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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

mahaera.exblog.jp

2019年 04月 18日 ( 1 )

子供に教える世界史[古代編]前1200年のカタストロフとオリエントの混乱/その1 都市化と疫病の蔓延

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(写真)天然痘はもともとはラクダの病気だったという説がある

前回までは、インド=ヨーロッパ語族の移動後の前1600年ぐらいから前1200年ぐらいまでのオリエントの歴史を、エジプト新王国とアナトリアのヒッタイトの2大王国の対立を軸に述べてきた。
その2大国の間、チグリス・ユーフラテス川上流にはミタンニアッシリア、中下流域にはカッシートの王朝があったが、これはまあ名前だけ知っていればいいかなと思う(アッシリアが大国になるのはもっと後)。

ここから先は、世界史の中では小さな事件だったかもしれないが、のちの世界の文化や宗教に大きな影響を及ぼした「ユダヤ人の出エジプト」と「トロイア戦争」についての話、そして「前1200年のカタストロフ」と呼ばれる破壊を伴った大きな民族移動の章になる。
ただし、どれもエジプトやヒッタイトの記録にない出来事なので、歴史的には証明されていないことも多いが、教科書にはバッチリ出ている。
それと前2000年から前1200年までに人類に起きたことで、国家や政治に関係がなかったので書き漏らしたことも、忘れずにこの章で書いておこう。
農業生産や都市化、牧畜、そして疫病だ。


都市化と疫病の蔓延
紀元前2000年から前1000年にかけて、世界人口は2500万人から5000万人へ1000年かけてゆっくりと倍に増えていった。
前2000年頃は人口6万人という都市はエジプトのメンフィス、メソポタミアのウルぐらいしかなかった。
前1500年〜前1200年ごろにはオリエントではエジプト新王国の都テーベ(ルクソール)とメソポタミアのバビロンが8万人、3万人以上の人口を持つ都市は、メンフィス、ミケーネ、クノッソス、ハットゥシャ、ニネヴェ、スーサなどがあった。
ただし当時の世界最大の都市は10万人以上が住んでいた殷の商(殷墟)という。
ともかく農作物や家畜の品種改良も進み、余った人口は都市に流れ込んでいった。

家畜と人間の密な接触は、それまで人間がかからなかった新しい病気を家畜から移される機会を急速に増やした。
特定の動物にかかる病気のうち、長い時間をかけて人間にもかかるように進化したものもある。
家畜起源の代表的な感染症には、牛からのはしか、結核、天然痘、豚やアヒルからのインフルエンザがある

天然痘はラクダから広まったという説もある。
ラクダの家畜化は前3000〜2000年で、最初は乳や肉を取るためだった。
前1500年ごろから“砂漠の船”として交易に使われるようになると多くの地域に広まるが、病原菌も広まった。
前13世紀にヒッタイトの人口が半減したのも、エジプト人捕虜から移ったラクダ起源の天然痘が広まったためという説もある。

移動が多い狩猟民の生活から定住農耕民、都市生活と人間の生活スタイルが変わると、病原菌は簡単に次の宿主に簡単に感染擦ることができる。
不衛生な都市では、感染者の糞尿から次の感染先へと病原菌は移りやすい。
人類が狩猟採集民である間は、狭い集団内でしか感染が広まらなかった伝染病も、この時代から交易ルートに乗って大流行を及ぼすようになる。
そして当時の伝染病は、一度流行するとこれといった治療法もなかったので、多くの命を奪うものだった。
伝染病は交易や戦争でも広がった。古代の文書には疫病や飢饉についての記述が多い。
品種改良していった穀物は、時に一斉に病害を受けやすい。
その中でもサバイブしてきた種が今も残っているのだ。(続く)


by mahaera | 2019-04-18 11:19 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)