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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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Netflix映画レビュー『チャック・ノリスvs.共産主義』配信終了


 まるでアクション映画のようなタイトルだが、チャウシェスク政権下のルーマニアで、隠れて西欧の映画を観ていた人々のドキュメンタリーだ。
 これがよくできていて、社会派サスペンス映画を見るようだった。

1980年代のルーマニア。テレビの放送局は1局だけでしかも最後は1日2時間のみの放映。
 今の北朝鮮並みに厳しく情報統制されており、一般人は貧しさの中、何の情報源もなかった。
そんなときに西側から持ち込まれた、シャープのVHSビデオデッキ。
 新車ほどの値段もする機械だが、庶民の間にそれが広まっていく。目的は西側の海賊ビデオをみんなで見るためだ。
 “入場料”を払って、誰かの家で鑑賞会が始まる。劣悪なコピーなので想像力を働かさないと理解できないが、ネットもない時代に世界を知るにはこれしかなかった。

 上映されるのは文芸作品からC級アクションまで脈絡ないが、ルーマニアの人たちにとって、ストーリーに関係なく、画面に映し出される異国の風景がすべて新鮮だった。
NYの摩天楼、スーパーに並ぶ豊富な食材、ファッション。少年たちに人気があったのは、チャック・ノリスやヴァン・ダムのアクション映画だ。
 映画を見た後は、少年たちは世界が別なものに見え、誰もがヒーローの真似をした。

チャウシェスク政権があっという間に崩壊したのはなぜか? なぜ情報が統制されているのに、ルーマニアの人々は外の世界は自由で豊かだと知っていたのか。それは映画の力だった。

本作は当時の再現映像と、現在の人々へのインタビューで構成されている。再現映像はまた、ビデオを見る庶民とそれを制作する側の物語になっている。

90年代にベトナムに行ったときに驚いたのは、映画の吹き替えを一人の人が全部していたことだった。
ボイスオーバー方式で、まるでナレーターだが、皆食い入るように見ていた。
 本作では、皆口を揃えて吹き替えのイリーナの声に魅了されたという。ひと晩に5-6本、3000本近くを吹き替えた問いうイリーナは、顔は誰も知らないがみんなのアイドルでもあった。
そしてイリーナが吹き替えていない映画は、偽物と感じるようになるまでに至ったという。
 
再現映像ではイリーナが吹き替えにスカウトされ、違法と知りつつ仕事を行う様子が描かれる。最後の方で現在のイリーナが登場するが、何のためにしていたかと問われると、「お金のためでも主義のためでもない。ただ、新しい映画が見られるのが楽しみだった」と答える。

 最盛期には1万台のビデオデッキがルーマニアに広まり、人々はランボーやロッキー、トップガンを皆見ていたという。なぜ、それほど広まっているのに、摘発を受けなかったか。それは権力者たちも、新作映画が見たかったからだというのが面白い。
by mahaera | 2020-05-06 15:18 | 映画のはなし | Comments(0)
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