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このドキュメンタリーは、1971年に発刊された『アナーキスト・クックブック The anarchist cookbook』という本の著者のトーマス・パウエルにインタビューしたもの。
『The anarchist cookbook』は、爆弾の作り方、破壊工作の行い方、殺人の方法、マリファナの栽培方、カード詐欺の行い方などのマニュアル書だ。今では到底出版は無理だろうと思うこの本だが、出版は当時の時代背景と密接に関わっている。
60年代末期のアメリカは国内が分裂していた。公民権運動は一定の成果をあげたものの、平和的に訴えていたキング牧師は暗殺され、ベトナム戦争は終わらず、ソンミ村の虐殺にさえ、国民の6割は関わった兵士を起訴することに反対した。
ニクソンは60%の支持率で再選。
つまり、現在から見ると変革の時代に見えるが、国民の過半数は政府を支持し、若者たちは平和運動に閉塞感を見出していた。
「大人や政治家は絶対自分の過ちを認めない」。
こうして過激な手段に訴えるグループも出てくる。暴力には暴力をだ。
この本を書いたトーマス・パウエルは当時19歳。図書館に通いつめ、アメリカ軍がベトナムで行っていた謀略マニュアルなどを参考に、この本を4ヶ月で書いた。
「国家が知っている知識を我々にも」と。
暴力を推奨するような内容だが、売れた。国が暴力で押さえつけるなら、同じ方法で対抗する。リベラルな青年はそんなことを考え、使命感に燃えていたのかもしれない。
日本でも80年代に『完全自殺マニュアル』が物議を醸したことがある。自殺を幇助するのか、それとも思いとどまらせる効果があるのかと意見は分かれた。
この『アナーキスト・クックブック』もそうだ。
ほとんどの人は興味を持って読むだけだが、まれにそれを実践してしまうものが出てくる。本を読んだから始めたのか、それともただ参考にしただけか。
71年に発刊された後、いつしかこの本は忘れられていったが、1999年のコロンバイン高校の乱射事件の犯人が、この本を読んでいたことから再び注目を浴びる。以降、ロンドンのテロやコロラド大学の事件の犯人など、多くの犯人がこの本を読んでいたことが判明してくる。
ここまでは事実。通常の歴史ドキュメンタリーのように、前半は、この本が出版された経緯や当時の著者について冷静に進む。ふつうだ。
しかしこのドキュメンタリーが俄然面白くなるのは、後半に入ってから。65歳となった著者のパウエルが、若い頃にしたことと自分がどう向き合うかにカメラが肉薄する。ここが非常にスリリングなのだ。
パウエルは出版後、教職の道を歩む。学習障害の子供達を支援し、同じく大学で知り合った妻と共に、アフリカ、マレーシアなど世界各国で教育活動に従事し、今はフランスで暮らしている。破壊活動とは真逆だ。
そんな彼に、インタビュアーは「責任を感じますか?」と執拗に迫る。
実は彼はもう出版権を手放してしまっており、彼にも印税は入らないし、出版を差し止めることもできない。彼のできることはAmazonに「著者としてはおすすめできない」と書き込むぐらいだ。
最初は「あの本はまちがっていた。しかしその当時はそういう風潮で、若い私は意義を感じていた。今の私なら賛成できない」と、当たり障りのない回答をするパウエル。
もう何十年も前に出した本と決別したいし、今は反対だが自分はどうすることもできないという。
しかしパウエルは、過去にあの本を出したことにより、世界のどこへ行っても、中傷されたり、告げ口されて職を失う目に遭っていることがわかってくる。それに対して本人は長い間、沈黙で通してきた。妻も子供もいて、生徒に慕われる善良な教師。しかし逃げても逃げても、本が出版されるかぎり過去はいつまでも追ってくる。
「あなたは本を出版させないために、なにか努力をしましたか?」
「コロラド大学の事件の加害者も、あなたの本を読んでいました」
最初は穏やかだったインタビューも、次第に緊迫感に覆われてくる。あきらかにインタビュアーは彼を挑発し、本音を引き出したいとしているのだ。パウエルもそれがわかる。
パウエルを見ていて思ったのは、私たちもふだん悪気がなくしてしまう不用意なことが、20年後、30年後に追いかけてきて自分を苦しめることがあるのではないかということだ。
誰だって若い頃は、忘れてしまいたいことのいくつかはあるはずだ。そう、調子に乗ってしてしまったこと。
30年も経てば忘れてしまうが、ふとシャワーを浴びている時とかに思い出し、叫びたくなったりしないだろうか。
パウエルの場合は、本という作品になってしまったことで、自分が忘れても周りは忘れないものを作ってしまったのだ。
「自殺マニュアル」と同じで、この本がなくても乱射事件はあったのだろうし、テロを起こす人は起こしただろう。しかし「まったく関係ない」と、著者なら割り切って考えることはできないはずだ。
たとえば自分なら、作ったガイドブックを持って死んだ若者がいたら? 自分が紹介したトレッキングコースで、誰かが落ちて死んだら? そこには自分の責任はないのだろうが、割り切れないだろう。
パウエルが非常に人間臭く、また真摯に対応しようとするのだけれど、なんとなく詰めが甘い性格で、それがまた憎めない。
でも、彼は「辛い現実を見たくない」という、人には誰しもある面を目の前で見せてくれて、それから「向き合う」という行為もカメラの前で見せてくれる。
それを見ていて、自分を客観的に見ることの難しさがよくわかった。人は追い詰められないと、そうできない。
ドキュメンタリーが終わって、映画の公開前にパウエルさんが亡くなったことがわかる。複雑な心境になった。★★★☆
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