を動かされる強い魅力を持っている。

主人公シュヴァルが淡々とした人なので映画自体も淡々と進むが、
この映画は全くダレることなく私たちに様々なことを訴えかける。
身近なものへの愛情、秘めたパッション、強い意志とは。
人が何かをこの世に残すとはどんなことか。
そして最も心が揺さぶられるのは、人を愛すれば愛するほど、
その人に先立たれてしまうことが辛いかだ。
長生きするということは、
愛するものを次々に失う苦しみを味わうことである。
シュヴァルは88歳という当時としてはかなりの長生きをしたが、
それだけに愛するものに先立たれるという多くの苦しみもあった。
個人的には、小品ながらも忘れがたい作品。
この冬のおすすめだ。
★★★★前原利行)
※この記事は旅行人のウエブサイト、「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました。

●映画の背景
シュヴァルの理想宮は現在、フランスの重要建築物に指定されており、
オートリーヴ村の観光地になっている。
リヨンから日帰りできるようだが、辺鄙な場所にあるので、
公共交通機関を使っていくと1日がかりになりそうだ。

by mahaera | 2019-12-17 09:44 | 映画のはなし | Comments(0)
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