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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

mahaera.exblog.jp

2019年 04月 12日 ( 1 )

子供に教える世界史[古代編]エジプト新王国とヒッタイト/その6 ラムセス2世とカデシュの戦い

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(写真)ハットゥシャシュ遺跡近くにあるヤズルヤカ神殿跡のレリーフ。ヒッタイトの神々が浮き彫りされている


ヒッタイト王国/ムルシリ2世の治世
前1320年ごろ、ヒッタイトではムルシリ2世が王に即位する。前回でも書いたが、篠原千絵のヒット漫画『天は赤い河のほとり』の王子、カイル・ムルシリは彼のことだ。
ムルシリ2世の時代は、彼自身の年代記が粘土板文書として発見されているので、ヒッタイトの歴史の中ではかなり多くのことがわかっている。
彼は遠征をして多くの住民を連れ帰っているが、それはヒッタイト王国の人口が疫病(天然痘など)で激減した事とも関係している。
そのころ、シリアにはエジプトとの緩衝国としてアムル王国があったが、これを徐々に従属国化。
西のエーゲ海地域では、アスワ(トロイ)、さらに西にはミケーネ王国が栄えていたのもこの頃だ。


エジプトでは第19王朝が始まる
ムルシリ2世が亡くなる頃(前1295年ごろ)、エジプトでは第19王朝初代の王ラムセス1世によるわずか3年の短い治世を経て、息子のセティ1世が跡を継いだ。
エジプトでは久しぶりの父子継承だった。
セティ1世は、アメンヘテプ4世以来、半世紀に及ぶエジプトの混乱で失われていたシリアでのエジプトの宗主権を取り戻そうと、北シリアへ遠征。
ただし戦いには勝利したが、エジプトが引き上げるとまた元の状態に戻ってしまった。
セティ1世の後を継いだのは、エジプト王の中でも特に名高いラムセス2世(在前1279〜前1212年)だ。
ラムセス2世は、シリアでヒッタイトに従属しているアムル王国が、ヒッタイトの支配を快く思っていないのを知り、北シリアへ進軍してこれを属国化する。
一方、ヒッタイトではムルシリ2世の息子であるムワタリ2世が王位についていた。
ムワタリ2世はエジプトに対抗するため、アレッポやアナトリアの諸都市の同盟軍を引き連れ、シリアのカデシュに向かう。
兵力はそれぞれ2万人前後。こうして前1274年ごろ、世界史に名を残す「カデシュの戦い」が始まった。

カデシュの戦い(前1274年ごろ)
カデシュの戦いは、戦闘の経過が分かる「世界でも古い戦い」と言われている。
ヒッタイトは偽情報でエジプト軍をうまくおびき出し、エジプト軍を襲った。
強行軍で4軍団がバラバラになってしまったエジプト軍は個別に撃破されそうになり、もはや壊滅とみられたが、援軍が到着。
なんとか戦いを引き分けに持ち込んだ。こうして北シリアでのエジプトの覇権はまたも打ち砕かれる。
エジプトのルクソールの神殿にある浮き彫りには、ラムセス2世の大勝利が描かれているが、実際はこの戦いの後、アムル王国はヒッタイトの傘下に戻っているので、結果を出せなかったのはエジプトの方だろう。(続く)


by mahaera | 2019-04-12 10:21 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)