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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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新作映画レビュー『剣の舞 わが心の旋律』第二次世界大戦中のソ連で生まれた、ハチャトリアンの名曲誕生秘話


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Tanets s sablyami
2018年/ロシア、アルメニア
監督:ユスプ・ラジコフ
出演:アムバルツム・カバニアン、ヴェロニカ・クズネツォーヴァ、アレクサンドル・クズネツォフ
配給:アルバトロス・フィルム
上映時間:92分
公開:7月31日より新宿武蔵野館ほかにて
公式HP:tsurugi-no-mai.com/


●ストーリー


第二次世界大戦中のソ連。1942年11月29日、レニングラード国立オペラ・バレエ劇場は、疎開先のモロトフ(現ペルミ)で、12月9日に初演を迎えるバレエ『ガイーヌ』のリハーサルに励んでいた。
その作曲家アラム・ハチャトリアンは、振付師によるたびたびの曲の変更に苛立っていた。
そんなアラムを気遣うのは、ソリストのサーシャだ。
そこに過去に因縁がある、文化省の役人プシュコフが検閲にやってくる。
完成した『ガイーヌ』だが、プシュコフはその結末の変更を命じる。
時間のない中、アラムが作り出したその曲とは。

●レビュー
人を急かす作用があるのか、日本の運動会で必ず流れるのが「剣の舞」だ。
僕は小学生のときに、その名前と曲からハチャトリアンを「ハチャメチャなトリアン」と覚え、面白い人だと思っていた。
しかしそれがバレエ曲であることは知らず、時として「ウィリアムテル序曲」の「スイス軍の行進」と混同していた。

高校生になり、「2001年宇宙の旅」のサウンドトラックを買うと、そこにはハチャトリアンの「ガイーヌのアダージョ」が入っていた。ディスカバリー号が木星に向かうシーンで流れる曲で、陽気な「剣の舞」とは打って変わり、物悲しい陰鬱な曲だ。「ハチャトリアンはこういう曲も書く人なんだ」と思った。

ハチャトリアンの曲は知っていても、彼がどんな人だったのかはほとんどの人は知らないだろう。海外通なら、彼の名前からアルメニア人ではないかぐらいは推測できるかもしれない。
1903年、ロシア帝国下のティフリス(現トビリシ)のアルメニア人一家に、アラム・ハチャトリアンは生まれる。トビリシは、現在はジョージアの首都だが、当時ジョージア人は町の人口の3割程度で、商業に従事するアルメニア人が多く住んでいたのだ。
ハチャトリアンは大学入学のためにモスクワに向かい、そこで音楽の才能を認められていく。ソ連が成立し、カフカスの民族音楽の旋律を取り入れたハチャトリアンの音楽は、国の政策にもマッチした。
歴史に残るトルコにおける「アルメニア人大虐殺」は、彼の青年期に起きた事件だ。

本作は、そんなハチャトリアンが、名曲「剣の舞」を生み出す数日間を描いた作品だ。
映画では、かつて確執があった人物から無茶振りされて嫌々作り始めるが、史実でもこの曲は『ガイーヌ』初演前日、急遽設けられたダンスシーンのために短時間で作曲されたものだ。
バレエでは最終幕にクルド人が剣を持って踊る戦いのダンスだが、旋律にはアルメニアやジョージアなどの非西洋的なものも盛り込まれているらしい。
映画では、抑圧されたアルメニア人の心情を代弁するかのように(同じく圧力を受けているハチャトリアン自身を重ね合わせて)作曲されるが、曲自体はわずか2分半。
列車と線路の音に合わせて、鍵盤の上でリズムを決めるハチャトリアンだが、ここは創作かも。

さて、映画としてはというと、わりと平凡な出来。
敵役となるプシュコフの動機もありきたりだし、肝心のハチャトリアンの掘り下げも浅い。
映画というより、テレビドラマ程度の作りだ。かといって、つまらなくもない。
ショスタコーヴィチとオイストラフが、陣中見舞いに現れる下りは楽しいし、少ないながらもロケされたアルメニアの風景もいい(アララト山をのぞむホル・ヴィラプ修道院も出てくる)。
こんなこともあったのかなと、さらりと観れる作品だ。★★★前原利行)


by mahaera | 2020-07-26 11:12 | 映画のはなし | Comments(0)
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